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<東京怪談ノベル(シングル)>


うっかりさん

 悪魔の少女と暮らすようになって数日。それまでの間、セレシュはいつもと変わらず鍼灸院で仕事をしながらも、少女を甲斐甲斐しく世話をしていた。
 少女もまたそんなセレシュに対してすっかり警戒心も敵対心もなくなり、彼女の手の届かない家事などを積極的にこなすようになっていた。
「仕事や!」
 そんなある日、鍼灸院のお昼休みで家へ帰ってきたセレシュは一枚の紙切れを手に戻ってきた。
 少女は頭に三角巾を巻いてエプロンを着け、手には掃除機を持ったままそんなセレシュを見た。
「仕事?」
「そや。忙しいなるで!」
「……」
 セレシュはニコニコと微笑みながらそう言った。

     ****

 その晩。夕食を終えてからセレシュと少女は鍼灸院の地下にある工房へと足を運んでいた。
「あんたの担当はこれや」
 セレシュは少女に小さなアクセサリーを手渡した。
「これだけ?」
「ちゃうちゃう。まだまだあるんよ。これはほんの一部。今日中にこなすんは、あそこにある分全部」
 セレシュが指差す先には中くらいのダンボール箱が一つ長テーブルの上に置かれている。
 少女がその箱を覗き見ると、先ほど手渡された小さなアクセサリーが小袋に小分けされて入れられ、中にギッシリ詰まっていた。
「え……。これ全部?」
「そや。結構出るんやで」
「出るって……。こんなに沢山無理だって」
「無理やない。出来る。それに、受諾しといてやっぱり無理でしたなんて言えるわけないやろ」
「え〜……」
 もうちょっと考えて受諾してよ、と言いたげに少女がセレシュを見ると、セレシュは涼しい顔で微笑んでいる。
「言っとくけど、あんたが来る前はこれより少ないとは言え、うちが全部一人でやっとったんやで。あんたがおるからこれだけの量は捌けると思ったんや。何も考えんと受諾した訳やないで」
 少女の訴えてくる思いをすんなりと読み取ったセレシュに、少女は大きく溜息を吐くしかなかった。
「分かったわよ……」
「よっしゃ。ほんなら早速始めよか。うちが創る術式に沿って、あんたが魔力を込めてくれればそれでええからな」
 そう言うとセレシュはダンボールからアクセサリーと取り出すと、その内のいくつかを丁寧に小袋から取り出し、テーブルの上に並べた。そのアクセサリーの上部にセレシュが手を半円させると、不思議な語源のようなものが描かれた淡く黄色く光る魔法陣が浮き上がる。
「うちは防護のお護りを作らなあかんから、この術式が出来上がったらあとはあんた一人でやってな」
「防護のお護り?」
「せや。特別仕様のワンオフ品!」
 得意げに笑いながら術式を完成させると、あとは少女にバトンを渡す。
 それから黙々と二人で作業をしていたが、ふと少女が疑問に思ったことを口にした。
「あのさ。セレシュは鍼灸院やってるんでしょ? そこそこお客さんも来て儲かってるみたいだし、別にこんなのやらなくてもいいんじゃないの?」
 その質問に、セレシュは顔を上げる事無く作業しながら答えた。
「そう思われてもしゃあないかもしれんなぁ。でも、あれや。研究兼資金集めでやってるんよ」
「資金集めって……、もしかして実は鍼灸院で儲かってないの?」
「あー! 失敗してもうたっ!」
 突拍子もない発言に、思わず手元を狂わせたセレシュは声を上げる。
 セレシュは大きな溜息を吐きながら、後ろ頭を掻き困ったように笑いながら少女を見た。
「あんた痛いとこついてくるなぁ。言うとくけど、別に鍼灸院が儲かってないわけやないで。けど、研究資金てのはぎょうさんお金がかかって、鍼灸院だけの金では回らんねん」
「ふ〜ん……」
「もう、そんなんええから、はよ作業しよ。あんまり手休めとるといつまで経っても寝れへんで」
 そう言うと二人は再び黙々と作業をし始め、それは深夜までかかったのだった。

   ****

「もうアカン……。精魂使い果たしたわ……」
 ぐったりと疲れきったセレシュは、唸るように呟く。
 少女と共に部屋に戻ってくるや、セレシュはそのまま着替えもせず自室のベッドに崩れるようにして倒れこむ。
 眼鏡を外し、目の下にクマを作ってこじあけられそうもない瞼を閉じていると、一瞬で眠りに入れる。
「セレシュ。着替えないと……」
「アカンて。もうアカン。悪いけど、朝になっても起きられへんかったら起こしたって……」
「セレシュ」
「……」
 少女の声かけにも応じる間もなく、セレシュはスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠り始めた。


 翌朝。朝食の時間になっても起きてこないセレシュに、少女は言われた通り起こす為に部屋にやってくる。
「セレシュ。朝よ」
「……」
「セレシュってば」
「……」
 肩に手をかけユサユサと体を揺すってみるも一向に起きる気配がない。
 少女はもう少し強めに体を揺すり、大きな声で声をかけた。
「セレシュ! 朝っ!」
 すると、小さく身じろぎをして薄っすらと目を開いたセレシュに、少女はホッとしたような顔を浮かべる。だが、次の瞬間ゾッとした。
 薄ぼんやり見開いたセレシュは、自分を揺り起こす少女と視線がかち合った。その瞬間、少女の足元が鉛のように重たくなり、すかさず視線を足元に下げると足場から徐々に石化しはじめていることに気が付いた。
「え?! ちょ、な、何?! 何で?! セレシュ! セレシュってば!」
 大慌てでセレシュを振り返るが、その時にはすでに彼女は再び目を閉じ布団を胸に抱いた状態で気持ち良さそうに眠ってしまっていた。
「ええええ!? 何でまた寝ちゃうのよ! セレシュってばっ! 起きて!」
 うろたえて先程よりも激しくセレシュの体を揺すぶるも、セレシュはまったく起きる気配がない。
 少女は困り果てた様子で体が動く限りセレシュを叩き起こすも、あえなくそのまま完全に石化してしまい、セレシュの上に圧し掛かるのだった……。
「う〜……ん……」
 セレシュは眉間に皺を寄せ、自分に圧し掛かる重さに目を覚ました。
 ムクリと上体を起こし、自分の足元に倒れている石像に目を向ける。そして何度も目を瞬かせながらその石像をマジマジと見つめる。
「……あれ? こんなんあったやろか……?」
 寝ぼけ眼でそんなことを呟きながら、石像の表情やポーズ、状態をよくよく見つめた。
 どう見てもうろたえ、何かを訴えるようなポーズ。着用している衣服にも見覚えがある……。
「あ!?」
 セレシュはそれが少女であると認知すると、大急ぎで眼鏡をかけ、壊れた衣服を直して彼女の石化を解いた。


「もう、酷いよ」
「ごめんな〜。ほんまゴメン」
 リビングに戻り、朝食を食べながら拗ねてしまった少女にセレシュは平謝りだった。
「うちの目、眼鏡を通さんで直接見みると石化してしまうて、言うの忘れとった。ほんまゴメン」
「む〜……。別に……もう、いいけど……」
 少女にしてみれば、ここに来てから良くしてもらっている為、これ以上文句を言えるはずもなくセレシュを許すのだった。