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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.21-U ■ 思惑はそれぞれに






■■グレッツォ・ベルベット■■





 逃げ惑う男の素早さ。その単純な速度だけならば二人も感心していられた程だ。情けない姿ではあるが、単純に追いつけるかと訊かれれば首を横に振るだろう。

 しかし、そんな速度だったからこそ二人の恐怖に拍車が掛かる。

 息一つ乱す事もなく追いつき、“何か”を叫びながら急所に対して迷いのない一撃。さらには気付いていないと思われていた遠視呪具を、たかが路傍の石であっさりと破壊したのだ。

 それだけならまだしも、彼らの目に映ったその映像の中で、冥月は一切能力を“使っていない”のだ。

 本来、能力者とは能力を扱いながら相手を翻弄し、自らの土俵の中で戦う。能力があるのであれば、そうするのが当たり前であり、それでいて現実的な戦い方だ。
 ファングから聞かされていた、『影』の能力。それを見る事もなく終わってしまった、自分達に程近い実力者の敗北。

 いよいよもって、背筋を流れた嫌な汗と共に、恐怖すら刻まれる。

 ――もしもあの女が殺す気でいたら、それこそ瞬殺されていただろう。

 グレッツォとベルベットは、その脅威にただただ閉口する。

「……だが、おかげで解った事もあるな」

 グレッツォのその言葉は、互いの心情が合致している事を察したからこそ発せられた言葉だ。『だが』の前に、「自分達では勝てないだろう」という前提条件。奇しくもその感情を共有しているベルベットもまた、グレッツォの言葉に何も答えずに首を縦に振った。

「仲間を大切にしすぎる事、そして恐らく殺しをしない事」
「あぁ、そうだ。そこさえ上手く突けば、或いは勝機ってモンも見えてくるかもしれねぇ」

 互いにその言葉の裏は口にはしない。
 二人はその為に、一体何をするべきかと思考を巡らせながら闇の中へと消えて行くのであった。







□□影宮 憂□□






「んじゃ、よろしくねー」

 先程まで冥月と命懸けの追いかけっこをしていた男を部下に連行させながら、憂は気楽な様子で声をかけた。

 部下を見送ったその直後、憂の顔から笑みが消える。

「さて、今回の件は吉と出るか凶と出るか……」

 飄々とした雰囲気から一変した憂の口調は、実に冷淡なものだった。

 冥月の監視を兼ねていた彼女にとって、今回の件で冥月が虚無の境界と裏で繋がっているという可能性は排除出来たと言っても過言ではないだろう。
 むしろ、虚無の境界の実力者を一人削ぐ事が出来たのだ。これは単純に考えるのであれば、僥倖。正に運の良い、嬉しい誤算だ。

 しかし、逆に虚無の境界を刺激してしまったのではないだろうか。
 それが、憂がこの状況を両手放しに喜ぶ事が出来ない理由だ。

「虚無の境界は確実に黒 冥月を標的に動いている。だけど――いや、だからこそウチの上層部も黙ってはいてくれないだろうなぁ……」

 虚無の境界の中でも実力者と思しき者を捕らえた事。そして、端末から冥月のデータを確認した事から、IO2内部でも憂が冥月と何らかの接触を果たした可能性を示唆する声があがるだろう。

 後手に回れば、最悪の場合は捕らえなくてはならなくなる。
 ならば先手を打つしかないだろう。

「さーて、報告しとこっかな」

 事情はどちらかと言えば複雑。にも関わらず、憂の足取りは軽やかなものだった。

 ――『猫セットあげるね〜』

 そう書かれたメモを興信所に残してきた憂。
 冥月に恥ずかしさ混じりに怒られる前に退散出来る口実が出来た事を、憂は少しばかり感謝している。

 人はそれを『逃げ』と言うのだが。







□■武彦・冥月■□






 歓楽街から一歩踏み入ったきらびやかな建物。その中へと足を踏み入れた冥月は終始俯き、耳まで赤く染め上げて武彦の後ろをついて歩く。
 こういった場所では受付からは姿が見えない様に工夫されている為、無駄に人目につかない点では冥月の気持ちも落ち着いていた。

 部屋を借り、二人は一室へと足を運んだ。
 有線から流れる音楽。そして、不思議な部屋の造り。なんでもここは、コテージをコンセプトに内装を凝らせているらしい。

 ――が、そんな事は冥月にとってはどうでも良い事である。

「た、武彦……」
「さぁ、存分に鳴け!」
「ば、バカな事言うな! そう言われて素直に言えるか!」

 無茶振りも甚だしい所だ。

 しかし言わなければ外れる事はない。
 憂のつけた、無駄な技術の結晶は遺憾無く発揮されていると言っても過言ではないだろう。
 意を決し、冥月が口を開く。

「……た、武彦。隣に、座る、ニャ」
「お、おう……」

 ベッドを忌避するかの様にソファーへと腰を下ろした冥月は武彦を誘い込んだ。
 こんな時、どちらかが気まずさを感じてしまうと、もう一人もそれにつられてしまう。悪手とも呼べる手を使っている冥月と武彦だが、そんな事を気にする余裕などない。

「と、とりあえず酒でも飲む、か?」
「……い、いらないニャ」

 再びの沈黙。
 武彦としては、これほどまでに心が落ち着かない状況はないだろう。

 興信所では零の存在があり、自制に歯止めが効きやすい。
 しかし、この場所に関してはそれも存在しない。

 先程、一度は飲み込んで制したはずの感情も、この状況となってしまっては再燃もする。

 ――故に、武彦は手を伸ばす。

「し、尻尾……はッ!?」
「悪い、これでも我慢してる方だ」
「せ、説得力ないニャ! ち、力が抜けるよぉ……」

 冥月も武彦も、お互いに自分との戦いを繰り広げているのであった。



 ――余談ではあるが、この場所には後日、猫のお化けが出るという奇怪な噂が流れる様になったそうだ。






◆◇IO2・東京本部◇◆





 影宮 憂。
 彼女からの報告を聞いていた男は、背もたれに身体を預けると目を閉じて小さく考えこみ、身体を起こして机に肘をつき、顔の前で指を組んで憂を見つめた。

「……黒 冥月か」

 その言葉に含まれた感情は複雑なものであった。

 真正面に対している憂はその感情を予想していたのか、小さく口角を吊り上げて男の返答を待ったまま口を開こうとはしなかった。

 正面にいる男の性格を知る憂は、それ以上の言葉を口にする必要性はないと考えている。
 何故なら、彼は『どうするか』を悩んでいるのではない。彼の判断は決まっていて、それに対するメリットとデメリット。そのバランスに思考を巡らせているに過ぎないのである。

 そんな事を考える憂の視線を他所に、ようやく男がその閉じていた口を開いた。

「影宮」
「はい」
「確かに、黒 冥月は対虚無において戦力にはなる。が、諸刃の剣である事は忘れるな。引き続き、監視はお前に任せる」

 監視――即ち、捕らえるつもりはないという事だ。
 IO2としても虚無の境界の戦力が削げると言うのであれば願ったりである、というのが本心であった。
 無理に協力を要請して逆鱗に触れるのであれば、このまま泳がせて虚無と潰し合わせる方が良い。幸いにも、武彦はともかく憂が近くにいるのであれば、そうこちらに牙を向ける事はないだろう。
 そんな男の考えを全て飲み込んだ上で、影宮は「承知しました」とだけ告げて部屋を後にする。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






『――30分が経過しました。術式解除されます』

 ひたすらに武彦の責め苦に晒されながら、ようやく冥月の頭の中に音が聞こえる。全てが解放された事に安堵した冥月がハッと顔をあげ、恐る恐る猫耳と肉球ハンド、そして尻尾を外し、深い溜息を漏らした。

「やっと取れたか……――ッ!?」

 安堵していた冥月の頭と頬を手繰り寄せ、武彦が強く口付ける。
 一瞬の事に困惑した冥月だったが、その衝撃に抗う様に手を当てて武彦を引き剥がそうと試みるが、その力は弱々しく、やがて力を抜いた。

 しばしの静寂から、ようやく二人が顔を離す。

「しばらくお預けになりそうだからな」

 頬を掻きながらそう答える武彦の言葉に、冥月が再び耳まで顔を赤くして目を大きくむいてから俯いた。

「……バカ」







                        to be countinued...