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<東京怪談ノベル(シングル)>


『その敵を討て 1』


 “教会”の拠点にある『懺悔室』、すなわち『作戦会議室』に呼び出された白鳥・瑞科 (しらとり・みずか)は、司令官たる『神父様』から、ある一つの作戦を言い渡されていた。
 裏世界で悪名高い『政治家』の抹殺である。その『政治家』はもちろん、ただの人間ではない。表ではうまく立ち回り人々の人気を集めているが、裏に回れば魑魅魍魎どもで組織された『軍隊』を操り、政敵や対向する組織、果ては自分に都合の悪い情報を流し記事を書くジャーナリストでさえも容赦なく消す。おまけに彼自身、魑魅魍魎を取り込み、人の姿を借りた悪魔と化しているのだという。その強さはなかなかのものであり、『軍隊』の強大さもあって、誅伐しようにも任務をこなすことのできる優秀な工作員はそういないという。そうしたわけもあり、自他共に『教会』が誇る最強の武装審問官である瑞科に声がかかったというわけなのだ。
「……ええ、分かりました。おまかせを。必ず、良い結果を出して見せますわ」
 任務の詳細を聴き、瑞科は美しい微笑を浮かべて了承した。久々に張り合いのある仕事だし、何より先日新調したばかりの戦闘服の実戦テストにはもってこいである。仕立ててもらった際に一応の戦闘テストを済ませてはいるが、模擬戦闘と実戦で得られるデータは異なる。模擬戦等では好感触だったが、果たして実戦ではどうなるか……楽しみなところだ。
 道行く者の視線を釘付けにする美脚があらわになる、腰下までスリットの入ったスカート、そしてそれと一体化した、細身でありながらも色気にあふれる体にぴったりと張り付く素材で作られたシスター服。胸はコルセットでこれでもかと強調されており、穢れのない純白のケープとヴェールで頭を覆っている。ブーツは編み上げであり、これは二の腕までを包む布製のグローブの上にはめた、これまた装飾の美しいグローブと同様に、上等な皮を惜しみなく使い瑞科好みに仕立て上げられている。デザイン性を重視しながらも、実用性をとことん突き詰めた新しい戦闘服は、模擬テスト段階でも申し分のない出来であり、実戦でどのような成果を上げてくれることか、期待が高まってしょうがなかった。
 ブーツを颯爽と鳴らし、瑞科は出撃する。目的地は市外にそびえる巨大ビル。ここに『政治家』は事務所を構えており、地下には彼の誇る血に飢えた『軍隊』が待ち構えていて、有事の際にはすぐさま侵入者を迎撃するのである。
 市外ということもあり、瑞科は『神父様』から、存分に暴れても良いとの許可を得ている。『軍隊』の殲滅と『政治家』の抹殺。大きい仕事だ。失敗は許されない。――瑞科の辞書に、『失敗』の二文字があるとすれば、だが。
 いつものように、瑞科は『教会』のバックアップを断った。『教会』を頼るのは任務達成後の事態収拾のみであり、彼女は任務の際、常に一人で動く。圧倒的な実力に裏付けされた確固たる自信が、彼女にはあるのだ。
 『教会』を発って二時間、瑞科は目的地の前へ立っていた。天を突くようにそびえる巨大ビル。『政治家』と『軍隊』の本拠地だ。無機質なつくりになっているが、どこからか漂ってくる血なまぐさい気配は隠せようもない。
「さて……」
 髪をかきあげて、瑞科は呟く。
「今日は、どういったふうに攻めましょうか」
 そうして、少し考えた後、やがて彼女は微笑みながら何か思いついたようにひとつ、頷いて、
「よし、これでいきましょう」
 そうもらすと、彼女はすぐさま行動を開始した。



 市外にそびえる『政治家』の事務所、その地下。そこへ広がる広大な空間に、『彼ら』はいた。明らかに人外の姿をした、魑魅魍魎ども。彼らは人外の高い生命力と『政治家』から与えられた現代の豊富な武装をもって、主の命に忠実に従い、そして成果をあげる優れた戦闘集団である。血に飢えた彼らは、近頃大きな仕事もなくしびれを切らしかけており、地下全体にぴりぴりとした気配が立ち込めていた。
 その地下に、まるで瞬間移動でもしたかのように突然現れた人物がいた。彼女は体重を感じさせない動きでふわりと降り立ち、血に飢えた魑魅魍魎たちを前に、慈悲深い笑みを見せて、言った。
「こんにちは、皆様。こんな暗いところにこもっていては、退屈でしょう? ぜひ、わたくしと遊んでいただけないかしら?」
 両手を合わせ、ゆっくりとその手をスライドさせてゆく。そうして魔法のように空中から取り出されたのは、愛用の銀剣だ。『軍隊』の魑魅魍魎たちも武器を構え、臨戦態勢となる。瑞科は剣を胸の前に構え、一言。
「参ります」
 銃声と共に姿を霞めさせた瑞科が、振り上げた剣を魍魎の頭へ叩きつけた。剣は魍魎の体を素通りするように容易く切断。青い血が舞う。その返り血は、瑞科には届かない。彼女は目にも留まらぬ俊敏さで、次々と魍魎たちを血祭りに上げてゆく。『軍隊』は数にものを言わせ、大挙して彼女へ襲いかかるが、その誰もが彼女に攻撃を掠めることすらできずに、たやすく死んでゆく。数や、現代の武装。そんなものでは瑞科は止められない。常人をはるかに超越する戦闘能力を持つ瑞科には、生半可なことでは傷ひとつつけることすらできないのだ。
 多数が少数に圧される――そんな言葉では生ぬるい、あまりにも一方的な殺戮が、この場に展開されていた。
 こんな雑兵程度、彼女には敵にもなりはしない。蠱惑的な肉体を躍動させながら、彼女は敵を斬り倒し続ける。埋めようもない実力差を感じ、幾匹かの賢い魍魎が戦線離脱をしようとしたが、それらは漏れなく瑞科に仕留められた。彼女は、一匹たりとも仕留めそこねるつもりはない。
 戦闘開始から、何分のことだったろうか……。
 瑞科が足を止め、剣を一振りしたとき、広大な地下空間に、生きて立っている魑魅魍魎は一匹もいなかった。
 死体の山で埋め尽くされたその場を改めて一瞥し、瑞科は呟く。
「本番前のうでごなしとしては、なかなか悪くありませんでしたわよ」
 その言葉に応えることのできるものは、もう誰もいない。
「――さて、あとは大物がひとり。はやく行きませんと……」
 また、魔法のように銀剣を宙へしまいこみ、瑞科はその場をあとにする。
 血に塗れた地下空間から去った瑞科には、返り血ひとつ、浴びた様子は見受けられなかった。

『その敵を討て 1』了