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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Dominant−





 セシルは、ふらふらとよろける足取りで、腹に手を添えてその場に膝を着いた。
 何も知らない人から見れば、突然の腹痛に立っていられなくなったと思われるかもしれない。実際、セシルの腹部には今だ癒えない傷が残っているためあながち間違いでもないのだが、病院へ行けば治るだろうとい希望的観測が当てはならないという部分では違っている。
(何故――…!?)
 心臓が、ドクン。と、跳ねる。
 怪我を受けた時のショックによる暴走は何とか直ぐに抑えることが出来た。けれどこれは違う。
 怪我によるものではなく、ただ、単純に、渇く。
 誰かを欲して止まない渇きに混乱し、そして、その変化を何とか押さえ込もうとしているの、また、セシル自身だった。






 セレシュ・ウィーラーは前回セシルが言っていた生活環境に一抹の不安を覚えつつ、やっぱりどうにかするべきなのではないかと考えつつ、買い物袋片手に家路に着いていた。
 かと言って、現在の住処までは聞きだしていなかったことや、携帯電話などの連絡機器を持っていない現実に、どうしたものかと首を傾げる。
「!!?」
 突然横道から目の前に倒れこんだ人物に、セレシュの足が止まる。
「セシル!?」
 今は、“どっち”だ?
 黒髪が一瞬にして銀髪へと変わり、それもまた瞬きの後に黒へと変わる。
 変化を繰り返す様は明らかに異常で、セレシュは思わず駆け寄るが、すぐさま拒絶のように伸ばされた手に足を止められた。
「…こないで!!」
「せやかて、どう考えてもおかしいやろ!?」
 頭を抱えるようにして顔を上げたセシルの瞳は、まだ赤くは染まっていない。けれど、頭の髪の色だけは銀へと変わり、まるで、最初に出会ったときのように、強制的な吸血鬼化が起こっているように見えた。
「どうしたん? あの神父にまた会ったんか!?」
「…ちが、う…!」
 首を振るセシルに、セレシュは辺りを見回し、急いで人払いの結界と隠蔽の魔術を施す。
 例え神父には利かなかったとしても、一般人の乱入だけは避けたい。
「…逃げて、セレシュ!!」
「!?」
 今まで逃げるに相当するような言葉はよく聞いていた。けれど、それは目の前に神父が居る時のものだけ。
「早く! 私が、私でいるうちに…!」
 焦点が合わない瞳は見開かれ、相当苦しいのか先ほどからヒューヒューと、肺から漏れたかのような呼吸を繰り返す。
「なんやそれ!」
 自分では頼りにならないと思っているのだろうか。それとも、危険に晒したくない? 危険ならば今までだって何度もあった。今更過ぎる。
 それとも―――
 セレシュはぎゅっと奥歯をかみ締め、そんなセシルの言葉など無視してずかずかと歩み寄ると、ぐっとその肩を掴み、その顔を覗きこんだ。
 瞳に映った顔は、驚きに彩られていたが、汗によって額に引っ付いた髪と、左右で別れた人と獣の瞳が、異様な状況を物語っている。
 人である自分と、吸血鬼としての性がぶつかり合い、ギリギリの状況を繰り返す。
 セレシュに掴まれたまま、ふっとセシルの視線が飛ぶ。
 訝しげに首をかしげつつ、戻ってきたその瞳に、ぐっと息を呑んだ。
 それは、まるで獲物を見つけた獣のように鋭く、血の色に染まった瞳は、今までの吸血鬼化した瞳とは全く違う。
 がっと大きく開けられた口から牙が覗く。
「…っ」
 咬まれるかもしれない。それでも、セレシュは抱きしめずにはいられなかった。
「しっかりしぃ! 吸血鬼になりたくないんちゃうんか!!」
 叫ぶ。諭す。どうか、この言葉が届きますように。
 “人”であるセシルが、どうか、居なくなりませんように。
 抱きしめられたセシルは、一瞬驚きに瞳を大きくしたものの、すぐさま鼻腔を突いた“生きた”匂いに、細かく痙攣のように唇を振るわせながら、ゆっくりとその口を開いていく。
 鋭く尖った牙が口の隙間から鈍く光る。

 ドンッ―――!!!

 はぁはぁと肩で息をして、セシルは思いっきりセレシュを突き飛ばした。
 弾かれた様な驚きに彩られたセレシュの顔に、セシルは眉根を寄せてよろよろと数歩後ろへと下がる。
「違う…ダメ! なんで、こんなっ……」
 衝動をどうにか抑えようとしているのか、自分自身を抱きしめた指先の爪が腕に食い込み、赤い筋が垂れる。
「……セシル自身も苦しいんやな」
 それに呼応するように、今だ癒えぬ腹部の傷も熱をおび、服を赤く染め始めた。
「意地はっとる場合やないやろ…!」
 その場から自分を抑えることで精一杯のセシルは、それでもただセレシュにこの場から離れるよう、伝え続ける。
 この状態からいつ開放されるか分からないのに――いや、衝動に負けてしまい――このままセレシュがこの場を去ったら、人払いと隠蔽の術が解け、セシルにとってだけでなく、ここを通りかかるかもしれない知りもしない人にも危険が及ぶ。
(仕方ないわ…)
 これはもう、落ち着くどころではない。
 人である名残は、微かに残る理性だろうか。それも、細い糸に縋るかのような危ういもので、何時理性を失い暴走してもおかしくないように見えた。
 セレシュは、セシルをすっと見つめる。
 他人を傷つけさせないために、自分を傷つけるのを止めさせるために。
 出来上がった、セシルの石像にそっと触れ、セレシュはゆっくりと瞳を伏せた。







 誰かを無差別に襲ってしまうかもしれない危険性を、ただ1滴でも血を飲むことで押さえられるというのなら、その方がいいのではないのか。
 これは勝手な思い込みかもしれない。けれど、そうせずに人を襲って後悔するよりは、セレシュを恨む方がマシに思えた。
 少しだけもやもやした気持ちを抱えつつ、鍼灸院のベッドに石化したセシルを寝かせ、取り寄せておいた輸血パックを腹の中に流し込む。
 そして、セシルの石化を解除した。
「げほっごほっ!!」
 拒絶するように咳き込んだセシルは、自分の口から溢れ出た血に、ただ呆然とその様を見つめていた。
「辛いか?」
 声をかけられ、セシルはゆっくりと顔を上げる。
 その瞳が、赤い獣のものから人へと戻り、銀髪だった髪も黒く戻っていく。
 決定的だったのは、腹部の傷さえも癒えていったということ。
「この…血は…?」
「安心しい。うちの血やない」
 セレシュは血を拭うためのタオルを差し出し、ベッド脇の椅子に腰掛ける。
「前言わんかったか? 輸血パック手に入れる伝手があるって」
「なん…で……?」
 泣きそうに歪められた眉に、セレシュはすっと息を吐いて、諭すように薄く微笑む。
「あのままやったら、誰かを襲っとったかもしれへんやろ」
 セレシュの言わんとしている事が十二分にも理解できてしまうため、なんと返していいのか分からない。セシルはぐっと息を呑み、赤い染みが点在するタオルをぎゅっと握り締める。
 分かっている。けれど、その事実をどうしても受け入れなくない。
「ええよ。うちのこと恨んでも」
 迷うセシルに降りかかる、優しいセレシュの声。セレシュに、血を飲ませる前のもやもやした気持ちはもうない。
「……え?」
 どうしてそんな事を言うのか分からず、セシルはセレシュの顔を見た。
「不可抗力とは言え、あんなに嫌がってた血を飲ませたんは事実や」
 その言葉に、セシルはぐっと息を詰らせる。
「すまんかったな」
 汚れたタオルを片付けるためにセシルから受け取り、奥へと歩いてくセレシュ。セシルはただその背中を見つめたまま、言葉を返すことが出来ない。
 自分の事をこんなにも考えてくれている。それが嬉しいと同時に、申し訳なくて。そう、この気持ちをセシルは知っている。他人の優しさがこんなにも嬉しくて、そして愛おしい。
 それでも、受け入れたくない事があった。それだけ。
「あなたが、謝る事じゃないわ……」
 そして、セレシュが消えた扉に向かって、そう小さく呟いた。
































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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538/セレシュ・ウィーラー/女性/21歳/鍼灸マッサージ師】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Dominant−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 分かりにくいですが、セシルにとってのセレシュ様の存在がちょっとだけ出たような話しになりました。
 それではまた、セレシュ様に出会えることを祈って……