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<東京怪談ノベル(シングル)>


君と一緒にいたかった

 2040年春。種子島宇宙基地。世界初の民間恒星間ワープ船の発射式典。そこに感無量の老科学者がいた。このワープ船の設計者である。オープニングセレモニーで彼が学生時代好きだったバンドが演奏をしている。彼らの音楽はずっと老科学者の心の支えだった。
 同時刻、久遠の都政府の環境保護局。
「由々しき事だ。あの船は何れ宇宙戦争に使われ人類は滅亡する。郁はバンドの過去に介入してボーカルを誘惑し、三角関係のこじれでバンドを解散に追い込め」
 静かに上司が綾鷹郁に命令を出す。
「嫌よ。あたしは人形じゃない」
「影響力が半端無いんだ。感化されたファンから学者が大勢出てる。分かるな」
 郁が拒否すると、上司はため息をついて、言い聞かせるように言った。その言葉の裏には有無を言わせない圧迫感があった。郁は、ただ肩を落とすしかなかった。

 1983年8月11日。芦ノ湖畔。高さ20mのパゴダと呼ばれる仏塔型のオブジェが印象的な特設ライブ。
「次の曲は……」
 そうボーカルが曲名を言い、曲が始まる。
「天までそびえるこの塔を君と一緒にのぼり宇宙に溶けてしまおう。そうすれば、僕らは……」
「いい曲だけど……」
 聴衆に紛れた郁がそう呟く。確かにいい曲だと思う。これは確かに、感化されてもおかしくないと思ってしまう。しかし、このバンドがきっかけで結果的に人類滅亡へと導くのかと想うとやりきれない気持ちでいっぱいになってしまう。
 その横で感動のあまり目尻に涙を浮かべる学生がいた。彼は拳をぎゅっと握り、宇宙工学者になる決意を固めていた。

 同年春。博多のライブ喫茶「昇和」。くだんのバンドが練習をしている。しかし、音楽が途中で止まり、
「やめだ。やめだ。こんな歌俺達らしくない」
 メンバーの一人が、投げやりにそう言った。
「お前、何やってんだよ。こんな安いっぽい歌のために、俺らは演奏してるんじゃない」
「俺が彼女を思う気持ちを安っぽいって言うな!」
 ボーカルは怒鳴り2人は険悪なムードだった。
 原因は少し前までさかのぼる。 まだ付きまといが合法な時代。郁はボーカルが挫折しそうになる度に、追っかけの女子高生として現れては、慰め元気づけた。彼の目に救いの女神として映るように。
 救いの女神にボーカルが恋をするまで時間はかからなかった。女神がスキな人に変わると同時に、ボーカルの書く曲はガラリと変わった。
 崇高で、哲学的な曲から、チープな恋愛の歌になってしまった。
 もちろんCDの売り上げはガタ落ち。
 このままでは夏のツアーがなくなってしまうかもしれないくらい人気は下がっていった。
「俺、おまえがそのままならバンド抜けるわ」
 さっき、ボーカルに詰め寄ったメンバーがそういった。
「俺は、お前の書く哲学的な曲が好きだったんだ。なのに、こんなどこにでもあるような恋愛ものじゃ俺らの良さは生きないよ」
 ボーカルが否定の言葉を発しようとして、周りの他のメンバーを見渡す。すると、他のメンバーも頷いている。
「……わかったよ。俺の本気の恋がわからないなら、このバンドは解散だ」
ボーカルはそれだけ言うと喫茶店を出て行った。

「みんな、わかってないんだ……でも、これで俺を縛るしがらみはなくなった。俺と付き合って欲しい」
「もちろん。すごく嬉しいよ」
 都は心を痛めながら笑顔で頷いた。
 音楽に造詣のない都が聴いても最近の曲、自分が彼のとっての、救いの女神になってからの曲はひどいものだと思っていた。人とはこうも変わってしまうのかと思うくらいだった。
 しかし、都の任務はバンドの解散。
 これでよかったのだ。と自分に言い聞かせた。

 その後、都達は普通のカップルのように、デートを重ねていった。彼は肉体関係を持ちたいようで、何度となく誘ってきたが、裸になれば背中の翼が露見してしまう。都はかたくなに拒んだ。
 あるデートの日。都が、そろそろ出かけようかと思った時、携帯がメールの着信を告げる。見ると相手は彼だった。
『ごめん、今日会えなくなった。本当にごめん』
 どういうことか理解できなかった。ただ、都の第6感が警鐘をならしてる。
「いや予感がする」
 昨日の夜の彼の動きを見るべく、クロノサーフに飛び乗る。
 彼はバーにいた。
 そこでは浅黒い肌をした女が、ボサノバを歌っていた。
「では、最後にオリジナルの曲、聴いてください」
 女はそう言うと美しい声で歌い始めた。 内容は仏教的な考えの悲恋歌だった。
 曲が終わると、彼は彼女に近づき、何やら話していた。
 都には会話は聞こえなかったが、2人が携帯の番号を交換しているのは見えた。
「なにをしているの?」
 答えは数日後に出る。
 あのメールきり、一切の連絡がなかった彼から、話があるから。と連絡があったのだ。
 指定された場所に行くと、彼の隣にボサノバの女がいた。
「俺、彼女の歌を聴いて、すごく魂が震えたんだ。彼女と一緒ならもう一回やれると思う。だから……別れて欲しい」
 突然の告白だった。
「え?」
 そういうしか、都にはできなかった。女は妖艶に微笑んでいるだけだ。その笑顔を見た次の瞬間、この女が何者なのか都は悟った。
 ドワーフだ。
 都達、天使族の敵、ドワーフ。いつも都たちを邪魔してくる連中だ。
「曲も出来たんだ。これからメンバーに聴かせにいって、謝ろうと思ってるんだけど、一番に君に聞いて欲しくて」
 何も分かっていない彼が嬉しそうにMP3プレイヤーを渡してくる。
 渋々聞いてみると確かに、かなり、仏教的な視点が入っているが、この間までのラブソングに比べれば断然良かった。
「……いい曲だと思うよ」
「ありがとう」
「行きましょう。彼女も褒めてくれたんだし、早くバンド再結成しないと」
女がそう言うと、彼は頷いて、
「行こう」
と、女に言うと、
「じゃあ、さようなら。またライブも来てくれると嬉しい」
そう言って立ち去っていった。
 
 もともとの哲学的な曲に、たぶん女の影響だろう、仏教的な解釈が足された、彼らのバンドは瞬く間に音楽業界のトップを飾るようになった。都の今回の仕事はドワーフによって失敗したことになる。
「ということは、失敗したということだな」
 上司に報告すると上司はそう言って、その場にいた工作員に、
「作戦Bにうつれ」
 と指示をした。
「作戦B?」
 都が首をかしげるとモニターにワープ船の発射式典の映像が映し出された。
 カウントが始まり、無事ワープ船は空へと発射された。
 沸き起こる歓声。
 しかし、それもつかの間、大きな爆発音と共に船は……爆発した。
「なっ!?」
 都は言葉を失った。
「こういうことはしたくないのだが、まあ保険だな」
上司はサラっと言ってのけた。

 あんな方法があるなら、都はわざわざ過去に行かなくても良かったのではないかと思ってしまう。
 仕事で短い間付き合ったとは言え、情がうつったのは事実だ。
 目を閉じれば、彼の笑顔や、真剣な顔、弱っている時の顔などが思い出される。
「スキになってたのかなぁ」
 そうつぶやくとそうだったんだと本気で思ってしまう。
 あのドワーフさえ現れなければ?
 そんなことを都は思う。
 いや、仕事として行った以上、別れはすぐに来てしまっただろう。
「こんな気持ちになるならもっと色々しておけばよかったな」
 そう呟いた都の瞳から一筋の涙がこぼれた。
 涙は一粒では収まらず、枕を濡らしていった。