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Episode.20-U ■ 呪具使い
弧を描いた月の下、廃ビルの屋上で冥月は静かに思考を巡らせていた。
敵と思しき者達の動きは既に散開しているものの、最も大きな気配――つまりは殺気を纏った二人は動く気配がない。
――影が使えれば引込むんだがな。
奇しくも猫セットによって使えない状態だ。
冥月の影の能力は、亜空間へと敵や自身を引きずり込めるというメリットを持ちあわせている。その影の中ならば増援が来る事も、敵を分断する事も容易い。
何よりも、今の格好を見られる事なく対処出来るというメリットはそれ以上に大きな利点となる。一応は「ついで」であるのだが。
「……強い気配の二人は動く気は無さそうだな。気配を消す気もないとはなめられたものだ」
それは自信があるからこその言葉であった。
隠れていないのならいつでも落とせる。暗に冥月の言葉にはそんな思いが乗せられているのであった。
「それなり、といった所だな」
一つの気配がようやく冥月の存在に気付き、一直線に冥月へと向かって進行方向を変えた。
やっと自分に気付く程度の相手に、冥月は能力が使えない状況であっても焦りは一切感じない。それどころか、「やっと気付いたのか」と少々呆れ気味な様子でその気配を感じながら息を吐いた。
「無駄な殺気を撒き散らすとはな……。まぁ私はそんな事はしないが」
屋上からビル内へと足を踏み鳴らし、冥月はビルの中へと入って行く。
光量の少ないビルの中で、冥月はその相手を待つ事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
月明かりですら眩しく感じる程の廃ビルの一階。広間となったその場所で、冥月は腕を組んで佇んでいた。
隠れるつもりはないのか、入り口から堂々と入って来た男を闇の中から冥月が声をかける。
「何者だ?」
冥月の存在に気付いていなかったのか、男は腰を落とし、声の先にいる冥月を睨み付けた。
「黒 冥月。アンタを殺しに来た」
「どうやら、思っていた以上に低能な頭をしているらしいな。何者かと聞いている」
「んだと……?」
「……とは言え、その気配はやはりそれなりか。やはり虚無の境界の差し金か?」
「ハッ、解ってんじゃねぇか。残念だったな、もうテメェにゃ生き残る資格は……――!?」
男の言葉を遮った、冥月から放たれる圧倒的な殺気。男は殺気に呑まれるかの様に言葉を詰まらせて嘆息した。
「何の目的かは知らんが、手加減はしてやらんぞ。せっかく良い所だったのに邪魔してくれたんだからな……」
良い所、というのが男には解らなかったが、その殺気には明らかに不機嫌さが混ざっている。「藪を突いて蛇を出す」とは言うが、今の男の状態はまさにそれだと感じていた。
疑い半分だった実力が、いよいよもって本物だと示された様な状態に、男は嫌な汗を背にかきながら構えた。
「テメェを殺して、俺ぁ上に行くんだよ!」
さながら撃ち出された銃弾、と言った所だろうか。地面を蹴って突進してくるそのスピードに、冥月は眉をピクっと動かした。ついでに猫耳もピクっと動いているのだが、それは冥月の意識とは関係ない。
あっさりと横へと飛び、男の攻撃が届くか否かという所で冥月は攻撃をかわした。
「――ッ!?」
男の表情が強張った。
例え相手がそれなりの実力を持っていたとしても、今の速度を至近距離に迎えてから飛んで避ける事なんて、本来不可能なのだ。せいぜいその初動に合わせて逃げる事で避ける相手はいるが、それには追い打ちが可能だ。
しかし冥月は、自身の速度を理解し、さらにそのタイミングに合わせて攻撃を避けた。
高速で動ける分、それに対して咄嗟の判断が間に合うか否かという所で、冥月は月明かりに照らされながらくすりと嗤う。
「どうした? 自慢のスピードが見切られて怖気づいたか?」
「黙れッ!」
男が追撃をしようと動いたその瞬間に、暗闇の死角から黒い何かが男の横顔に向かって飛び出した。反射的に手を出して受け止めたのが、冥月の蹴りだと気付いたのは、その攻撃の直後だった。それまで一切気付く事のなかった男は、その速度に驚愕した。
――速い。
自身の速度とさして変わらないのではないかとすら感じる程に、その攻撃は早く鋭い。防御が一瞬でも遅れれば、顎を打ち抜き、意識が刈り取られていただろう。
慌てて男は後方に飛び、冥月を見つめた。
黒いスーツに、猫耳に猫尻尾。そして肉球ハンド。月明かりに照らされてようやく視認出来た格好に、男の頬に汗が伝う。
「……成る程。呪具って訳だ」
「……は?」
「チクショウが!」
何度も攻撃を加える男に対して、冥月はあっさりとそれをかわして反撃に移る。その実力差に男は困惑していた。
幾度も最高速度で向かっているにも関わらず、その全てをあっさりとかわす冥月。呪具の力だと勘違いしている分、冥月自身には負担がかかっているとも考えた男。
実際、冥月の表情は眉間に僅かに皺を寄せていた。
しかし男は知らない。
その皺の理由は、冥月が尻尾や耳を触られたらどうしようかと考えているだけである事を。
むしろそんな事を心配していられる程に、冥月は男の動きに対して危機感すら感じていないのだ。
そんな事実を知らない男は熟考し、疲労を待つという消耗戦を選んだ。
しかし、冥月がいい加減にその単調な攻撃に飽きたのか、男を捕らえようと肉球ハンドを伸ばした。
「クソッ!」
男が慌てて後方へと下がる。
ファングの身体を傷付けた程の攻撃力を誇るその肉球ハンドに、男は警戒を強める。勘違いも甚だしいのだが、そんな事を知る由もない。
勝てない相手。圧倒的な実力差。
不意に感じた恐怖にも近い感情に、男は一度出直す事を決めて踵を返して駆け出した。
「む、逃げられた。見誤ったか」
冥月もそんな男をあっさりと逃がすつもりはなく、素早く男へと距離を詰める。
しかし男は追い付かれた事に驚愕しながらも、さらに速度を上げて走り出す。さすがに直進速度では分が悪いと判断した冥月は、男の殺気を感じ取りながら何処へ逃げて行くのかと推測し、屋根伝いに先回りを始めた。
「クソッ! 一体どうなってやがる!」
悪態をつきながら男はひた走る。
速度に自信があり、それを武器に今まで戦ってきたにも関わらず、それが一切通用しないのだ。
その上、どれだけ離そうと走っても進行方向に突如として姿を現す冥月。
冥月から見れば、単調な直線の動きで距離を稼ごうとしている男の動きは、その経験と地理への把握の度合いからしてあっさりと割り出せる。ましてや、一度姿を現した相手の気配を辿る事など造作もない事なのだ。
それ故に、男から見れば自分よりも速い存在なのではないかと錯覚させられる。
男の表情は、色濃く絶望に染まって引き攣っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
戦況を見つめていたグレッツォとベルベットもまた、男と全く同じ感想を抱いていた。
「見た目通りって訳じゃあなさそうだな」
「強力な呪具、かも」
映像を見つめていたグレッツォとベルベットはその答えにどういう訳か納得していた。
「素手でファングの旦那を殴り続けたってのも、あの猫手の呪具のおかげか」
「グローブ代わり、かも?」
「あぁ。恐らく呪具としての強度を十二分に発揮しているんだろうよ。見た目のワリに、なかなか凶悪な装備してやがる」
誰がニャンニャンする為のアイテムだと思うだろうか。
無音の暗殺者が身につけている装備を見てそんな「当たり前な使用用途」を思い浮かべない彼らは、見事なまでに勘違いを発動させていた。
「でも、何であんな萌え装備してるのか解らない、かも」
「あめぇな、ベルベット」
グレッツォが全てを悟ったかの様に口を開いた。
「猫ってのは狩りをする野生の動物、言うならばハンターだ。あの見た目になる事で戦闘意欲をあげて反射速度をあげる効果があるのかもしれねぇ」
「……成る程。なかなか厄介な装備、かも」
「あの呪具をつけているせいか、能力すら使わずに圧倒するとはな……。黒 冥月、なかなか厄介な敵だぜ……」
虚無の境界によって、憂の発明品は呪具と認定されるのであった。
to be countinued...
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ご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。
呪具認定されてます←
まぁ、普通に考えて冥月さんが猫装備してる時点で、
ニャンニャンする(死語)アイテムだなんて思いませんよねw
この情報が虚無の境界本陣に一体どう伝わるのやらw
シリアスになりきらない流れで笑えてしまう、そんな展開にw
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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