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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ゆるふわ美少女の憂鬱

 静寂広がる宵闇令堂に、一人の客が訪れた。
「……お店、まだやっちる?」
 ふわふわとしたウェーブヘアを揺らしながら、可愛らしい少女が戸口から中を覗き込む。
「はい、営業中ですよ」
 絢斗がそう答えると、柔らかい声音で『そんなら、お邪魔するけんね』と店内へ足を踏み入れた。
 その少女は物珍しそうに店内を見渡しながら、おー、と歓声を上げていた。
「あれ、学生さん? 歓迎するけど、未成年に酒は飲ませないからね?」
 ただでさえ客のいないバー。口うるさいことは言いたくないが、流石に絢斗も摘発されたくない。
 申し訳ないけどと先にくぎを刺しておいた。
 しかも件の少女は、この辺では見覚えのないセーラー服を着ている。
 近くに引っ越してきたのか、悩みを持っているから令堂に呼ばれたのか、はたまた少女の九州弁らしきものからして、修学旅行生か……。
 くるくる変わる表情もさることながら、若い男の子が好みそうな風貌である。
 きっとモテたりするんだろうな、と、年頃の男子的な思考で観察する絢斗。
「ひゃ〜……バーって、こんなハイカラやねんね」
 その『モテそうな女子』――綾鷹・郁(8646)は、見た目は今時なのに、どうにも古風な単語を使っている。
「ハイカラ? 超イケてるとかじゃなくて?」
「なん言うてるん? ハイカラの事をイケてる、言うの?」
 真面目な顔でそう聞いてくる郁。
 絢斗も、あまり『ハイカラ』の意味をよく知らないため、口元を手で覆って、さあ? と気弱に呟いた。
「……で。そんなハイカラさん、何飲むの?」
「ハイカラさんだなんて、昔を思い出すわぁ〜。
あ。そんな顔せんで。私、郁ちゃん♪ 別府生まれの別府育ち☆」
 割と軽いテンションでの自己紹介に、いつもは人をからかう絢斗も謎のパワーに圧倒されつつある。
「今日は21世紀の社会勉強に来たんよ。
郁が担当する時代やけん、不勉強やあかんけん」
「話がよく見えないんだけど、まぁ、いろんな人がここには来るから……別に深く聞かないけど」
 深いこと聞いてもええんよ、とくすくす笑った郁。
メニューを見ながら、焼酎ないん? と訊ねてくる。
「焼酎? だから、君未成年――」
「郁、戸籍上は成人しとるけん。お酒は大丈夫な筈よ!」
 ためしに年号を聞いてみると、確かになるほど、安心の……ばーさんである。
「……身分証は?」
「ゴチャゴチャ言わんでん! 焼酎はよ出せんね!」
 もどかしいやり取りに、郁が頬を膨らませてカウンターを軽く叩く。
 絢斗も肩をすくめてから、やり取りを微笑ましく見つめている黒いドレスの女性……寧々に目を向けた。
「いいわよ。出して差し上げて」
 オーナーの許可が出たので、絢斗は酒棚を見渡し、奥のほうに置いていた麦焼酎を取り出した。
「麦か米しかないけど、いいですか?」
「よかよ! 郁は豊後撫子やし、やぱ掛けつけ一杯目は焼酎やね〜」
 目の前に置かれた焼酎入りのグラスを手に取り、ぐいっと一気に飲み干す郁。
「あ、次はバーボンのダブルとモロキュ〜♪ あ、カニカマ一遍食べてみたかとよ!
郁の時代には無かったけん」
「あのね。うち、居酒屋じゃないよお嬢さん」
 調子狂うなあ、と言いながらも、絢斗は冷蔵庫からカニカマやキュウリ、味噌などを出して作り始めている。
「お嬢さんは、この世界の子?」
「あ〜ん、お嬢さん、なんて正直な人やねー?」
 ころころと笑う郁は、寧々の質問に快活に答えてくれた。
 どうやら戸籍だけはこの世界の住人のものだが、とある場所の環境保護局員らしい。
「その保護職員さんは、21世紀が担当で、社会勉強に来た――って事?」
「そげなところね。詳しくは社外秘やけん、言えなかとよ」
 カニカマやモロキューの乗った皿を受け取ると、カウンターに置いて軽く拍手をする郁。
「これ、一回頼みたかったんよ〜! ん、バーボンも美味しい♪ 21世紀のモ〜レツ社員もこんな感じ?」
「何、そのモーレツ社員って」
 言葉の壁は厚い。瀕死語であるこの単語の意味は、20代前半である絢斗には通じないようだ。
「平たく言えば、仕事に一生懸命だった人の事よ」
 もう一人のババ……いや、お姉さんである寧々は知っているようだった。
 ホームなのにアウェーな気分になりながら、絢斗は、イカすチャンネーたちの話には首を突っ込まないようにしようと思いながら、皿などを洗っている。
 寧々と郁は他愛のない話をしながらも、酒をかっ込むペースは落ちない。
 彼女が令堂に来てから2時間もしないというのに、既にボトルを2本も空にしていた。

「……ちょっと、お嬢さん大丈夫?」
「大丈夫。じぇんじぇん!」
 頬杖をつきながら、少し上気して赤みが増した顔のまま、郁は答えるとカニカマを裂いて口に運ぶ。
「郁は喫茶店ん子やったから、好いちょうとか好かんはなかばってん……」
 少し、お国言葉……なのだろうか、方言がきつくなったようだ。
 だが、聞き取れる範囲の物だったため、絢斗も寧々も表情を変えることはなかった。
「あ! せや、ファーストフード、あれは未だ鬼門だわ〜。
こないだ『何処のおばさんのコスプレ?』言われたんよ。も〜ショックで……。
やっぱり振る舞いがおばさんっぽいとね?」
「振る舞いどころか、実際おばさんなんでしょ?」
 めそめそと泣きが入る郁だろうと、絢斗は容赦がない。
「ひどか男ね! こういう時は優しく慰めるべきやろ!
うう、他の男友達かて何時も一緒は勘弁、言いよるしぃ」
 女のしおらしさがないとか勝手なこと言わんと、と泣きながら文句を言っている。
「ご、ごめんな、綾鷹さん。まあ、いつかいいひと見つかるよ」
「みんな、同じこというっちゅうねん!」

 逆効果だったようだ。

 そこに寧々が割って入って、背中をさすってあげながら気を落ち着かせている。
「ありがとね。あなた、優しいです……」
 鼻をすすりながら、寧々にはにかむ郁。
 そうして、一口ブランデーを口に含んで飲み込むと、郁ね、と口にした。

「……みっともない思った、やろ……? 欠陥はあるっちゅう自覚は、その……あるんよ。
やけど……郁の両親は、そら厳しい人やった。
しかも、厳しいまま死んでもうたんよ。
親の愛情っちゅうのもあまり受けられんかった。誰も愛してくれなかった」
 だから、人の愛情や視線を余計に気にしてしまうのかもしれない、そう郁は呟いた。

「寛いだり安らげる場所は……自分で探さなあかんのよ」
 指先でグラスの中に残った氷をくるくると回して、郁はそう結論付ける。
 そうしてこなければ、悲しかったのだ。

「綾鷹さんはそういう生き方だったんだね……俺はさ、実は自分の居場所とかはあんまり興味ないんだ。
でも、生きてる限りは働かないと暮らせないわけで。
そうしていろんな人と関わっていかないといけなくなる」
 とん、と氷だけが入ったグラスを郁の目の前に置き、オレンジ色のリキュールを注ぐ絢斗。
 その上から水を注ぐと、混ぜ合わせてもいないのにリキュールは薄い桜色へと変化した。
「環境が変われば、そこに馴染もうとするから自分の色も変わっていく。
いつも同じでは、暮らせなかったからね」
 今度は逆に氷水を先に作り、同じリキュールを上から静かに注ぎいれると……濃い橙色に変化した。
「だけど、気が付いたら、居心地がいいっていう場所も、やっぱりあるんだよな」
 自分の色に染めたり、染められたり。
 人生経験という点では、ずっと先輩である郁にあれこれ教えることはできない。
 だが、無責任かもしれないが励ますことは、きっとできる。
「……綾鷹さんに、心地よい居場所が見つかるようにと願うよ」
 不思議なカクテルに首を傾げて眺めていた郁は、すっと絢斗の貌へと視線を移動させた。
「鷹崎君……いいとこ、あるんなぁ……。郁、ちょっとときめいた」
「絶大に勘弁してもらうよ」
 ぴしゃりと間髪入れずに断る絢斗へ、郁はコラ、と眉を吊り上げて抗議した。

最後に21世紀の美味しいスイーツとかいうのん食べたい、とかわいらしくおねだりする郁。
有り合わせでいいなら、と、昼間の喫茶店側用アイスをこっそり拝借し、
 濃いめのエスプレッソを添えて差し出す。
「アフォガートっていう、冷たいアイスに熱いコーヒーを注ぐスイーツだよ」
 いそいそとアイスにエスプレッソをかける郁は、
 なんだか茶漬けみたいやね、と言って、絢斗の表情を消させた。
 しかしながら、ほんのりほろ苦く、それでいて甘いスイーツには、美味しいと満足そうに笑った。

-END-


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8646 / 綾鷹・郁/ 女性 / 16 / ティークリッパー(TC・航空事象艇乗員)】

■ライターより

大変遅くなってしまって申し訳ございません。
郁さんをお預かりさせていただきまして、ありがとうございます!
方言美少女の魅力を損なわずに描写が出来ればいいなと思いますが、
郁さんらしさが出ていれば、ホッとします。
今回は機会を与えてくださってありがとうございました!