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VamBeat −tractus−
気を失っているわけではないが、喋る気力もないといった状態で、ダニエルは向坂・嵐 (さきさか・あらし)に支えられながら歩いていた。
嵐にしても、あのままの状態のダニエルを放り出せる訳もなく、向かう先は自分のアパートだ。
やはり腹部の傷とは違うのか、風の衝撃によって出来た斬り傷はもう殆ど癒えている。髪の色も黒に戻っているためか、腹部からの出血も殆ど無い。
ただ、この無気力感はきっと肉体的に追った怪我よりも、精神的に追った傷の方が大きいせいだろう。
嵐はアパートの鍵を開け、ダニエルを椅子に座らせる。
「大人しくしてろよ」
ぶっちゃけ客が来ることなんて想定していないため、誰かに出すためのお茶や菓子などもあるはずも無い。嵐は財布を手にコンビニへと向かう。
何が好きかとか、何を食べるのかそう言ったことは分からないが、とりあえず不味いものは売ってないし、食べられれば取りあえずはいいだろうか。
適当に食料を買い込み、ただ呆然としたまま表情を変えることなく座り込んでいるダニエルに、着替えの服を手渡し風呂に入るよう促す。
正直、傷は癒えても服や肌は血で汚れ、ドロドロだ。
素直に言う事を聞いて、風呂から上がったダニエルの濡れた頭を乱暴にタオルでガシガシと拭く。
「取りあえず、今日はもう寝ろ」
俯いたままのダニエルは、小さく唇を動かしたが、それが声になることは無く、嵐はただ首を傾げる。
そして、明日も仕事だなぁと、どこか他人事のように思いながら、嵐は煙草に火をつけた。
Pi Pi Pi Pi Pi Pi―――…
ガンッ!! と、思わず叩いた目覚まし時計の針を確認し、後10分と思ったところで嵐は飛び起きた。
「ダニエル!?」
寝れたのか、寝れなかったのか、そもそも眠るのかと言うことも知らないけれど、昨晩そのままの状態でダニエルはそこにいた。
「居て良かったよ」
ほっと一息着きながら、嵐はガシガシと頭をかきながら起き上がり、乱暴に顔を洗って口をすすぐ。そして、嵐はダニエルの前に腰を下ろし、昨晩コンビニで買ってきた物の中から、ペットボトルと軽めのものを差し出した。
「ありがとう……。こんなに落ち着いたの、久しぶりだ…」
「その割りに、全然寝れてないんじゃないのか? 凄い顔してんぞ」
そうか? と、返された言葉に、嵐は大仰に息を吐く。
「遠慮はいい。今日は寝てろ。それに、絶対黙って消えたりすんなよ」
ダニエルは小首を傾げて嵐を見返す。
「普通の人は、今日も普通に仕事なの」
「ああ、そっか……」
どこか把握していないような雰囲気を感じ取りつつ、嵐は仕事へ行く準備を進め、残りのコンビニ弁当を昼にでも食べるよう伝えると家を出た。
どうにか無理にでも定時――と、一般に思われる時間には仕事を終わらせ、草間興信所へと顔を出す。
余り詳しい事を伝えるわけにはいかないし、巻き込むような気もないため、事情は端折って『イロナって名前のシスター』の人探しを依頼する。
コンビニ弁当ばかりもなんだが、家にある物と言えば、後はインスタントラーメンくらいか。栄養偏ってんなーなんて思いつつ、スーパーで適当に野菜を買って帰る。
「おかえり」
家の中から声をかけられたことで、ダニエルがちゃんと出て行かずにここに居た事を知る。が、ほっとしたのも束の間、テーブルの上には、封も開けられていないコンビニ弁当がそのまま残っていた。
「何も食べてないのか?」
嵐の声に、ダニエルはちらりとだけ視線を向けたが、何も答えることなくぎゅっと自分自身を抱えるように小さく丸まる。
「………」
その様子に心中で小さくため息を着くも、状況を思い返してみれば、無理に食べろと言うのも酷のような気がしてくる。それでも、何かしら腹に入れなければ弱る一方だ。
嵐はそれ以上何も言わず、買ってきた野菜と常備しておいたラーメンを使って、即席ラーメン野菜炒めのせ――正直、ネーミングそのまんまだよなと思いつつ――を作り、ダニエルを呼ぶ。
「少しくらいなんか食え」
本当なら、もっとちゃんとした家庭料理的なものの方が良いのかも知れないが、嵐に出来る料理と言えば、これくらいのものしかない。
仄かな湯気を上げるラーメンを前に、ダニエルの表情はあまり明るくない。むしろ困っていると言ってもいい。まさかと思いつつ、嵐は食器棚からフォークを取り出し、ダニエルの前に置く。
「……これ、使えよ」
そういえば、こいつ外人だったよな…と、改めて思い出す。まさかコンビニ弁当も食欲が無かったからではなく、箸が使えないから食べてなかったからとか? と、グルグル考えつつも、自分は箸でラーメンをすする。
「Gracias……」
「は? なんだって?」
ずずずっと麺をすすった音と声が重なり、なんと言ったのか聞き取れなかった。
食欲の有無は置いといて、箸を使えなかったというのは本当のようで、まるでスープパスタを食べるかのごとくラーメンを頬張っている。
本当に、見れば見るほど普通の少年とさして変わりない。
「……ダニエルは吸血鬼だろ?」
びくっとダニエルの手が止まる。
確信に近い予想だったため、あえて確認を取ることもしなかった。
「だったら、何で血を飲みたがらないのかってさ」
吸血鬼は血を飲み、太陽とニンニクに弱いというのが、嵐が知っている――いや、伝承に記載されている情報。
「血が嫌いな吸血鬼が居たっていいとは思うが、それで傷が治るんだろ? 割り切れ…いや、違うな、ああ、もう!」
その方法がダニエルにとってとても大きな事であることは分かっているつもりだ。けれど――
「傷付いていくの黙って見てらんねぇんだよ…」
ダニエルの瞳が微かに大きくなる。
ああ、この人は自分を本当に心配してくれている。それが嬉しいと同時に、申し訳なくもなってくる。自分の意地を貫いているばかりに、心配かけてしまっていることに。
「……俺は吸血鬼になりたくない。人間のままでいたいんだ。だから―――」
血を、飲みたくない。
「あんたには、感謝してる」
こうして宿を提供してくれたこと、食事を用意してくれたこと。他人からの好意なんて久しぶりで、本当に嬉しかった。
「気にすんなって」
ふっと息を吐くように微笑み、ダニエルに残さず食べろと告げる。
そして、ある程度の頃合いを見計らい、嵐は口を開いた。
「なあ、お前達の間に、何があったんだよ」
どんなに攻撃されても無抵抗なのは、謝らなくてはいけない2人の間にいる誰かが関係しているのは間違いないだろうし、ぼんやりと何があったのか想像もつく。けど、まだ重要なピースが抜けている気がする。
それが何なのか知ることが出来れば、そして、それによって外れた歯車を直すことが出来るなら。
「殺したんだよ。俺が、彼女の姉を」
「……っ」
砕けてしまいそうな瞳で嵐に告げたダニエルは、口の端を引きつらせるかのように釣り上げて、無理矢理笑っていた。
草間からの連絡を受け取り、嵐は興信所で調査結果を受け取りそれを確認していた。
「ん?」
隠し撮りのような一枚の写真に、嵐は眉根を寄せる。
誰だこれ? という言葉が真っ先に浮かんだが、記憶の中にある少女の顔が、思いっきりこの写真の少女に重なり、嵐は驚きにあんぐりと口を開けた。
「え、マジか?」
「何がだ?」
怪訝気にこちらを見た草間に、嵐は何でも無いと返す。
写真に写った少女――イロナの表情は嵐が今まで一度だって見た事が無い、優しそうな微笑だった。
草間に礼を述べ、写真を見つめながら嵐は岐路に着く。
どちらが本当の彼女なのだろう。いや、仲直りすることさえ出来れば、イロナはこの表情をダニエルにだって見せるのではないか。
だとしたら、尚更、彼女に殺させたくだってないし、させちゃいけない気がしてくる――…
「やっぱり、話す機会が欲しいよなぁ…」
嵐は、添付されている書類をめくり、記載されている教会名を小さく呟いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2380/向坂・嵐 (さきさか・あらし)/男性/19歳/バイク便ライダー】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −tractus−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
ダニエル側からの理由は嵐様が考えていた通りだったかと思います。イロナ側からの理由を尋ねる切欠を作る事はできました。
次もご参加いただけるようでしたら、イロナ側へのアプローチなど、OPの内容をどのタイミングで始めていただいても構いません。
それではまた、嵐様に出会えることを祈って……
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