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Episode.20-V ■ 情報収集
『虚無の境界』ベルベットに仕える斥候部隊“マリーゴールド”。
彼女達は今回、一人の対象――“黒 冥月”の情報収集に当たる事になっていた。
今彼女たちが持っている情報は、以下の通りであった。
・最小で最強と謳われた組織出身。
・それをたった一人で壊滅させた暗殺者。
・物理的、魔術的、科学的攻撃が一切通じない。
・黒い影の様な物で全て防がれる。
・能力は全方位、数で攻めても無駄。
・一度戦った者は二度と再戦を望まない。
彼女達が情報屋から買った情報である。
その情報を聞く限り、黒 冥月の戦闘能力は『虚無の境界』においても圧倒的強者に当たる事は十二分に想定出来るという物だ。
しかし、彼女達がこんな情報のみで納得する訳もない。
何せ、今自分達が得た情報は、全てを総合すると『弱点無し』という判断しか出来なくなってしまうのだ。
――ベルベットの傘下、“マリーゴールド”の情報収集能力において、そんな報告を上層部にする訳にはいかない。
斥候とはすなわち、情報を集めて利を手にする為の者。
そんな自分達が、ろくすっぽ役にも立たない情報を持って帰る事など言語道断である。
故に彼女達は、黒 冥月の身辺を探る事にした。
もしも本人に弱点がないのであれば、本人の周囲を探れば良い。
家族がいないなら恋人を。
恋人がいないのなら友人を。
友人がいなかったら……。
その時彼女達は何故か同情を催すのだ。
――そうして彼女達は、情報収集の為に一般人に紛れ込む。
■□――近隣に住む街の一般人・八百屋――□■
「あぁ、冥ちゃんね!」
「め、めいちゃん?」
ここは草間興信所から徒歩十分程度の場所に広がる商店街だ。
斥候部隊に所属している、歳の頃は二十歳程度の若い女性がゴシック衣装に身を包んで情報を収集しているその様子は、確かに誰も斥候などとは思いもしないだろう。
そんな彼女は思わず言葉を疑った。
「一年くらい前だったけ? 草間さんのトコに入ったアルバイトさんでしょ? 最初はちょっとツンツンしてて無愛想な子だったけど、最近は綺麗になったわよねー」
「おう、そうだなー。あんな唐変木にゃ勿体ねぇ美人さんだぜ」
八百屋夫婦に聞いてみた所、どうやら好印象な評判を得ているらしい黒 冥月。
彼女を置いてけぼりにして、夫婦はさらに口を開いた。
「探し物があるんだったら、一度訪ねてみると良いよー」
「あぁ。なんせあの子に頼めば失くしたものもあっという間に見つかるからなぁ!」
――彼女は困惑する。
事前に情報屋を介して手に入れた情報では、明らかに『孤高の暗殺者』だ。
実力はもちろんの事、その出生だったそれに当てはまる。
なのに、どうしてこうなった?
暗殺者が探し物? 一体どういう事だ?
彼女の頭の中には、どうしようもない疑念ばかりが浮かんでいく。
「そういえば、冥ちゃんは街の“美化活動”にも積極的に参加してくれたわねぇ」
「あぁ、確かになぁ」
思わず彼女は尋ねた。“美化活動”とは何か。
街のゴミ拾い運動などと言った、まさに近隣住民が集まって土曜日や日曜日の朝から行う姿を想像して、彼女は眉間に皺を寄せる。
不可解な行動だ。
「今じゃあ『姐御』なんて呼ばれて、アイツらも迷惑かけたりしねぇからなぁ」
「そうそう! それに、変なみかじめ料だか何だかっていうのも取ろうとしなくなったしねぇ」
美化活動の内容は常識とは逸脱しているらしい。彼女はそう自分の中で情報を修正する。
「美人で有能なんて、草間さんってば女運だけはあるのねー」
「まったく、勿体ねぇなぁ」
ガッハッハと高らかに笑う夫婦にお礼を告げて、彼女はその場を去った。
メモには、『美人で探し物をする。掃除好き(?)』と書かれている。
どうやら修正は意味がなかったらしい。
■□――商店街ケーキ屋――□■
小腹が空いた時、女性は甘い物に目がないと言う。
ショーウィンドウの向こうに並べられた甘美な空間に視線を向けるのは、斥候である前に一人の女性である彼女もまた例外ではない。
カランカラン、と軽快な音を立てて彼女は手押しの扉を開いた。
「いらっしゃいませー」と元気で明るい女性の声を耳にしながら、彼女は並んだケーキに目を輝かせてごくりと喉を鳴らした。
少し多めにシュークリームを買いながら、彼女は任務を続行させる。
「あぁ、黒さんですね。よく来て頂いてますよ」
彼女はその言葉から、まさかここは隠れた情報屋なのではないかと目を光らせる。
頻度を尋ねると、週に三回程度は通うそうだ。
「いつも「土産に」って言ってますけど、あれは絶対違うと思うんですよね〜」
ニコニコと笑いながら答える店員に、彼女はメモ帳にボールペンを走らせる。
――成る程、やはりここは情報屋なのだろう。土産話とはよく言ったものだ、と解釈しながら、彼女は続きを促した。
「私? 私が思うには、多分あれは全部自分用だと思うんですよ! だって、あんなに嬉しそうな顔してるし!」
――ふむ。やはり情報は自分で手にしている、と。やはりここは隠れた情報屋だろう。だとすれば、ケーキ屋という表の顔はどうやらフェイクの様だ。
他にはどんな客が来るのか。それによって、仲介をしている人間を割り出せるのかと考えた彼女は尋ねた。
「お客さん、ですか? ここは親子連れの方がよくいらっしゃいますね」
彼女はその言葉に驚愕した。
親子連れで来る事で、自分達が裏の世界に生きる者だという事を隠していると言うのか。
ケーキ屋という、一見すれば何ら変哲もないこの店に入る為に、わざわざ子供を用意してまで自分の身分を偽る徹底ぶりに、彼女はメモ帳に書き込む。
『裏事情に詳しい、真の情報屋はケーキ屋』
■□――情報屋Part2――□■
アンダーグラウンドに精通している情報屋は何も一人じゃない。
彼女はその界隈で裏事情に精通している、ある男に接触を計った。
既に空は夕闇に覆われ、賑わっていた商店街も徐々に閑散としていく中、彼女は地下へと続く、どこか異質な雰囲気を放っているバーへと顔を現した。
この場所で、情報屋に接触出来るという情報を手にしていたのだ。
ここに来るまでに得た情報を整理するが、どれも黒 冥月の欠点には遠く及ばない。それどころか、黒 冥月はこの商店街に良いイメージを埋め付け、自分のホームへと変えているのではないかとすら感じさせられた。
だからこそ、斥候である彼女は最期の頼みである情報屋へと接触するのだ。
この世界において、情報屋を生業としている者は誰にも肩入れしない。だが、商店街の人々はどう考えても黒 冥月と無関係を装っている。
だからこそ、この付近で集めた情報だけでは心許ないのが心情であった。
「……お前さん、虚無の連中だな?」
男と接触して第一声でそれを告げられ、彼女は静かにナイフを隠し構えた。
まさか情報を収集しているのがバレて、自分が消されるのではないか。そんな恐怖が心臓の鼓動を強く打ち付けていた。
「おいおい、そう構えんな。裏の世界の鉄則を破るつもりはねぇよ」
グラスに注がれたブランデーをクイっと傾けながら、男は口を開いた。
「草間興信所と揉めてんだろ。忠告だ、彼らに手出すのはやめとくこった」
どういう事だ?
彼女はその問いを男にぶつけると、男は今度は煙草を咥え、火を点けた。
「あそこの所長――草間 武彦も大概謎だが、何より厄介なのは黒 冥月という女だ。能力の厄介さ以上に、体術や暗殺技術も世界屈指と来てやがる」
紫煙を吐き出しながら男は視線を彼女へと向けた。
「何より、だ。年端のいかねぇガキの頃から潜り抜けてきた修羅場の数。それこそ、尋常じゃねぇ。その経験値の高さ、俺なら近づくのも嫌だね」
彼女はその言葉を聞いて、確信した。
黒 冥月の弱点は誰も知らず、その恐ろしい実力ばかりは知れ渡っている。
弱点がないのか、或いは隠しきっているだけなのか。
それは解らずとも、彼女はその事実に戦慄した。何せ、どこからどう情報を集めても死角が見つからないのだ。
背を走り、頬を伝う嫌な汗。
それを見つめていた男が席から立ち上がり、「精々気つけな」と言って席を後にした。
しかし男が不意に足を止め、振り返った。
「そういや、東京来て以降暗殺した情報は一切ねぇ。それがどういう意味かは解らないが、眠れる獅子を起こすなんて野暮、しねぇ方が良いぜ」
彼女にもその言葉の意味は理解出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
斥候部隊“マリーゴールド”は、この情報収集の結果をベルベットに報告した。
内容は以下の通りだ。
『黒 冥月は一般人を利用し、この街そのものを情報屋の巣窟にしながら、社会的に援助を受けれる状況を構築してある。しかし、街の者は駒に過ぎない様子で、そこに弱点は漏らされていない。
真の情報屋はケーキ屋。しかし仲介人は親子連れで偽装している為、特定は不可。
正規の情報屋は、彼女らを恐れ、接触すらしていない様子』
その内容に、ベルベットの表情とグレッツォの表情が凍り付いた頃、冥月は既に準幹部との戦いを終わらせていた。
to be countinued...
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ご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。
今回は見事なまでの錯乱情報収集をした、
ベルベットの傘下の斥候部隊でした。
完全に斜め上に戦闘能力を誤解されていくという、
見事なまでの暴走ぶりを発揮してみましたw
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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