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<東京怪談ノベル(シングル)>


侵入開始





「――……おい、起きろよ。おい」

 眠っていた見張りの男を、交代に来た男が揺すり起こす。

「――あ……、俺寝てたのか……?」
「あぁ。まぁ暇なのは解るけどよ。見張りが寝てたらマズいだろ」
「あぁ、そうだな……」

 ――眠っていた男は混乱していた。自分がいつの間に眠ったのか、それが解らないのだ。

「そういえば、何か変わりないか?」
「いや、静かなモンさ。特に監視カメラやらも特に問題はないぜ」
「……そうか。あのヘリを気にしていたのも杞憂だった、のか……」

 茶化されるかの様に隣で笑う男を他所に、男は首を傾げた。



 ――彼は知らない。
 自身の襟の裏につけられた盗聴器に。



 同時刻、琴美の後方支援に回っているチームはイヤホンから聴こえて来る音声を耳にしながら、互いに頷き合う。

「水嶋は?」
「問題ありませんね。潜入には成功した様です」
「俺達必要あったのかね……」
「まぁ、ボヤきたくなる気持ちは解らなくないがな。水嶋の潜入は気付かれていないらしい。俺達も各班で動くぞ」
「はい!」








 施設内部。
 琴美は後方支援の彼らが散開する時を待っていた。

 既に時刻は日付も変わろうかという頃、ようやく琴美のイヤホンに作戦開始を伝える合図が響き、琴美は堂々と拠点施設内にその姿を現した。

 拠点施設内は、さながら工場とビルが一体となっている様だった。
 天井の高い工場の様な倉庫。およそ二十メートル間隔程度に見張りがグルグルと歩き、周囲を警戒している。

 コンテナの中身は恐らく銃器だと当たりをつけた琴美であったが、それをわざわざ確認するつもりもない。
 そんな事は、『片付いてから』誰かがやれば良い事だ。何も自身がやる必要はない。


 ――フッ、と照明が消えた。


 コンテナや木箱が積まれた路地に影を落とし、一人ずつ確実に狙いを定めた琴美は、次々に男達の喉に鈍く黒光りした刃を背後から走らせ、命を刈り取っていく。

 暗くなった室内で、騒いでいた仲間の声が次々と消えて行く。
 そんな『異常』に気付いた者は、この原因が『侵入者による襲撃』と考え付く前に、『何が起こっているのか』という疑問に頭の中を支配された。

 咄嗟に壁伝いにかけられた階段へと駆け出し、目を凝らす見張りの男は、窓の外から覗く銀色にも蒼色にも近い月明かりに照らされた影に気付き、絶句した。

 黒く流れる黒髪に、妖艶な服装。
 こんな辺鄙な所にいる彼らは久しく女を見ておらず、その所為かそれが『女』である事に気付くまでに時間を要した。

 奇抜とも呼べる、一言では形容し難い服装。
 しかしそれが可笑しいとは感じない、凛とした佇まいに、月明かりに照らされた女性らしい曲線を描いたそのシルエットは、月明かりを一身に浴びながらくっきりと闇に影を落とした。

「あ……」

 男の手が宙を泳ぎ、虚空を切った。
 次の瞬間、烏の濡れ羽色に染まった髪が揺れ、顕になった美しい脚を魅せつけながら琴美が間合いを詰め、だらしなくぶら下げられた自動小銃を蹴り上げた。
 顔に向かってきた銃身に、反射的に手を出しながら閉じた瞼。次に目を僅かに開けた途端、その首を熱い『何か』が流れて行く事に気付いた。

「……血?」

 『それ』に気付いた男は手を触れながら、無様に倒れ、意識を失って階段を落ちていく。

『――水嶋、聞こえるか?』

 不意にイヤホンから響いた声に、琴美が耳に手を当てて「えぇ」と答えた。

『それぞれ作戦ポイントに着いた。派手に動いて良いぜ』
「了解ですわ」

 再び電気が点いたその室内に、琴美の姿はなくなっていた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 ――『何か』が起きている。

 見張りの者が次々と消され、それでも警報が鳴らなかった事態に、侵入者は一斉にその者達を仕留めたか、或いはたった一人で迅速に仕留めたか。

 前者であると考えたのは当然の事だった。

 奥へと続く一本の通路。その奥と手前で互いに睨み合う姿は、琴美以外の者には違和感しか生まれない。
 冷たい銃の先に睨まれている相手は、おおよそ着物を崩した妖艶な女性。
 その扇情的な姿が、なおさら状況を狂わせている様だった。

 ――オンナ。

 その一言を脳裏に過ぎらせた次の瞬間、黒い塊が空を駆けて男達の眉間を射止めた。

「な……ッ!?」

 力を溜め込む様に膝を曲げ、上半身を前傾に傾げていく。
 そして弾けた。

 再び髪が揺れ身体が弾む。美しいまでの身体に、脚。
 果たしてこれが敵対関係じゃなければ、彼らはその姿に魅入って呆けていれば良かったと言えるかもしれない。

 しかし、彼らは銃の引鉄を引いた。

 廊下は一直線であり、横幅は2メートルに高さは3メートル。長方形とも呼べるその通路の中で弾幕を張れば、逃げ場はない。

 火花が散り、破裂音が響く。
 鉄の鉛弾が回転しながら琴美に向かって行く。

 ふわりと身体を浮かして銃弾の雨を飛び越えた琴美が、白く細やかな肌に寄り添うキャスターからクナイを抜き取り、左右の手で投げ飛ばし、さらに4人の男が一斉に倒れる。

 幸か不幸か中央に佇んでいたが為に生き残る一人の男。
 銃口を再び向けると共に、銃身が太刀によって切り飛ばされ、小太刀を喉に突き付けた琴美が、口を開いた。

「……惜しかったわね、常人なら仕留められたかもね?」

 ――挑発にも似た一言に逆上する事もなく、男はただ息を呑んだ。
 絶命する最後の瞬間に、その美しさに魅入られたなどとは誰にも予想をだに出来るものではないだろう。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 脆弱な『人間』という生き物に、彼らは同情するどころか軽蔑を催し、嘲笑を浮かべた。

「……フ、ハハ……。壊れ易い生き物だ」

 錆びた鉄の臭いが充満した、悪質なその部屋の臭いは彼にとっては甘美なものだ。

 モニター越しに映る、鮮血に染まった地面を踏み越えた一人の女。
 男はその姿に、『興味』を抱いた。

「常人を超えた力を持った存在……」

 ――「もしや自分と同じタイプ――つまりは悪魔憑きなのか」

 自分達の目的を邪魔する彼女に、彼は興味を抱いたのだ。


 だからこそ、彼は待つ。
 躍動するその扇情的な肉体を、その常人からかけ離れて赤黒く染まり、太くなった自身の腕で握り潰すという、甘美な果実が熟れる事を待つ様に。



 ――もはや彼の興味はそこに集約したと言っても過言ではなかった。