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<東京怪談ノベル(シングル)>


雷鳴の聖女


 白鳥瑞科は、眼前で細身の長剣を立てた。
 極限まで細く薄く鍛え上げられた刀身が、バチッ! と電光を帯びる。
 戦闘シスターの清冽なる美貌が、稲妻に照らされながら不敵に歪み、闘志を漲らせる。
 電撃の刃をしならせて、瑞科は踏み込んで行った。
 虚無の境界の生体兵器たちが、様々な得物を猛然と振り立て、凶暴に群がって来る。
 大型の剣が、魚の骨のような槍が、巨大な斧が、唸りを立てて武装審問官を襲う。
 それら攻撃の真っただ中で、瑞科は身を翻した。
 新調された修道服が、捻れながら全身に密着し、美しく膨らみ締まったボディラインを際立たせる。艶やかな茶色の髪が、ヴェールと一緒くたになってフワリと弧を描く。
 その周囲で、電光の剣が多方向に閃いた。うかつな扱い方では折れてしまいそうな細身の刃が、激しく帯電しながら、怪物たちの大型武器をことごとく受け流し、打ち払う。
 剣に、槍に、大斧に、電撃が流し込まれた。
 それら武器を握る怪物たちの肉体に、まるで光る蛇のような電光がバリバリと絡み付いてゆく。
 奇怪な悲鳴を上げながら、電撃光に束縛されて感電・痙攣している生体兵器の群れ。
 その中で瑞科は、戦いの舞いをピタリと止め、剣を掲げ、呟いた。
「神に見放された方々に、せめてもの慈悲を……」
 雷鳴が、轟いた。瑞科の全身が稲妻に照らされ、何人もの天使の姿が浮かび上がる。
 生体兵器たちを絡め取って束縛していた電光が、轟音を立てて膨張したのだ。
 光る蛇だった雷が、光る竜となって荒れ狂う。
 その電熱の嵐の中で、怪物たちが片っ端から灼け砕けて灰に変わり、さらさらと舞った。
 遺灰の渦の中心で、瑞科は微笑んだ。
 新しい剣と戦闘装束のおかげで、退魔力が申し分なく高まっている。
 とは言え、それだけで全滅してくれるような怪物たちではなかった。
 雷撃を逃れた生体兵器が何匹か、跳び退って間合いを開き、得物を掲げる。あるいは牙を剥いて大口を開く。
 掲げられた剣や槍から、稲妻が迸った。牙を剥く大口から、炎が吐き出された。
 雷と炎による遠距離攻撃が、一斉に戦闘シスターを襲う。
 その時には、瑞科はすでに床を蹴っていた。跳躍にも似た疾駆。それに合わせて細身の長剣がしなって閃き、襲い来る稲妻を打ち払う。
 一駆けで、瑞科は間合いを詰めていた。
 怪物たちが、稲妻の発射装置でもあった剣や槍を振るい、応戦しようとする。
 その時には、瑞科の剣が一閃していた。
「雷の刃の、本当の使い方……教えて差し上げますわっ」
 電光をまとう切っ先が、生体兵器たちの首筋を穿ち、切り裂く。真紅の飛沫が噴出し、電熱に灼かれて異臭を漂わせる。
 よろめく屍の陰に、瑞科は回り込んだ。
 戦闘シスターの楯となった屍たちが、炎に包まれ、よろめきながら火葬された。
 紅蓮の猛火が、荒波の如く襲いかかって来ていた。
 炎を吐く生体兵器たちが、火炎放射そのものの燃え盛る吐息を、瑞科に向かってぶちまける。
 焼け崩れてゆく屍の陰で、瑞科は細身の剣を掲げた。
 掲げられた刃から、電光が迸った。
 激しい放電の光が、雷鳴を轟かせながら宙を奔り、炎を粉砕して火の粉に変える。
 それら火の粉を蹴散らしながら、瑞科は踏み込んで行った。
 なおも炎を吐こうとしていた怪物たちの喉元を、細身の長剣が貫き裂く。
 裂かれた喉から炎が溢れ出し、生体兵器たちの肉体を包み込む。
 自身の炎で荼毘に付され、遺灰に変わってゆく怪物たち。
 その炎に照らされ、修道服とヴェールに天使の刺繍を浮かび上がらせながら、瑞科は振り向いた。
 生体兵器の、最後の1体。ゆっくりと、こちらに歩み寄って来ている。
 その姿は、一言で表現するならば、人型に固まった薔薇であった。無数の茨が絡み合って胴体と四肢を成し、その全身至る所で毒々しい真っ赤な薔薇が咲いている。
 それらの花弁が、唇の如く蠢き、言葉を発した。
「古き世界の者よ、無駄な抵抗はやめておけ……」
 茨が絡み合ったような右手で、棘が1本、長く鋭く伸びてゆく。そして細身の刃となった。
「この世界に絶望し、我ら虚無の境界に加わる者たちを……宗教などで止められはせぬ。救えはせぬ。わかっていながら認められず、見苦しくあがいているのであろう?」
「そうですわね。貴方がたを救う事など、わたくしには出来ませんわ」
 瑞科は、細身の刃をピュンッと揺らした。
「ただ、神にお委ねするのみ……ですわ」
「貴様は虚無に身を委ねるがいい……!」
 薔薇の塊が、踏み込んで来た。
 細身の長剣と化した右手が、なかなかの速度で襲いかかって来る。
 それを瑞科は、剣先で弾いた。
 弾かれた刃が再び襲いかかって来る、その前に電光の剣を突き込む。
 敏捷に後退しながら、生体兵器が右手を振るう。剣の形に伸びた棘が、瑞科の突きを防御する。
 それが、しばし繰り返された。
 不気味に敏捷に躍動する、人型の薔薇の塊。
 むっちりと瑞々しい太股で修道服の裾を割り、小刻みに踏み込み続ける戦闘シスター。
 両者の間で、2本の細身の剣が、激しく交わり弾き合い、ぶつかり合う。甲高い激突音が響き渡り、火花が飛び散り続ける。
 電光の剣が、その火花を蹴散らして一閃した。
「ぐっ……」
 瑞科の刃が、鞭のようにしなって生体兵器を打ち据えたのだ。
 人型の薔薇の塊が、電撃を流し込まれて痙攣する。その全身に、稲妻がバチバチと絡み付いている。
 動きを止めた敵の身体、その鳩尾の辺りに、瑞科はそっと左手を触れた。
「神の、導きを……」
 優美な五指と掌が、暗黒を発生させた。重力の塊、超小型のブラックホール。それが、生体兵器の鳩尾に生じていた。
「虚無……! 我は滅びても虚無は永遠に、ぐぎゃあああぁぁぁ……」
 人型の薔薇の塊が、潰れながら縮んでゆく。ぐちゃビチャッと原形を失いながら、小型ブラックホールへと吸収されてゆく。
 そして跡形もなくなった。戦闘シスターの左手の、暗黒の塊だけが残された。
「任務完了……」
 革グローブをまとう繊手で、その重力の球体を握り潰しながら、瑞科は苦笑気味に呟いた。
「妄想に命を懸け、妄想に殉ずる……お幸せな方々なのかも知れませんわね」