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<東京怪談ノベル(シングル)>


表の顔と裏の素顔





 ――東京都某所。

 あらゆる商業用ビルディングが建ち並ぶオフィス街。その一角にある、周囲と遜色ないごく普通の商社のビルが佇んでいる。

 強いて周囲との違いを語るのであれば、そのビルは間借りしている物ではなく、ビル所有者と経営者が同一の団体である事から、一流である事が把握出来るといった所だろうか。

 漸進的なガラス面の多いビルの作りは、差し込む太陽光を緩やかに曲げて夏は熱を遮断し、冬は温かな陽の光を取り込む。東に面した廊下は、天気さえ良ければ長い回廊であるかの様に、窓枠以外を陽の光で廊下を彩る。

 そんな長い廊下を、軽快に靴を踏み鳴らして歩いて行く一人の女性。

 あどけなさの残る若くハリのある肌。しかし彼女の眼光はその若さを払拭させる程に鋭い光を宿している為、そういった目の輝きに気付いた者であればたじろいでしまうだろう。

 タイトな上下のスーツ姿。女性らしさを際立たせる身体付きは、無理に着飾らなくても十分過ぎる程の主張する様だ。
 その胸の膨らみも、黒のストッキングによって抑えられた美脚も、色気を抑える様な服装だと言うのに、そういった効果は期待出来ない。むしろ、そんな地味なスーツ姿であるにも関わらずに強調させる彼女の艶やかな雰囲気は、かえってそれらが引き立たせているのではないだろうか。

 擦れ違う女性たちが寄せる視線は、嫉妬ではなく羨望であった。

 それはつまり、同じ土俵にいない事を認めてしまう程の差を示しているとも言える。


 ――カツカツと踵を踏み鳴らしながら、その度に僅かに揺れる胸。そして、烏の濡れ羽色と呼ぶのが相応しい程の、瑞々しい程の艶やかな黒髪が揺れる。


 そんな彼女は、手に持っていた携帯電話で誰かと話している様だ。

「かしこまりましたわ」

 しょうがないと言わんばかりの意味合いを孕んだ笑み。その笑みが自分に向けられていないにも関わらず、すれ違った男の心臓は一際強く高鳴った。

 ――仕事が出来る女。

 そう表現するのが正しいのではないか、と彼らは感じる。
 自信に満ち溢れた足取りと佇まいからは、一切の怯えや卑下といった負の感情を感じさせない。

 語彙の少ない男性であれば、彼女は「ただ美しい」としか表現出来ないだろう。

 その放たれる自信は人々を惹き付け、その佇まいは誰もが目を見張る。容姿が整っているのも然ることながら、なかなかどうしてああは立ち振る舞う事が出来る者など、この世界に何人いる事か。

 大物のハリウッドスターならば、或いは理解出来るだろうが、彼らはそれを、琴美の姿に無意識に重ねていた。




 電話を切った琴美は、携帯電話に新着メールが届いている通知を見て、早速メールを開いた。
 何も返信せずに携帯電話を折り畳み、琴美はエレベーターに乗り込んだ。

 誰もいない事を確認すると、琴美がエレベーターの階のボタンを5箇所、順に押して行く。
 フロアの数字が光る事もなく動き出したエレベーターの中で、髪を軽くなびかせて琴美は深呼吸した。

「……待ってましたわ」

 エレベーターが1階を抜け、更にそのまま地下へと潜って行く中、誰に届くでもない言葉を琴美は紡いだ。

 身体を走る武者震いは心地良く、琴美の笑みは妖艶に染まった。




◆◇◆◇◆◇◆◇





 一般的な会社にある様に、そこは地下の駐車場を設けてあるビルだ。
 地下に降りる事は消して珍しくない。

 B1からB3に続く地下駐車場。都内でそんな物が存在しているのも驚きではあるのだが、琴美が降りた先はB5階。

 ――特務統合機動課、作戦室及び戦闘用装備保管室。

 国家権力にあるはずの自衛隊の、裏の顔。それこそが琴美にとっての『素顔』であった。



 作戦室でデータファイルを操作し、作戦概要を手持ちの端末にダウンロードした琴美は、それを再生しながら更衣室へと向かって歩いて行った。




『今回の、特務統合機動課に課せられた任務は、単純にある組織を壊滅させる事だ』

 再生されている音声を聞きながら、琴美はスーツを脱ぎ、ハンガーにかけていく。

『悪魔崇拝よりもタチが悪く、人類そのものを悪魔として考えている危険な団体がいる事は、以前のブリーフィングで話しただろう。今回の任務はまさにその団体という訳だ』

 ――顕になった白くきめ細やかな肌。
 頭を小さく振り、髪を揺らして琴美は下着姿のまま自身の戦闘服を用意する。

 下着の上から丈の短いスパッツを履き、美脚をキュっと引き締め、黒いインナーの上着を羽織る。

『奴らは過去、幾度かにおいて人類に対して攻撃を仕掛けてきている。それは悪魔の力を借りる場合もあれば、人為的な行為によるテロの場合もある』

 和服と言うべきか、着物の両袖を半そで位短くして帯を巻いた形に改造した上着を、引き締まって綺麗なプロポーションを包んだぴちっとしたインナーの上に羽織り、琴美は靴下を履く。

 流れる様にさらさらと落ちていく黒髪を耳にかける。

『今回、その一団が使っている拠点が発見され、ウチに回されたと言う訳だ』

 太腿にクナイをつける為のベルト式のホルダーを巻き、膝まである編み上げのブーツを履いて紐を縛る。

『潜入と壊滅、となれば少人数が好ましい。だからこそ、水嶋しか適任者はいない』
「フフ、ずいぶんと買ってくれてるのですね」

 上着の帯を締めて小さく笑いながら、腰に二本の刀を抱える。
 太刀と小太刀。攻防を使い分ける二本だ。

『受領するならいつも通り――』

 ――音が途切れた。

 否、琴美が止めたのだ。これから先は聞く必要がない。

「――いつも通り、任務遂行しますわ」

 任務を受ける時の手筈は変わらない。
 着替え終わった琴美は、その独特な戦闘服に身を包み、作戦室へと戻ってデータを消去し、受諾を通知する操作を行うと、エレベーターへと再び戻って行く。

 目指す場所は、B4階。
 そこは、特務統合機動課の専用出入り口が設けられた特殊な地下駐車場で、都内を巡る地下道に通じている。

 エレベーターをあがった琴美は、迎えに来ていた組織員の車を見つけると、ブーツをカツカツと踏み鳴らしながら髪を揺らした。

「受諾されたのですか?」

 組織員が敬礼と共に声をかける。

 当たり前の様に。
 解答が解っているテスト用紙に、そのまま解答を書いた様に。

 ――その言葉に、琴美もやはり『解答』を告げる。

「もちろんですわ」

 聞く事すら無意味ではないだろうかと感じる程の、いつも通りの回答に、男は一層背筋に力を入れて立ち尽くす。

「行きましょう。ヘリが用意してあります」

 誰も知らない地下を、琴美は黒塗りの車に乗って進んで行くのであった。








                  to be countinued...



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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

ヘリの描写の部分は次話の導入に当てるつもりです。
表の仕事をどうするかと悩んだのですが、
敢えて特筆する事なく書かせて頂きました。

順次、続きをお送りさせて頂きます。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司