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<東京怪談ノベル(シングル)>


交渉




□■検閲軍の護送船□■




 検閲軍の護送船。
 そう言われて、その内容が理解出来る者は恐らくいないだろう。

 TCの検閲軍は、様々な時代を渡って宇宙開発の元凶となる人材や資料を押収し、それを持ち帰る事が主な任務となる。

 ――そこには、茶色く長い髪にウェーブがかかった天使族<ダウナーレイス>の少女、郁の姿があった。

 今回の任務に参加した郁は、まさにその検閲軍の護送船に乗って、久遠の都へと帰還する最中であった。
 いわゆる、禁制品の護衛といった所だろうか。

「良い男たちなのに、勿体ないわ……」

 じゅるり、と涎を垂らしながら呟いた郁は、慌てて自分の口元を拭う。

 船倉にいるのは、自分たちTCの手によって拿捕した、個人用宇宙艇とその設計者。そして中世の時代から、錬金術師を捕らえ、留置してある。




「後生だ! せめてあの星を艇のカメラで撮らせてくれ。俺の人生なんだ! あとは壁に飾って大人しく主婦するから! なっ、良いだろ!?」

 設計者は医務室に運ばれながらも声を荒げた。

「……何それ?」
「ロマンなんだよ! 男の!」
「憐れな浪漫ね……。意味分かんない」

 船窓から星の海へと視線を移して憐れむ様に呟いた郁だった。

 雄大な恒星の最期。
 逆巻く紅蓮は眩く、僅かな残痕を残して消え去っていくその姿は美しい。

 それに比べ、郁の眼前で身体をベッドに固定されている男――設計者は、必死に命乞いをしている始末だ。
 いや、正確に言うなればこれは命乞いなんかではなく、彼の言う「ロマン」を追うという生き甲斐を守る為に叫んでいる、と言うべきだろう。

 もう間もなく彼は、性転換剤を打たれようとしている。
 ロマンを追い求めて科学を追求する『男』から、恋に現を抜かし、それでいて堅実的な『女』へと変わろうという寸前だ。

 それでも「おとなしく主婦してる」なんて言葉が出たのは、抗えない事を悟っているのか、はたまた郁を言い包める為の方便か。

 しかし、郁にとってはそんな事、所詮は瑣末な問題だ。
 何せ彼女は聞く耳を持つつもりはない。

 ロマンだ何だと言われて心に響くのは、所詮はこの設計者の様な「男」であって、自分には無縁な事だ。

 ――そんな折、突如として艦内に非常事態警告の特有の音が鳴り響いた。

「何!?」

 TCとして、この音が鳴り響いたら艦橋へと向かい、事態を把握しなくてはならない。
 郁は艦橋へと向かって船内を走り出した。






■■艦橋■■





 ――異常事態もいい所だ。

 突如として船の電脳が発狂したのか、計器が明滅しながらラブソングを奏でている。原因の解明に当たる操縦員達が事態の収拾を試みるが、原因の特定には時間を要していた。

 そこへ郁が勢い良くドアを開けて中へ入った。

「一体何があったって言うの? 何者かの侵入?」
「現在調査中です」
「調査に時間がかかるなんて……! ウィルス感染!?」

 突然の電脳の異常に、郁もさすがに焦りを禁じ得ない。
 「生命維持装置を死守よ!」と叫んだのは郁だったか、それとも同僚の言葉だったか定かではないが、郁の頭は働いていない状態だ。

「原因の把握はまだなの!?」
「原因判明しました! ほ、ホムンクルスの仕業です!」
「バカ言わないで! あんな数ごときで――!」
「――そ、それが、増殖している様なんです!」
「雌ばかりのハズよ! 何で!?」

 混乱する艦橋内に、一人の男が佇んでいた。

「儂が教えてやったわ」
「――ッ!? 錬金術師、だったわね……! 何であんたがこんな所に……って、それ以前に教えてやったってどういう事よ!」

 声の主に向かって郁が振り返り、声を荒げた。

「ほれ、『かっぷりんぐ』とか言うのじゃろう?」

「…………」
「………………」

「フフフ、儂の娘達は進化する……ッ!」

 この会話だけならば、錬金術師による謀略が功を奏し、その反撃を始めたと誰もが素直に認められただろう。

 ――しかし、その場にいる者は誰もがそんな事を考える事はなかった。

 何故なら、錬金術師の手に握られ、「これを見よ」と言わんばかりに見せつけられたのは、あられもない『ヤオイ本』であり、表紙ではやたらニヒルな笑みを浮かべた濃い男がサムズアップして歯を煌めかせている。

 胸元を開けてベンチに座っているそれを見て、誰よりも早くリアクションを返したのは、郁であった。

「それ私の……ヤオイ同人誌……」

 赤面する郁の言葉が虚空を舞った。






□□通路□□




 『心中した夫婦の怨念』という、なんとも精神に影響を及ぼす攻撃を投射する銃を構え、哨戒するクルー達。
 船を支配しているホムンクルスに、強烈な怨念を浴びせて狂死に至らしめる作戦だ

「消毒よ、消毒! 怨霊銃で消毒してやるんだから〜ッ!」

 顔を真っ赤にしてそれを乱射し、ホムンクルスを次々に駆除し続ける郁。
 先陣を切って戦うその姿に、事実を知らないクルー達は尊敬すら抱く行動ではあるのだが、まさか『趣味のヤオイ』が発覚し、そのせいでホムンクルスの大量発生が起因するとなれば、必死にならざるを得ない。

 鎮圧出来るかに思われたその戦いであったが、不意な一瞬の隙を突き、ホムンクルスが郁に襲い掛かる。

「――ッ!」

 媒体を投げ捨て、郁の身体に入り込んだホムンクルスが郁の身体を無力化させ、さらに何匹ものホムンクルスが追い打ちをかける様に郁の身体へと入って行く。

 銃を落とし、虚ろな瞳をした郁は、完全にその心をホムンクルスに乗っ取られる形となってしまった。

 この状況を見ていたクルー達が攻撃の手を休めた所で郁の口が力なく開かれた。

「取引だ。もし断れば、この身体の持ち主を殺す」

 一瞬にして戦況を覆されたクルー達は、一度上層部への判断を仰ぐべく、郁のその場からの撤退を見逃す形となってしまった。





■■船倉□□





 取引の交渉に郁の身体を使ったホムンクルスの勝ちと言える内容となった。
 郁は操られ、個人用宇宙艇と人質2名の、恒星への逃亡。そしてその安全を要求した。

 やむなく要求を飲む事になった検閲軍は、要求を飲み、その身体からホムンクルスを出され、気を失って眠らされていた。


 事の顛末を聞かされた郁は、せめてまだ眠っていたかったと後悔した。
 自身の趣味本のせいで事態が悪化した事を上層部に知られ、今まさにこっぴどく説教を受けていた。


「……同人誌禁止……なんて……」


 言い渡されたあまりの仕打ちに、郁はその場で突っ伏して泣き出した。
 現実の恋愛事情から2Dの世界に救いを見出していた郁に、それは心の拠り所を奪われた様な気分であったそうな。








                        FIN