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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


魔像奇譚「陰陽竜」


 古代中国の玉彫工芸品、と思われる置物である。
 祭壇のような横長の台座の上で、2匹の竜が向かい合っている。それが本来の形であるらしい。
 だが今は、右側の竜が失われている。左側の竜が、1匹だけで鎌首をもたげ牙を剥いている。
「この右の竜ってのが、ちょいと難儀な代物でね……」
 碧摩蓮が言った。
「その難儀な力を、こっちの左の竜で封じてあったんだ。けど、どういう経緯でか左右バラバラになって、あたしが仕入れたのは見ての通り左側だけ。右側のは、この街のとある大富豪が落札しちまったらしい。そう、暴力団まがいの用心棒を飼ってる、あそこのお屋敷だよ。もちろん話が通じる相手なら金で買い取る交渉はするけど、たぶん今頃はもう話が通じない状態になっちまってるだろうから……ちょいと強引にでも失敬して来て欲しいのさ。人死にが出る前に、ね」


「とは聞いてたけど……まさか、ここまで話が通じないとは」
 黒い青年が苦笑しながら、左右2丁のマグナムをぶっ放した。
 ロングコートは黒、その下に着用しているスーツも黒。サングラスも黒。髪も黒。それら黒色の中で、端正な顔の白さが際立っている。
 名は、フェイト。仕事をする時の名前である。
 仕事の一環として今、銃の引き金を引いている。
 ぶっ放されたマグナム弾が、しかし片っ端からパチパチと跳ね返った。
 銃弾を跳ね返しながら、のしのしと歩み迫る、1人の男。
 人間ではなかった。
 力士並みの巨体は強固な外皮で覆われ、四肢は象のように太く、首は大蛇の如く長い。その長い頸部の先端で、頭部が眼球をぎらつかせて歯を剥いている。
 言うならば、人型のアパトサウルスであった。
 そんな怪物が、力強い両手で大型銃器を携えている。
 通常であれば三脚を必要とする、重機関銃である。怪物はそれを、腕力のみで安定させ、ぶっ放した。
 庭園のあちこちで、いくつもの石灯籠が、庭石が、砕け散った。
 その時には、しかしフェイトの姿は空中にあった。跳躍。カラスかコウモリを思わせる黒いコート姿が、軽やかに宙を舞う。長い脚が天空を向き、白く秀麗な顔がサングラス越しに地上を見据える。アパトサウルス男が、ぎろりと見上げてくる。
 重機関銃が向けられる前に、フェイトは空中で、左右2丁のマグナムを構えた。そして引き金を引きながら、念じた。
 薬室内における火薬の爆発に、フェイトの念の力が加わった。
 念動力、である。
 爆発と念動。2つの力によって押し出されたマグナム弾が、通常の倍の速度でライフリングを擦り、猛加速され、2つの銃口から奔り出す。
 それが3発、4発と続いた。重機関銃に比べると大人しめな銃声が、何度も響いた。
 ロングコートをふわりと舞わせて、フェイトは着地した。
「人間じゃなくなってて、助かるよ。撃っても、殺さずに済むもんな」
「……が……ぁ……」
 アパトサウルス男は、硬直している。巨大な全身あちこちに、マグナム弾がめり込んでいる。
 その巨体が、地響きを立てて倒れた。そして苦痛の呻きを漏らす。
「いっ痛え……痛ぇよう……」
「自分が人間だったって事、思い出したかい?」
 フェイトは微笑みかけた。
「ま、しばらく痛がってなよ。すぐ人間に戻してやるから……ごめん、すぐには無理かな」
 庭園を見回しながら、フェイトは訂正した。
 広大な日本家屋の、庭園である。
 そこに、人間ではなくなった男たちがいた。計4人。
 1人は直立したトリケラトプスであり、1人は人型のステゴサウルスだった。残る2人は、日本刀を持ったヴェロキラプトルと、小銃を構えたアンキロサウルスである。
 倒れたアパトサウルス男と合わせて、この屋敷の用心棒であった男たちだ。
 フェイトの黒いロングコート。その内ポケットの中で、何者かが喋った。
「見事な変わりぶりよ……まるで、在りし日の我々のようだ」
 碧摩蓮から借りて来た、竜の置物。本来ならば左右一対でなければならない竜の、左の片割れである。
 それが、ポケットの中で言葉を発しているのだ。
「おぬしら人間の肉体と、我らの魂……どうやら、よほど相性が良いらしい」
「つまり、あんたらの魂とやらの仕業だと」
 ふわりと身を翻しながら、フェイトは言った。
 2丁拳銃を手にしたステゴサウルスが、小銃を構えたアンキロサウルスが、容赦なく銃撃を開始したのだ。
 吹き荒れる銃弾の嵐を、フェイトは身を翻し、ステップを踏んで、軽やかに回避し続ける。黒いコートが、銃撃をいなすように舞いはためく。
「あんたの片割れが変な力を垂れ流してるせいで、こいつら人間じゃなくなっちゃってると。そうゆう解釈でいいわけ?」
「面目ない……あれは我々の、言ってみれば怨念の集合体でな。我々に代わって地球生物の頂点に立った人間という種族を、とにかく憎んでおる」
 はためくコートの内ポケットの中で、玉彫の竜が言う。
「一方、我々の理性の集合体と言うべきものも存在する。それが私だ。理性の力で、怨念を長らく封じていたのだが」
 それが即ち、1つの台座の上で左右一対の竜が揃った状態なのであろう。
「それが、何故かバラバラになっちゃったと……それにしても」
 回避と同時にフェイトは、左右2丁のマグナムを乱射した。乱射に見えるが、狙いはしっかりと定めている。
「……いや、何でもない」
 火薬の爆発と、念動力。2つの力によって加速と貫通力を高められたマグナム弾の雨が、銃器を持った怪物たちに集中して降り注ぐ。
 2丁拳銃のステゴサウルスが、小銃を持ったアンキロサウルスが、立て続けに倒れた。そして地響きを立ててのたうち回り、激痛の悲鳴を上げる。
 その間、別方向から、トリケラトプス男が猛然と突進して来ていた。
 突き込まれて来た3本の角を、フェイトはゆらりと回避した。黒いロングコートが、まるで闘牛士のケープの如く舞う。
 その内ポケットの中で、竜が笑った。
「わかるぞ。我らに理性などあったのかと、そう言いたいのであろう?」
「言えないって、そんな事」
 フェイトの苦笑に合わせて、別の内ポケットの中から何かが飛び出し、宙を舞った。
 予備の弾倉である。2つのそれが、念動力によって飛翔旋回している。
「地球の生物としての理性は……きっと俺たち人間なんかより、あんたらの方がずっと上だもんな」
 呟きながら、フェイトは軽く身を反らせた。刃の一閃が、眼前を通過して行く。
 日本刀を持ったヴェロキラプトルが、斬り掛かって来ていた。
 縦横無尽の斬撃が、嵐のようにフェイトを襲う。その嵐に煽られるかのように、黒衣の青年の細身が揺れる。揺らめくような回避をしながら、フェイトは両手の拳銃を掲げた。空になった弾倉が、排出されて落下する。
 宙を旋回していた予備弾倉が、代わって銃把へと吸い込まれ収納された。
「おぬしら人間は、まだ若い。発達の余地は、いくらでもある……あり過ぎる」
 コートの内ポケットで、竜が笑う。
「我々から見れば、ようやく卵を破って這い出して来たばかりというところだ。まだまだ、これからであろう」
「先輩からの、ありがたい激励……って事にしとくよ」
 応えつつ、フェイトは跳んだ。日本刀の斬撃に続いて、蹴りが来たのだ。ヴェロキラプトルの左足。鋭利な大型のカギ爪が、後ろ回し蹴りの形に一閃する。
 それを跳躍してかわしながら、フェイトは空中で錐揉み状に身を捻った。黒色のロングコートが、螺旋を成してはためいた。まるで黒い竜巻のように。
 その竜巻が、銃声を発した。左右のマグナムが、それぞれ別方向に銃撃の雨を降らせた。
 日本刀を持ったヴェロキラプトルが、悲鳴を上げて倒れた。
 だがトリケラトプス男は、巨大な頭を小刻みに振るい、3本の角でマグナム弾を跳ね返していた。
 そして、着地した黒衣の青年に向かって突進する。
 その体当たりを、フェイトは地面に転がり込んでかわした。
 トリケラトプス男が、大量の土を舞い上げながら急停止し、敏捷に振り向く。
 巨大な頭部が、小刻みに動いた。3本の角が、手持ちの武器のような動きで、フェイトを襲う。
 振り下ろされ、突き込まれて来る角を、フェイトはかわし、あるいは左の拳銃で受け流した。
 そうしながら、右の拳銃をぶっ放す。念動力の後押しを得たマグナム弾の嵐が、至近距離からトリケラトプス男の全身に打ち込まれる。
 巨体が倒れ、激痛にのたうち回った。
 フェイトは見回し、次なる敵の姿を探し求めた。
 探すまでもなく、轟音と咆哮が響き渡った。
 巨大なものが1体、屋敷の一部を破壊しながら、庭園に降り立ったところである。
「哺乳類ども……その中でも特に下劣なる人間ども!」
 大きく裂けた口が、牙を剥いて叫ぶ。
「我らの卵を盗み、食らい、栄えた者どもの末裔……1匹たりとも、生かしてはおかぬ!」
 用心棒たちは、ある程度は人間の原形を保っていた。
 が、この屋敷の主であろうこの男は、完全なティラノサウルスと化していた。
「今この地上に、再び我らの時代が来るのだ!」
 太い尻尾が地面を打ち、敷地全体を揺るがす。
 巨体と比べて異様に小さな前肢が、カギ爪で挟み込むように何かを保持している。
 フェイトの内ポケットにあるものと同じ型だが向きの違う、玉彫の竜だった。
 それが禍々しい光を発し、この屋敷の主及び用心棒たちを、人間ではないものに変異させているのだ。
「まったく、お金持ちってのは……わけわかんないものを好奇心だけで落札するから、こんな事になっちゃうんだよ」
 ぼやきつつ、フェイトは引き金を引いた。
 左右2丁のマグナムが火を吹き、ティラノサウルスの体表面でパチパチと火花が弾ける。念動力を混ぜ込んだ銃撃が、まるで豆鉄砲だった。
「……まずいな。こんな化け物が、街にでも暴れ出したら」
 呻くフェイトの、ロングコートの内側で、竜が言った。
「おぬし、確か相手の心に語りかける事が出来たな?」
「テレパシーの事? ちょっと苦手だったけどね。最近、少しはマシになった」
「それで、私の思念を増幅させる事は出来るだろうか」
「……やってみようか」
 猛り狂うティラノサウルスの眼前で、フェイトは目を閉じた。
『……聞こえるか、我が魂よ』
 竜の思念が、フェイトのテレパシーによって巨大化し、ティラノサウルスにぶつけられる。
『我らは、すでに滅びたのだ。それは自然の摂理、受け入れようではないか。他の生物に憎しみをぶつけてはならぬ』
『滅びを……受け入れよと言うのか……』
『……俺たち人間も、そのうち滅びるよ。あんたたちほど長くないと思う』
 フェイトは思念で、会話に加わった。
『あんたたちよりも、ずっと惨めな滅び方をすると思う。せいぜい、笑いながら見守っててくれないかな』
『…………』
 ティラノサウルスが、倒れるようにうずくまった。その巨体が、縮んでゆく。
 前肢で保持されていた玉彫の竜が、落下した。フェイトは慌てて、受け止めた。
 その時には、ティラノサウルスだった男は人間に戻り、肥満した裸体を晒し、気絶していた。
 用心棒たちも、人間に戻っていった。異形化していた肉体が縮み、めり込んでいた銃弾がこぼれ落ちる。
 それでも、激痛は残っているようだった。
「い……痛えよう……あんた、救急車呼んでくれよう……」
「今まで荒っぽい事さんざんやってきたんだろう。そのくらい我慢しろよ」
 言いながらフェイトは、ようやく揃った左右一対の竜を見つめた。
 右の竜は、沈黙している。左の竜が、言葉を発する。
「面倒をかけた……申し訳ない」
「それよりさ、あんたたちが滅びた理由って何? 隕石とか地球寒冷化とか、いろいろ言われてるけど」
「自然の理、と言うしかないな。おぬしらも気をつけるが良い」
「気をつけて防げるもんなら、いいけどね」
 滅びる時は滅びるのだろう、とフェイトは思うしかなかった。