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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜Alea jacta est〜


「どー見ても、セーラー服よねぇ?」
 久遠の都の環境局で、TCのひとりがテーブルにきちんと置かれた「それ」を見下ろし、うーん、と首を傾げた。
 昔――といっても、二百億年前だが――地球があった場所に、現在、ぽっかりとリゾートホテルが浮かんでいる。
 周囲には大気があり、ちらほらと宿泊客もいるようだ。
 そんな銀河系のはずれに何用かと思うむきもあるが、先日そんな辺境の地である航空事象艇がセーラー服を発見し、目下解析中である。
「この本体の解析はこっちでやっとくから、アナタはとりあえず現地へ向かってくれる?」
「はぁ〜い」
 やる気があるのかないのかイマイチ不明なぽわわんとした口調で、綾鷹郁(あやたか・かおる)は右手をあげて上官でもある先輩TCからの命令を受諾した。
 
 
 
 目的地に着いたとたん、郁はいきなりホテル内に監禁された。
「えーっと」
 フロントのあたりまで降りて来て、キョロキョロと周囲を見回しつつ、郁は脱出方法を思案した。
 ホテルの中では最低限の自由は保障されているらしく、こうして歩き回ることができた。
「あれ? ケンカかなぁ?」
 フロントのど真ん中で、甲高い声と低い声が交錯している。
 近くまで寄って様子を見つつ、郁は話の内容を聞いた。
 どうやら低い声の主は男性で、支配人らしい。
 一生懸命甲高い声の女性を引きとめている。
 女性はメイド姿で、今にも飛び出していきそうな形相だ。
「夫が行方不明なんです! 探しに行かなきゃ! ここを辞めさせて!」
「待ってくれ! こんなところにまで働きに来てくれる者なんて、あんまりいないんだよ!」
 必死に追いすがる支配人を振り切って、彼女は猛烈な速度でこちらに突進してくる。
 前方を見ていなかったのか、ぼーっと見ていた郁と正面衝突した。
「いったぁ…」
 尻餅をついておでこのあたりをさする郁に、同じように転んだメイドがいち早く立ち上がり、手を貸して立たせた。
「ごめんなさい、わたし、興奮してて…」
「だいじょぶ、あたし、これでも頑丈なの」
 ハハッ、と軽く笑ってみせると、メイド姿の彼女も笑った。
 そこで意気投合して、ロビーの片隅にあるソファにふたりで座り、郁はさっきの支配人との会話の内容について問いただした。
「旦那さん、失踪しちゃったの?」
「ええ…ここに来たことまではわかってるのよ。だから尾行してここに…」
 今現在、監禁の身の上にある郁には聞き捨てならない台詞だった。
「じゃあ、出入口はどこかにあるのね?」
「私はここから出たことがないけど、たぶんあると思うわ」
 彼女の言葉に俄然やる気が出た郁は、彼女とふたりで手がかりを探しにホテル中を徘徊し始めた。
 3階まで上がったところで、久遠の都から通信が入った。
「え? 微弱な残留思念?」
 久遠の都のデータベースが、思念の波形パターンを記録している者の残留思念が、この階のどこかの部屋から漏れだしているらしい。
 郁とメイドの彼女は、おそるおそる手近な部屋のドアを開けた。
 5つ目までは変わり映えのしない空室が続いていたが、6つ目の部屋を開けたとき、ベッドに何かが倒れているのが目に入った。
「だ、誰かいる?! ここでちょっと待ってて!」
 郁は慎重に中に入り、ベッドに近寄った。
 そこには女子高生の白骨とライトノベルが一冊、無造作に置かれていた。
 胸元のポケットから、見慣れた生徒手帳がはみ出していて、郁はそっと手を伸ばしてそれを引き出した。
 あるページに、遺書が残されていた。
「『私はある異星人に採集されここに来た。彼らはラノベの記述を地球の生態と解釈し、私をここに38年間飼殺した。毎日面白おかしく暮らした。彼らなりの慈悲だろう』…当時の事象艇では二百億年も飛べないわ…だとしたら、この記述は…本物ね…」
 郁は心の中で祈りをささげ、ライトノベルを手にそこを出た。
「あ、あれ?」
 さっきまでここにいたはずのメイドの彼女が忽然と消えていた。
 郁があわてて周囲を探しだすと、不意に遠くの方から聞いたことのある甲高い声と、さらにその上を行く悲鳴のような声が聞こえて来た。
「こっちかな?!」
 二段飛ばしで階段を駆け下り、郁はまたしても玄関へと舞い戻った。
 そこには、メイドの彼女と知らない女性が激しい口調で相手を罵っている。
「あー修羅場中かぁ…」
 罵声を聞いてすぐにわかった。
 相手の女は、メイドの彼女の旦那を寝取った相手のようだ。
 激論は果てしなく続くと思われたそのとき、やっとのことで支配人がすっ飛んで来た。
「喧嘩は外でやってくれ!!」
 ふたりは支配人にも罵声を浴びせながら、外へと出て行く。
 メイドの彼女が相手の女に、何の気なしに背中を見せた瞬間、女はどこからか銃を取り出し、その無防備な背中に向けて連続で撃った。
 驚愕する支配人と郁の目の前で、女はホテルの中に戻って来て、階段の方へ消えた。
「ひ、ひど…」
 郁の目からボロボロと涙がこぼれた。
 いったいどんなつまらない三文小説なんだろう、この世界は。
 何もできず、ただ見ていることしかできなかった自分――郁は絶望に身を委ねようと床にへたり込んだ。
 そのとき、足元でカサッと何かが触れ合う音がした。
 そちらに視線を向けると、そこには先ほどの部屋で見つけたライトノベルが一冊。
 郁は、あることを閃いた。
「そうだわ…このお話は天才少女博徒がホテルを買収して終わる筋書き…経営者に成れば全て自由よ!」
 郁は身軽な体操着ブルマ姿に成ると賽の目勝負で支配人に連勝する。
 自分は事象艇乗りだ。
 出目は全て判っている。
 もうすぐここから脱出できることを確信しながら、郁は目元ににじんだ涙をぬぐった。
(ラノベに弄ばれた先輩…安らかに…)


〜END〜