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<東京怪談ノベル(シングル)>


哀悼と嘘の愛

 西暦2222年。真紅に染まった白夜の下、身を切るほどの冷たい風が吹き抜ける北極点のホテルで、若い気象学者の夫婦が祝杯を挙げていた。
「……あたし、本当に幸せよ」
 そう呟いて涙でうるんだ瞳で柔和に微笑み、手にしていたワイングラスをテーブルに置いた。
 夢にまで見た新婚旅行。ようやく念願かなったと、胸が一杯だった。
 彼女の名は綾鷹・郁。
 郁の夫は、彼女の持参金を研究費に充て、長年淀んだ空気に包まれていた大気の清浄化に成功をした。その清浄の際に使用した赤い藻の影響で、空は青ではなく現在の赤い色に染め上がってはいたが、未来は明るかった。
「ごめんね。ちょっと、席を外すわ」
 郁はそう言って席を立つと、そのままホテルを出た。
 吹きすさぶ風に煽られながら、郁が向かったのは切り立った氷の壁に阻まれたクレバス。そこに棺で眠っている青年の姿があった。
 彼を見送る為にやってきていた参列者達は一列に並び、その青年の前に佇んでいる郁を見つめていた。
 郁は持ってきていた缶珈琲とサンドイッチを棺の前に備えると、先ほどとは打って変わり酷く悲しそうに呟いた。
 棺の傍には墓碑銘があり、そこには「2222年まだ青空があるなら僕は目覚める」と刻まれている。
「……こうするしか、なかったの」
 呟くと同時に、彼女の白い頬に一滴の涙が伝い落ち供え物の上にポタポタと落ちた。
 郁は棺の上に爆弾をそっと置き、手にした着火剤に手をかける。それと同時に参列者達は一同にその場から離れ始める。
「ごめんね……」
 着火剤に火を点け、それを爆弾に向かって投げ郁もその場を離れた。
 激しい爆音が響き、氷の壁がガラガラと音を立て崩れ去っていく。
 郁は涙を光らせ、それを振り切るように後ろを振り返ることもなく帰って行った。

     ****

 21世紀半ば。阿蘇の地では念力で空を飛ぶ術を手に入れたカップルの空中デートで溢れ返っていた。
 当時ロケット工学を闇に葬る役目を担っていた郁は、彼らのように念力で空を舞う者の出現は盲点だった。
 郁はそんな彼らの頭目とこの時親密になり、舞空術の秘密を探る為にこの地に来ていた。その地で、野苺を摘み、清水で腹を満たしていた頭目と郁は牧歌的な恋人同士だった。
 目の前で楽しそうに野苺を頬張る郁を見つめていた頭目の視線は、その背中に向けられる。
 郁の背には翼が生えており、それを見つめながら一つ尋ねた。
「もしかして君も、大気汚染の影響なのかい?」
 突然そう尋ねられた郁は芽を瞬かせながら、小さく頷いた。
「えぇ。あたしの場合は翼が生えたけれど……」
「そうか……」
 頭目はそっと腕を伸ばし、彼女の項を撫でた。そして何かを思いついたかのように郁を真正面からじっと見詰め、真顔で呟く。
「そう言えばその昔、地球に落ちたという愛の原石が在るんだ。これから二人で探そう」
「愛の原石?」
「あぁ。願いを叶える原石さ。行こう」
 頭目に誘われ、手を引かれて郁は阿蘇へと向かった。

 頭目に連れられ、やって来たのは阿蘇草千里の米山だった。何もない広い草原の中に、ぽつんと盛り上がった小山がある。その形はまるでモヒカンのようだ。
「行くよ。見ていて」
 隣にいた郁にそう声をかけると、頭目は瞳を閉じて何かを念じ始める。するとその山が震え、亀裂が走り抜けた。その裂け目からゆっくりと舞い上がってきたのは緋色のUFO……。
「これは……」
 郁は驚いたように目を見開くと、頭目は興奮した様子で彼女を見やる。
「僕は脚本家だ! これさえあれば夢の王国も築けるっ!」
 増長する頭目に、郁は眉間に皺を寄せながら彼を見た。
「あのUFOは、一体何なの?」
「これは周囲数キロの自然を自在に操れる画期的な物体さ」
 興奮冷めやらぬ頭目に、郁は言葉を失う。
「うっ……。ゴホッ……ゴホッ!!」
 突如、これまで元気だった頭目は前屈みになり、その場に膝を着いて酷くむせ返った。郁はそんな頭目の傍に駆け寄り背中を擦ると、彼は脂汗を流しながら彼女を見つめる。
「僕は……、僕はもう駄目だ……。君には悪いけれど、寝て治す事にするよ。2222年にまだ空が青いなら二人で遠足に行こう……」
 そう言って倒れこんだ頭目に、郁は言葉をかけることもなく呆然と見つめるばかりだった。

     *****

 今、郁は見合いの席に座っていた。
 目の前に並ぶ料理と、見ず知らずの気象学者だと言う男性がいる。
 何気ない会話をしながら食事を楽しみ、そして男性がお手洗いに行く為に席を外した後、郁は空を見上げた。
「……空が青くてはいけないのよ。空が青ければ、きっとあなたの暴挙が始まる……」
 郁は頭目の復活をどうしても阻止しなければならないと思っていた。心底愛しているからこそ、復活してはいけない人。
 その為に、郁はヒモと恋に落ちるのだった……。