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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ Gate ]

「――――……これは、そっちの編集部で何とかする問題じゃないのか?」
 正月明けの草間興信所、しばらくの間武彦と零は年を跨いでの大掃除に明け暮れていた。そうして、ようやく落ち着いてきた頃、今更ながら依頼者が一人も来ないことに気付かされる。
「そうしたいのは山々なのですが、生憎別の案件で立て込んでまして。こちらはお任せすると碇さんが」
 そんな日の夕方、チャイムの音に慌ててドアを開ければ、そこには月刊アトラス編集部の桂が居り今に至った。 
「任せるも何もうちは祓いやでもなけりゃ、お前らの取材の手伝いなんて――」
「たまには零さんを良い場所へ連れて行ってはいかがですか?」
 その言葉には、思わず反論に詰まる。
 桂が持ってきた資料によると、最近とある遊園地の入場ゲート付近に霊のような存在を見かけるようになったらしい。その姿は高校生位の女の子で、開園前から閉園までずっとその場に居るという。誰かに危害を与えるわけではないものの、微動だにしないその姿は不気味かつ誰の目にも見え、噂は広まり客が減り続けていた。
「一応取材という名目なので、入園することになったとしても草間さんにパスポート料等の負担もありません。お食事も領収書貰ってきていただければ」
 その言葉に武彦の片眉が上がるものの、資料をテーブルに置き桂を見ると冷静に問う。
「おい……報酬はなし…ってことか?」
「強いて言うなら、解決できた場合状況を元に出来上がった雑誌を数冊――と言った所でしょうか。お名前は載せるので、宣伝効果はあると思いますよ」
 結局取材の肩代わりということである。
 そうして武彦が答えを出す前、桂は数枚のパスポート券をテーブルに置き帰ってしまった。最初からこの話に拒否権など無かったということだ。
「まっとうな探偵としての宣伝にはならないだろこれ……」
 先ほどまで桂が座っていたソファーに投げかける言葉は力なく、武彦は項垂れる。
「…兄さん、遊園地行くんですか?」
 やがて奥から控えめに出てきた零が武彦の背中に問う。そんな彼女に、武彦は顰めていた顔を戻すと振り言った。
「…………あぁ。何人か誘って遊びに行くか」

 そんなやり取りがあった数十分後、彼――物部・真言(ものべ・まこと)はふらりと草間興信所を訪れていた。何かいいバイトがあれば、と思っていたのだが。
「…………あ?」
 なぜか入り口のドアが大きく開いている。中からは物音一つせず、ゆっくりと室内を覗き込めば、ソファーの側で蹲っている武彦とその傍に零の姿を見つけた。とはいえ、彼女が彼に対し何か物騒なことをしでかすとも思えず、よくよく観察していると「大丈夫ですか、兄さん?」と声が聞こえた気もする。
 真言は一旦ドアから身を引くと、一つ深呼吸をして開いたままのドアを軽く叩いた。
「こんにちは」
 わずかにだが、武彦が怯えた表情を見せた気がする。しかしそれも目が合うと同時消え去り、安堵の息を吐いたようにも思えた。
「なんか、トラブルでもありました?」
 躊躇いながらもそう口にする。トラブルだらけのこの場所で、それを聞くのは野暮かもしれないが。
「いや…なんでもない。そして丁度いいところに来た、仕事の話を…しようじゃないか」
 ようやく立ち上がった武彦は、自分の机に戻る気力もないのか、そのままソファーに腰掛けた。真言はドアを閉めると、その向かい側ソファーに腰を下ろす。
「――まあ、草間さんの所で報酬は期待してないですから」
 依頼の話を聞き終えた真言は、開口一番そう言うと「それで?」と後に続けた。
 確かに興味があれば遊園地のパスポートが報酬になるのかもしれないものの、そうでなければそれは今回の調査に必要な通行手形に過ぎない。武彦にとっても交渉材料の一つなものの、それに目もくれず依頼を引き受けてもらえるならば、それは彼にとってはありがたいの一言だった。
 集合は今度の土曜日、遊園地前の駅前広場と聞き、興信所を後にする。
「遊園地、か……」
 階段を下りながら真言は確認するようポツリと口にした。そこはほとんど行ったことがないと言っていい場所だ。しかし今回の件に零が同行すると言う経緯から、結果的に零が楽しむことが出来るのなら、それはそれで良い。自分は霊の方に集中すればいい話だった。


    □□□


 土曜の早朝。絶好の遊園地日和といわんばかりのその日。集合場所には武彦に零、真言は勿論のこともう二人。
「おはようございます、今日は宜しくお願いします」
 と、海原・みなも(うなばら・みなも)が頭を下げる。
「これで全員か? とりあえず少女が現れるという場所に一度行ってみよう。いくつか確認したいこともある」
 四人を見渡した真言は、そう言うとこの場からでも遠目に見える遊園地の入り口に目を向けた。
 それにつられるよう、腕を組み佇んでいた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)も同じ方を見る。
「…随分と人が少ない。調べ物には好都合か」
 こんな現象が起こる前、開園一時間以上前から行列が出来ていた入場ゲートも、今では遠巻きに待つ人ばかり。それゆえここからでは少女の姿は確認できないものの、ぽっかりと開いた空間から少女がどこにいるかは明らかだった。
「気が乗らないが…俺らも行くしかないな」
 そう言い、武彦と零もひとまず入り口まで共に行くことにする。
「ん、思ったよりも居るな?」
 駅前から入場ゲートまで来ると視界が開け、真っ先に気づいた冥月が口にした。五人の予想よりも多くの人間が今この場には居る。
「ええ、皆さん彼女を遠ざけて影に固まっているだけみたいですね」
「これは、誰の目にも確認できているということでもあるし、実際あの少女が危害も与えてないということか」
 害がないのならば無理に祓うことはしたくない、そう思っていただけに真言は次の解決策を頭に思い描く。
 本当にこの場に佇んでいるだけの存在ならば、気にさえしなければ問題はない。ゆえに入場客は減ったと言えど、居なくはなっていないのだろう。加えて、ここに居る者たちは足繁く訪れる熱烈なファンかもしれない。この遊園地に関連しているファッションや、持ち物をあちらこちらに見かけた。
「それにしてもあの方が…本当に霊なんでしょうか……?」
 躊躇いながらもみなもはそう言う。誰の目にも見える上、身なりもきちんとしている。言われてみれば確かにまだどこか幼さあるものの、長く綺麗な黒髪とシックな装いが、彼女を実際の年齢よりも大人に見せているようだった。つまりパッと見は、どこにでもいそうな少女の姿だ。
「間違いなく霊だ、ほら――」
「確かにすり抜けたな」
 冥月が言うや否や、ふざけ走り回っていた小学生が二人、彼女に気づかぬままその場を走り抜け、真言も頷いた。しかし子供はもちろん、周りも一切動揺を見せない。皆あの存在を見て理解した上でここに居る。その光景がまるで不自然に思えた。
「話どおりずっと時間を気にしているようだが、やはり誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか?」
「……想像の範疇は抜けないな。名前など聞きたいところだし、行こう」
 足早にゆく冥月の後斜め後ろに真言、後ろにみなも、その隣に零、その後ろに武彦と続く。
「果たして話せるかどうか……言葉が聞こえればいいがな」
「零ならば可能じゃないか?」
 真言の懸念に、冥月はそう返しながら零を振り返り言った。
「え?」
 思わず零の歩みが止まり、武彦も歩みを止めると眉を顰め冥月を見る。
「おいおい、あまりこき使ってやるなよ」
「可能なら少し話をさせるだけだ、心配するな」
 そうして五人は彼女の前で足を止めた。周囲が多少ざわつくものの、それも数分経てば視線すらなくなることとなる。その数分というのが、五人が順次声をかけてみた時間だった。最後に零が呼びかけてはみるものの、返答はおろか視線すらこちらに向くことはない。
「反応、ありませんね?」
「私たちが見えてないわけもないと思うのだが」
「よほど時間を気にかけているか、居たのかもしれない待ち合わせ相手にしか反応しないのか?」
 彼女はただずっと時計に目を落とし、時折正面を見据えては、再び俯いた。
「確かに壊れた時計をつけますけど……お洋服は綺麗なのに、これだけがまるで事故にでもあったような、不思議な感じですね」
 じっくりと少女を観察していたみなもは、時計だけが汚れひび割れていることに気づく。
「と言うよりも、時計だけがまるで実物――のような? 動かない時計で一体何を見ているのだろう……」
 実際対面し、やはり彼女が誰かと待ち合わせをしているような素振りは確認できたものの、話が出来ないようではこれ以上事態を進めようもない。
 武彦が後ろで落胆の様子を見せるのとは逆に、三人は今後の動きについてを簡単に話し合った。事前の情報と、実際見た材料から皆考えることは同じで、まずは彼女の素性を調べることが第一とされる。
 そのためにも周囲に軽い聞き込みを行った後、それを元に近くの図書館で新聞記事を調べることで考えは一致した。いずれも、彼女がここで誰かと待ち合わせをしていたものの、ここに来る途中事故にあった――と想定してのものだ。
「俺は遊園地の管理者に、近年この付近で事故やトラブルがあったか聞いてみようかと」
「断片的にでもここで何か手がかりがあれば、この後図書館で闇雲に新聞を調べず済みそうですね。あたしは周囲の方々に少し聞いてみます。常連さんなら何か知ってるかもしれませんし」
「なら私はこの周辺に住む者を当たるか」
 それぞれ場所と話を聞く人間を完全にばらけさせると、当然ここに残るという二人が居るこの場所に再度集合で話はまとまった。時間は開園時間頃。それは一時間後と迫っていた。

 まだ閉まっている入場ゲートの向こうに従業員を見つけると、真言は事情を説明し話の出来る者との面会を頼んだ。事情は既にアトラスから回っていたのかもしれない。すんなりと要求は受け入れられ、従業員用通路を通されると事務所へと案内された。
「開園時間が迫っているので、それまでの間ですが――」
 そう言い出てきたのは、華やかな衣装を身に纏う従業員とは逆、スーツに身を固めた、中身も硬そうな四十代程の男だ。差し出された名刺には遊園地独自の職種なのか、聞いたことのない役職が書かれていたものの、身に着けている無線機からわずかに聞こえてくるあちらこちらの声から察するに、統轄的ポジションの人間なのかもしれない。
 名は鷹木・卓(たかぎ・すぐる)と書かれていた。
「鷹木さん、お忙しい中ありがとうございます。宜しくお願いします」
 最初真言を見るなり安東は眉を顰めはしたものの、その見た目に反した態度に表情を和らげる。
「まずはこちらで準備していた情報です。必要であれば質問は受けます」
 そうして差し出されたのは数枚の資料だった。彼女が時期的・時間的にいつ頃から現れ、そして消えていくのかのデータが綺麗に纏められている。
 開園前、現れる時間は特に決まっておらず、けれど消えるのは決まって閉園と同時。ただずっと同じ場所に立っているだけなのは報告どおりだ。ただ、その動作は日によって多少違うらしい。ひたすら時計を見つめ続けた日もあれば、雨の日はぼんやりと空を仰ぎ続けていたこともある。そんなデータの中、真言はある文章に顔を上げた。
「――――え、去年のこの時期にも?」
「ええ。実は去年の一月中旬に一度、後は二月下旬頃の数日何人かが目撃していました」
 三月に入ると彼女は現れなくなり、すっかり忘れていた今年の一月中旬、彼女は再び現れたと言う。
「……去年の一月中旬頃、遊園地に向かう学生などで事故やトラブルは?」
「この駅周辺ではないはずですね。多少血気盛んなのは居ますが、女の子がトラブルに巻き込まれた例もない。私どもが把握できる限りでは無いというのが今言えることです」
 事故やトラブルの線で考えるのならば、やはり新聞などを調べなければならないようだ。とは言え、なんとなく時期は特定できた気もする。
「分かりました、お時間ありがとうございました」
 椅子を立つと軽く頭を下げ、最後に真言は名刺に書かれている――おそらく仕事用の携帯電話番号は、何かあった際かけてもいいものかと念のために確認した。鷹木は出れないこともあるかもしれないが、構わないと言い同じく席を立つと、真言より先にドアの方へと歩いていく。
「早期解決をお願いします。従業員や来園される方々は勿論のこと…、」
「……何か?」
 ドアノブに手をかけ何か言い掛け口を止めた鷹木に、真言は思わず問う。
「いえ、なんでも。今は害がないとは言え、いつか何か起こるかもしれないと、皆不安がっていますので」
 しかし表情は全く変えないまま、鷹木はそう言いドアを開けた。引っ掛かりを覚えはするものの、時間的にもこれ以上の長居は出来そうにもない。
 一礼し部屋を出ると、元来た道を通り入場ゲートへと戻る。
「――何か、他の理由でもあるのか?」
 あの瞬間が、今も尚気になり続けていた。


    □□□


 開園時刻少し前に三人は武彦の元へと戻り、まずは各々が得た情報を共有することにした。
「俺は遊園地側がデータ化した資料を貰ってきた。これによると彼女は去年の一月中旬に一度、二月下旬頃の数日間現れ、三月には消え、今年の一月中旬再び現れたと」
「昨年から…? 長期に渡り消えていたのが、今回再び現れていたのか――」
 口元に手を当て、考えるよう冥月は呟く。すると、真言の情報に続きみなもが口を開いた。
「あたしの方でも時期証言は似たようなものが取れてます。それに加えて、当初は姿がはっきりしてなくて、時間も気にしていなかった。そもそも腕時計もしていなかったかも、と」
「腕時計をしてなかったって、ならあれはいつの間にどっから?」
 言いながら、真言は思わず彼女の方へと目を向ける。しかし彼女は周りの様子など見えないよう、依然として時間を気にしたまま。何の変化もない。
「とりあえず時期的な面では確定だな。少し離れた沿線の駅近くで昨年、長い黒髪の女子高生が事故にあったことが分かった。一月十七日、時刻は午前九時頃。新聞にも載ったらしい」
 つまり、その事故を当たってみるのが確実だというのは明らかだった。
「その事故から彼女のことを調べてみましょう。これだけ絞り込めればすぐに見つかるはずですし」
 事故の場所も特定出来てるだけに、無闇に地方紙を探す必要性もなさそうだ。
「朝ということはその日の夕刊か、遅くとも翌日の朝刊か」
「――という事だが、草間は?」
 一応共に図書館まで行くのかどうかの意味合いで冥月が問い、真言とみなもも武彦と零の方を見た。
「あ? 俺らは中入ってるから。用があれば…というより、出来れば解決した後で連絡してくれ」
 武彦はそう言いながら三人にパスポートを手渡すと、佇む彼女とは十分すぎる距離をとって避けながら、零を引き連れ遊園地の中へと消えていってしまった。


 図書館は日曜ということもあり、多くの人が訪れている。
 あいにく新聞のデータ化はされていなかったものの、事故があった日とその翌日の新聞に限定し、全国紙と事故があった付近の地方新聞をかき集め、ソファーに座ると手分けして次々とページを捲っていく。
 真言も全国紙に目を通していくものの、それらしき記事はまだ見当たらない。
 が、黙々と地方紙を捲っていたみなもが唐突にその手を止めた。
「――ありました、きっとこの事故です」
 そう指した記事は地方紙の中でも更に小さい記事だ。
「あぁ、日時に場所、ひき逃げと状況が一致する。少女は事故当時意識不明の重体。この先どうなったかは見る限り不明、か」
「県外から卒業遠足で、遊園地に行く途中事故にあったようですね。名前は――」
「っ…、この子……まさか?」
 みなもが名前を読み上げる前、真言は思わず声を上げる。一体どうしたのかと言わんばかり二人の視線が注がれるが、考えをまとめたくしばし沈黙を守った。
 そこに書かれていた名は鷹木卓美。響きは特別ではないものの、使われている漢字が珍しいと思われる苗字は、そう多くは居ないだろう。
 聞いてみるしかない。そう考え顔を上げると同時、ソファーから立ち上がる。
「一度外に出る。……すぐに戻る」
 そう言い二人の返事を待たずして館内から出ると、入り口隅に寄り、貰ったばかりの名刺を取り出す。念のための確認だったものの、本当に電話を掛けることになるとは思っていなかった。
 開園したばかりの時間ゆえ、忙しく電話には出ないかもしれないという懸念はある。しかし電話はわずか二回の呼び出し音で繋がった。
「もしもし、鷹木さんですか? 先ほどお会いした物部です」
「――――ここに電話してきたということは、もう辿り着いたのでしょうか」
 少しの間を置いて返ってきた言葉は、挨拶でもなくそんな台詞だ。
「さすが、例の興信所は仕事が速い。さて、聞きたいことがあるのですね?」
 続けられた言葉に、真言はそれを確信した。
「あの少女はもしかして身内……娘さんですか?」
「ええ、娘の卓美(たくみ)です」
 躊躇いもなく言葉は返ってくる。
 真言は今回の件に関して無理に祓うではなく、未練があるのなら叶えたいという目的と、彼女が何を願いあの場に留まっているのかを探りたい意思を伝えた。
 まさか家族があの場で働き、その存在も認知しているとは思いもしなかったが、実際のところ彼がアトラスに解決を頼んだ結果、取材ではなく解決を目的と判断されたこの依頼が、巡り巡って草間興信所へと回ってきたということだろう。
 彼女の意識は未だ戻らぬまま。近くの大学病院に入院しているらしい。つまりアレは生霊だ。
 当日彼女は向かう駅を間違え、慌てて遊園地へ向かう途中と推測されていた。運悪く目撃もなく、犯人は未だ捕まってはいない。
 昨年は勿論のこと、今年も霊と向き合ったもののやはり反応はなく、どうしてそうなっているのかは父親でさえ分からないという。
「ただ、卒業遠足で友人や恋人と遊ぶのを楽しみにしていたから原因はそことしか――」
「その友人や恋人は?」
 友人はあらかた当たり協力してもらったものの皆反応はなく、当時付き合っていたという男性は消息不明らしい。
「(……目的はそいつか?)」
 というより、もう恋人を当たるしか手立てはないだろう。そう考えると名前と過去の連絡先に加え、二人が通っていた高校の連絡先も一応聞いておく。個人情報に煩い今、学校が卒業生の連絡先を教えてくれるとは思えないものの、最終手段である。
 礼を告げると、電話を切り早く館内に戻ろうと考えた。
「どうか、娘の魂を救ってください」
 命を助けてくれなど言わない。ただ、あの場におかしな形で囚われ続けている魂を開放してくれと、彼はそう言い一方的に通話を終わらせた。
 そういえば桂から渡されたというパスポート。これは元はといえば、根回しされたものなのだろう。ということは、結局のところ雑誌に記事は載らないのだろうか?
「…………今はそれよりも、だ」
 小さくかぶりを振ると、真言は二人のもとへと急ぎ戻る。
「――彼女の正体が分かった」
 そう切り出し、真言は鷹木卓の存在も含め、今しがたの会話内容を二人へと簡潔に伝えた。
「付き合っていた男が居るのならば、やはりその線が濃そうだな」
「何か心当たりでも?」
 わずかに首を傾けた真言に、二人は彼女に関わる男の話をしてきた。
 スポーツ新聞の一角に掲載されていた、遊園地心霊現象の記事。その写真の人物に似た人物とみなもはさっき接触したらしい。彼女を気にしているかもしれない男性。関わるな、と言って立ち去ってはしまったものの。
 そして冥月も、事故現場近くで彼女の身内らしき男性が現場をうろついていたという話も耳にしているらしい。
「――案外、関係者はごく近くに居るものなのかもしれないな……その二人、同一人物かもしれない」
 断定は出来ないものの、関わるなと警告してきた言葉から、男自身が何か関わっている可能性が高い。
 目撃証言から彼はまれに園内で見かけられることもあり、閉園時にもゲート付近に居るらしい。探せば近くで見つかるかもしれない。
 三人は一度遊園地へ戻ることにした。


「なんだ、まだ解決してないのか」
「自分は何もしてないくせに、どの口がそんなことを」
 開口一番そう言った武彦の顎を下から掴み、あまり表情は変えないまま彼の口を窄ませた冥月に、真言もそれほど表情を変えないまま「まぁまぁ…」と宥めに入る。そしてその光景に躊躇いながらもみなもが武彦に結果を伝えた。
「彼女の身元は分かり、手掛かりを持っている、あるいは探すべき方も目星がついたのですが、どこにいるかが…」
「草間さん、園内を独りでうろついているような男、見ませんでした? 多分そんな男が居るはずなんですけど」
 零は今メリーゴーランドを楽しんでいる。その前のベンチに座り見守る武彦に問えば、「こんな場所に独りでだ? そんなもの好き――」と武彦は即座に一蹴しようとするが、何か思いとどまったのか、ふと言葉を切り目を逸らした。
「そいや、見かけた気もしなくもないが、連れが居なかったとも限らない、な」
「一体どこで見かけた。早く思い出さないと……」
「たっ、確かあっちのフードコートに十分くらい前!」
 胸倉を掴まれるのではないかと思う前に武彦は時間まで伝えると、丁度こちらへ戻ってきた零に駆け寄りそのまま次のアトラクションへと向かっていってしまう。
 レストランは多々点在しているものの、フードコートらしき場所は屋外に一箇所だけ。そこへ向かうと、友人同士のグループや親子、そしてカップルが楽しみながら食事をする中、独り椅子に座る男性を見つけた。丁度連れが居ない可能性も否めないものの、彼を見たみなもは「あの方です」と確信を持ち言う。
 風貌を見る限り、彼はやはり高校生か大学生くらいに見えた。明るい茶色の髪と軽そうな雰囲気が、大人っぽく清純そうに見えた彼女ととても不釣合いにも思える。
「日向(ひゅうが)さんですね」
 鷹木から伝え聞いた名を真言が口にすると、彼は一瞬肩を竦めた後顔を上げ、真言の次にみなもを見ると顔を顰めてみせた。
「……何? あんたらまだ関わってんのか」
 ぶっきらぼうにそう言うと、三人の反応を待たず言葉を続ける。
「彼女を成仏させる気? そんなことは、許さないから……」
 名前は否定せず、三人の動きは把握しながらそれを否定する動きは、彼が彼女に関わる者であることを肯定した。
「それは誤解です」
「あぁ、無理に祓うつもりはない。生きているなら尚更、彼女の願いをどうにかするのが目的で」
「それをどうにかしたら、あそこから消えて死ぬんじゃない?」
 頬杖をつきながら、彼は動じることもなく真言をジッと見る。それが何もしない理由であるならば、彼はもう一つの可能性を全く信じていないことにもなる。
「彼女が消えたからといって、それが直接死に繋がるとも限らない。しがらみから開放され、目覚める可能性だってある」
 それに、これでは彼女だけではなく彼も囚われているように思えた。
「だから関わるな、と。自らも関わることなく、遠くから見張ってるつもりか」
「生霊でも何でもさ、彼女がそこに居てくれるならそれでいいよ」
 冥月の言葉にろくに耳を傾けずそれだけ言うと、彼はテーブル上の冷めたフライドポテトに手を伸ばす。
「どうか話だけでも聞かせてください。あたしたちも全て把握しているわけではないので、このままではこの先の判断が……」
「あんたからの話は、最善の解決のためにきっと必要なものだ」
 仮にこの件がアトラスの記事になるのなら、尚更真実は知っておくべきでもある。
 三人が口を閉ざすと、周囲の音がよく聞こえた。楽しそうな会話に時折混じる悲鳴。ジェットコースターが近かったのかもしれない。
「…………とりあえず、座れば?」
 そう言って、彼は左右の椅子を見た後正面の椅子をつま先でわずかに動かしてみせた。
 三人が座った後、彼は手元のジュースに手を伸ばしたもののストローは銜えたまま。飲む素振りは見せず、ただ何か考えているように見えた。三人の考えどおり、彼はストローから口を離すとようやく口を開く。
「あの日、卒業遠足を利用して仲がいいクラスの連中とトリプルデートの予定だった」
 集合時間は午前九時。しかしその少し前に彼女から、降りる駅を間違えバスを使うため少し遅れると連絡が入る。後から送られてきたメールには先に中に入っていてくれと書かれていたものの、彼氏としてそれは出来ないと、他の二組には先に入ってもらい、彼は彼女を待つことにした。彼女には、『入り口で来るのをずっと待ってるから、焦らずゆっくりおいで』、とメールをして。
 けれどいくら待っても彼女は現れなかった。連絡もつかないまま一時間が過ぎた頃、入れ違いでもあったのかと彼は園内に入ったという。しかし彼女はどこのグループにも合流しておらず、あやふやなまま一日が終わってしまった。
 彼女が事故にあったと聞いたのは、その日の晩。家族や学校からの連絡は、遠足中控えられていたらしい。
「ずっと待ってるって言ったのに、約束破って待ってなかったら、今度はアイツが霊になって入り口でずっと待ってるって噂聞いて…どうしたらいいか分からないまま一年が経ってた」
 自嘲的な笑みを浮かべ、口を閉ざした彼は俯いた。
「事故現場をうろついていたそうだが、何をしていた?」
 「そんなことまで?」と苦笑いを浮かべるものの、おとなしく口を割る。
「アイツのさ…時計探してた。オレがあげた腕時計、デートの時は絶対してるはずで。警察は気づかず見つけられなかった。ようやくかなり離れた場所に落ちてたの見つけて、彼女の病室に届けに行った。数日後には無くなってたけど」
 真言は彼の言葉から、彼女に関してではなく事故に関して引っ掛かりを覚えていた。
「それ、彼女の時計が離れた場所から見つかったって言うの、警察には?」
 彼はその問いに「言ってないけど?」と首を傾げる。
「言ったほうがいいかもしれない。場合によっては、事故が離れた場所で起きていた可能性もある……洗い直し場所を少し変えれば、目撃証言が出るかもしれない」
「確かに。あの駅から遊園地方面行きのバスはなかったはずだった」
 冥月の一言に、彼は弾かれたよう顔を上げた。まるで、今からでも走って行きそうな。
「あの…多分、ですけど――」
 その動きをみなもが言葉で制止させた。
「彼女は…卓美さんは、日向さんのことを怨んでなんていませんよ。恋人同士だったのなら尚更です。だから、どうか会うのを躊躇わないでください」
 実際彼は椅子を立ち、その勢いで椅子は後ろに音を立て倒れる。周囲の注目を浴びはするものの、彼自身が椅子を戻せばそれは一瞬のことで終わった。
「彼女の表情は見ているだろう? 哀しそうではあるが、それは多分待ち人が居ないからであって。それほど想われていると気づいた方がいい」
 左右に座る女性二人からそう言われた彼は、かなり畏縮したように見える。そんな様子を正面から見ていた真言は、ふと。
「さっきから思ったんだが、もしかしてあんた彼女以外の女が苦手な――」
「なっ……分かった、分かったから……そこまで言うなら責任とってついて、来てくれ、よ…」
 あからさまな動揺を目の当たりにし、思わず苦笑いや失笑を浮かべるものの、どうりで冥月とみなもには反応や対応が悪いわけだ。多分、どう接すればいいのか分からないだけなのかもしれないが……。
 ゲートに戻る途中、真言は三人から離れ電話を掛ける。相手は勿論鷹木で、日向が見つかりこれからゲートで彼女と会わせる事になったということを伝えた。

 ゲートまで戻ると、一度再入場スタンプを押してもらい外へと出た。彼女は相変わらず同じ場所に居て、今この場からは後姿が伺える。
 今まで彼は、ここに佇む彼女のことをしっかりとは見てこなかったらしい。それゆえ彼女も、長い間近くに居た彼の存在に気づけなかったのかもしれない。
 立ち尽くす彼にこれ以上言葉を掛けることはなく、ただ誰からともなく最後の後押しをした。
 そうして彼が彼女の名を呼んだ瞬間、振り返った彼女の顔に生気が戻った――というには多分語弊があるものの、確かに表情からは哀しみが消え、その眼に光が射した気がする。
「やっと、来てくれた。でも、なんで後ろから? それに、その人たちは?」
「ようやく私たちが見えたようだな」
 今更ではあるものの、思わず安堵の息を吐く。
「まぁいいや。そうそう、まず時計ね、探してくれてありがとう。壊れて時間は分からなかったけど…これがあったから、ずっと待ってられたよ」
「時間を気にしていたというより、彼からの時計をずっと見つめていたのでしょうか」
 そして彼の「ここで何をしているんだよ」という問いに対し、彼女は去年果たせなかった遊園地デートをしたかったとだけ言った。たったそれだけのことでも、彼女にとっては高校生活最後の思い出作りでありとても大事なこと。
 彼自身がもっと早く向き合っていれば、何事もなく早期解決していた事例ではあるものの、これでようやく彼女の願いは叶えられたのかもしれない。
「これで解決、でしょうか?」
「多分。もう彼女があそこに留まる理由はないだろう」
「結果は今日の閉園か明日の開園、を待てか。とりあえず草間に報告しに――」
 そうして再び園内に入ろうとした三人の目の前、彼と彼女が共にゲートをくぐった瞬間、彼女の姿だけが掻き消えた。
 彼にその感触はなかったけれど、繋いでいたはずの手が、彼女を求め宙を掻く。
 その場に崩れ落ち、思わず駆け寄ろうとしたみなもの肩を真言が掴み止めた。冥月も首を横に振り動向を見守れば、彼は一度拳で地面を殴ったかと思うとすくりと立ち上がる。
 そうして三人を振り返ると一礼して見せた。上げられた表情は出会った時より晴れていて、こうしたことは無意味でも、悪いことでもなかったのでは、と思わせる。
 しかしホッとしたのも束の間、四人の近くで「なんだって!?」と声が上がった。見れば鷹木が携帯電話で誰かと喋っていたようだ。彼女が消える瞬間に立ち会えなかったのは悔やまれるものの、携帯電話を耳から離した彼と眼が合った真言は思わず問う。
「…鷹木さん、どうかしましたか?」
「娘が――卓美が、意識を取り戻したそう、です」


    □□□


 事件解決後、真言は皆から離れ岐路に着こうとしていた。
 しかし足を止めてしまったのは、甘い匂いに誘われてしまったせいかもしれない。見ればポップコーンの屋台が出ていて、そこに並ぶ者を見ればバケツのような容器一杯にポップコーンを詰めてもらっていた。初めて見ると少し奇妙な光景だ。
 どうやら園内にはこうした屋台がいくつかあり、場所によって味が違うらしい。今目の前ではキャラメル味のポップコーンを売っているらしく、甘い匂いがするわけだ。
 遊園地はアトラクションや雰囲気を味わうような場所かと思ったが、こういう楽しみ方も出来るのかと一つ知ることが出来たと同時、真言はポップコーンを買っていた。小さな紙コップに入れてもらうが、それでもかなりの量だ。
 温かく甘いそれを頬張りながら、折角だからと園内を見て回れば、遠くでは丁度パレードが始まったようで。賑やかな音楽と歓声が沸き起こる。
 まだ夜には少し早い時間。少し暖かな風が真言の髪を撫でた。


 一年間の意識不明という状況でありながら、眠りから覚めた彼女は言語などに障害もなく、精密検査の結果からも、眠り続けた一年以上の体力を取り戻すことが最重要課題らしい。遊園地に通い続けていた記憶も残っているらしく、病室に飛び込んできた父と日向に向かい「わたしってなかなか健気じゃない?」と笑ったそうだ。
 腕時計の落ちていた場所と彼女自身の証言から、事故は彼女が発見された場所から離れた場所で起きたことが判明し、新たな検証が行われている。
 そんな二人の話が結果的に月刊アトラスの大々的な特集記事になることはなかったものの、巻中カラーに感動枠として掲載されることになった。知らせるべきは、遊園地にもう彼女は現れなくなったという点ゆえ、二人に関する詳細までは書かれていなかったものの。
 見本誌を読み終わった武彦は、本を音を立て閉じるとテーブルの上に放り投げた。
「――……結局うちの名前は書かれてないじゃないか!」
「あ、忘れちゃったみたいですね」
 載せたら載せたら多分怒るくせに――と内心思いながらも、桂はそう軽く言ってのけ「次回ちゃんと載せるよう、言い聞かせておきます」と、本を放り投げてきそうな勢いの武彦に微笑み消えた。
 行き場のない怒りを込めた拳をジッと見つめていると、奥で大人しくしていたはずの零が手に何かを持って走ってくる。
「兄さん、兄さん」
「なんだ? ……土産の皿に土産の菓子を乗せたのか」
「はいっ。とっても可愛いです」
 零は遊園地に満足したらしく、今でも時折持ち帰った耳をつけたり土産物を眺めてはご機嫌だ。
「……まぁ雑誌も来たことだし、あの三人も呼んで茶にするか」
 そう言いながら、武彦はゆっくり電話に手を掛けた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [2778/  黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒]
 [4441/ 物部・真言/男性/24歳/フリーアルバイター]
 [1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、李月です。この度はご参加有難うございました。無事最良の結果での解決となりました。お疲れ様です。
 今回キーパーソンとなるべく人物が各所に散らばり、行ける場所も多々ありました。調べ物、調べ方の方向性としては皆さんいい方向に似偏っていたのですが、その中でちょっとした方向性の違いと考え方、能力などにより上手く各々良い情報を掴んでこれたのではと思います。
 少女は怪奇現象的意味での意識不明、昏睡状態に陥っていたため、開放され目覚めたときは、本当にただ長い睡眠(夜)から目覚めたと言った様子。彼女は体力が戻ったら、再び彼と遊園地に行くのではないでしょうか…。
 個別部分がかなり多く、情報共有はしていますが、実際何が起こっていたかは、お時間があればそれぞれを見ていただけるとよく分かるかと思います。共通部分も、ごく一部ですがPCさんによって表現があったりなかったりちょっと違ったりとなっています。
 少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。

【物部・真言さま】
 初めまして、この度は有難うございます。お名前は存じていたので、書かせていただけ嬉しかったです。
 口調が少々不安なところもあったのですが、年上や目上の人には敬語を使いつつ、後は設定口調かな…と解釈させていただきました。なんとなく口調もあるものの、声色がぶっきらぼうなのかな…というイメージで。
 冒頭の興信所に関しては、確実に一悶着ありました。興信所を訪れたのは、登場人物順です。
 また、唯一完全に遊園地側との協力を明記頂いた為、最も核心に迫った所に辿り着くことができましたし、色々気づいていただけた点も多く、情報確保成功は勿論、事故に関しても今後進展がありそうです。
 キャラメル味のポップコーンが甘いものに入るのかは定かではないですが、最後に少々遊園地の満喫を…。

 それでは、又のご縁がありましたら……。
 李月蒼