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信念
「――っていうか、ズルいと思うんだよね」
開口一番、ご機嫌も斜めを通り超えたかの様な不機嫌ぶりで、琴美の同僚は口を尖らせた。
いつもの扇情的な格好とは少し遠い、タイトジーンズに膝丈までのブーツ。白いワンピースに茶色いコートを羽織っている琴美は苦笑した。
「そうは言われましても……」
「だいたいさっ! 琴美のスタイルは同じ女性である私から見ても相当なモノだよ! それは解るんだけどね!?」
拳を握り、フルフルと震わせながら彼女は熱弁する。
やれファンション雑誌を見ろだの、やれ流行りを感じろだの、琴美にとっては理解出来ない定義を聞かされているかの様な気分で、その話は続いていく。
――それが、かれこれ1時間前の話であった。
―――
――
―
数日ぶりの休暇だと言うにも関わらず、琴美はそこに心を踊らせる事もなく、淡々と自主トレーニングを過ごしていた。
彼女にとって、休みというのは所謂『自主トレ』に依存した一日と言える。
買い物などにもそこまでの興味を抱かない琴美には、必要以上に自分を着飾ろうとする意欲もなければ、振り向かせたい意中の者がいる訳でもない。
任務を優先し、仕事に情を注いでいる琴美にとっての女らしさなど、瑣末な事だ。
――しかし何も、無頓着過ぎる、という事はないのだが。
それでも足りないと声を張るのが、彼女の同僚である女性達の本音であったりもする。
その代表例とも呼べる、琴美の同僚が偶々休日が合う事を知り、昼食を一緒にする約束をしたのは昨夜の事だった。
約束通り琴美は昼食までにトレーニングを終わらせ、シャワーを浴びて、私服に着替えて敷地内のレストランで食事をしながら友人を待っていた。
―
――
―――
――食事を済ませてから、話題はいつもの通り、ファッションや色恋沙汰に飛び火した。
琴美にとってもこれはいつものパターンであり、最も予測が安易に出来た会話パターンだったと言える。
しかし、そこには琴美の常識を打ち破る現実の壁が立ちはだかった。
過去の偉人曰く、事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだと琴美は密かに感嘆の音を上げた程だ。
――かれこれ、昼食を済ませて2時間程は続いている、同僚のマシンガントーク。
そのトークの熱中ぶりが凄いのだ。
琴美はそんな不毛なトークを耳にしながら、時折相槌を打ちながらうまくそれをいなす。
それが同僚のトークに拍車をかけている事など、彼女は気付いていない。
会話の飛び火も、一度脱線してしまえば修正は難しい。
ファッションから異性へのアピールという話になり、そこから恋人の希望に進み、恋人にしたくないパターンを語りながら、過去にどんな相手がいて、どこが悪かったとかどこが良かったとか。
それを琴美に延々と語っていく、たった一人の同僚の姿がそこにある。
琴美以外の者がその構図を見れば、間違いなく同情を禁じ得ないだろう。
なんせ琴美は、そんなガールズトークを数時間も耳にしているにも関わらず、自分からそれらの話に触れる事はないのだ。
それはつまり、琴美はそれらの話題に興味すらない事を示しているのであった。
――詰まる所、否。話が詰まる所、同僚は琴美に質問をぶつけた。
「任務任務って、そればっかりじゃ退屈でしょ?」
彼女の言葉が、ようやく琴美の細く鋭い間隔の琴線に触れた瞬間だった。
琴美は小さく目を閉じて、アンティーク調のティーカップに両手を添えると、クスっと小さく笑った。
――ぽつりぽつりと、琴美は語り出すのであった。
自分がどういった環境の中で育ち、世界を見て、学んできたのか。
そこにどれだけ苦しい事があり、どんな悲しい事があったのかでさえ、他人事の様に至極淡々と語られた。
しかしそれは、その後の言葉が告げられた事によって、語る事すら憚られない理由を同僚に悟らせた。
「だって今の私は、幸せですもの」
――琴美はそう言って笑った。
「もちろん、人を殺しておきながら『幸せ』を語るのも手にするのも、おこがましいと思う方もいるでしょう」
――「けれど」と続けながら、彼女は紅茶を一口だけ口につけた。
「私はその生き方を学び、その生き方を自分で選んできましたわ。そこに一片の迷いも後悔も必要ありませんもの」
――ふと笑ったその笑みは、穏やかなものだったと同僚の彼女は思い返す。
「任務に成功する度に、私はそれを自身に繋げていけますわ。その度に、この日常の中で私は満ち足りていけますもの。恋や異性との出会いで満たす場所など、まるで私の中にはおおよそ見当たりませんわ」
――その言葉は侮蔑でも何でもない、本当に他意のない言葉だった。
着飾ろうと思えば、テレビに出ている芸能人すらも魅了出来るだろう器量の良さと、佇まいの上品さ。
戦わせれば、どんな組織も欲しがるだろう戦闘能力に、その完璧さ。
――常人離れしている能力を持っている彼女でさえ、『日々に満足している』と言って笑う事が出来るその姿に、同僚の女性は小さく呆れた。
本当はもっと、幸せやら幸福やらは身近な所にあって、私達はそれを気付かない内に手に入れては、自分のその手で投げ捨ててしまっているんじゃないだろうか。
そんな事を考えさせられる琴美の同僚であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ヘェ、そいつはずいぶんと面白いな」
「そうかしら?」
そんなやり取りがあったのだと話した琴美に、彼女と同じく特務統合機動課に籍を置いている一人の男が笑って告げた。
「俺は満たされないね。相手が強くなけりゃ退屈だ。簡単過ぎるミッションなんて犬にでも喰わせてやれば良い」
「ずいぶんと下品な言い回しですわね……」
「ハッ、綺麗ぶってたって意味ねぇだろうが!」
男は笑いながら琴美に背を向け、口角を吊り上げた。
「お前だってそうだろ? 強い戦いやキツい戦い。それを完璧にこなした時の、あの達成感。あれがあるから、こんな仕事をし続けてられるのさ!」
――男はそう告げると、琴美の前から立ち去っていく。
「どうですかね」
クスっと笑って、琴美はその後姿を見送る様に呟いた。
その眼光の鋭さは、鋭く輝いていた。
FIN
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連続依頼ありがとうございました、白神 怜司です。
5話連続ノベルという事でご依頼頂きましたが、
日常の面においての興味がどこに向いているのか、などを
ご指摘頂ければ、もう少し具体的な部分なども書けるかと思います。
今後ご依頼頂ける様でしたら、ご一考下さいませ。
お楽しみ頂けたら幸いです。
それでは、今後ともよろしくお願い致します。
白神 怜司
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