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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.21-V ■ それぞれの思惑-U







「十年前の報告がまだ残っているはずだ。疑わしいと言うのなら一度見てみろ」

 ファングのその言葉に、デルテアとドクトルは静かに息を呑んだ。
 そんな彼女達に向かって、ファングは更に付け加える。

「以前俺が『対等に戦える』と言ったのは、あくまでも体術のみに状況を縛った結果に過ぎない。あの能力の凶悪さが相成ったあの女と真正面からぶつかれば、俺の命はあっさりと刈り取られるだろう」
「し、しかし現にこうして生きているでは――!」
「――エヴァの横からの攻撃に油断していた、と考えるのが妥当だろう。いくら霊鬼兵の能力によって悪霊を武器化していたとしても、能力は『影』だ。次はいくらでも対策を練って来る」

 ――ましてやそれが、超一流の暗殺者ならば。

 そう付け加えたファングの言葉が響き渡った。

 虚無の境界の幹部と呼ばれる彼らにとって、一般的な能力者も殺人鬼すらも、たいした脅威には成り得ない。それは偏に、戦闘能力や修羅場を潜り抜けてきた数の違いもあれば、その能力をどれほどうまく使いこなし、戦闘の局面を自分が握るかを把握しているから、とも言える。

 しかし、そのアドバンテージも、こと黒 冥月に対しては意味を成さないのである。

 下手をすれば自分達よりも実戦経験を持っている相手に対し、デルテアとドクトルは言葉を失った。
 自分達よりも年齢も上で、実力にも定評のあるファングが、素直に自分の方が弱いと認める事自体が、彼女らにとってはどうしようもなく脅威なのだから。

「考え得る策を全て行使してでも、彼奴とは戦うべきだろう」

 ファングの言葉に、自然とデルテアもドクトルも何も言わずに頷いた。

 そんな三人の元へと歩み寄る二人の存在。
 グレッツォとベルベットが、偵察を終えて帰還したのであった。

「帰ったぜ」

 無事に帰ってきた事に安堵したデルテアではあったが、グレッツォのいつにもなく神妙な雰囲気。そして、ベルベットが一言も言葉を発さない事に、「やはり何かあったのか」と理解したデルテアは掛ける声を見失った。

「戻ったか」

 口火を開いたのはファングだった。
 冥月と何らかの形で接した結果、苛烈なものであった事を推し量れたファングだからこそ、グレッツォとベルベットの態度には思い当たる節があったのだ。

「……準幹部候補の能力者、リュウってのがいただろ?」
「あぁ、そんなのもいたわね……」

 デルテアが何の気なしに答える。

「一撃だ」
「は?」
「全力で逃げ惑うリュウを、たったの一撃で仕留めた」

 静寂がその場を包み込む。
 デルテアは口を開き、ドクトルは眉間に皺を寄せる。淡々と口にするグレッツォの横で、ベルベットが人形のフラペアをギュっと抱きしめた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。嫌になりますわね……。あのスピードで動く男を、たったの一撃って……」
「遠視呪具が破壊されたせいで、見せてやる事は出来ねぇがな……」

 グレッツォがそう言うと、ファングに向かって数歩歩み寄る。

「殺しはやらねぇし、仲間を必要以上に思う節がある。それが付け入る隙だとは思うが……、ダンナ。アンタがやられたってのが納得出来たぜ……ッ」

 肩を僅かに震わせながら、ギリッと奥歯を噛み締める様にグレッツォが付け加える。

「あの手についた黒いのは、まるで闇の中を狩場にする野獣だった……ッ」



 比喩的な表現。それは、互いの価値観に多少の誤解を招くというケースがある。
 そしてその特異なパターンは、ここでも起こっていた。

 グレッツォが口にしたのは、かの憂が作り出した肉球ハンドの事であった。
 しかし、グレッツォの報告を聞いていたファングが思い浮かべたのは、ファングの強靭な肉体を攻撃するのに使った、あの影を纏わせたものだ。

 二人の認識の違いは、周りにいる誰にも解らない。



「……そうか。やはり使ったのか」
「あぁ、半端じゃねぇ迫力だったぜ。まさに野獣だった」
「フッ、この俺の獅子の身体を傷つける程の攻撃だからな」
「アンタも耐えられないのか……? やはり獣(の姿であるアンタ)には獣(の手)って訳か……」

 ファングの本来の姿を知るグレッツォの言葉。

「言い得て妙だな。確かにあれは、獰猛な獣の様(な殺気)だからな」
「あぁ、確かに(見た目も)獣の様だったぜ……。だが、ヤツは能力を使いもしなかった」
「なんだと……?」

 ここに来て二人の誤解が解けるのかと思いきや、その可能性は一瞬にして崩れたのであった。

「バカな事を言うな。あの手は能力によるものだぞ?」
「なんだと……!? てっきり呪具だと思ってたぜ?」
「確かに、攻撃力を考えれば呪具と思えない事もないが、俺は目の前であれを拳に纏う姿を見た」
「……そうだったのか。確かに能力は何かに見立てた方が威力が反映されるとか聞いた事はあるが……」

 なまじ会話が通じているせいか、誰もこの会話に矛盾が生じている事に気づく由もない。

「いずれにせよ、俺達に出来るのは奇襲か人質か……。殺しは辞めてる様だ。あの街の親しい奴全てを人質にすれば――」
「――フン、死にたいと言うならやってみろ」
「なんだと?」

 グレッツォの言葉を遮る様に告げたファングに、グレッツォが不機嫌そうに喉を鳴らした。

「仮に殺しを封印しても仲間の為なら禁を破るだろう。アレはそういうタイプだ」

 ファングの言葉に、しばしの沈黙が流れた。

 グレッツォとベルベットはその言葉の真意を汲み取る事が出来る。
 そして、奇襲が難しいという事も理解出来る。何せ遠視呪具の場所ですら把握する様な相手であり、リュウをわざわざおびき寄せる様な真似をした女である。

 つまり、残された手は人質に偏るのは必然だ。

 しかしながらファングの言う通り、仲間の為に禁忌を犯す事ぐらいは無表情でやって退けるだろう事は容易に想像も出来る。
 あれだけの圧倒的な実力を持った者ならば、その事を忌避する事はあっても、必ず守るとは言い切れない面を持ちあわせているだろう。

 つまり、下手に周囲に手を出せば、逆鱗に触れる可能性の方が高いという事だ。

「――ずいぶんと情けない……」

 カツカツと足音を踏み鳴らしながら響き渡った凛々しい女性の声。暗闇の中から、その名を示す鮮血の様な真っ赤な髪を揺らした女性。長い髪を後頭部の上の方で縛り上げ、そのまま腰まで流している。髪の毛の量が多くくせっ毛のせいか、縛られて下りた髪は周囲に向かって散らされている。

「“スカーレット”……!」
「どういう事だ、デルテア。貴様はこいつらをまとめる事もままならない程に無能か?」
「……ッ」

 スカーレットの言葉にデルテアが歯噛みする。
 そんなデルテアに構わずにファングに向かって歩み寄ったスカーレットは、ファングの目の前で腕を組んで見下ろす様に立ち止まった。

「獅子ファングともあろう者が、たかが一人の女を前に牙が折られたか?」
「フン、折られてなどいない。しかし珍しい事もあるものだ、スカーレット。わざわざお前がこの場所に顔を出すとはな」
「不甲斐ない部下達を叱咤しに来たのだ。そもそもドクトル、デルテア、ベルベットにグレッツォは私の部下だからな」

 フンと鼻を鳴らしてスカーレットは小さく嘲笑する。

「陽炎」

 スカーレットの声に、いつの間にかその場にいた陽炎が膝を折り、地面に手をついた。

「貴様に任せる。黒 冥月を消せ」
「御意」

 突如として現れ、突如として消える陽炎が付き従う相手。それは偏に、陽炎自身が自分を使うに相応しいと思える相手のみである。

 即ちそれが、この場にはスカーレットと盟主である巫浄 霧絵。そしてその腹心にあたるエヴァのみである。

 つまりスカーレットは、虚無の境界の中枢に位置する実力者である。

 一方でグレッツォやベルベット、デルテアにドクトルはスカーレットを前に萎縮していた。

「貴様ら、よもやこのままでは終わらなかろうな?」
「――ッ!」

 スカーレットの言葉に、全員の表情が強張る。それを感じ取ったスカーレットが、改めてファングを見下ろした。

「静かに静養するが良い、獅子。この件、私が預かろう」
「甘く見ていれば、確実に消されるぞ」
「ご忠告は有難いが、幾分私は油断などしない。いらぬ心配だ」

 スカーレットが振り返り、全員の顔を見つめた。

「――殺せ」
「え――?」
「――全てだ。黒 冥月に関わる者、関わりのあった者。全てを殺して絶望させてやれ。それが出来なければ貴様らは再び、あの暗闇の中へと投じられると覚悟しろ」

 スカーレットの言葉に、その場にいた全員が頷き、動き出す。






                  to be countinued...



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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

見事な勘違いトークに、思わず笑ってましたw
書いてる私が笑ってどうするんだ、というw

何はともあれ、スカーレット登場です。
彼女はどちらかと言えば女軍人なイメージですかねw

ついにこの幹部連中が徐々に動き出しますw
猫セット騒動も一段落ですねw

それでは今後とも、よろしくお願い致します。

白神 怜司