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[ Gate ]
「――――……これは、そっちの編集部で何とかする問題じゃないのか?」
正月明けの草間興信所、しばらくの間武彦と零は年を跨いでの大掃除に明け暮れていた。そうして、ようやく落ち着いてきた頃、今更ながら依頼者が一人も来ないことに気付かされる。
「そうしたいのは山々なのですが、生憎別の案件で立て込んでまして。こちらはお任せすると碇さんが」
そんな日の夕方、チャイムの音に慌ててドアを開ければ、そこには月刊アトラス編集部の桂が居り今に至った。
「任せるも何もうちは祓いやでもなけりゃ、お前らの取材の手伝いなんて――」
「たまには零さんを良い場所へ連れて行ってはいかがですか?」
その言葉には、思わず反論に詰まる。
桂が持ってきた資料によると、最近とある遊園地の入場ゲート付近に霊のような存在を見かけるようになったらしい。その姿は高校生位の女の子で、開園前から閉園までずっとその場に居るという。誰かに危害を与えるわけではないものの、微動だにしないその姿は不気味かつ誰の目にも見え、噂は広まり客が減り続けていた。
「一応取材という名目なので、入園することになったとしても草間さんにパスポート料等の負担もありません。お食事も領収書貰ってきていただければ」
その言葉に武彦の片眉が上がるものの、資料をテーブルに置き桂を見ると冷静に問う。
「おい……報酬はなし…ってことか?」
「強いて言うなら、解決できた場合状況を元に出来上がった雑誌を数冊――と言った所でしょうか。お名前は載せるので、宣伝効果はあると思いますよ」
結局取材の肩代わりということである。
そうして武彦が答えを出す前、桂は数枚のパスポート券をテーブルに置き帰ってしまった。最初からこの話に拒否権など無かったということだ。
「まっとうな探偵としての宣伝にはならないだろこれ……」
先ほどまで桂が座っていたソファーに投げかける言葉は力なく、武彦は項垂れる。
「…兄さん、遊園地行くんですか?」
やがて奥から控えめに出てきた零が武彦の背中に問う。そんな彼女に、武彦は顰めていた顔を戻すと振り言った。
「…………あぁ。何人か誘って遊びに行くか」
その日彼女は久方ぶりにアルバイトを探し、草間興信所のブザーを押していた。
少しした後ドアが開けられ、なにやらご機嫌な零が迎えてくれる。
「こんにちは、零さん、草間さん――って?」
入り口から武彦が座っているであろう机に目を向けるが、そこに彼の姿は見当たらない。
「その声は…みなも、か」
しかし唐突に声が聞こえたかと思うと、ソファーの影からひょっこりと武彦のものらしき手が覗いた。どうやらソファーに寝そべっているらしい。暇の表れかもしれないが彼女――海原・みなも(うなばら・みなも)はその様子に表情を曇らせる。
「はい、そうですけど……草間さん、もしかしてお疲れですか?」
「あぁ、だがそうも言ってられない。とりあえず中に入れ。寒くてしょうがない」
確かに室内はなぜか外気と同じくらい異様に寒い。けれど、部屋にはほのかに茶の香りが残り、少し前に来客があったことを想像させた。それが依頼人なのか、同じよう仕事を求めに来た者なのかは定かではないものの、草間の言葉から仕事があるのは定かなようで。
「お仕事、ありそうですか?」
そう問えば武彦は頷き、ソファーへと案内された。
遊園地に現れると言う少女の話を聞き、みなもは当然引き受けることを決める。
すると部屋の隅に佇んでいた零が笑みを浮かべた。何かと思いながらも微笑み返せば、それに気づいた武彦が言い忘れていたと付け足す。
「あぁ、そうだ。今回は零を遊ばせるような意味でも一緒に連れて行くから、解決した後時間があれば一緒に遊んでやってくれ」
それが零の様子がいつもと違う原因だったようだ。もちろんこの話も断る理由がない。まずは事件の解決、その後その楽しい依頼を引き受けようと考えた。
そして聞けば、既に数名の協力者が居るらしい。集合は次の土曜、遊園地前の駅前広場と聞かされた。
「晴れるといいですね」
「はい。…楽しみです」
最後、零と顔を見合わせるとみなもは興信所を後にする。調査を行う面でも晴れているほうが動きやすいのはあるけれど、せっかく遊園地を楽しむのならば今日のような晴天が良いに決まっている。そう考えながら思わず空を仰いだ。
□□□
土曜の早朝。絶好の遊園地日和といわんばかりのその日。集合場所には武彦に零、みなもは勿論のこともう二人の姿があった。
「おはようございます、今日は宜しくお願いします」
と、まずはみなもが頭を下げる。
「これで全員か? とりあえず少女が現れるという場所に一度行ってみよう。いくつか確認したいこともある」
四人を見渡した物部・真言(ものべ・まこと)は、そう言うとこの場からでも遠目に見える遊園地の入り口に目を向けた。
それにつられるよう、腕を組み佇んでいた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)も同じ方を見る。
「…随分と人が少ない。調べ物には好都合か」
こんな現象が起こる前、開園一時間以上前から行列が出来ていた入場ゲートも、今では遠巻きに待つ人ばかり。それゆえここからでは少女の姿は確認できないものの、ぽっかりと開いた空間から少女がどこにいるかは明らかだった。
「気が乗らないが…俺らも行くしかないな」
そう言い、武彦と零もひとまず入り口まで共に行くことにする。
「ん、思ったよりも居るな?」
駅前から入場ゲートまで来ると視界が開け、真っ先に気づいた冥月が口にした。五人の予想よりも多くの人間が今この場には居る。
「ええ、皆さん彼女を遠ざけて影に固まっているだけみたいですね」
「これは、誰の目にも確認できているということでもあるし、実際あの少女が危害も与えてないということか」
本当にこの場に佇んでいるだけの存在ならば、気にさえしなければ問題はない。ゆえに入場客は減ったと言えど、居なくはなっていないのだろう。加えて、ここに居る者たちは足繁く訪れる熱烈なファンかもしれない。この遊園地に関連しているファッションや、持ち物をあちらこちらに見かけた。
「それにしてもあの方が…本当に霊なんでしょうか……?」
躊躇いながらもみなもはそう言う。誰の目にも見える上、身なりもきちんとしている。言われてみれば確かにまだどこか幼さあるものの、長く綺麗な黒髪とシックな装いが、彼女を実際の年齢よりも大人に見せているようだった。つまりパッと見は、どこにでもいそうな少女の姿だ。
「間違いなく霊だ、ほら――」
「確かにすり抜けたな」
冥月が言うや否や、ふざけ走り回っていた小学生が二人、彼女に気づかぬままその場を走り抜け、真言も頷いた。しかし子供はもちろん、周りも一切動揺を見せない。皆あの存在を見て理解した上でここに居る。その光景がまるで不自然に思えた。
「話どおりずっと時間を気にしているようだが、やはり誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか?」
「……想像の範疇は抜けないな。名前など聞きたいところだし、行こう」
足早にゆく冥月の後斜め後ろに真言、後ろにみなも、その隣に零、その後ろに武彦と続く。
「果たして話せるかどうか……言葉が聞こえればいいがな」
「零ならば可能じゃないか?」
真言の懸念に、冥月はそう返しながら零を振り返り言った。
「え?」
思わず零の歩みが止まり、武彦も歩みを止めると眉を顰め冥月を見る。
「おいおい、あまりこき使ってやるなよ」
「可能なら少し話をさせるだけだ、心配するな」
そうして五人は彼女の前で足を止めた。周囲が多少ざわつくものの、それも数分経てば視線すらなくなることとなる。その数分というのが、五人が順次声をかけてみた時間だった。最後に零が呼びかけてはみるものの、返答はおろか視線すらこちらに向くことはない。
「反応、ありませんね?」
「私たちが見えてないわけもないと思うのだが」
「よほど時間を気にかけているか、居たのかもしれない待ち合わせ相手にしか反応しないのか?」
彼女はただずっと時計に目を落とし、時折正面を見据えては、再び俯いた。
「確かに壊れた時計をつけますけど……お洋服は綺麗なのに、これだけがまるで事故にでもあったような、不思議な感じですね」
じっくりと少女を観察していたみなもは、時計だけが汚れひび割れていることに気づく。
「と言うよりも、時計だけがまるで実物――のような? 動かない時計で一体何を見ているのだろう……」
実際対面し、やはり彼女が誰かと待ち合わせをしているような素振りは確認できたものの、話が出来ないようではこれ以上事態を進めようもない。
武彦が後ろで落胆の様子を見せるのとは逆に、三人は今後の動きについてを簡単に話し合った。事前の情報と、実際見た材料から皆考えることは同じで、まずは彼女の素性を調べることが第一とされる。
そのためにも周囲に軽い聞き込みを行った後、それを元に近くの図書館で新聞記事を調べることで考えは一致した。いずれも、彼女がここで誰かと待ち合わせをしていたものの、ここに来る途中事故にあった――と想定してのものだ。
「俺は遊園地の管理者に、近年この付近で事故やトラブルがあったか聞いてみようかと」
「断片的にでもここで何か手がかりがあれば、この後図書館で闇雲に新聞を調べず済みそうですね。あたしは周囲の方々に少し聞いてみます。常連さんなら何か知ってるかもしれませんし」
「なら私はこの周辺に住む者を当たるか」
それぞれ場所と話を聞く人間を完全にばらけさせると、当然ここに残るという二人が居るこの場所に再度集合で話はまとまった。時間は開園時間頃。それは一時間後と迫っていた。
「さてと……」
みなもはざっとあたりを見渡し、おおよそのグループ確認をする。今この場にはカップルや友人、家族に集団と、様々な来園者が居た。
その中で常連と思われるグループから順に声をかけていくことにする。おおよその人間は、先ほどまでみなもたちが少女の霊を調べていた光景を見ていたため、彼女をなんとかしに来た集団ということは認知していたようで、みなもが問えば知りうる限りのことは教えてくれた。
「年パス持ってるからよく来るんだけど、彼女いつも居るよ。それこそ天気の悪い日も。最初は怖かったけど、誰が何しても害がないからもう気にしてないけどね」
「いつも居るけど、朝出てくる時間は不定期だよな。居なくなるのは決まって閉園と同時。ゲートが閉まると、決まって時計を見ながら哀しそうにフッて消えてくんだ」
年間パスポートを所持し、月に何度か足を運んでいるという者たちはそう語る。
そして聞き込みのグループを変えると、思わぬ情報が入ってきた。
「わたし、去年も二度くらい彼女見かけましたよ」
「去年、ですか?」
思わず聞き返す。それは最近のことなのか、それとも半年か、一年前なのか。彼女は園内パレードなどの記憶からすぐさま答えを出してくれた。
「確か――最初は一月の中旬位。その時は今と少し違ったんですよ。まず姿がはっきりしてなくて、時間も気にしてなかった。そもそもあんな腕時計してなかったかも?」
「時計を…してなかった?」
「次が二月のどこか…その時はもうしきりに時計を気にしてた。その後しばらく見かけなくて、今年同時季に再来!みたいな。この時季に未練でもあるのかな?」
最後に笑いながら首を傾げた女性に、みなもは「どうでしょう」と思わず曖昧な笑みを浮かべる。
「ご協力ありがとうございます」
ひとまずこれだけ聞けば十分かもしれないとみなもは立ち上がり、ふと辺りを見渡すと一人の男性と一瞬だが目が合った気がした。そういえばこの中で唯一独りで来ているらしき者だ。帽子を目深に被りサングラスまでかけているものの、確かに目が合ったと感じたのは、その瞬間彼が俯いたからだった。
「あの、良ければお話を聞かせてもらっ――」
「……あまり、彼女に関わらない方がいいんじゃない?」
近づき声をかけた瞬間、彼はみなもの声を遮りながら立ち上がり、足早にその場を去ってしまう。
「えっ…? ぁっ……」
「あの子、女の子の噂が広まってからこの場所に通ってるよ。たまに平日も居るみたいだから大学生? 園内で見かけるのは月一回くらいで、閉園時にもこの辺りでよく見かけるけど。なんだろうな」
「そう、なんですか」
聞いてもいないのにそんな情報を与えてくれた者は、そのままグループの連中と再び話を始めてしまった。
男性が走り去った方向に目を向ける。既にその姿は見えず、代わりに武彦と零の不思議そうな表情が目に入った。
□□□
開園時刻少し前に三人は武彦の元へと戻り、まずは各々が得た情報を共有することにした。
「俺は遊園地側がデータ化した資料を貰ってきた。これによると彼女は去年の一月中旬に一度、二月下旬頃の数日間現れ、三月には消え、今年の一月中旬再び現れたと」
「昨年から…? 長期に渡り消えていたのが、今回再び現れていたのか――」
口元に手を当て、考えるよう冥月は呟く。すると、真言の情報に続きみなもが口を開いた。
「あたしの方でも時期証言は似たようなものが取れてます。それに加えて、当初は姿がはっきりしてなくて、時間も気にしていなかった。そもそも腕時計もしていなかったかも、と」
「腕時計をしてなかったって、ならあれはいつの間にどっから?」
言いながら、真言は思わず彼女の方へと目を向ける。しかし彼女は周りの様子など見えないよう、依然として時間を気にしたまま。何の変化もない。
「とりあえず時期的な面では確定だな。少し離れた沿線の駅近くで昨年、長い黒髪の女子高生が事故にあったことが分かった。一月十七日、時刻は午前九時頃。新聞にも載ったらしい」
つまり、その事故を当たってみるのが確実だというのは明らかだった。
「その事故から彼女のことを調べてみましょう。これだけ絞り込めればすぐに見つかるはずですし」
事故の場所も特定出来てるだけに、無闇に地方紙を探す必要性もなさそうだ。
「朝ということはその日の夕刊か、遅くとも翌日の朝刊か」
「――という事だが、草間は?」
一応共に図書館まで行くのかどうかの意味合いで冥月が問い、真言とみなもも武彦と零の方を見た。
「あ? 俺らは中入ってるから。用があれば…というより、出来れば解決した後で連絡してくれ」
武彦はそう言いながら三人にパスポートを手渡すと、佇む彼女とは十分すぎる距離をとって避けながら、零を引き連れ遊園地の中へと消えていってしまった。
図書館は日曜ということもあり、多くの人が訪れている。
あいにく新聞のデータ化はされていなかったものの、事故があった日とその翌日の新聞に限定し、全国紙と事故があった付近の地方新聞をかき集め、ソファーに座ると手分けして次々とページを捲っていく。
冥月と真言は難航の色を見せていたが、黙々と地方紙を捲っていたみなもは唐突にその手を止めた。
「――ありました、きっとこの事故です」
そう指した記事は地方紙の中でも更に小さい記事だ。
「あぁ、日時に場所、ひき逃げと状況が一致する。少女は事故当時意識不明の重体。この先どうなったかは見る限り不明、か」
「県外から卒業遠足で、遊園地に行く途中事故にあったようですね。名前は――」
「っ…、この子……まさか?」
みなもが名前を読み上げる前、真言が思わず声を上げる。一体どうしたのかと二人の視線が注がれるが、彼は神妙な面持ちで、しばし沈黙を守った。そしてようやく顔を上げたかと思うと同時、ソファーから立ち上がる。
「一度外に出る。……すぐに戻る」
短くそれだけ言うと、真言はあっという間に館内から出て行ってしまった。
「どうしたのでしょう?」
「あの様子だと名前に反応したか?」
明らかに何か心当たりがあり、それをあたりに行ったのかもしれない。すぐと言うからには、電話で済む程度のことだろうと予想する。
もしかしたら真言が何か情報を持ち帰ってくる可能性はあったものの、試しに事故後数日分の新聞も捲ってみた。が、この続きになるような記事は見当たらない。その代わり、スポーツ新聞の一角に『遊園地で心霊現象』という見出しの記事を見かけた。内容は単純に面白おかしくまとめられた記事ではあったが、掲載されていた写真にみなもが首を傾げる。
「この方?」
ゲート付近が写された写真は白黒だし、そこまで鮮明ではないけれど。
「さっき、彼女を気にしているかもしれない男性と少しだけ接触しました。関わるな、と言って立ち去ってしまいましたけど。その方に雰囲気が似ているような」
写真に写る人影を見て、なぜか不意にそう思い当たった。
「彼女を気にして? そう言えば、彼女の身内らしき男性が事故現場をうろついていたという話も耳にしたが」
「同一人物でしょうか……何か知っている方なら、また会えたなら――」
そこまで考えたところで、早足で真言が戻ってきた。
「彼女の正体が分かった」
真言は戻るなり早々にそう言い、今しがた知り得た情報を伝えてきた。
彼女――鷹木・卓美(たかぎ・たくみ)は、真言が接触した遊園地関係者の娘であり、現在も存命である。しかし、意識は戻らないまま近くの大学病院に入院中。
卒業遠足で友人や恋人と遊ぶのを楽しみにしていたものの、当日向かう駅を間違え、急ぎ遊園地に向かう途中事故にあったと推測されている。
当然父親自身彼女の霊と向き合ったものの反応はなく、友人たちにも反応はない。当時付き合っていたという男性は消息不明らしい。
「付き合っていた男が居るのならば、やはりその線が濃そうだな」
「何か心当たりでも?」
わずかに首を傾けた真言に、二人は彼女に関わる男の話をした。
「――案外、関係者はごく近くに居るものなのかもしれないな……その二人、同一人物かもしれない」
断定は出来ないものの、関わるなと警告してきた言葉から、男自身が何か関わっている可能性が高い。
目撃証言から彼はまれに園内で見かけられることもあり、閉園時にもゲート付近に居るらしいことも告げた。探せば近くで見つかるかもしれない。
三人は一度遊園地へ戻ることにした。
「なんだ、まだ解決してないのか」
「自分は何もしてないくせに、どの口がそんなことを」
開口一番そう言った武彦の顎を下から掴み、あまり表情は変えないまま彼の口を窄ませた冥月に、真言もそれほど表情を変えないまま「まぁまぁ…」と宥めに入る。そしてその光景に躊躇いながらもみなもが武彦に結果を伝えた。
「彼女の身元は分かり、手掛かりを持っている、あるいは探すべき方も目星がついたのですが、どこにいるかが…」
「草間さん、園内を独りでうろついているような男、見ませんでした? 多分そんな男が居るはずなんですけど」
零は今メリーゴーランドを楽しんでいる。その前のベンチに座り見守る武彦に問えば、「こんな場所に独りでだ? そんなもの好き――」と武彦は即座に一蹴しようとするが、何か思いとどまったのか、ふと言葉を切り目を逸らした。
「そいや、見かけた気もしなくもないが、連れが居なかったとも限らない、な」
「一体どこで見かけた。早く思い出さないと……」
「たっ、確かあっちのフードコートに十分くらい前!」
胸倉を掴まれるのではないかと思う前に武彦は時間まで伝えると、丁度こちらへ戻ってきた零に駆け寄りそのまま次のアトラクションへと向かっていってしまう。
レストランは多々点在しているものの、フードコートらしき場所は屋外に一箇所だけ。そこへ向かうと、友人同士のグループや親子、そしてカップルが楽しみながら食事をする中、独り椅子に座る男性を見つけた。丁度連れが居ない可能性も否めないものの、彼を見たみなもは「あの方です」と確信を持ち言う。
みなもが最初見かけた時とは違い、帽子もサングラスもしていない風貌を見る限り、彼はやはり高校生か大学生くらいに見えた。明るい茶色の髪と軽そうな雰囲気が、大人っぽく清純そうに見えた彼女ととても不釣合いにも思える。
「日向(ひゅうが)さんですね」
真言が彼の名を口にすると、彼は一瞬肩を竦めた後顔を上げ、真言の次にみなもを見ると顔を顰めてみせた。
「……何? あんたらまだ関わってんのか」
ぶっきらぼうにそう言うと、三人の反応を待たず言葉を続ける。
「彼女を成仏させる気? そんなことは、許さないから……」
名前は否定せず、三人の動きは把握しながらそれを否定する動きは、彼が彼女に関わる者であることを肯定した。
「それは誤解です」
「あぁ、無理に祓うつもりはない。生きているなら尚更、彼女の願いをどうにかするのが目的で」
「それをどうにかしたら、あそこから消えて死ぬんじゃない?」
頬杖をつきながら、彼は動じることもなく真言をジッと見る。それが何もしない理由であるならば、彼はもう一つの可能性を全く信じていないことにもなる。
「彼女が消えたからといって、それが直接死に繋がるとも限らない。しがらみから開放され、目覚める可能性だってある」
それに、これでは彼女だけではなく彼も囚われているように思えた。
「だから関わるな、と。自らも関わることなく、遠くから見張ってるつもりか」
「生霊でも何でもさ、彼女がそこに居てくれるならそれでいいよ」
冥月の言葉にろくに耳を傾けずそれだけ言うと、彼はテーブル上の冷めたフライドポテトに手を伸ばす。
「どうか話だけでも聞かせてください。あたしたちも全て把握しているわけではないので、このままではこの先の判断が……」
「あんたからの話は、最善の解決のためにきっと必要なものだ」
仮にこの件がアトラスの記事になるのなら、尚更真実は知っておくべきでもある。
三人が口を閉ざすと、周囲の音がよく聞こえた。楽しそうな会話に時折混じる悲鳴。ジェットコースターが近かったのかもしれない。
「…………とりあえず、座れば?」
そう言って、彼は左右の椅子を見た後正面の椅子をつま先でわずかに動かしてみせた。
三人が座った後、彼は手元のジュースに手を伸ばしたもののストローは銜えたまま。飲む素振りは見せず、ただ何か考えているように見えた。三人の考えどおり、彼はストローから口を離すとようやく口を開く。
「あの日、卒業遠足を利用して仲がいいクラスの連中とトリプルデートの予定だった」
集合時間は午前九時。しかしその少し前に彼女から、降りる駅を間違えバスを使うため少し遅れると連絡が入る。後から送られてきたメールには先に中に入っていてくれと書かれていたものの、彼氏としてそれは出来ないと、他の二組には先に入ってもらい、彼は彼女を待つことにした。彼女には、『入り口で来るのをずっと待ってるから、焦らずゆっくりおいで』、とメールをして。
けれどいくら待っても彼女は現れなかった。連絡もつかないまま一時間が過ぎた頃、入れ違いでもあったのかと彼は園内に入ったという。しかし彼女はどこのグループにも合流しておらず、あやふやなまま一日が終わってしまった。
彼女が事故にあったと聞いたのは、その日の晩。家族や学校からの連絡は、遠足中控えられていたらしい。
「ずっと待ってるって言ったのに、約束破って待ってなかったら、今度はアイツが霊になって入り口でずっと待ってるって噂聞いて…どうしたらいいか分からないまま一年が経ってた」
自嘲的な笑みを浮かべ、口を閉ざした彼は俯いた。
「事故現場をうろついていたそうだが、何をしていた?」
「そんなことまで?」と苦笑いを浮かべるものの、おとなしく口を割る。
「アイツのさ…時計探してた。オレがあげた腕時計、デートの時は絶対してるはずで。警察は気づかず見つけられなかった。ようやくかなり離れた場所に落ちてたの見つけて、彼女の病室に届けに行った。数日後には無くなってたけど」
それが腕時計が後日現れた謎の答えかもしれないとみなもは考える。
「それ、彼女の時計が離れた場所から見つかったって言うの、警察には?」
彼は真言の問いに「言ってないけど?」と首を傾げる。
「言ったほうがいいかもしれない。場合によっては、事故が離れた場所で起きていた可能性もある……洗い直し場所を少し変えれば、目撃証言が出るかもしれない」
「確かに。あの駅から遊園地方面行きのバスはなかったはずだった」
冥月の一言に、彼は弾かれたよう顔を上げた。まるで、今からでも走って行きそうな。
「あの…多分、ですけど――」
その動きをみなもが言葉で制止させた。
「彼女は…卓美さんは、日向さんのことを怨んでなんていませんよ。恋人同士だったのなら尚更です。だから、どうか会うのを躊躇わないでください」
実際彼は椅子を立ち、その勢いで椅子は後ろに音を立て倒れる。周囲の注目を浴びはするものの、彼自身が椅子を戻せばそれは一瞬のことで終わった。
「彼女の表情は見ているだろう? 哀しそうではあるが、それは多分待ち人が居ないからであって。それほど想われていると気づいた方がいい」
左右に座る女性二人からそう言われた彼は、かなり畏縮したように見える。そんな様子を正面から見ていた真言は、ふと。
「さっきから思ったんだが、もしかしてあんた彼女以外の女が苦手な――」
「なっ……分かった、分かったから……そこまで言うなら責任とってついて、来てくれ、よ…」
あからさまな動揺を目の当たりにし、思わず苦笑いや失笑を浮かべるものの、どうりで冥月とみなもには反応や対応が悪いわけだ。多分、どう接すればいいのか分からないだけなのかもしれないが……。
ゲートまで戻ると、再入場スタンプを押してもらい外へと出た。彼女は相変わらず同じ場所に居て、今この場からは後姿が伺える。
今まで彼は、ここに佇む彼女のことをしっかりとは見てこなかったらしい。それゆえ彼女も、長い間近くに居た彼の存在に気づけなかったのかもしれない。
立ち尽くす彼にこれ以上言葉を掛けることはなく、ただ誰からともなく最後の後押しをした。
そうして彼が彼女の名を呼んだ瞬間、振り返った彼女の顔に生気が戻った――というには多分語弊があるものの、確かに表情からは哀しみが消え、その眼に光が射した気がする。
「やっと、来てくれた。でも、なんで後ろから? それに、その人たちは?」
「ようやく私たちが見えたようだな」
今更ではあるものの、思わず安堵の息を吐く。
「まぁいいや。そうそう、まず時計ね、探してくれてありがとう。壊れて時間は分からなかったけど…これがあったから、ずっと待ってられたよ」
「時間を気にしていたというより、彼からの時計をずっと見つめていたのでしょうか」
そして彼の「ここで何をしているんだよ」という問いに対し、彼女は去年果たせなかった遊園地デートをしたかったとだけ言った。たったそれだけのことでも、彼女にとっては高校生活最後の思い出作りでありとても大事なこと。
彼自身がもっと早く向き合っていれば、何事もなく早期解決していた事例ではあるものの、これでようやく彼女の願いは叶えられたのかもしれない。
「これで解決、でしょうか?」
「多分。もう彼女があそこに留まる理由はないだろう」
「結果は今日の閉園か明日の開園、を待てか。とりあえず草間に報告しに――」
そうして再び園内に入ろうとした三人の目の前、彼と彼女が共にゲートをくぐった瞬間、彼女の姿だけが掻き消えた。
彼にその感触はなかったけれど、繋いでいたはずの手が、彼女を求め宙を掻く。
その場に崩れ落ち、思わず駆け寄ろうとしたみなもの肩を真言が掴み止めた。冥月も首を横に振り動向を見守れば、彼は一度拳で地面を殴ったかと思うとすくりと立ち上がる。
そうして三人を振り返ると一礼して見せた。上げられた表情は出会った時より晴れていて、こうしたことは無意味でも、悪いことでもなかったのでは、と思わせる。
しかしホッとしたのも束の間、四人の近くで「なんだって!?」と声が上がった。見れば男が携帯電話で誰かと喋っていたようだ。男と眼が合った真言が問う。
「…鷹木さん、どうかしましたか?」
「娘が――卓美が、意識を取り戻したそう、です」
□□□
事件解決後、みなもはそれまで独り遊んでいた零と合流した。武彦から与えられたのか、零はなにやら耳のついたカチューシャをしてご機嫌だ。すると武彦が「後は頼む」と言ってはふらりと姿を消してしまう。
多少困惑しながらも、朝からずっと遊び続ける零に付き添い続けていたのだからしょうがないのかもしれない。二人とも保護者が居なければ何も出来ないような子供でもなし、折角与えられたこの機会を楽しむことにした。
「えっと…さっきはメリーゴーランドに乗ってたみたいだし、他にももう色々遊んでると思うけれど……何に乗りますか?」
「出来る限り全部行きましょう」
「え?」
零の言葉にみなもは困惑するものの、続く言葉に思わず笑みを浮かべる。
「独りで楽しむより、誰かと楽しんだ方が、きっとまた違う楽しみ方が出来ますから」
それから二人は穏やかな乗り物から絶叫系まで順番に消化し、パレードに土産物の買い物と、遊園地を楽しんだ。
そうしてナイトパレードまでもすっかり楽しむと、心地よい疲れを抱きゲートへ向かう。恐らくそこで武彦が零を待っているはずだった。
しかしゲート付近に武彦の姿はまだ見当たらず、当然そこにあの彼女の姿もない。
ただ、彼女の姿がないからといって周囲が変わるわけでもなかった。まるで最初からそんなものは居なかったかのように、気にも留めず岐路に着く。それが少し可哀想と思いながらも、彼女は望みを叶えることが出来、永い眠りから目覚めもした。彼女の容態は気になるものの、彼はきっともう苛まれずに済む。そう考えれば何も悪いことはないだろう。
「――みなもさん?」
想いに耽っていると、隣の零が顔を覗き込んできた。
「あっ、はい?」
「今日はお疲れ様でした。そして、最後までありがとうございました」
外灯に照らされた零の表情は、喜びで満ち溢れている。遊園地という場所は、こういう表情で去っていくべき場所だ。彼女だって最後はそうだったはず。
だからというわけではないものの、みなもも零と楽しんだ半日を思い返し、自然と笑みを浮かべた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう告げると同時、園内で花火が上がり始め、帰ろうとした者たちが足を止め振り返り見る。
勿論二人も仰ぎ見ると、その光景に思わず歓喜の声を上げた。
一年間の意識不明という状況でありながら、眠りから覚めた彼女は言語などに障害もなく、精密検査の結果からも、眠り続けた一年以上の体力を取り戻すことが最重要課題らしい。遊園地に通い続けていた記憶も残っているらしく、病室に飛び込んできた父と日向に向かい「わたしってなかなか健気じゃない?」と笑ったそうだ。
腕時計の落ちていた場所と彼女自身の証言から、事故は彼女が発見された場所から離れた場所で起きたことが判明し、新たな検証が行われている。
そんな二人の話が結果的に月刊アトラスの大々的な特集記事になることはなかったものの、巻中カラーに感動枠として掲載されることになった。知らせるべきは、遊園地にもう彼女は現れなくなったという点ゆえ、二人に関する詳細までは書かれていなかったものの。
見本誌を読み終わった武彦は、本を音を立て閉じるとテーブルの上に放り投げた。
「――……結局うちの名前は書かれてないじゃないか!」
「あ、忘れちゃったみたいですね」
載せたら載せたら多分怒るくせに――と内心思いながらも、桂はそう軽く言ってのけ「次回ちゃんと載せるよう、言い聞かせておきます」と、本を放り投げてきそうな勢いの武彦に微笑み消えた。
行き場のない怒りを込めた拳をジッと見つめていると、奥で大人しくしていたはずの零が手に何かを持って走ってくる。
「兄さん、兄さん」
「なんだ? ……土産の皿に土産の菓子を乗せたのか」
「はいっ。とっても可愛いです」
零は遊園地に満足したらしく、今でも時折持ち帰った耳をつけたり土産物を眺めてはご機嫌だ。
「……まぁ雑誌も来たことだし、あの三人も呼んで茶にするか」
そう言いながら、武彦はゆっくり電話に手を掛けた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
[2778/ 黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒]
[4441/ 物部・真言/男性/24歳/フリーアルバイター]
[1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生]
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、李月です。この度はご参加有難うございました。無事最良の結果での解決となりました。お疲れ様です。
今回キーパーソンとなるべく人物が各所に散らばり、行ける場所も多々ありました。調べ物、調べ方の方向性としては皆さんいい方向に似偏っていたのですが、その中でちょっとした方向性の違いと考え方、能力などにより上手く各々良い情報を掴んでこれたのではと思います。
少女は怪奇現象的意味での意識不明、昏睡状態に陥っていたため、開放され目覚めたときは、本当にただ長い睡眠(夜)から目覚めたと言った様子。彼女は体力が戻ったら、再び彼と遊園地に行くのではないでしょうか…。
個別部分がかなり多く、情報共有はしていますが、実際何が起こっていたかは、お時間があればそれぞれを見ていただけるとよく分かるかと思います。共通部分も、ごく一部ですがPCさんによって表現があったりなかったりちょっと違ったりとなっています。
少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。
【海原・みなもさま】
みなもさんでのご参加を遡ったら実に…ご無沙汰でしたが、ありがとうございました。
冒頭の興信所に関しては、確実に一悶着ありました。興信所を訪れたのは、登場人物順です。
正攻法な地道な調べ方と着眼点、みんな幸せの気持ちが様々な方向に上手く働き、二人と上手く情報共有が出来たかと思います。彼女の彼氏は彼女以外が苦手という面もありましたが、確実に気持ち押されされた面がありました。
最後は勝手ながら少々零にお付き合いいただきました。
それでは、又のご縁がありましたら……。
李月蒼
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