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<東京怪談ノベル(シングル)>


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 悪魔の少女を自分の使い魔としての契約を交わした後、セレシュはしばしその場に腰に手を当て、目の前でふてくされたようにむくれている少女を見た。
 上から下まで舐めるようにマジマジと見つめたあと、セレシュは溜息を一つ漏らす。
「あんたの姿やっぱりちょっと目立つなぁ」
「はぁ?」
「それに、いくらうちと契約交わした言うても、勝手に暴れ出さん保障はないし……」
「……」
 腕を組んでしばし考えると、セレシュは懐から掌サイズの石を取り出し、少女の前に差し出した。
「悪いけど、封印石の中に入ってんか?」
 差し出しされた封印石を見た少女は、あからさまに怪訝な顔をしながら毛嫌いするように顔を遠退ける。
「イヤよ。そんな狭いとこ」
「ほんのちょっとの辛抱や。家についたらすぐ出したるさかい。これは、依頼者の安全確保の目的もあんのや。今のあんたをそのまま連れて歩くわけにはあかんねん」
 セレシュが真面目な顔でそう言うと、少女は眉間に皺を寄せつつも渋々それに了承した。
「ほんま、堪忍してや」
 ほんの少し笑いながら申し訳なさそうに謝り、セレシュは少女を魔法石の中に封印した。

           ****

 依頼人を家に送り届け、寄り道などせず真っ直ぐに家に帰り着いたセレシュは約束通り封印石から少女を解き放つ。
 狭い空間に閉じ込められていた少女は、ようやく広い場所に出られたとあって大きく伸びをし、溜息を一つ吐いた。
「おまっとさん。ここがうちの家や」
 ニッコリと微笑むセレシュを横目に、少女は部屋の中をぐるりと見渡す。
 綺麗に整理整頓され、掃除の行き届いたシンプルながら女性らしい部屋だった。一人で住むには少々広すぎるような印象を与えなくも無い。
「ここ、一人で住んでるの?」
「そうや。今日からあんたの家でもあるんやで。自由に使うてや」
「……」
 黙り込んだ少女に、セレシュは思い出したように言葉を付け足した。
「せや。これは言うとかなあかん事やねんけどな。使い魔の制約として、うちの命に関わる事や生活に害をきたすような行動は慎んでもらうで」
「……分かったわよ」
「あと、あんたのその姿。そのままやったら何かと問題があんねん。誰が訪ねて来るかも分からんし、誰の目があるかも分からん。せやから、人間の姿に変化してこの部屋で待機しといてな」
「……」
 セレシュはテーブルの上に置いてあった白衣を手に取り、それに袖を通しながら今一度少女を振り返ると、ニコッと微笑む。
「テレビ見とってもええし、寝とってもええで。適当に時間潰してや。うち、これから鍼灸の仕事で家を空けるけんど昼にはまた戻ってくるさかい、それまでの間自由にしとって」
 そう言うとセレシュはすぐに玄関に向かい靴を履く。そして何かを思いついたようにくるりと少女を振り返ると、小さく笑う。
「何やったら、家事しとってくれてもええねんで?」
「だ、誰が! しないわよそんなの!」
「冗談や、冗談。ほんならもう行くわ」
 ケラケラと声高らかに笑い、手をヒラヒラしながらセレシュは家を後にした。


 昼時になり、セレシュは店の入り口に「午後休診」の札を下げ家へと戻ってくる。
「ただいま〜」
 玄関を開き、部屋に上がるとやたらと室内が静かな事に気が付く。
 まさか出かけたりしていないだろうかとそんなことを考えもしたが、リビングを覗くとソファの上でクッションを枕にスヤスヤと眠っている少女の姿を見つけた。
「言い付け通り、ちゃんと人間に変化しとるんやな。よしよし」
 セレシュは白衣を脱ぎ、昼食を作るためにキッチンへと向かった。
 冷蔵庫から野菜や肉を取り出し、慣れた様子で料理を始める。
「……う…ん」
 鼻先を掠める良い匂いに少女が目を覚ますと、丁度皿の上に料理を盛り付けたセレシュがくるりとこちらを振り返った。
「お。起きたん? ご飯出来たで。食べよか」
 各自に盛られたサラダと鶏肉のピカタ、スープが目の前に広がる。
「美味いかどうかは分からへんけどな」
 そう言いながら席に着いたセレシュに続き、少女も席につく。そして柔らかくジューシーに焼かれたピカタに口を付けると、驚いたように目を見開く。
「美味し……」
「ほんま? 良かった」
 セレシュは手料理に素直に感激している少女に、嬉しそうに微笑みかけた。
 会話こそほとんど無いものの、昼食を食べ終え食器を洗い上げるとすぐに客間に向かい、整理整頓と寝床を用意し始める。
 そんなセレシュを客間の入り口で見ていた少女がポツリと呟いた。
「……なんでそんなに親切にしてくれるの」
 セレシュはそう言う少女を振り返らず、作業の手を進めながらそれに答えた。
「ん〜。何て言うんかなぁ。うち、昔神殿の守護者として色々行動を制限されたことがあんねん。あん時は結構精神的にもきつかってんな。せやから役目以外であんまり苦行させたない、言うたらええんかな」
「……」
「よし、これでオッケーやな」
 必要の無い物を戸棚の中に仕舞い込んだセレシュは、大きく溜息を吐いてくるりと少女の方を振り返った。
「ここ、今日からあんたの部屋や。好きに使うてや」
「……ありがとう」
「さて。あんたの役目がなんなんか、これから話しよ。とりあえずリビング戻ろか。そこで話そ」
 セレシュに連れられ、リビングに戻った少女はソファに腰を下ろすと、その向かい側にセレシュも腰を下ろした。
「ほんなら早速やけど、ここでのあんたの役目。それはな、魔具作成の補助や戦闘の補助や。いつ依頼が入るかも分からへん。依頼が入ったら必ずと言っていいほど一緒に出向いてもらうで」
「……分かった」
「それから、確認しときたいんやけど、あんたの悪魔の能力は何が出来るん?」
 小首を傾げながらセレシュに問われ、少女は少し面食らったかのように目を瞬いた。
「……精神コントロールと、それからもう知ってるだろうけど、大鎌での攻撃。魔具の補助で言うなら、闇の力の増幅……かな」
「そっか。うん、分かった。ほんなら改めて、これからよろしゅうな」
 セレシュはニッコリ笑いかけた。