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<東京怪談ノベル(シングル)>


爆炎の聖女


 脂肪が、お腹ではなく胸にあらかた回ってくれているのは、まあ有り難い事だと白鳥瑞科は思う事にした。
 その豊かな胸を、純白のブラジャーで拘束する。深く柔らかな谷間が生じた。
 バストと同程度の肉感を有する尻回りには、同じく純白のショーツがぴっちりと貼り付いて、収まりきらぬ臀部が後方からプリッと瑞々しく溢れ出している。
 2つの純白の間では、しなやかな胴体が美しくくびれて引き締まり、すっきりとした腹筋の線を浮かべていた。
 今のところ、太り始めるような兆候はない。
 昨日は同僚・後輩と一緒にステーキハウスに入り、いささか肉を食べ過ぎてしまった。その後は喫茶店や洋菓子店を何軒も回り、話題のスイーツを大いに堪能した。夜には酒も飲んだ。
「今朝の戦闘訓練で、昨日のカロリーを消費出来ていれば良いのですけれど……」
 いくらか不安げに独り言を漏らしながら、瑞科は特殊素材のニーソックスに脚を突き込んだ。
 一見すると単なるレース生地でしかない新素材の衣装が、すらりとした美脚にピッタリと被さってゆく。
 天使の翼が刺繍された、純白のニーソックス。それが、美しく鍛え込まれた太股の形を引き立てる。
 両の細腕を包んでいるのも、同じく天使の翼模様の長手袋だ。
 これらだけではない。目の前にあるコルセットに修道服、編上げのロングブーツに革のグローブ、そして細身の長剣……全て、瑞科専用に新調されたものである。今まで使っていたものは、あの教団との戦闘によって耐用の限界を迎えたのだ。
「わたくし1人のために、お金をかけて下さる……それに見合ったお仕事をしろ、という事ですわね」
 苦笑しつつ瑞科は、ニーソックスの上からロングブーツを穿いた。
 そして修道服をまとい、清楚な白の下着姿を包み隠す。が、凹凸のくっきりとした魅惑的なボディラインを隠す事は出来ない。以前と同じく腰の辺りまでスリットが入っており、形良い太股が際どく見え隠れしている。
 胸の豊かさを強調する、部分鎧のようなコルセットを装着した後、瑞科は革のグローブを両手に被せた。
 優美なる五指が、二重に防護されながら握り拳となり、開かれる。長手袋と革グローブによる分厚い防御も、指の動きを全く阻害しない。
 茶色の髪の上からヴェールをまとい、瑞科は鏡を見た。
 外見は、今までとほとんど変わりがない。だが修道服には、光の当たり方によっては何人もの天使の姿が浮かび上がるような刺繍が施されている。
 聖なる力が込められた装飾だった。
 神の加護、と呼ばれるエネルギーが教会の技術力によって解析され、この新たなる武装審問官の装束に応用されているのだ。
 瑞科は細身の長剣を鞘ごと手に取り、抜き放った。鋭利な刃がピュッ……としなって揺らめきながら露わになる。
 神聖力を宿した鋼を、極限まで薄く細く鍛え上げる事によって誕生した、新たなる退魔の剣。
 それを瑞科は、前方に突き込んだ。見えざる敵がそこにいる、と仮定した。
 退魔の切っ先が、見えざる敵を刺し貫いた。瑞科は、そう確信した。
「これは……今すぐ実戦で、お試しをしたいところ」
 瑞科のその呟きに応えるかの如く、更衣室の扉がノックされた。
「シスター瑞科、神父様がお呼びです」
 後輩のシスターの1人が、扉の外から声をかけてくる。
「……緊急の任務、だそうです」
「わかりましたわ……ふふっ、ちょうど良い時に」
 瑞科は微笑み、抜き身の剣をとりあえず鞘にしまった。そして、腰に装着する。
「……神よ、試練に感謝いたしますわ」


 全員、頭1つに四肢という人間の体型は、辛うじて保っている。が、もはや人間ではない。
 ある者は角を伸ばしている。ある者は翼を生やしているが、空を飛べるかどうかは疑わしい。ある者は全身で触手を蠢かせ、ある者は無数の眼球を血走らせている。腹の辺りで口を開き、牙を剥いている者もいる。
 得物を携えている者も多い。カギ爪や水掻きを備えた手が、槍を握り、剣を構え、斧を振りかざしている。
 和風か中華風か判然としない、城郭のような建造物。その内部を満たす怪物たちの群れに、瑞科は歩み寄りながら微笑みかけた。
「人間をおやめになった、かわいそうなお姿……神に見放された方々には、とってもお似合いですわよ?」
「神にすがらねば何も出来ぬ無力なる者が! 新たなる世界の創造主たる我らに対し、何たる口のききようであるか!」
 怪物の1体が、縦に裂けた大口で叫びながら、巨大な剣を振り立てる。
 他の怪物たちも、口々に叫ぶ。
「神! 宗教! それこそまさに、腐り汚れたる古き世界の象徴よ!」
「古き世界、滅ぶべし!」
「神などという幻を作り上げ、崇め、己を慰めるだけの愚者ども! 滅ぶべし!」
「神など不要となる新たな世界を、我らが造り上げるのだ! 今ある全てを1度滅ぼす事によってなあああ!」
 この組織と戦うのは何度目になるだろうか、と瑞科は考えた。
 この者たちと比べたら、あの教団など可愛らしいものだ。
「全ての生命は、滅びを経て霊的なる進化を遂げる! そして神も宗教も必要としない、至高の段階へと到達するのだ!」
 悪魔の翼を広げた怪物が、叫びながら三又槍を掲げる。
 他の怪物たちが、やかましく唱和する。
 この世で最もたちの悪い宗教団体の名を、瑞科は呟いた。
「虚無の境界……」
 瑞科に言わせれば、宗教団体のようなものだ。霊的進化、新たなる世界、そんな幻を追求しつつ破壊と殺戮を繰り返す。それは、存在しない神を擁立して我欲を満たす行いと、何ら変わりはしない。
 虚無の境界が、このようなアジトを作ってテロ行為を企てている。その情報を入手したのは、教会情報課の工作員たちである。何名か犠牲者も出たらしい。
 その犠牲を無駄にしない事が、武装審問官の使命である。
「古き世界を象徴する者よ、まずは貴様から滅びよ!」
 怪物……虚無の境界の生体兵器。その1体が、竜のような大口を開き、叫びながら炎を吐いた。球形に固まって燃え盛る、流星のような火の玉。それが2つ、3つと吐き出され、飛翔し、戦闘シスターを襲う。
 瑞科は、細身の剣を抜き放った。
 閃光が鞘から走り出し、超高速で弧を描く。そして飛来した火球を全て叩き斬った。
 斬り砕かれた火球が、瑞科の周囲で爆発した。
 轟音を伴う爆炎が、戦闘シスターの優美なる肢体を、全方向から照らし出す。
「良くてよ……大いに、カロリーを消費させていただきますわ」
 微笑む瑞科の全身に、何人もの天使の姿が浮かび上がった。