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<ラブリー&スイートノベル>


●ラブ・ポーション/セレシュ・ウィーラー

 走っていた……無我夢中で走っていた。
 女、女、女、その視線が熱っぽく纏わりついてくる――チョコレート売り場よりも彼女の視線は、一つに集まっていた。
 うっとりとした視線で見つめる者から、果敢にチョコレートを手にして迫ってくる人物まで。
 久しぶりに感じる(色々な意味での)身の危険を感じながら、セレシュ・ウィーラー(8538)は経緯を思い返す。

 事の始まりは、知り合いの魔法薬師に呼ばれ、チョコレートの試作をした時のことである。
「色々なフレーバーを、用意してみたのよ」
 冬の最中でもセクシーなボディースーツを身に付けた魔法薬師は、ありがちな三角帽子を揺らしながら口を開く。
「右から、オレンジ、カシス、ミルク、そしてビターチョコ」
「ほな、カシスから貰おうかな」
 口に放り込めば、カシスのガナッシュが甘酸っぱく、チョコレートと溶け合い混じる。
 少しだけ甘い気がしたが、どちらかと言えば美味しいものだった。
 オレンジ、ミルク、ビターと口に放り込む。
「どう?」
「うん、美味しいで」
「ふふふー、実は、それ、女性にモテるチョコレートなのよね。この時期って、兎に角恋人が欲しいって言う人多いし」
 味も美味しいなんて、最高! と自画自賛する魔法薬師の頭をはたきながら、セレシュは口を開く。
「何、人で実験してんねん!」
「貴女、ゴルゴーンじゃない――!」
「そう言う問題やないやろ? 別にうち、モテたくないから」
 ひっそりと暮らすゴルゴーンで、十分やから! と力説するセレシュに、目の前の魔法薬師はくすくすと笑って言った。
「大丈夫よ。女性には効果が無いから――。それに、効果の方はうちのキューちゃんで試したから」
 キューちゃんと呼ばれたミニサイズのドラゴンが、小さく声を上げた。
 ため息を吐きつつ、ドサリとソファーに倒れ込む。
 得体のしれない物を食べさせられた恨みは晴らしたいが、目の前の人物に抗議しても無駄だ、と言う事はよく分かっている。
「兎に角、今度は食べる前に言うてな……。あと、紅茶おか、わ、り――」
 視線が刺さる、視線が刺さる、大事なことなので2回言いました……いや、言っている間に状況が――。
「セレシュ、愛してるわ」
「……さ、うち、そろそろ帰ろうかな。おじゃましまし――」
 ぐい、と手を引かれて抱きしめられる。
 セレシュよりも、背の高い魔法薬師がうふふ、と笑いながら舌なめずりをしているのが気配でわかった。
 途端に、背中に増える鳥肌。
 リップ音と共に、頬に口づけが降ってくる……顔を洗わなくては。
「セレシュの為なら、この二ケタの純潔を捧げたって……!」
「いや、うちとあんまり年齢、変わらへん――って、ほな、さいなら!」
 これはマズすぎる……主に貞操面での危惧を感じ、一気に足に力を込めて走る。
 いきなり突き飛ばされた魔法薬師が、たたらを踏むのが分かったが、自業自得だと心の中で叫んだ。
 だが、異常な速度で追いすがってくる――眼鏡を外す。
 石化の視線を浴び、硬直する魔法薬師、後で戻しに来るから、と心の中で呟き――そして、冒頭に戻る。



「晶やったら、大丈夫かな?」
 走り続けたものの、効果切れまで走り続けるのは得策ではない――何しろ、効果がどの位で切れるのかがわからないのだ。
 世間がバレンタインデーで浮かれている中、何時もの状態を保っている斡旋屋の斡旋所の扉を開け、中に飛び込んだ。
「晶、ちょっとお邪魔するでー!」
「おや……ウィーラーさん、いらっしゃい」
 本を閉じる音共に、ゆっくりと歩み寄ってきた斡旋屋(NPC5451)は台所に出没する黒いアイツのような素早さでセレシュの手を握る。
 右手のひんやりした人形の手と、左手の温かい手を感じながら、セレシュは冷たい汗が流れるのを感じた。
「お待ちしておりました。さあ、此方へ――。ヒトガタ、鉈を持ってきて下さい」
 ギリギリギリ、と手が握られる……開かない瞳、瞼越しに逃がさない、とばかりに強い視線を感じる。
「いや、鉈って――?」
 不穏な空気を感じたが、それよりも、斡旋屋の家に鉈がある事に驚いた。
「私達と違うものですから。まずは人の形にしなければ」
 驚きの視線に気付いたのか、斡旋屋はゆっくりと首を傾げる。
「斡旋料の代わりに、魔法を封じた鉈を渡されまして――。いえ、それは別の話。異質ではいけないのです、合わないピースは、手を加えなければ」
 不死である自分も、その鉈ならば切る事が出来るのだろうか……?
 そんな事を考えつつも、この状態で鉈が襲ってきたら、防御の魔法で――とセレシュは冷静である。
 寧ろ、斡旋屋に本以外に対する熱意がある事に驚いていた。
 ある程度の損傷は覚悟したが、何時まで経っても鉈が襲ってくることは無い。
 見れば、困ったように―セレシュにはそう見えた―ヒトガタは立ちつくしているのみ。
「ヒトガタ。どうしました?」
 焦れた斡旋屋が、手を握りしめたままヒトガタの方へ意識を移した――瞬間。
「ごめん、晶!」
 セレシュは力いっぱい斡旋屋を突き飛ばすと、扉の外へと跳び出した。
「また、独りにするおつもりですか――!」
 悲痛な声が追いかけてきたが、留まっている訳にも行かない……何とかして、薬の効果を解かねば。
 何処に逃げ込むか――魔法に精通した人物、となれば病院の患者は除外する。
 知り合いの呪術士は……海外旅行だと言っていた、男性だったが、勝手に家の中に入る訳にも行かない。
 勿論ながら、自宅に帰る訳にはいかない――仕事に支障が出るのは避けたい。
 目立たず騒がず、毎日を平穏におくっているのだ……その平穏に、支障が出るのは明らかだった。

(「魔術師のところやったら、材料はあるやろか?」)

 もしかしたら、何時もよりべったりとして来る程度で済むかもしれない。
 出来る限り、人気のない場所を選び――やっと見えたピンク色の家への道のりは、いつもより遠く感じた。



「セレシュっ! チョコレートを……!」
 弾丸のように飛び出してきた魔術師。
 その姿は何時もの甘えん坊の彼女だったが、やがて込められた力はまるでセレシュの背骨を折るかのような勢いだった。
「ふふ、やっぱり来てくれた。そうよね、セレシュの一番は私よね!」
「わかった、うん、わかったから――もうちょっと、力緩めて」
「いーやーだー!」
 子供のように甘えながら、ゾンビにだってなってくれるよね、と不穏な声が聞こえた。
「燃える地獄の炎よ、具現し、滅び――」
 紡がれた呪文が、空間を揺らす……さあ、と不敵に魔術師が微笑んだ。
「セレシュ、私のものよ!」
 満面の笑みで――。

 が、咄嗟に張った防御魔法が炎を和らげた……見れば、何とか辿りついた炎が腕を焦がしている。
 足払いをかけ、魔術師の意表を付くと直ぐ様、石化の視線を向けた――悔しそうに石になる魔術師。
「絶対絶対、誰かのものなんて――」
 認めないから、と空気が震えた気がした……こめかみを押さえながら、そもそも、自分は自分のものだ、とため息を吐く。
 勝手知ったるなんとやら、魔術師の部屋を漁り、大鍋で魔法解除の薬を作る。
 詳しいレシピは知らないが、培った経験のお陰で無難に効きそうな魔法薬を作りあげた――言うならば、総合感冒薬のようなものか。
 味の無い液体を飲み干し、ゆっくりと魔術師の石化を解く。

「あー、なんだって言うのよ、もう!」

 演じている様子は無い、何時もの魔術師だ。
「ゴメンな。女性にモテるチョコレート食べさせられて……」
 何故、最も被害者である自分が謝っているのだろうか、と考えつつ、セレシュはチョコレートを差し出す。
「あ、さすがセレシュ! はい、私からもプレゼント!」
 ゾンビに紅茶を頼みながら、ラッピングを解いてチョコレートを一口。
 魔術師の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「それね、今流行りの、相手が自分を好きになってくれるチョコレートでね。面白いから買っちゃったの!」
「……え?」
 まさか、件の魔法薬師か――?
 思わずパッケージを見つめるセレシュに、魔術師は大きな声で笑った。
「違う違う、魔法や薬じゃなくて……」

 ――I love you!――

「おまじないカードって言うのがあって、それをすると魔法が掛かるっていうの」
 面白いわよね、と魔術師は笑う。
「……なんや、ビックリした」
「見てみたけれど、此れって今一つ信用出来ないのよね」
 職業病かな、と首を傾げる魔術師にそうかもな、と返事を返し、セレシュはチョコレートを口に入れるのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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セレシュ・ウィーラー様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

魔法薬師→お色気ベタ惚れ 斡旋屋→ヤンデレ+殺し愛 魔術師→ベタ惚れ+殺し愛
3つの要素を取り入れてみました。
この後、魔法薬師はチョコレートでボロ儲けし、斡旋屋は阻止の依頼を張りだす――そんな気がします。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。