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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.13 ■ 崩れた鴉の陰謀





「させるか!」
「邪魔すんなぁ!」

 二人のアリアが抱き合うその瞬間をファングとエヴァが阻止しようと飛び出すが、ルカが巨大な火柱を舞い上げてその進行を阻止した。
 紅い火花が舞う中、その圧倒的な火力を前に二人の足が止まった。

 ――ルカの判断が功を奏した。

 突如ルカの背後で光が舞い、青白く染まった冷気の妖力が風を巻き起こして火花を弾き飛ばした。
 ピキピキと音を立てながら地面に氷が走る。

「アリア!?」

 ルカが振り返ると、そこにいたアリアは過去にルカが対峙した時と同じアリアの姿があった。おっとりとしているいつもの雰囲気ではなく、細めて鋭くなった視線。そしてその小さな身体から発せられている青白い妖気の奔流。

「……愚かな謀で、ずいぶんと面倒な真似をさせてくれたわね」
「げ……っ、キレてる……」

 仲間でありながらルカが思わず声をあげる。

 しかしこの状況に困惑したのはエヴァとファングであった。
 ドッペルゲンガーを味方にした事は良かった。しかし、ドッペルゲンガーに『この状態のアリア』の姿の片鱗は一切なかったのだ。

 口調と態度の冷たさに、声のトーンの低さ。そして、恐ろしいまでに冷たい妖力。

 どれもが想定外だっただけに、エヴァとファングは攻撃の手を休め、そのアリアに見入ってしまった。

 ――その一瞬さえなければ、アリアに向かって間合いを詰める事も可能だっただろう。
 刹那の判断ミスが、アリアの攻撃を生み出させる引鉄となった。

 上空にアリアが手を翳すと、それに応えるかの様に空気中に氷の槍が生み出された。長さにして一メートル。五十センチ以上の太さを持った、無愛想に尖っただけの氷の槍。
 それが十本以上も上空に現れ、視認したエヴァとファング目掛けて一斉に襲い掛かる。

「――ッ!?」

 常人ならば逃げる事は叶わないだろうその攻撃を、エヴァとファングが左右に散って回避に成功する。安堵する間もなく、エヴァには炎の球が、ファングには氷の槍が追撃を続ける。
 必然的に一対一を強いられたエヴァとファング。過去の戦闘経験からファングにはアリアに対して引けを取らない自信があったのだが、この状況に舌打ちしたのはエヴァだった。

「――マズい! ファング! 引きなさい――!」

 ルカの放った火球を避けながらエヴァが声をかけるが、ファングにはその声は届いていなかった。

「――おおおぉぉぉッ!」

 間合いを詰めようと走ったファングに、直立したまま髪を揺らしたアリアの口元が僅かに動き、直後ファングの足元が固定される。何事かと足元を見つめたファングは、ようやくその罠に気付いた。

 アリアが先に放った氷の槍が、刺さったその周囲数メートルに渡った大地を凍らせていたのだ。さらにアリアが妖力を込めた事で、ファングの足は一瞬にして凍らされた。

 凍らされたとは言え、ファングはその程度の氷ならば砕けば良いと考え、アリアから視線を外した。

 ――その一瞬を、今のアリアが見逃すはずもない。

 ファングが視線を逸らした瞬間、アリアは上空に飛んだ。先ほどと同じ氷の槍を具現化し、その槍に乗ってファングとの距離を詰める。
 自由を得たファングがその気配に気付いて上空へと現れたアリアを睨むと、アリアは小さく口角を吊り上げ、氷の槍から後方に向かって宙返りしながら降りる。

 ――避けれる。

 そう思ったファングの腹部を、鋭い傷みが走った。

 先ほどファングを固定した周囲の氷が、ファングの身体目掛けて牙を剥いたのだ。大地から生まれた氷の刃がファングの身体を貫き、その場に縫い止める様に身体の横へと何本も伸びて現れた。

「しま――ッ!」

 抜け出せない事はないが、上空から迫る氷の槍がすでにあと二メートル程度の位置まで迫っていた。

 エヴァがファングをフォローしようと構えるが、その進行はルカによって遮られた。

「邪魔させない!」
「く――ッ!」

 エヴァの援護が間に合わず、ファングに氷の槍が刺さるかと思われたその瞬間、上空で氷の槍が突如ファングのいる一帯を覆う様にバリバリと音を立てながら円状に広がり、ファングの身体を包み込んだ。

 何をしたのかとエヴァがアリアを見つめると、アリアは手を翳して笑っていた。

「おやすみ」

 冷たい笑みに、エヴァの背筋を悪寒が駆け抜ける。
 ファングの周囲二メートル程を氷が覆うと、半透明の氷の中でファングの身体を縫いつけていた氷が一斉に水に代わり、その中に水を満たし始めた。
 急いでファングがそこから脱しようと試みるが、覆っていた氷は分厚く固まり、地面には水が充満し、すでに腿に届いていた。

 ――その数秒後には、中を水が満たし、パキパキと乾いた音を立ててファングの身体は氷のドーム状に作られた世界の中で氷結された。

「……まだ間に合うわよ? せいぜいあと五分ぐらいなら、ね」

 エヴァに向かって視線を移したアリアが口を開いた。
 小さな声で「怖っ」とルカが言葉を漏らしたが、その言葉に同感を抱きたいのはエヴァである。

 思考を巡らせながらも、その絶望的な状況にエヴァは息を呑む。
 分厚い氷の中にいるファングを救う事は、もはや絶望的だろう。ましてや、ここでファングを救おうとすれば、ルカとアリアの二人を相手にする事になる。

 最初は問題ないと考えていた。
 アリアが『覚醒』さえしていなければ、ファングと自身の実力さえあれば解決出来る。そう考えていたのがエヴァの心算だったのだ。

 しかし現実は違った。

 狂い出した計算の上に、今から新しい式を構築する事は難しい。
 圧倒的な不利を悟りながら、エヴァは半ば諦め気味に、それでもアリア達に向かって駆け出す――。






◆◇◆◇◆◇◆◇






 一方で、武彦はIO2と連携を取りながらも妖怪退治に精を出していた。

「くそ、キリがねぇな」

 呪物の銃を構えながら煙草を咥え、次々に妖怪を撃ち抜いては霧散させていく。かつてのディテクターの姿がそこにある。

「それにしても、桂のヤツ、何処行きやがったんだ……?」

 妖怪退治をしているその場所に、桂の姿は存在しなかった。
 戦闘が出来るかどうかは別としても、桂ならば戦力になるだろうと考えていた武彦だったのだが、その考えは見事にアテが外れていた。





 ――桂は既に、動いていた。





 鴉は眼前に突如現れた、中性的な男性か女性か区別のつかない者――桂を見つめて目を大きく剥いていた。

「ど、どうやってここへ……」
「時空を大きく捻じ曲げた事によって、世界は歪んだ。その代価に、貴方は何を差し出すのです?」

 鋭い眼光を放った不思議な雰囲気を持った桂は、鴉を前に静かに告げた。

「だ、代価だと? そんなもの――ッ!?」

 鴉は自分からその口を閉じ、自らの手を見つめた。

「ど、どういう事だ……! な、何故《消えかけている》……!?」
「世界の“定義”に反した貴方は、世界から除外される。担い手として、当然の事をしたまでです」
「……ッ! まさか、貴様も“時空”を……――」
「――抹消《デリート》しました。“過去の貴方”を」

 徐々に薄くなっていくその姿に背を向けて、桂は懐中時計を静かに握りしめ、その場から姿を消した。





 ――“世界”の修正。





 一度未来へと飛んだ桂は元凶である鴉と呪術師を見つけ出し、その二人の過去にある“干渉”を行った。
 過去に戻った桂は、歪まされる前の世界へと飛び立ち、《タイムマシン》を魔術師が投げ込んだ瞬間に回収し、“歪み”の存在を否定した。
 そして、鴉は呪術師がタイムマシンの騒動に失敗した事で、“今の世界”の定義から外され、除外された。

 過去に戻って処分すれば、世界のバランスに影響する。
 だからこそ、呪術師のタイムマシン騒動を利用しただけに過ぎない鴉は、呪術師の一計が失敗しただけでその除外対象に含まれると判断した桂は、それを行なって“世界”の修復に入ったのだ。

「……“世界の定義”は戻り、修正は行われた。あとはあの子達に、それを告げなくては」







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 善戦虚しくも、エヴァとファングは氷の中で眠っていた。そこへと訪れた桂は、アリアとルカに事の顛末を告げる。

 ――《タイムマシン》が一体何を生み出し、世界がどうしてこうなったのか。

 ――『世界の修正』によって、この異世界と現実世界が元に戻る事。そして、ルカとアリアはそもそもの世界が違う為、このままお互いの世界に戻るべきだと桂に告げられた。

「……ルカちゃんと、さよならするの?」

 普通の状態に戻ったアリアが桂に向かって尋ねると、桂は小さく頷いた。唐突な現実に、アリアもルカも言葉を失ってただ俯いた。

「世界の定義によって、ルカさんは一度異世界に戻されます」
「……はは、やっと帰れるって訳ね」

 ルカが口を開いた。

「アンタもさ、良かったじゃない。これで何もかも元通り。アンタは平和に暮らせて、アタシは元の生活に戻る。全部解決ってね」
「…………」
「ねぇ、桂って言ったわよね。その『世界の修正』って、記憶とかも消えちゃったりするの、かな?」
「本来であれば、そうなりますね。記憶は消え、何事もなかったかの様に世界は元に戻ります」
「……そっか」

 遠い空を見つめながら、ルカは返事をした。アリア達に背を向け、頭の後ろで手を合わせながら、ルカは振り返ろうとしなかった。

「そろそろ、この世界は戻ろうとしている様ですね」
「あ……」

 アリアが自身の手を見つめると、透明になっていく事が分かった。
 徐々に消えていくその身体で、ルカに声をかけようとするが、言葉が思い浮かばない。
 アリアが手を伸ばすと、既に手は消えていて、ルカには届かなかった。

 ――ルカが振り返り、目尻に涙を浮かべて笑みを浮かべた。

「楽しかったよ、アリア」
「……私も、楽しかった……。楽しかった……」



 ――「バイバイ、アリア」








 ――こうして、世界は修正され、何気ない日々の中へと戻ってきたアリア。

 彼女は何故か、炎が苦手ではあるものの、嫌いではなくなっていた。
 何処か懐かしい笑みが、炎を見る度に僅かな記憶の中に思い出されるのだ。

「行ってきます」

 台車を引いて、アリアは店を後にする。
 日常に戻ってきたアリアは、失った記憶が解らなくとも、なんだか温かい感情を知った様な気がしていた。

 ――桂がアリアとルカのお互いの記憶を戻せるという事を知るのは、また別の話だ。

 《タイムマシン》の騒動は、こうして決着を迎えた。
 鍵屋 智子の手元にある《タイムマシン》を除いて――。







                          FIN



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ご依頼ありがとうございました、白神 怜司です。
今回のお話で、ついに終幕を迎える事となりました。

鍵屋の持ったタイムマシンが何処かで繋がるのか、
あるいはルカが再登場するのかなどは、いずれまた
ご依頼頂けた時に指定して頂ければ、と思います。

長期間に渡っての連載、ありがとう御座いました。
お楽しみ頂ければ幸いです。

また機会がありましたら、宜しくお願い致します。

白神 怜司