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<東京怪談ノベル(シングル)>


導きの聖女・中編


 教皇というのが、この教団の最高指導者の呼称であるようだ。
 宗教団体らしくと言うべきか、信徒たちは1人の例外もなく全員、教皇のために命を投げ出している。
 こんなものに改造されてまで、教皇のために戦おうとしている。
「地獄の天使……暗黒の天使……破滅の天使……教皇、教皇……」
「闇の中から……今、立ち上がる……」
 神父服を着せられた奇怪な生き物たちが2〜30体、言葉と共に整然と行進して来る。
 首から上は、角が生えて口が裂けた悪鬼の頭部。その顔面の右半分には機械が埋め込まれ、右の眼球はカメラセンサーと化している。
「7つの大罪の……変化身……」
「世界の平和を……守る、ために……」
 人ならざるものに変えられ、機械化手術まで施された信徒たち。彼らの右腕は、各々形状の異なる兵器と化していた。ある者は機関砲、ある者はガトリングガン、ある者はバズーカ砲、ある者はミサイルランチャー……全て、重火器である。
「教皇の……力が……必要だ……」
 祈りの呟きと共に、それらが一斉に火を吹いた。白鳥瑞科1人に向かってだ。
 かわそうともせずに、瑞科はただ左手を掲げた。
 掲げられた左掌に、暗黒の塊、としか表現しようのないものが生じた。形の綺麗な五指で、黒い球体を保持しているような形になった。
 光すら吸収する、重力の塊。言わば、超小型のブラックホールである。
 瑞科を襲う銃弾が、砲弾が、ミサイルやロケット弾が、全てその中に吸い込まれて行く。
 信徒たちの兵器化した右腕が、やがて空しい弾切れの音を立て始めた。
「おしまい……ですの?」
 人間の感情が残っているかどうかも疑わしい信徒たちに、瑞科は微笑みかけた。そうしながら、ゆっくりと左手を握る。革グローブをまとう繊手が、重力の塊を握り潰す。
 小型ブラックホールが、吸収した全ての銃砲弾もろとも、跡形もなく消え失せた。
「それでは、こちらから参りますわ」
 右手に握った細身の長剣を、瑞科はヒュンッとしならせた。しなった刃に、バチッと電光が宿る。
 遠距離攻撃能力を失った信徒たちに向かって、瑞科は足取り軽く踏み込んで行った。
 電光を帯びた細身の刃が、波打ちながら閃く。
 赤い飛沫が大量に噴き上がり、電熱に灼かれ、形容し難い異臭を漂わせる。
 血生臭さと焦げ臭さを一緒くたに放ちながら、信徒が1人また1人と倒れていった。
 だが、倒れた信徒を飛び越えるようにして襲いかかって来る者もいる。
 瑞科はとっさに身を反らせた。横殴りの猛烈な一撃が、眼前を通り過ぎた。
 信徒の1人が、右腕を振るったのだ。兵器と化した右前腕。それは重火器ではなく、機械音を立てて凶暴に蠢く金属のカギ爪だった。
 右腕を銃砲化した者だけでなく、白兵戦用の改造を受けた者も、混ざっていたようである。
 カギ爪だけではない。チェーンソー、ドリル、ハンマー……様々な形状に右腕を凶器化した信徒たちが、あらゆる方向から瑞科を襲う。
 チェーンソーが唸り、ドリルが突き込まれ、ハンマーが殴りかかって来る。
 瑞科は身を捻り、全てをかわした。舞い上がったベールから、艶やかな茶色の髪が溢れ出してフワリと弧を描く。その髪をかすめるように、機械のカギ爪が宙を裂く。
 しなやかにくびれた胴体が、柔らかく捻れて反り返る。優美に反り返った背中や脇腹の近くを、チェーンソーが凶暴に空振りして行く。
 禁欲的な修道服をたわわに膨らませた胸が、横殴りに揺れた。それと同時に、電光の剣が一閃する。刺突に向いた細身の刀身が、横薙ぎに、斬撃の形に閃いたのだ。そして襲い来るハンマーを打ち据える。
 そのハンマーから信徒の全身へと、電撃が流し込まれた。
 感電・硬直した信徒の身体を楯にする形に、瑞科は回り込んだ。別の1人が、右腕のドリルを突き込んで来たのだ。
 そのドリルが、楯となった信徒の肉体をグシャアッ! と穿つ。
 穿たれた楯の陰から、瑞科は細身の長剣を突き出していた。
 帯電する切っ先が、仲間殺しをやらかした信徒の首筋を灼き斬った。
 2つの屍が、もろともに倒れる。
 それらを、瑞科は思いきりまたいだ。むっちりと肉感の詰まった太股が、修道服の裾を割った。
 その踏み込みと同時に、細身の長剣がピュンッと鞭のようにしなって閃く。
 猛然とハンマーを叩き付けて来た、1人の信徒。その左胸に、細身の切っ先が突き刺さった。
 即座に引き抜いた剣を、瑞科はすぐさま別方向に振るった。電撃光をまとう細身の刀身が、信徒のカギ爪をバチッと打ち据え、受け流す。
 受け流された信徒が、バリバリと感電しながら前のめりによろめき、別の信徒とぶつかった。
 もつれ合う2人の信徒が、もろともに砕け散った。
 瑞科は跳躍した。その足元の床も、砕け散っていた。
 襲撃。何者かが、目視し難い攻撃を放って来ている。
 まだ何人か生き残っていた信徒たちが、ことごとく砕け、破裂し、もはや死体とも呼べぬ残骸に変わってゆく。すべて瑞科に向けられた攻撃だが、狙いはあまり正確ではない。
 瑞科は全てかわしながら、この目視困難な攻撃の正体を見据えた。
 光の球だった。物理的な破壊力を有する光が、砲弾の如く固まり、射出されて来ている。
「何で……何でだよぉ……」
 声がした。ガチャン、ギチョン、と機械的な足音も聞こえて来る。
 近付いて来たのは、1人の少年だった。痩せた肉体のあちこちから、機械化した肋骨が何本も皮膚を突き破って伸び、蜘蛛の節足の如く動いて歩行の役目を果たしている。人間としての手足は何の役にも立たずに垂れ下がり、弱々しく揺れている。
 同じく垂れ下がった頭部が、瑞科に向かってギョロリと目を見開き、言葉を発する。
「お前、何で僕たちの邪魔するんだよおぉ……偉大なる教皇様が、この世を救済して下さるんだぞおぉぉお」
「貴方は……その救済とやらの恩恵を被った結果、そのようなお姿に?」
 瑞科は訊いた。
 元々は普通の人間だったのであろう少年が、嬉々として答えた。
「凄いだろ、これこそが神の下僕の姿さあぁ……きっ教皇様が、僕に力をくれたんだ。その力でヒッヒヒヒ、僕をいじめてた奴らをグッチャグッチャに潰し殺してやったのさああ! 誰にどんな綺麗事言われるよりも、ずっと救済になったよ僕にとっては!」
「……復讐がお済みであれば、もう思い残す事などありませんわね?」
 言いつつ、瑞科は眼前で剣を立てた。細身の刀身に、ピシッと電光が走った。
「偽りの神に仕えし者……正しき神の御下へと、導いて差し上げますわ」
「うっ上から目線でモノ言うなよな! 誰も救済出来てない、既存のクソ宗教の飼い犬があああ!」
 少年の絶叫と同時に、いくつもの光の球が空中に生じた。気力を物理的破壊力に変換する能力を、どうやら与えられているらしい。
「このゴミ溜めみたいな世の中を救済出来るのは、教皇様だけなんだよォオオオオオオッ!」
 無数の光球が発射され、飛翔し、戦闘シスターを襲う。
 瑞科は剣を振るった。稲妻を帯びた刃が縦横に閃き、片っ端から光球を斬り払い粉砕する。光の飛沫が、花火の如く飛び散った。
 細身の長剣を右手で操りながら、瑞科は左手を掲げた。
 重力の塊が発生し、発射され、少年を直撃する。
 何本もの肋骨を伸ばし、巨大な蜘蛛のようになった少年の身体が、ブラックホールに拘束されて歪み軋んだ。暗黒そのもののような重力の触手が、節足状の金属肋骨を、それらを生やした細身を、ギシギシと圧迫し、ねじ曲げてゆく。
 束縛された少年に向かって、瑞科は細身の長剣をまっすぐに振り下ろした。
 電光が、真上から真下へと走った。まさに落雷そのものの一撃が、重力の束縛の上から少年を襲う。
 縦一直線に電撃の筋を刻印され、硬直した少年に、瑞科はふわりと背を向けた。純白のベールが、長い髪が、蜘蛛のような異形の姿を打ち払うように舞う。それと共に、細身の剣が横薙ぎに弧を描く。
 電光が、今度は左から右へと走り抜けた。横一直線の、電撃の筋。
 肋骨で歩行する異形の大蜘蛛に、稲妻の十字架が刻み込まれた。
「あっががががが救済、救済! 救済! 救済! 救済は成功するぅうううううううううう!」
 電光の十字架が巨大化し、少年はその中で砕け散った。
 爆発の光を背中で受けながら、瑞科は細身の剣を鞘に収めた。そして呟く。
「確かに……貴方のような方の救済は、わたくしには無理。神にお委ねするしか、ありませんわね」