コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


契約

「何しとんのやっ! ボサッとしとったら巻き添え食うでっ! はよ逃げっ!」
 ドンと力任せに目の前の女性を突き飛ばす。
 突き飛ばされた女性は面食らいながらもその場から足早に走り出した。
 大都市から離れた広い森の中。逃がした女性から護衛の依頼を頼まれていたセレシュ・ウィーラーは、道中、死角を狙われて襲撃されていた。
 依頼者に怪我を負わせるわけにはいかないと、半ば罵倒するかのような勢いでこの場から立ち去らせ、目の前の襲撃者を睨み付ける。
 セレシュの目の前にいるのは、羊の角と蝙蝠の羽を持った悪魔の少女だった。黒と白の二色からなる大振りなフリルがあしらわれた衣服の少女もまた、こちらを睨むように見つめていた。
「なんや、厄介なんと遭遇するとは思わへんかったわ」
 セレシュがそうぼやくと、少女は小さく笑った。それは、まるでセレシュを小馬鹿にするかのような笑みだ。それにカチンときたセレシュはムッとした表情で少女を睨む。
「人の事馬鹿にしとったら、痛い目見るでっ! 覚悟しいやっ!」
 大きく手を振り上げ、素早く十文字を切る。上段、中央、下段、左右と印を結び、それを囲むように円を描くと魔よけの結界がセレシュの周りに張り巡らされる。
 それを見て、悪魔の少女は腕を横に伸ばすと無かったはずの巨大な鎌がその手の中に現れる。長い柄をしっかり両手で握り締め、セレシュを見た。そしてニヤリと笑うと、踏み締めた地面を蹴り大鎌を振り翳して切りかかって来る。
 重々しい、空を切る音が響き、一陣の風がセレシュの前を通り過ぎる。
 セレシュはそれを容易にかわすと、悪魔の少女から素早く離れ大きく間合いを取る。
「ほぉ〜、怖いなぁ! ほんなら、こっちからも行くでっ!」
 両手を広げ片手で軽く指を弾く。するとセレシュの背後から凄まじい勢いで渦巻くカマイタチのような弾丸とも取れる魔法が発動され、それらはまるで意思を持った生き物のように空をうねりながら悪魔の少女に襲い掛かる。
 悪魔の少女はその攻撃を、軽やかに避けていく。
 セレシュは真横に広げていた手を頭上に上げ、再び指を弾いた。すると上空に光の輪が現れ、降り注ぐ光のは刃の姿に変わり雨のように悪魔の少女の上に降り注いだ。
「くっ……!!」
 悪魔の少女は手にしていた大鎌を大きく回転させることでその雨のような刃から身を護る。
 魔法攻撃が途切れると、鎌を唸らせ両手でしっかりと握り体の前に身構え地面を蹴った。
 足場の草が数枚蹴り上げられ、宙を舞う。
(……よしよし、読み通りや!)
 グングンと間合いを詰めてくる悪魔の少女に、セレシュは小さくほくそえむ。
 目前まで迫った悪魔の少女が大鎌を大きく振り上げる。素早い動きで振り込んでくれば、あっという間に自分の体は真っ二つに裂かれてもおかしくはない。だが、セレシュは口元に笑みを浮かべたまま、少女が大鎌を振り下ろすよりも早く眼鏡を外し、睨みつけてくる少女を見た。
「!?」
 悪魔の少女は腕と足に急激な重みを感じ、そちらに目を向ける。足元から灰色に染まり始め、まるで足から根が生え地面にくっついてしまったかのように動く事が出来ない。
 視線を上げれば、大鎌諸共自分の腕も足と同様に灰色に染まり出す。
「あぁああぁぁぁぁーっ!」
 悪魔の少女は悔しげに声を上げながら、石化しだした体を無理矢理動かし始める。
 軋む腕や足を踏み出し、目の前のセレシュの命を獲ろうと躍起になっていた。
 ミシミシと軋み音を上げて動く足と手が徐々に動きを鈍らせ、大鎌の切っ先がセレシュの鼻先に触れそうになる直前に、完全に動きを止めた。そして、グラリと揺らめくと、そのまま地面の上に重々しい音を立てて倒れこむ。その拍子に、少女の着ていた衣服の、スカートと袖、そして胸の辺りの一部分がボロリとひび割れ崩れ落ちてしまう。
「ふぅ〜、危ない危ない」
 セレシュは溜息を一つ吐き、眼鏡をかけ直すと石化した少女をマジマジと眺めた。
「ちゃぁんと固まったやろなぁ」
 完全に止まったかどうか、セレシュは少女の周りをぐるりと周りながら、軽く叩いてみたり触ってみた。
 動き出す気配は全くなさそうだ。
「これ、どないしようかなぁ。このままここに置いとくわけにはあかんやろうし……」
 そう呟いて、ふと、セレシュは何かを思いつきポンと手を打つ。
「せや。この子、うちの使い魔にしよ」
 そう言うと、セレシュは少女の意識だけを戻した。
(何するのよ! 早くこの魔法解きなさい!)
 意識の自由が戻るや、少女は凄い勢いで怒鳴り散らす。
(なんやねん。急にでっかい声出して。ビックリするやないの)
(そんなの知らないわ! どうでもいいからこの魔法、早く解きなさい。解かないと容赦しないわよ!)
(あっさりかかっといて、随分偉そうに喚くやないの。大体、そんなこと言ってええんかなぁ〜。あんたの体の服、倒れてえらい事になっとんなぁ……。このまま全部ボロボロにすることも出来るんやで)
(や!? ちょ、冗談じゃないわ!)
 セレシュはふふん、と鼻で笑うと意地悪そうにほくそえみ、腕を組んだ。
(そこで交渉や。あんた、うちの使い魔にならへんか? この条件呑むんやったら魔法を解いたってもええで)
(誰があんたなんかに……)
(別にイヤならそれでかまへんねんで。ただ、そのまま粉々の散り散りになって仏さんになるだけやし)
(……)
(どや? あんたもこのまま仏さんになりたないやろ? 悪い話やないと思うねんけど?)
 悪魔の少女は押し黙ってしまった。しばし言葉をなくし黙り込んだ少女だったが、渋々と言わんばかりに口を開く。
(……分かったわよ)
(よっしゃ。ほんなら交渉成立や。ちょっと待っときや。今服直したるわ)
 セレシュは手早く衣服を修復すると、少女の額に手を押し当てた。
(あんたの名前の一部、契約の証として頂戴しとくで)
 押し当てたセレシュの手にボウッと小さな光が輝き、そしてすぐに消え去った。それと同時に頭の先から徐々に石化が解けていく。
 少女が完全に動きを取り戻すと、セレシュはすっと手を差し出した。
「ほんなら、これからよろしゅう!」
 ニコッと笑ったセレシュの顔は嬉しそうだった。