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偶然をも運ぶ魔法
今日のアリアは、仕事で稼いだお金を財布に詰めて、図書館にお出かけ。お目当ては、何を隠そう『魔本』だ。
いろんな出会いを日々繰り返すこの少女、気に入ったものは何でも凍らせ、コレクションする癖がある。その時に困るのが、荷物の運搬。大きかったり重かったりすると、お家に運ぶのに苦労する。そこで噂に聞いた怪しい図書館、正確には「書店」で、転移・浮遊魔法に関する本を探し、それを習得しようと考えたのだ。
まだ太陽も高い位置にあるというのに、図書館へ向かう路地はとても狭くて暗い。まさに知る人ぞ知る図書館である。アリアは迷いもせず、とある古い洋館へと足を踏み入れた。ここが魔本のある図書館である。
図書館の中は、狭そうな外観とは裏腹にとても広い。空間魔法を駆使し、それを維持しているのだろう。アリアは人差し指を唇にあて、「えっと‥‥」と呟きながら、お目当ての本棚を懸命に探す。
そんな少女の目に飛び込んできたのは、「誰でも簡単!チャレンジ運搬魔法」という背表紙だった。その隣に並ぶのは、どれも小難しいタイトルで理解が及びそうにない。自分にピッタリの一冊を見つけた。
「あった」
幸いにも背の低いアリアでも届く高さに、それはある。見つけた喜びを表すかのように駆け出し、魔本を手に取ろうとするが‥‥これに「待った」をかけるように、少年の手が伸びた。
「あっ」
お互いに声を出すが、少年はいち早く反応する。
「これさ、僕が先に見つけたんだ。悪いけど、君は遠慮してくれない?」
これを聞いたアリアは、文字通り冷たい視線を少年に向ける。そして宣戦布告するかのように「君、じゃなくてアリア」と名を明かす。すると相手も「僕はティース」と名乗った。
「僕は魔法使いを目指してる。今度、運搬の魔法を習得するのに、この本を参考にしたいんだ」
「私、アイス屋さんだけど、この魔法を覚えたいのは同じ」
少年はメガネに手をやり「えっと、アイス屋さんに魔法が必要なの?」と尋ねる。相手がどう答えようと、ティースは「別に必要ないよね」と続け、うまく言いくるめようと画策する。
その流れを察した少女は「うん」と答え、「必要だから」と食い下がった。さらに「アイスあげるから」と、幼いながらも器用に袖の下作戦を実行。相手を大いに驚かせる。
しかし、奇策も功を奏さず。ティースは「図書館だから」という理由でアイスを受け取らない。それどころか、取り出したアイスを引き合いに出され、「こんな小さいものを運ぶのに、魔法はいらないよ」と反撃に繋げた。商売するなら、商品を見せてナンボ。アリアは本当の使用方法を切り出せず、ジト目で応戦するのがやっとだった。
ティースはとどめに「魔法使いが、魔法を覚えるんだからさ」ともっともな正論を吐き、この争奪戦に勝利。残念ながら、魔本は少年が購入することになった。アリアは、会計を済ますティースの背中に向かって「せっかく見つけたのに‥‥」と恨めしそうに呟いた。
その翌日。
無念の敗北を喫したアリアが散歩をしていると、人通りの少ない空き地で魔法の練習をしているティースを偶然にも発見。彼の左手には、自分が欲しかった本が開かれていた。
彼の右手に握られたステッキの先に小石があり、それがふわふわと宙を浮いている。これが運搬魔法の成果らしい。
「ふーん、そうなるんだ。あの本、何が書いてあるんだろ‥‥」
本の内容の気になりだしたアリアはその場に立ち止まり、遠慮がちに練習風景を見学し始めた。ティースは彼女の登場に気づくと、大いに驚く。
「きっ、君は、昨日の‥‥!」
アリアを言いくるめたのを、多少は気にしていたのか。その瞬間、アリアに向かって小石が飛んでいく。
「あ、危ない!」
魔法の制御よりも先に、相手に注意を飛ばすティース。彼が冷静でないのがよくわかる。だが、そんな心配は無用。アリアは瞬時に氷の壁を作り、小石を弾き飛ばした。
「大丈夫。気にしないで続けて」
そうは言われても‥‥少年は明らかに戸惑っていた。その後、いくら呪文を呟いても、まともな運搬ができない。
一方のアリアは、実にマイペース。その辺に落ちていた小枝を拾い、ティースの真似事を始めた。彼女は聞き耳を立て、こっそり呪文を拝借。魔法を学習して理解するティースとは違い、アリアは本能的に魔法の原理を理解することで習得を目指す。
だが、それに飽きたのか、アリアは少年に声をかける。
「今の時期は暇だから‥‥私、手伝ってもいいかな」
すっかり集中を切らしたティースは、強がって「いいよ」と答えるが、すぐさま「何か気になってるよね?」とアリアにツッコまれ、大いに慌てた。
「う、あ、え! あ‥‥うん。さ、さすがにね」
最終的に素直な返事をしたティースは、その後みるみるうちに落ち着きを取り戻した。もうアリアの前で失態は見せられない。ここは、男の子の意地が炸裂した。
物体を浮遊させるまではうまくいってるので、あとは安全に運ぶだけ。それを理解し始めた頃から、少年の魔法は格段に安定する。
「慌てずに、ゆっくり」
アリアの応援を背に、ティースはしっかり集中。何度も何度も練習するうちに、拳くらいの石を自由自在に移動させられるようになった。アリアは客観的に見た感想を遠慮なく伝える一方で、「重さは気にならないの?」と魔法に関する質問も投げかける。ティースはそれに対して、魔法への理解を深めるために丁寧に答え、そこから得た情報をフィードバックした。
「ふぅ、なんだか手伝わせちゃってごめんね」
「別にいいよ。じゃあ、休憩だね。アイス、いる?」
ティースは少女の厚意に甘えようと、アイスに手を伸ばす。その時、アリアの空いた手の指が、不自然にちょこちょこ動いているのが見えた。少年は何事かと思いつつも、氷菓を一口頬張る。
「もうちょっとしたら習得できそうだから‥‥あのさ、マスターしたら本貸してあげようか?」
その言葉を聞いたアリアが、不意に何ともいえない表情をする。それは戸惑いか、それとも焦りか‥‥さすがのティースも訝しみ、相手の顔をじーっと見つめる。すると、自分が買った魔本が、ふわふわと宙に浮いて移動しているではないか!
「あっ」
アリアは思わず声を上げる。それはこっちのセリフとばかりに、ティースも「ああーっ!」と叫んだ。どうやらこの少女、アイスで気を逸らしているうちに、黙ってこっそり本を読もうという腹だったらしい。いや、そのまま失敬するつもりだったのかも‥‥なぜ自分よりも早く魔法を使いこなしているのかはさておき、今は魔本の奪還が先決。少年が一歩踏み出すと、アリアも本と一緒にそそくさと逃げ出した。
「魔本、借りてくね」
「僕が貸すって言う前に動かしてるじゃないか! ダメだよ、一度こっちに返して!」
「だって‥‥返したら、もう貸してくれないでしょ?」
「もう運搬できてるんだから、魔本なんかいらないだろー!」
アリアと出会ったのが、運の尽きだったのか。ティースはしばし少女と魔本を追いかけ、走り回ったとさ。
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