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<東京怪談ノベル(シングル)>


過去の自分 今の自分

 モヤがかかった感じがする。
 ここはどこだろう。
 そんなことをぼんやり思っていた。
 あたしは何をしていたんだっけ?
 それさえ思い出せない。
 すると、徐々にモヤがはれ、光の中に郁は吸い込まれた。

「ここは……」
 とても懐かしい気持ちになった。
 ここは母がいた喫茶店の前だ。
「あれは!?」 
 写真でしか見たことのない若かりし頃の父が、喫茶店にふらふらっと入っていく。
 声をかけようかと思ったが、なぜか言葉は出なかった。
 なぜか入るのは躊躇われて、窓からそっと覗き見ると、幼い頃、見たままの母がそこにはいた。
 ガラスが薄いからか、あたしの聴覚が優れていたのか、その両方なのかはわからないが、あたしには聞こえた。
「結婚…」
「しましょう!」
 そう言って2人は幸せそうに抱きしめあっていた。その光景は幸せなカップルとしか見えなかった。

 そこから周りの風景がおかしくなった。ビデオを早回ししているかのように母と父が結婚し、姉が生まれ、そしてあたし自身が生まれ、そして次に止まったのは、とある駅のシーンだった。
 ホームには列車が2両ホームを挟んでとまっているだけで誰もいない。いるのは両親と、姉、そして幼いあたしだけだ。
「考え直してくれないのね」
「あぁ。このままぬるま湯につかっていれば、我々は求道者ではなくなってしまう。あの時、あのプロポーズのとき、それがわかっていれば、私は君とは結婚しなかった」
「そう」
 母の目から涙が一粒だけこぼれた。
「どうして泣いてるの?」
 涙の訳を問う姉には答えず母は微笑んで、
「なんでもないのよ。さあいきましょう?」
「行かないで!!」
 姉の手をとって列車に乗り込む母にあたしは叫んだ。しかし、またも声は音にはならなかった。
「私たちも行こう」
 父もそう言って母の背中をじっと見ている幼いあたしの手を引いて反対側の列車に乗っていった。
「いや。こんなの見たくない」
 目をつむり、耳をふさぐ。しかし脳裏に早回しのビデオのように映像が現れる。母と姉がいなくなった後の生活がフラッシュバックしてくる。

「もう止めて!」
 そううずくまった瞬間、子供の声が聞こえた。
 恐る恐る、その方向を見る。
 そこは崖の上だった。女の子が
「遅いなぁ。なにやってるんだろう。もうすぐひがくれちゃうよ。夜の山は危ないって自分で言ってたくせにさ」
 それは、幼いあたしだった。
 そうだと思い出す。
 ここは父が死んだ場所だと。
 その日、あたしと父は幻の果実を求めてうっそうとした森を彷徨っていた。
 そして幻の果実を見つけたのだ。しかしその実がなっていたのは崖の中腹。手に入れるためには崖を降りるしかなかった。
 父親は
「取ってくるからここで待っているんだよ」
 と頭をなでて、崖をロープもなしに降りていった。それが生きている父を見た最後だった。

 涙があふれる。
 誰がいったい何のためにこんなものを見せるんだろう。もう止めてほしい。こんなにあたしを苦しめないでほしい。そう思った。しかし、映像は止まらない。
 次は母の喫茶店の厨房だった。母がモーニングの定食用にキノコバター炒めを作っている。
「見たことないキノコだね」
 姉が不思議そうに眺めている。
「昨日、お客さんがくれたのよ。『このキノコバター炒めを作れずして究極を名乗るな』って言ってね。親切なお客さんよね」
「ふーん。それにしてもおいしそう」
「つまみ食いはだめよ?」
「えーいいじゃん。少しくらい」
 そう言って姉はできたキノコバター炒めのキノコを口の中へと放り込んだ。
「うん。味は……」
そこまで言って姉は喉を押さえ急に苦しみもがきだした。
「ど、どうしたの?」
 そう言って母が姉に駆け寄り、抱きかかえた。
「苦……しい……助け……て」
 結局、母の腕の中で姉は父の元に逝ってしまった。
「このキノコ知ってる。毒キノコだよ」
 その声に振り返ると、いつの間にかランドセルを背負ったあたしが食材のキノコを見ていた。
 母親は見る見るうちに鬼のような形相になって、
「帰りなさい!!あなたには関係のないことでしょう!もうあなたの顔なんて見たくない!!!」
と、言い放つと幼いあたしを店から追い出した。

 見ていることしかできないあたしの目からは涙が止まらなかった。
 父親と姉がいなくなり、母親からは拒絶される。
 自分の生きている理由がわからなくなって、抜け殻のようになった幼い自分の姿が痛すぎて、心が壊れてしまいそうだった。
「私はいらない子なんだ」
 小学生のあたしはそう呟いて、号泣しながら、砂丘を彷徨っていた。
 その時、ふと紅茶の香りを嗅いだ。その当時のあたしはこの銘柄を当てられないだろうが、今のあたしならわかる。時を越える不思議な紅茶[ビートラクティブ]。これは航空事象艇の燃料の香りだ。小学生のあたしが知覚できることにTCのメンバーは驚いていたが、その中の女性TCが郁にこう言った。
「お嬢さん。もしよかったら私たちの仲間にならない?」
 その人は、どこか母に似ていた。
「なる!」
 迷うことなくあたしはその女性の腕に飛び込んだ。
 今にして思えばあたしはTCになるために生まれてきたのかもしれないと思った。
 例え、TCが死神と呼ばれようが、本当に死神であったとしても、自分を誰かが構ってくれるならそれで構わなかった。
「ようこそ、航空事象艇へ」
 女性がやさしく郁の頭をなでている。
 そしてはじめる早回しの映像。でも今回はつらい思い出だけではなかった。久遠の都の人たちはあたたかく、迎え入れてくれたからだ。

 次のシーンは最近というか私が知っている中で、一番新しい記憶だった。
 切羽詰まった時間犯罪者がガス弾を投げて逃亡したのだ。私達はその特殊なガスを吸って自身の半生を強制的にしゃべらせられて……そこで記憶は途切れている。

あれ?ここはどこ?
次に見えたのは魅しならない天井と消毒薬の匂い。辺りを見回して、ああ、病院なのだと理解する、あと一歩のところで犯人を取り逃がしたあたしは、現場から救い出されたんだろう。
記憶を見て来たからだろうか。
「精一杯甘えたい」
そう思った。
「目が覚めたかい?いや、郁君が求める恋人像は幼少時の愛情不足に起因するんだねぇ。どうりで隙があるはずだ」いつからいたのかわからないが上司にそう指摘されたあたしは
「うっさいわね!あたしのヤリすてが悪いっての?」
そう睨んで、近場にあったものを手当たりしだい、上司に投げた。
そこに同僚が入ってきて一言。
「また、郁さんか」
いつもどおりのあたしに復活したのをみて、同僚苦笑した。
「なによ。あんたもけんか売ってるの?」
「いえ。ぜんぜん」
降参といった感じで同僚は両手を肩の辺りまで上げた。
「ならよろしい」
 あたしは不器用だから、今はこう言う甘え方しかできないけれど、いつか恋人ができたら、その人にだけしかできない甘え方をするんだ。
 あたしはそう心に決めて上司をきっと睨み付けた。
「けんか売ったんですから、覚悟はいいですよね」
その後、あたしによって上司がコテンパンになったことは言うまでもない。



FIN