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<東京怪談ノベル(シングル)>


過去の亡霊





◆◆未来の地球◆◆



 かつて自身が生まれた惑星、地球。

 郁はそんな過去をふと思い出しながら、痛みを感じるその小さな胸の前で手をギュっと握り締めた。

 ――かつての地球の面影は、ここにはない。

 複雑な想いを胸に抱きながらも、頭をぶんぶんと振って調査を再開した郁だった。


 ここは郁が生まれ育った時代から、未来に当たる地球だ。
 かつて地上最恐の生物であった恐竜が絶滅した原因とされている、氷河期。隕石の衝突によって起こった物であるという説もあるが、その理由は知られていない。


 郁がこの時代に来た理由は、TCとしての任務だ。
 地球という惑星は、宇宙の中では文明レベルが高いとは言えない。しかし、その成長速度は他の惑星とは比較にならない早さであった。

 故に郁は、地球の辿った歴史を知るべく、こうして氷に閉ざされた地球へとわざわざ訪れたのであった。

「……ん?」

 吹雪の中で、原型を留めている建物を見つけた郁は航空事象艇をその建物に寄せた。大掛かりな施設とも呼べる建物は、もはや雪に覆われて相当な時間が経っている事が予想出来る。

 航空事象艇の中から内部を探ると、建物の中はどうやらまだ無事らしい事が解った。
 郁は早速航空事象艇から降り、その建物の中へと足を進めた。


 建物の内部は、研究施設となった形跡が残されていた。
 今となっては微生物以外の生物が絶滅している地球ではあるが、これだけの時間が経っても原型を留めている建物の存在は珍しい。

「発射台、よね」

 郁はその外観に気付き、発射台へと歩み寄った。
 吹雪から守られる様に巨大な外壁に覆われたそこは、比較的に外に比べて損壊状況も無事な印象を受ける。
 発射台の傍らへと歩み寄った郁は、ふと近くにあったノートパソコンをみつけ、歩み寄った。
 反応するとは到底思えないが、それでも郁はその電源ボタンに触れると、スリープ状態からパソコンが起動し、データが次々と呼び起こされた。

 この時代にまだ生きているパソコンがある事にも驚いた郁だったが、その驚きはデータの内容そのものが勝った。

「今じゃ禁制になったロケット技術だ……!」

 地球に存在している事そのものがおかしい技術。
 郁はその打ち上げ日を確認し、過去に当たると理解して息を呑んだ。

「阻止しなくちゃ」

 発射を阻止しようと口にした郁は、その瞬間に唐突に意識を遮断された。





■■遊牧民のキャンプ■■




 寒避地を求めて南下して旅を続ける遊牧民のキャンプでは、聖火台の序幕式が行われようとしていた。

「絶やさぬ火を希望の礎にせよ」

 演説を行なっているのは、この民族の村長だった。
 聖火の燃料は、有志によって配給制の油を寄付されたものだ。

 ――どういう事……?

 郁は心の中で思わず唖然とした。
 自身の服装は民族の物と同じ。そして何より、『この民族として生きてきた記憶』が郁の中にはしっかりと混在している。

「どうしたの?」

 突如声をかけられた郁は、ハッと我に返って声の主を見つめた。
 彼女は自分の姉、萌。郁の記憶がそう告げている。

「あ……の……」
「ん? 顔色悪いわよ?」


 事の次第を自分達のテントに戻って説明した郁だったが、とりつく島もなく萌に「熱病のせいで悪い夢を見たのね」と言われ、寝かされる事になった郁。
 奇しくも、郁の「構って欲しい」という想いを知らぬまま、それを見事に果たす姉――萌に、郁は淡い恋心を抱いてしまった。

 性別の違いなど、瑣末な事だ。
 そう自分が思っていても、相手はどうだか解らない。

 そんな郁の不安が募っていく。





□□月面、久遠の都。環境局内部□□





『地球から回収したノートパソコンを分析中に、当局員一名が昏倒。
 現在その局員はノートパソコンによって自我を乗っ取られ、地球と思しき過去に送り込まれた模様である』

 環境局の技師は、レポートに走り書きにしたそれを見つめながら、郁とノートパソコンに出来てしまったその現状を見つめてため息を漏らした。

 接続を断つ試みを続けているが、その影響から郁自身が苦しみながら床に伏せる事が多いらしく、芳しい成果はあがっていない。
 当人である郁に至っては、姉である少女と、喧嘩と仲直りを繰り返し、遂には娶ってしまっているという事態。

 戻って来るつもりがあるのか、と思いつつため息を漏らすのは至極当然な事だった。






■□遊牧民のキャンプ□■




 広場では、天文科学者となった郁が自身の子供を連れて太陽を観測していた。

「氷河期は不可避……。これはもう避けられないのね」

 悲しそうに呟いた郁は容姿に天文学を教えながら、小さく心の中で呟いた。
 地球は冷えていく一方。氷河期が訪れれば死滅してしまう運命が待っている。

 そんな中でも、せめて我が子の生存方法ぐらいは何とか出来ないか。そう考え、焦る郁だった。




 ――村の外れ。


 タイムカプセルを搭載したロケットの発射式典が行われていた。せめて後世に生きた証を残そうと人々が発射成功を祈っていた。
 生き残る為の万策が尽きた村民は、せめて後世に記録を残そうと郁にロケット制作を依頼したのであった。

 禁忌とされているその方法を取っても良いのか。
 しかし、萌や我が子の未来の為に、自分に出来るのであれば。

 葛藤する郁だったが、この状態へとたどり着いてしまった以上、既に手遅れなのかもしれない。そんな事を感じた郁であった。

 ――そんな折、突如広場に出現した航空事象艇。

 かつて自身が乗っていたそれと同じ物を、郁が見間違えるはずもない。
 幸い、周囲には村民はいない。歪みを察知した郁が、広場へと慌てて戻ったおかげであった。

「帰るぞ、TC郁」
「……でも……」

 航空事象艇から降りて来た局員が郁を見つめて声をかけた。

 振り返った先、遠くでは妻と我が子がいる。
 彼女達はまだ自分がここにいる事には気付いておらず、式典に夢中になっている。

「時代への干渉に当たる。早くしろ」
「……ッ」

 ここで断った所で、郁に選択の余地はなかった。
 時代や世界への干渉は禁忌に当たり、それによって世界は歪む。バラフライエフェクト、と呼ばれる様に、それは世界にあらゆる影響を及ぼしかねない。

 断れば、存在ごと抹消される。
 それが彼女達TCの負うべき責任でもある。



 ――「……はい」







 久遠の都に戻った郁は、PCの中に萌や我が子の画像がある事を知ってしまった。

 愛しい人と暮らした日々。
 禁断を犯した呵責。

 ――これで良かったのか?

 郁は自分を責め苛み、ベッドで泣き叫んだ。






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ご依頼ありがとう御座います。

まさかのノートPCからの人体ハックやら、
SF要素が盛り込まれてましたね。

同性であっても恋心を抱いてしまった郁さんは、
やはり根底に「構って欲しい」部分が
強く根付いているからなのかな、と思いながら
書かせて頂きました。

お楽しみいただければ幸いです。

それでは、次話も書き上がり次第お送りさせて
頂きます。

白神 怜司