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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Eoisode.21-T ■ ネオン街へと……






「クソ……ッ! クソォ!!」

 男は自らを奮い立たせる様に声をあげる。
 もしも今、目の前に突き付けられた現実を受け止めてしまえば、その瞬間に捕食されてしまう。そんな危機感が男の心を支配していたからだ。

 スピードに定評もあり、自信もある。
 それを武器に、今の地位まで上り詰めてきたのだ。

 ――それを、あっさりと上回る『化け物』の存在があるなんて、思った事などない。

 加速する。

 既に自身の身体が悲鳴をあげている。
 それでも男は加速する。

 どれだけ逃げても、どれだけ走っても逃れられない『影』。それそのものが自分の後ろにある様に、標的だった冥月という女は自分を逃がしてはくれない。

 限界を突破している事など、男は気付かなかった。
 それでも振り切る事が出来ない相手が、今なお背後から魔手を伸ばしている様な、そんな危機感によって焦燥感ばかりが生まれ、恐怖しているからだろう。

 だからこそ、彼は叫ぶ。
 認めてしまえば、心はあっさりと折れてしまうだろうから。



 ――対する冥月は、いい加減この追いかけっこにうんざりしていた。

 逃げれば逃げる程にスピードを増していく男。トップスピードを意地したまま走り続ける男の足は、もう限界が見えている。足を一度止めれば、しばらくは動けないだろう。

「まったく、手間ばかりかけさせる……」

 冥月がため息を漏らすのは当然だろう。
 能力さえ使えれば、あの男を捕らえる事など何も問題はない。むしろ、ここまで無駄な時間を、追いかけっこで消費する事もなかっただろう。

 取るに足らない存在を前に、時間ばかりが過ぎていく。

 苛立ちと共に男の前に現れた冥月が、ここで反撃に動いた。

「さっさと掴まってくれ。私は早くこの玩具を外したいんだ。それに……残り半分、武彦に触って貰いたいんだからぁ!」

 電光石火、とでも言うべきだろう。
 走り続けていた男に、急にスピードをあげて弾ける様に飛び出した冥月の蹴り。男の背後から延髄へと打ち込み、走っていた勢いのまま意識を刈り取られた男は、そのまま地面を滑る様に吹き飛ばされ、壁に激突して気を失った。

 と同時に、冥月が着地しながら石を拾い上げ、先程からついてきていた遠視呪具に向かって投げ、それを破壊し、一息ついた。

 振り返った冥月の視界に、今正に叫び声をあげて触って貰いたい相手である武彦が立っている事さえなければ、冥月はさっさと帰っただろう。

「……触って貰いたい?」

 硬直している冥月に武彦が小さく口を開いた。
 顔を真っ赤にした冥月が手を前に出した。もちろん、その手には肉球。

「う、嘘だからっ! 今のはほんの冗談だからっ!」

 じりじりと歩み寄る武彦に向かって冥月が必死に弁明を繰り広げる。

「く、来るなっ! 触るな!」
「押すなよ、のパターンだな?」
「ち、違うっ!」

 鬼気迫る、とは正にこの事だろう。
 武彦が冥月に歩み寄り、言葉では拒みながらも身体が言うことを聞かずに逃げる事すらしない。
 そんな冥月に、武彦がそっと手を伸ばした。

「触っひゃやらっ……、尻尾らめらよぉ……」

 冥月の尻尾に触れた途端、冥月の身体がびくっと震えて力なく言葉が漏れる。
 もちろん武彦はそれを聞いて辞めるつもりもない様だ。尻尾に触れながら、ニヤニヤと頬を緩ませて武彦はその尻尾に指を走らせた。

「敵には触られてなかったみたい、だな」
「そ、それはそうだけ……どっ」

 強張り震える身体。既に身体が麻痺していてもおかしくないだろう感覚だと言うにも関わらず、冥月の身体はそれに慣れる事もなく震える。
 そんな冥月を見て、武彦は笑みを浮かべている。

 まさか憂のアイテムによってこんな風に立場が逆転する事など想像していなかった冥月。今は外にいる為、憂に向かって八つ当たりな感情を向ける事でなんとか意識を保ってはいるものの、それがつまらないのか武彦は指を動かし、キュっと尻尾を握る。

「だ、だからぁ……ッ」
「まぁ、ほら。敵をいなくなった訳だし、行くぞ」

 武彦が冥月の腕を引っ張って歩き出し、冥月の心に多少の余裕がようやく生まれた。しかし、武彦が向かっているのは、明らかに草間興信所ではなく、ちょっとばかり刺激の強いネオンがきらめく一角だ。

 興信所は閑静な住宅街に程近い。が、少し裏通りを進んでしまえば、一夜を過ごす不思議な造りをした建物が多い。休憩やら何やらと書かれている看板が、無駄にイルミネーションに彩られたりもしているのだ。

 そんな場所に通じる人気のない道を歩き出した武彦に向かって、冥月は事態を察知し、声をあげる。

「そっちは違うと思うぞ、武彦!?」
「いや、ほら。汗“とか”流したいんだろ?」

 興信所を出る前に冥月が言った言葉を、見事に武彦は理解していた。それはまさに、言葉通りの意味で“理解”していたのだ。

「さっきは、分かってて聞いたなっ!? いじわるっ!」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ」

 不意に武彦が立ち止まって振り返った。その顔は、まさに余裕の笑み。勝者の表情といった所だ。

「だいたいな。それを解除する為には会話の語尾に言葉をつけなくちゃいけないんだろ? それを百合やら零やらに聞かれたくないだろーが」
「そ、それはそうだが……」

 武彦の言葉にも一理ある。
 冥月は自身が言い包められている可能性など考えずに、素直にそれに頷いた。

「だからよ、そこで好きなだけニャンニャン……じゃない。ニャーニャー言わせてやるから心配すんな」
「ちょっと待て! 今なんだか重大な言い間違えをしたよな!?」

 口笛を吹きながら背を向けた武彦に、冥月が顔を赤くしながら反論する。しかし、今や主導権は完全に武彦に握られている。

「……し、しないぞ! しないからね!?」
「あぁ、しないしない。最後までしたりしないって」
「全部しないの!」

 武彦の言葉にさらに顔を赤くして訴える冥月。

 もしもこの状況を、先程まで逃げ続けていた男が。あるいは遠視呪具を使ってグレッツォをベルベットが見ていたら、きっと色々な意味で誤解は解けたかもしれない。

 しかし、この状況で監視の目はない。
 つまり、この猫セットは呪具認定され、少なくともあの三人には脅威の戦闘用装備として認識されているのだ。


 閑話休題。


 兎にも角にも、このままの状態で武彦が向かおうとしている場所へと足を進めようものなら、冥月にも抗いきる自信はないのだ。
 だからこそ、今の冥月は必死だ。恐らく、百合達をファングの手から守ろうとした幼い日々にも近い焦燥感があるのだが、武彦がそんな事を知る事はない。

「全部って、キスもだめか?」
「う……っ」

 妥協出来る範囲を見出され、言葉に詰まる冥月。
 そんな冥月の様子を見つめていた武彦が、さらに口角を吊り上げた。

「それはオッケーって事だな」
「そ、それは……そのっ!」

 こうして二人は、ネオン街へと消えていくのであった。






                    to be countinued...




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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

完全なるカマセ役だった刺客はあっさりと倒され、
武彦無双が始まりましたw

この後どこからスタートする事になるのやら……w

遅くなってしまい、申し訳ありません。
他の部分も順次お届けさせて頂きます。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。


白神 怜司