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●斡旋屋〜誰もいない街〜/フェイト・−
「大変なことが分かりました」
そう、言われていぶかしく思う訳でもなく、彼、フェイト・−(8636)はサングラスを外し、微笑みかけた。
無邪気な笑顔は、高校生時代の彼と少しも変わらない。
服装の黒いスーツと、ロングコート、少しばかり落ち着いた雰囲気が彼の変化を示唆している。
「久しぶり、晶。名呼びはフェイトで構わないよ」
晶、と呼ばれた斡旋屋(NPC5451)は軽く首肯し、着物の袂から数枚の書類を差し出す。
それに目を通しながら、フェイトは穏やかな口調で自身の状況を説明した。
「実は、今回の件はIO2の仕事として追っていたんだ。手間が省けて、助かったよ」
コトリ、と音を立ててヒトガタが茶を入れた湯呑みを置いた。
ありがとう、と口にしたフェイトは、相変わらず埃と本に支配された斡旋所に視線を移し、笑みを零す。
――此処は、変わってないな。
「それは良い偶然でした。……その書類に書いてあることが、私の知る事全てです」
「わかった。ヒミコと接触すれば、謎の人物についての情報も手に入る筈――」
携帯端末を取りだしたフェイトは、一言二言、報告をしているようだった。
それも終わり、斡旋屋へと意識を向けたフェイトは口を開く。
「晶の情報収集能力が必要になる。一緒に来てくれると助かる」
「わかりました。同行させて頂きます」
転送を担当するIO2エージェントは、フェイトの姿を見て少し驚いたようだった。
瞬き、そして深々と頭を下げる。
「では、転送します――どうぞ、ご無事で」
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永遠の夜を繰り返す、誰もいない街……風の音、月の光、木々のざわめき。
全てが存在している――ただ、人を除いては。
「これは――ヒミコの心なのかな」
対霊用のマグナム弾の入ったカートリッジを拳銃に込め、小さくフェイトは呟いた。
作り物の月の下で、黒く銃身が輝く。
「阿部・ヒミコ……超常能力に目覚め、両親に殺されかけた故に社会から隔離された人物。異なるが故の反発、人間とは奇妙なものです」
ヒミコについての情報確認と共に、理解に苦しみます、と暗に告げた斡旋屋の言葉にフェイトは苦笑する。
彼自身の過去も、決して明るいものではない。
「――そうかもしれない。だから、ヒミコをどうにかして解決する問題でもない、そう思うよ」
IO2にとっては、敵対する虚無の世界の人間でしかない。
だが、それ以上の思いが無い、と言えば嘘になる。
吹き抜ける風が、不意に生温いものへと変わる――暗闇から現れた阿部・ヒミコはその腕に白い猫を抱いていた。
どす黒い舌が口からはみ出、泡を吹いた……既に、生命活動を停止している、白い猫。
「何時だって、人は敵でしかない――あなたも、私を殺すのね」
死んだ猫が輪郭を失い、そして塵となって還る――空の黒は蛇のようにうねり、色を変えた。
そして、悪意を持って襲いかかる風……悪霊の絹を裂くような叫び声が二人の耳を貫く。
すかさず、トリガーを引いたフェイトは、サイドステップで風を交わした。
質量無き力が、コンクリートを模した道を粉砕し、そして何事もなかったかのように修復される。
抱きかかえた斡旋屋を見れば、サイコバリアのお陰か、傷一つ負ってはいなかった。
悪霊に放った弾丸が、一度は弾かれたものの、それ以降は穿ち滅する――超常能力に対する反動、それは一度のみのようだ。
ヒミコに向かい、サイコネクションで精神共有を図るが、弾かれる。
サイコバリアを張り、直ぐ様反動である超常現象へ対処し、思考を巡らせる。
(「攻撃すれば、同じだけの攻撃が返ってくる――防御は、防衛されても意味が無いとして……」)
コートが軽く引っ張られ、フェイトは下方に視線を向けた。
「……一人の様ですね、ヒミコは」
呟いてフェイトの傍に立った斡旋屋は、空を翔ける蝙蝠を指差した。
「反動は……どう?」
「ヒトガタの不調はありましたが、一時的なものの様です……あ!」
ヒミコの姿が霧のように消える――フェイトは斡旋屋の手を取り、駆けだした。
●
相手が感情を持っている以上、反動に邪魔されたとしてもフェイトにとって彼女を追う事は難しくない。
テレパシーを駆使し、誰もいない夜道を走る。
「テレパシーですか……昔は苦手でしたね」
ヒトガタに抱えられながら、フェイトの横を移動する斡旋屋にフェイトは笑いかける。
「そうだね。――随分練習したよ、体術も、拳銃の扱い方も」
「次期ディレクター、との話は窺ってますよ」
茶化すような言葉に、参ったな、とフェイトは苦笑し、そして一気に足を速めた。
細い路地を通り、ヒミコと対峙する。
「きみに、害を与えるつもりは無いんだ」
「誰だってそう言うわ。無抵抗になったところを、殺すのよ」
その手には、赤い傷痕が見えた――先程の猫が、ヒミコの手につけたものかも知れない。
「きみを倒すのは――俺の任務じゃない、俺の意図でもない」
「だから――なんだって言うのよ!」
怨霊の風、そして大地が割れ、フェイトが飲み込まれる……。
「フェイトさん!」
ヒトガタが動こうとした、手を伸ばす――だが、届かない。
大地は飲み込み、そして何も無かったかのように修復される――。
「次は、あなたね」
ヒミコが捉える、斡旋屋を。
ヒトガタが主を守ろうと動いた瞬間、斡旋屋の中に、声が響き渡った。
『晶、共有感覚を』
何処に、とも、何処へ、とも、斡旋屋は聞かなかった。
無邪気で、そして力強いその声に従い、相手の五感全てを共有する。
ヒミコの瞳で、斡旋屋は見ていた――ヒトガタが崩れ落ちる、そして、ヒミコの暗闇に一つ灯る光。
フェイトは、自分を呑みこんだと安堵するヒミコの心の隙を付いて、シンクロを行った。
精神に入り込み、そして、その心の闇に向かって手を伸ばす。
伸びてくる手、そして残酷な嘲り、殺意と殺意、憎しみと哀惜、それを塗り込んだ負のキャンバス。
黒い根が這い寄るのが分かった、だが、伸びてくると言う事は、辿れば大本に辿りつく。
斡旋屋は声にならぬ声を上げた、感じるのだ――心の闇を、痛みを。
その叫びを聞く、感じる――心に這いまわる黒い根を。
(「此れを祓わないと、な……」)
そして、その闇を終わらせるべく、フェイトはその根に触れ、そして引き剥がした。
フェイトの手に纏わりつく、黒い根。
それを抱きかかえながら、意識はヒミコから引き剥がされていく――。
●
「元より俺の任務は、彼女の保護なんでさ」
数日後、事務手続きでぐったりとしたフェイトは、斡旋屋の元へと訪れていた。
報酬を受け取りに来て欲しい、と言われた事もあるが、事の顛末を説明する為、と言うのが大きい。
「ヒミコは、記憶を失ったと聞きますが」
コポコポと音をさせながら、ヒトガタが緑茶を注ぎ、差し出す。
「影沼・ヒミコとして、神聖都学園に通ってるよ」
お茶菓子として差し出された大福を齧りながら、フェイトは口を開いた。
ハンガーを片手に、手を差し出してくるヒトガタにコートを預ける。
「その事務手続きが厄介だったんでね、遅くなってごめん」
「こちらは構いませんが……あの後、フェイトさんが闇を引き受けたようでしたので」
共有感覚で、彼女も理解していたのだろう。
心の奥底までは悟る事が出来ずとも、感覚を共有していれば知ってしまう情報なのかもしれない。
「その辺りは、IO2としても仕事の範疇だからね。無事だったよ」
「ご健勝で何より」
書類と格闘し、疲れ切った目を押さえつつも、大福を平らげたフェイトは斡旋屋へと問いかける。
「晶は? 何ともなかった?」
「ええ。被害もありませんし――。来月の古書展も無事に、開催されるようです」
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「ところで、ヒミコを手引きした人物は判明しましたか――?」
「……それが、シンクロした時に、一瞬見えたんだけど」
フェイトは暫く逡巡し、そして、口を開いた。
「その人、紬さんにそっくりだった――」
斡旋屋の手から、本が滑り落ちる。
耳障りな音を立ててそれは、一つの絵を見せた。
笛の音で子供を誘い、そして誘拐する、笛吹きの男の姿を。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8636 / フェイト・− / 男性 / 22 / IO2エージェント】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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フェイト様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
彼は後に、IO2エージェントになるのか――!
と言う事で、特に起きた背景や、事後処理などに力を注がせて頂きました。
完結、と言うよりも何かありそう――! と想像して頂ければ幸いです。
尚、判別用に、斡旋屋の名刺を付与させていただきました。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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