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<東京怪談ノベル(シングル)>


KageRou


--] after 啼かずの蝶


「ん……っ」

 ぼやける視界の中、うっすらと目を開ける。
 白ともアイビーともつかない無機質な天井が映る。

「……いつの間にか寝てしまったのね」

 清潔な布擦れの音がして、ゆっくりと体を起こした。
 深い渦の中から体を引っ張りあげたような気だるさが残る。
 長い黒髪は頬にかかり、開ききらない瞼は微睡む。
 部屋には白のベッドとシーツ、それと簡素な机のみ。
 スルスルと音を立てて、腰にかかっていたシーツを除けた。
 線の細く、だがしなやかな曲線を描いた足が露わになる。
 ゆるくカーブを描き、腰のあたりできゅっとくびれ、豊満な胸が苦しそうに主張する。
 全身を黒のスウェットでぴっちり覆っており、それが琴美の繊細かつ大胆な肉体美を際立たせた。
 ミニのプリーツスカートを付け、黒なめしのロングブーツを履く。
 壁にかけてあった菖蒲模様の着物――袖は切り落とされている――を羽織り、ようやく唇にかかった髪を後ろに放り投げる。
 長い黒髪を後頭部の上で結い上げ、会議室へと足を進めた。


 シュンっと音を立てて扉が開く。
 任務に出発するときと同じく、その位置に二人はいた。
 部屋にはいると長椅子があり、再奥に白衣の若者が腰掛ける。
 白衣といっても着崩したスーツの上に軽く羽織っており、まるでその役目を担っていない。
 左側にはブロンドの髪の女性。
 こちらもスーツを着用しているものの、ピシっとノリの効いたブラウスに装飾のないスカート、ダークブラウンのタイツと身なりは整っている。
 二人を交互に見渡すと、奥からやや低めの声が聞こえてきた。

「ご苦労だったね、水嶋琴美」

 奥の男が座るようジェスチャーをするが、琴美は手近な壁に背を預ける。
 毎度のことなので、男はとりあえず肩をすくめた。

「さて、任務の報告を……と、言いたいところだが。今回はこっち側の“手違い”だからねぇ〜」

 やれやれ、と片手をひらひらさせて話す男。
 一瞬だけ琴美の目つきが鋭くなる。

「“手違い”、とおっしゃいますと?」

 右手で頬杖をつき、嘆息する男。
 横から金髪の女性が代弁した。

「厳重に“保管”していたのだけれど、何者かに檻のロックを荒らされた形跡が見られたわ」
「まさかスパイ?」

 眉間に皺を寄せた琴美にブロンドの女性は首を横に降った。
 緩くカーブしたブロンドがふわりと舞う。

「いいえ、外からよ。あれの研究をしていたのは私達二人だもの」
「……司令と、副司令が」

 絶句、というより呆れてものもいえない様子の琴美。
 司令は奥の飄々とした男で、副司令は隣の金髪美女。
 基本、任務に忠実でまじめな二人なのだが、たまに面白がって悪ノリすることがある。
 深海魚にどういう技術を施したのか、空を飛べるようにしたり、ジャックと豆の木を再現したいからといって謎の種を開発した結果、1か月後には富士8合目に届くほどの豆の木が出来上がったりもした。
 長い付き合いだが、この二人の考えることは未だによくわからないことがある。

「あなたがちゃちゃっとやっつけてくれたから、問題ないわ」

 犠牲は出ていたようにも思うが。

「ところで、対異能者用決戦兵器、とはどういう意味ですの?」

 琴美は戦場で耳に残った言葉を思い出していた。
 ゴーストではなく、明らかに人を殺すため言葉だ。

「そのままの意味よ。力をつけはじめた犯罪者集団に対抗するための」
「……例の、蛇の」
「まぁそんなところだ」

 二人から視線を逸らした琴美に、飄々とした調子で司令が肯定した。
 良いことのためではなく、自らの欲望のために能力を使うものたちもいる。
 その中には凶悪な犯罪組織が含まれることも。
 先日の不気味なカードを思い出して、琴美は顔をしかめずにはいられなかった。

「それにだ、あそこにあったのは人の血ではないよ」
「え?」
「住民の避難は全て完了している。逃げ遅れた家畜だろうが、お腹がすいた“彼”が食べようとしたけれど、決して手でつかむことはできなかった――そんなところだろう」

 半瞬、意識が抜けてしまった。

「……まったくあなた達って人は」
「ん?尊敬した?」
「色々気負ってた私が馬鹿でしたわ……」

 脱力のあまりうなだれた。

「ふふ、お人好しね。そこもあなたのイイ所ではあるのだけど」

 片目をつむってイタズラっぽい視線を投げかける副司令に、言葉を返す気力もなかった。

「報告は、いいかしら?」
「あぁ、ご苦労だった」

 踵を返してドアへ向かう琴美。
 ドアの前で顔だけ振り向き、二人へ言葉を残した。

「私はいつものところにいますので、何かありましたら呼んでくださいな」


 竹林の間。
 都会の真ん中でありながら、青々と群生する竹林が一面を囲う。
 敷地は広大で、都会の喧騒は一切聞こえてこない。
 むせ返るほどの若竹の匂いが一面を占め、空を覆うほどに伸びた無数の竹が生える。
 時折風が吹き、ざぁっと、さざ波のような音がなる。
 一斉に笹が擦れあい、それはオーケストラのようでもあり、子守唄のようでもあり、また幽霊の囁きのようでもあった。
 足元にも笹の枯葉がまるで絨毯のように敷き詰められている。
 その中の1本の竹が大きくしなり、鋭く跳ね返る不協和音を奏でる。
 ついで別の竹も同じようにしなり、跳ね返したらまた別の竹がしなる。
 琴美はいくつもの竹を足場に、宙を舞っていた。
 柔軟性と耐久力のある竹といえど、人間一人分の重さには耐えられるものではないが、忍びの技を極める琴美には造作も無い芸当だった。
 一本の竹を極限までしならせ、鋭く跳躍した。
 瞬間琴美の姿は消えると同時に、カカカッといくつも乾いた硬い音が響いた。
 一本だけ普通より3倍太い竹があり、そこにびっしりと手裏剣、苦無といった無数の忍具が刺さっていた。
 別の竹が大きくしなると、上から鋭く突風が吹いた。
 しなった竹が垂直の位置に来た頃に、琴美が手裏剣竹の真下に姿を現す。
 無音の閃光が耳鳴りにも似た音を発し、手裏剣竹は静かに垂直に割れた。
 琴美の手には忍刀が握られており、深々と地面に突き刺さっている。
 一連はほんの2,3秒程度の出来事である。
 土を振り払い、刀を腰の鞘に収めた。
 空を仰ぎ、目を閉じる。
 ざぁっとさざ波のような、笹が擦れる音が響く。

「もっと、疾く――強く――」

 ヴッヴッと携帯端末のバイブレーションが鳴った。
 おそらくはまた次の任務か。
 研ぎ澄まされていく感覚を感じ、琴美は自然と唇の端をあげていた。