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<東京怪談ノベル(シングル)>


くノ一






 ステルス機能の搭載されたヘリの中、琴美は着物を改造した様なその戦闘服を風に揺らしながら窓から外を見つめた。

 広大な山々が連なる中に、まるで獲物を狙う動物の様に木々に囲まれたそこに佇む、一つの建物が目に映る。
 私有地として所有されている山の中には似つかわしくない、白塗りの建物。

 双眼鏡を覗くと、こちらを警戒しているのか、屋上の見張りがこちらに顔を向けている様だ。

「……どうやら、警戒されてるみたいですわね」
「レーダーに映らない機体だから余計に怪しまれるかもしれないな。やはり攻め込みにくい場所に拠点を作ってくれてるみたいだな」

 琴美の言葉に口を開いたのは、今回の任務で後方サポートに当たる特務統合機動課の仲間だ。
 彼らは遠距離から館を見張る者、狙撃する者。そしてハッキングしてセキュリティを解く者と、その者を護衛する二人組。
 5名の特務統合機動課のメンバーが、琴美を今回サポートする。

 一様に、若いながらも並ぶ者すらいないとされる実力を持つ琴美との任務に、僅かながら緊張は高まっていた。

「あの山を背にした所で降りますわ」

 対する琴美は、そんな緊張など微塵も感じていない。
 一番近い山を背に見張りが見えない位置でヘリから降下し、そこからは山を抜けて向かうつもりであった。

「了解。怪しまれない程度に減速するが、気をつけろよ」

 ヘリの操縦者が声をかけると、琴美はさっさとパラシュートを背負って飛び降りる準備を始めた。

「あら、減速しなくても結構ですわよ?」
「お前さんの基準に合わせないでくれよ」

 琴美の飄々とした一言に、思わず狙撃手である男がツッコミを入れる。琴美以外の面々が一斉にうんうんと頷き、その姿に琴美は小さく笑った。

「私は先に降りて先行しますので、どうぞごゆっくり」
「たった一人で先行するなんて馬鹿げてる! ――と言いたい所だが、お前の場合はそれが普通だったな」
「この辺りは木々が多い。狙撃が出来るのは敵の本拠地に近づかない限り難しいぞ?」
「構いませんわ」
「後方支援がなくても単独突入か? あんまり早く行き過ぎて、ハッキング待ちになっても知らねぇぞ?」

「ハッキングが必要なのは押収の際だけですもの」

 ――琴美はそう言い残し、ヘリの扉を開けて空へと飛び立った。

 唖然としながらも残された隊員は、ようやく我に返り、慌ててパラシュートを取り付けて飛び降りていく。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 上空から飛び降りた琴美は、地面に着地するなりパラシュートを切り離し、近くの木を伝って飛んで行く。

 彼女は代々忍の一族に生まれた為に、木々を飛んで移動するのは彼女にとっては当たり前の行動であった。
 もちろん、他の隊員にまでそれを要求するのは酷というもので、隊員同士で無線機で連絡を取り合いながら歩く事になるのだが、琴美はそれをするつもりはない。


 5人チームと、単独行動。
 これが琴美と組む際に最適なチーム分けである事は、そこにいる誰もが理解している。悔しさを感じる彼らだが、自分達の実力が追いついていない事を理解してない訳ではない。



「……トラップが多いみたいですわね」

 地面に張り巡らされた赤外線の探知機と、獣道を映し出すカメラ。
 木の上を行く琴美にとっては詮なき事ではあるが、既に引き離した仲間にとっては厄介な代物だろう。

 破壊すれば怪しまれる。

 そんな事を考えた琴美が考える事は、まさに大胆な物だった。


 ――最悪、見つかった頃には手遅れにしてしまえば良い。


 木々を伝って跳ぶ琴美は、更にその速度を上げて山を駆けて行くのであった。
 彼女を知る者であればトラップの仕掛けも変えられるだろうが、相手は現代のくノ一。
 誰も木の上を伝って来る事など、想像しているはずもない。





◆◇◆◇◆◇◆◇





 一方、敵の本拠地内。

 先程のヘリの姿を報告した屋上の見張り達は、警戒を強める命令を受け、ありありと残る自然を双眼鏡で眺めていた。

「真面目だな、お前」
「しょうがねぇだろ。減速すらしてる様子もなかったし、音も遠くに消えてった。敵だとは考えにくいが、こんな場所の上空を飛ぶヘリなんて珍しいからな」

 同じ見張りの男に軽口を叩かれ、男は双眼鏡を動かしながら答える。

「上空はレーダーと見張り。山の中には赤外線探知機に監視カメラ。俺達は上空だけ見てりゃ良いんだよ」
「ま、安直だがそれも一理あるわな」

 そうは言いながらも、男は双眼鏡を覗き込む。

「……ん?」
「どうした?」

 男が思わず声を漏らした。

「いや、ヘリが消えた方の山で木が揺れたみたいなんだが……」
「風だろ? センサーに引っかかったら無線で知らされるだろうしよ」
「……そう、だな」

 男は双眼鏡を下ろしてため息を漏らした。

 どちらにしても、前方に聳える山からこの施設に向かうまでにかかる時間は数時間程度はかかるだろう。今はそこまで警戒する事もない。

 男はそう考え、同じく見張りをしている男に振り返った。

「そういえば、今回の攻撃って例の悪魔召喚とやらはするのか?」
「するにはするみたいだな。ただ、今は兵器が戦況を左右する時代だ。あまりそんなモンに俺は期待しちゃいないがな」
「確かにな。人間の身体に悪魔が入ったって、マシンガンやらミサイルやらで攻められたら意味はねぇわ」
「違ぇねぇ」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 敵拠点に近付いた琴美は、その位置が視認出来る所まで近づくと木の幹で動きを止めた。
 そろそろ夕刻といった所だろうか。茜色に染まった空が、薄っすらと影を落とし始めている。

『水嶋さん、聴こえますか?』
「何かしら?」

 イヤホンから聞こえてきた通信に、小声で琴美が答える。

『現在我々は敵のトラップを潜りながら前進中。着地ポイントから5キロ地点です。これから狙撃手と見張り手は散開します。そちらはどの辺りですか?』
「こちらも5キロ地点、といった所かしら」
『さしもの水嶋さんも、このトラップの量じゃ――』
「――いえ、敵本拠地からですわ」

『……は?』

「陽が落ちきって眼が慣れる前に見張りを崩しますわ。一刻程したら突入しますわね」
『え、あ、はい……』





 うまく行けば、明日の明け方からでも突入しようかと考えていた隊員達にとって、琴美の移動速度は比にならなかった事を知らされた。

 着地から二時間弱。
 トラップの多さに苦戦しながらも着実に進んでいた彼らの行動は、訓練で考えるなら上出来な部類と言えるスピードだ。

 しかし、既に遥か前方にいる琴美は、攻め込む時間を見計らいながら休んでいるかの様子で答えてきたのだ。
 その返答を耳にしていた隊員達は、驚きを通り越し、既に呆れながらその通信を聞いて強張った笑みを浮かべていた。





 ――空が濃い藍色に染まり、夕闇に包まれようかと言う頃。




 敵の本拠地を前に、琴美は小さく笑みを浮かべた。







                       to be countinued...