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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


異界食べ歩きツアー・3rd






「はぁ……」

 普段から気さくで明るい彼の事を知っている人間ならば、彼がこんなにも落胆しつつため息を漏らしている現実を目の当たりにすれば、「何事だろう」と心配するだろう。

 瑞希はどうにもテンションダウン中であった。
 その哀愁漂う背はがっくりと下がり、いつもの明るさはない。

 その姿を見て、どうにか思いつくもの。
 それは失恋や恋の病――

「今回誰も誘えへんかったぁ……。食べ歩きツアー……」

 ――……否、花より団子であった。

 前回のピザ屋巡りはなかなかに楽しく、やはり一人よりも誰かと一緒に食事をする方が楽しいと考えるに至った瑞希であったが、今回はスケジュールの都合上、敢え無く断念するに至った。

「……はぁ。今日は異界情報人が言っとったトコ、行こうと思ったんやけど、しゃーないな……」

 異界情報人から教えられた所。

 すなわち今回のお題。それは【串カツ】だ。

 肉や野菜などを串に刺して、衣を付け油で揚げた日本のカツ料理。それが異界にあるという事自体が瑞希にとっても興味の対象なのだが、問題は『何を揚げているか』といった注目ポイントである。

「しっかし、異界にも串カツあるんやなぁ……。うちとしては嬉しいんやけど。何や変わりモンあるとえぇなぁ」

 一人である事には残念ではあるが、それでも瑞希は気持ちを切り替えて異界へと向かって歩き出した。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 異界情報人からもらった情報によると、今回行く界隈は所謂ところの飲み処の多い場所だ。海鮮料理から焼肉などが多い繁華街に比べて、どちらかと言えばちょっと外れにある、知る人ぞ知る店といった所だろうか。
 相変わらずそういった店がある情報は得ているものの、店の名前などに関しては指定していない瑞希。何せ彼は、自慢の鼻を使って店を見つけ出すのが主流となっているのだ。当然、美味い店は美味い匂いから、というのが瑞希の考えであったりもする。

「……ここが良さそうやな」

 瑞希が立ち止まった一件の店――否、それは店とは呼べない程の小じんまりとした屋台型の小さい吹き抜け店舗であった。
 数人程度が座ってしまえばそれだけで満席となるであろう作り。しかし、他の店とは違って一つ一つの香ばしい匂いが食欲を唆るその匂いは、外に剥き出しになっている屋台の醍醐味と言えるのではないだろうか。

 早速瑞希はカウンターになっている椅子へと座り込んだ。

「いらっしゃい」
「うち初めてここ来たんよ。オススメくれへん?」
「おう、何本ぐらいいっとく?」
「せやなぁ、とりあえず五本ぐらいで」
「はいよ。飲み物は?」
「ビール!」

 流れる様な会話。瑞希は早速手渡された中ジョッキ程度のビールを口に運び、満足気に息を吐いた。おっさん臭いと言う事なかれ、これは一種の伝統である。瑞希の言だ。

 串カツの種類は基本的に日本独特の物らと同じといった所だろうか。
 日本の串カツ文化はそもそも地方によって多岐に渡る為、オリジナリティを求めるのも些か酷というものではあるのだが。



 例えば関東地方での『串カツ』といえば、豚肉を角に切ったものと、玉葱もしくは長葱を切ったものを交互に串に刺し、豚カツの要領でパン粉をまぶして揚げたものである。
 豚カツと同様、千切りキャベツと共に皿に盛られ、ソースも皿の上からかけるのが一般的で、これを一般的に『串カツ』と言うのだ。

 そして愛知県の名古屋など、特に中京地方で「どて煮」とともに串カツを供する店で頼めば、どて煮の八丁味噌の煮汁に串カツを浸けてる。
 どて煮の汁に串カツを浸けて食べるのが名古屋めしの一つである味噌カツの始まりとの説もあるのだが、それは余談である。

 近畿地方、特に大阪府においては、小ぶりに切った牛肉や魚介類、野菜を個別に串に刺して衣をまぶして揚げた料理を指す。関東、中京地方のものに比べ、様々な食材が串カツになる。



 つまる所、『串カツ』という食べ物は、実にその選択肢が広く、定義が難しいのだ。特に瑞希は大阪人。その『串カツ』の定義としては海鮮の魚なども含まれていて、守備範囲は非常に広いと言える。

 そこで大事になってくるのは、油の嫌味がないか。そして食材の味がしっかりと生きているか。更に、ソースとの相性はどうか。この三つに重きが置かれる。
 フレッグネックの肉、と書かれた明らかに蛙に見えた肉などもあったが、その辺りは変わり種としてはハードルが高すぎる。

 それでも、異界の串カツは瑞希に新鮮な出会いと感動を与えた。

 野菜の素揚げなどにも負けない、異界ならではの食材の肉厚のある野菜の甘みは串カツとしての特性を十二分に生かし、その相性の良さを瑞希に見せつけた。
 本来、素揚げされた野菜は何処か味気なくなってしまうのだが、その野菜は甘みを与え、何を浸けずとも味が生きているのだ。

 次に瑞希は肉へと手を伸ばした。

 基本は日本と同じかもしれない。パン粉をまぶしてあげた物。見た目では日本のそれらとは何ら変哲もないのだ。
 ただ一つの違和感として、ソースの粘度がやたらと高い事だけを除けば何も違和感などなかっただろう。

 からみついたソースが衣に染みていく。
 塩分が強いソースであれば明らかに浸け過ぎだと言える量ではあるのだが、どうやらこれが普通らしく、周囲で食べていた客達は迷う事なくそれを口に運んでいた。

 瑞希も口に運び、一噛み。
 染み渡ったソースの豊潤な香りが広がり、嫌味のない味わい。まさに食材とのバランスが十二分に旋律を奏でていた。

「うま……っ」

 思わず口から出てしまう言葉に、店主はひっそりと口角を吊り上げた。もちろん、それを瑞希が知る由もないのだが。






 瑞希が酒と料理に舌鼓を打っている頃、狭い屋台型の店内は既に人で溢れていた。酒の席で大きな声が飛び交う事は多いが、どうにもその雰囲気とは違った剣呑とした雰囲気がその場に流れ始める。

 瑞希が視線を向けると、その先ではどうやら諍いが起こっている様であった。

「んだとぉ!? もっぺん言ってみろよ、テメェ!」
「あぁっ!? 何度でも言ってやんよ、コラァ!」

 酒の席でのヒートアップに、瑞希が立ち上がって宥めに入った。

「まぁまぁ、落ち着いてぇな」
「んだ、コラ!」
「外野はすっ込んでろ!」

 異界でなければ、瑞希を見てそんな言葉を言う人間はいないと言っても過言ではないだろう。『Mist』のメンバーにそんな事を言えば、ファンからの酷いブーイングが飛ぶ可能性すらあるのだが、さすがに異界ではそれはない。

 次第にヒートアップするその喧嘩の熱は、宥めに入った瑞希を無視して加熱していく。どうやらこのまま収まってくれそうにはない様だ。

「えぇ加減にせんかい!」

 瑞希の両手からゲンコツが飛び、二人の男を一撃のもとに地面に叩き伏せた。
 少なくともガタイの良い二人。ただの人間の様な見た目をした瑞希に一撃で叩き伏せられる事など誰もが予想だにしていなかった。

 しかし、既に二人は地面に顔をつけ、その場で沈み込んでいる。

「美味い飯! 美味い酒! 何が不満やねん! それを不味くする様な真似ぇ、うちが許さん!」
「「すいません……」」

 大の大人二人が、瑞希に叱られてその場で肩をガックリと落としていた。

「店のおっちゃんとおばちゃんに謝り!」
「「すいませんした……」」

 唐突な仲裁に混乱しながらも、店主の二人は笑って彼らを許した。瑞希もそんな姿を見て、ふと表情を緩めた。

「さぁ、仲直りの乾杯や。ほら、いつまでもそないなトコ座っとらんと、はよジョッキ持ちぃな。おっちゃん、生三つや!」
「はいよー!」
「いや、俺達は……」
「その、迷惑かけたんで……」
「アホ言うなや。迷惑かけたって思うんやったら、もっと飲んで食って銭落としてあいこや。ほら、乾杯するで」
「あ、アニキ……!」
「呑ませて頂きます!」
「ほらぁ、もう皆のトコにも生追加や! おっちゃん、皆で乾杯や!」
「お、太っ腹だねぇ!」
「おう、良いね! アニキ!」
「かんぱーーい!!」





 串カツにも酒にも満足出来た瑞希は、ドンチャン騒ぎになった店内を見つめながら、もっと良い物を発見出来た、と満足げに頷いた。

 飲み仲間。

 人の出会いは一期一会。それでも、新たな出会いが生まれて仲間が出来た、かけがえのない財産に、瑞希は笑っていた。

 それこそ、いつもの仲間を連れて来られなかったのは残念ではあったが。

 また来よう。
 そう思える、プライスレスの気持ちを胸にして、瑞希はその夜を過ごしていくのであった。






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ご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。

異界食べ歩きツアー第三弾、いかがでしたでしょうか?
串カツは良いですよねぇ……w

思わず昼間から酒を飲みたくなるのは仕方ないですね←
まったく、なんという魔性の食事だ……←

お楽しみ頂ければ幸いですw

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司