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<東京怪談ノベル(シングル)>


『その敵を討て 2』


 『政治家』は地下の惨状も知らず、事務所の一室にいた。この一室はいわゆる隠し部屋になっていて、外観からではまずどこにあるかわからず、中も厳重なセキュリティによって守られているため、実質、『政治家』のみがこの隠し部屋に入ることができる。『軍隊』が身辺警護についていない場合、彼が唯一心を落ち着けられる場所がここだ。誰にも干渉されないし、なにより安全性も高い。彼には敵が多く、命を狙われることも少なくない。もちろん、魑魅魍魎と融合し人外のものとなっている彼が、そのあたりの刺客にやられてしまうことなどまず無いといっていいが、それでも神経はすり減らされてしまう。『大きな仕事』を控えている今、そうした厄介事は避けておきたいのが本音だ。この隠し部屋は、そのための安全策だ。
 『政治家』は深くシワの刻まれた顔を歪めて、書類に目を通している。後に控えている『大きな仕事』の前段階の雑務だ。『大きな仕事』が成功を納めた暁には、『政治家』がこの国を掌握すると言っても過言ではない。そのためには、煩わしい小物組織でもとにかく傘下に取り入れ、事務所の地盤をさらに強固なものにする必要がある。
 だが……。
「馬鹿めが」
 重々しい声で呟く『政治家』。
 書類は、取り込もうとしている中小組織から届いたものだ。そこに書き連ねられていた文面に、彼は顔をしかめたのである。
「よくも、このわしに向かって、ずけずけと交換条件を出せたものよ……」
 簡単に言えば、その中小組織は傘下に入る代わりに膨大な報酬やら社会的地位やらを要求しているのである。これは彼にとって、実に面白くない。彼がつぶやいた通り、そもそも相手方は交換条件を出せるほどの組織力を持っていないのだ。それを相手方はどうも、理解していないようだ。
「どうやら、灸を据えてやる必要がありそうだな」
 書類をデスクに投げ出して、鼻を鳴らす。彼の『軍隊』をもってすれば、さして難しいことでもない。
 呆れた様子で、『政治家』がため息をついたその時、
「まぁ、怖い。殿方の世界は、いつだって戦いなのですね」
 場違いな女性の声が、隠し部屋の中に響いた。それも、『政治家』の背後からだった。思わず振り向いた彼の目に飛び込んできたのは、艶めかしいシスター服に身を包んだ、美しい女性だった。驚愕する『政治家』をよそに、女性は微笑むばかりだ。
「あら、失礼。驚かせてしまいましたか?」
「貴様、何者だ? どうやってこの部屋に入った」
「きちんと、表のドアからおじゃましましたわよ? 機械さんは黙らせるのが簡単なので、助かりました」
 『政治家』が警報に手を伸ばそうとする。
「ああ、応援を呼んでも無駄ですよ。下の皆様には、先に眠っていただきましたので」
「……わしを殺しにきたのか」
「ご名答です。でも、簡単に殺されてはくれないのでしょう?」
 女性がどこか嬉しそうに言う。そして、スカートの裾をつまんで、恭しく一礼し、
「踊っていただけます? ミスター」
 挑発的に告げた。
「良かろう。だが、すぐに後悔することになるぞ」
 静かに『政治家』は立ち上がった。右へ左へ、首を傾けた『政治家』の体から、異様な音が発せられる。何かが彼の体の内側から盛り上がってくるような音だ。体内にとりこんだ魑魅魍魎の力を解き放っているのだ。それは彼の骨格すらも変えてゆく。目は異様に血走り、口は大きく裂け、その手からは鋭い鉤爪が伸びている。強い獣臭が、女性の鼻をついた。だが、女性――白鳥・瑞科(しらとり・みずか)に、動揺は一欠片も感じられない。ただ、挑発的な視線を『政治家』だった化け物へ向けるだけだ。
 化け物が電光の速さで鉤爪を突き出す。串刺しにするつもりだ。瑞科はそれを鮮やかに躱し、続く連撃を、軽やかなステップを踏みながら、まるでダンスを踊るように回避する。スリットの入ったスカートを翻し、くるりと回った瑞科の手には、いつの間にか銀剣が握られていた。剣と鉤爪が激しく打ち合わされ、火花が散る。化け物の膂力は尋常ではなかったが、その怪力をもってしても瑞科の守りを崩すことはかなわない。
 ――踊っていただけます? 彼女の言葉に嘘はなかった。化け物の動きをすべて見切っての瑞科の無駄のない動きは、慣れない男を相手に手取り足取りしながら踊っているように見えた。
 振り下ろされた鉤爪を下から弾き返され、化け物の体勢が崩れる。そこへ、瑞科がついに一太刀を浴びせた。血しぶき。だがそれが飛ぶ方向に、もう彼女はいない。魔性の速さで化け物の背後に回り込んだ瑞科が、化け物の背にそっと手を当てる。そして一言。
「さようなら」
 化け物が振り向きざまに攻撃するよりも早く、瑞科の手から放たれた重力弾が化け物の体内に浸透、体内の中心で爆発を起こす! 強い重力は、化け物の体を内側へと押しつぶしてゆき、異様な音を立てながら体積を圧縮されていった化け物は、あっという間にその場から消滅してしまった。もう、跡形も残ってはいない。
「任務、完了。結果も上々ですわね」
 剣を納め、瑞科は満足そうな笑みを浮かべた。



 任務を終えた瑞科は速やかに帰還し、『神父様』に報告した。『政治家』の暗殺及び『軍隊』の壊滅。難しい任務を完璧にこなした彼女に、『神父様』も満足そうだった。
 今日はもう、他の任務は入っていない。その後、報告書の作成やらなにやらで、日も暮れかけていた。瑞科は外で軽い夕食を取ってから、帰宅した。
 戦闘服一式を脱ぎ、ハンガーにかける。蠱惑的な下着姿となった瑞科は、戦闘服の裾を愛おしそうに撫でていた。
 新調した戦闘服は、模擬テストの際と同様に、実戦でも全く問題なかった。羽よりも軽く、瑞科の動きを全く邪魔しない。デザインも彼女好みであり、文句のつけようがない出来栄えだ。『教会』の技術部は、本当にいいものを作ってくれた。感謝してもしきれないくらいだ。
 シャワーを浴びながら、瑞科はこの先のことを思う。これから、もっともっと難しい任務が舞い込んできても、あの戦闘服があれば、きっと今までよりももっと充実して任務をこなせることだろう。
 ――より完全に、そして完璧に。そう思うだけで、胸が踊る。
 これから先、瑞科はその戦闘服と共に、数々の任務で大成功をおさめることになるが、それはまた、別の物語である――。

『その敵を討て 2』了