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<東京怪談ノベル(シングル)>


幻影慕情





 白い砂浜。砂の粒子は実に小さく摩耗され、太陽の光を反射するその白さは実に眩しい。サングラスがなければ目が眩む程だ。その先に映る海は、透明度の高いエメラルドグリーン色をしており、太陽の光をキラキラと反射させている。

 まさにプライベートビーチさながらの光景。そしてそこには、水着姿の男女が日光浴を楽しむ姿があった。

 しかしながらそこには、似つかわしくない黒い正装に身を包んだバイオリニストが隣に立ち、優雅に情緒的な演奏をしている。
 傍らにある軽食が載ったテーブルに手を伸ばした郁は、その《ホログラム》を見つめて優美な一時を堪能しつつも、隣にいる『彼』を見て少々頬を膨らました。

 どうやら彼は上の空な様だ。
 どうしてこんな美女と水着で日光浴をしている最中に上の空になれると言うのか。

 自分の事を美女と称しつつも、その憤りは必然的な物だ。

「せっかく《用意》してあげたのに、つまんない」

 郁が立ち上がり、映像を消し去った。
 先程までのプライベートビーチの様な空間は、立体映像機が作り出したホログラムの一環であったのだ。

「ご、ごめんよ」

 彼は郁に向かって慌てた様に謝罪した。


 ――『人類の未来に有害な発明家を拿捕せよ』


 そんな任務を受けた郁によって籠絡された研究者の男を連れて凱旋中だった郁。しかし彼はどうにも、《あの場所》が気になっているらしい。

 海峡に浮かぶ、一隻の難破船。
 その周囲の海上や空中には重力の因果を無視したかの様にびっしりと浮いている小岩。

 近付いてみようにも、あらゆる力を跳ね返す装置が仕掛けてあるらしく、侵入は可能だが面倒である。故に、郁はそこに興味を抱く事もないのだが、彼はどうやら違うらしい。

 そんな事を考えていた郁と彼の耳に、救難信号を捕らえた効果音が飛び込んできた。
 ご丁寧に、それは今しがた、郁が二人の時間を邪魔されたと考える無粋な難破船から発せられているらしい。

「げぇ……」
「――ッ!」

 面倒くさそうに声を漏らした郁と、それとは対照的に駈け出した男。

「ちょ、ちょっと!」

 一目散に走っていく彼を見つめて、郁は呆然として伸ばした手で虚空を仰いだ。
 置いてけぼりにされた、という事実に気付くには少々の時間が必要だった。

「もうっ、なんなのよっ!」

 ようやく我に返った郁は、「任務対象に逃げられた」という事よりも、「男に置いてけぼりにされた」という事に対する感情――つまりは怒りが沸いて走り出す。





◆◇難破船◇◆





 男をとっ捕まえながら、救難信号に発せられた難破船内部へと入り込んだ郁は、やはり置いていかれた事に対する怒り心頭なご様子である。
 ぷりぷりと頬を膨らませながらも、男を連れて調査に歩く郁は艦橋へと向かって足を進めて行く。

「……手遅れだったみたいね」

 仰々しいとすら思える程の立派な艦橋。そして、そこにあった通信機に突っ伏して事切れている一人の遺体。どうやら救難信号を出したまま息を引き取った様だ。

「可哀想に……。もう休んで……」

 そう小さく声をかけて通信機の電源を落とした郁に、男は「そんな事よりさ」と声をかけた。
 人の死を「そんな事」と称した男に、「そんな言い草!」とキッと睨み付ける様に男を睨んだ郁。
 研究者にカテゴライズされているこの無神経なオタク。そんな浅い内面を見た途端、郁の恋はあっさりと熱を下げた。

 そもそも恋愛というものではないのだが。

「これ、航海日誌だよね」
「そうね」

 パラパラと捲りながら男が郁に航海日誌を見せる。最後のページに行き着いた所で、郁の目には情けない程に力のない文字が目に飛び込んできた。

『わたしはしくじった。これはわな だ。私の責任だ』

 ところどころが平仮名で書かれたアンバランスな書き方を見つめて小首を傾げる郁に、男は小さく口を開いた。

「どうやら、僕達もその『罠』に嵌ったみたいだね……」

 不意なその一言に郁は絶句する。




◆◆大型工作船内◆◆



 小舟からロケットまで建造できる万能工作機械が置かれ、居住区すら設けられている大型工作船。自衛用の武装すらある船だ。
 先程のホログラムビーチは娯楽の為の施設の様な物だ。

 難破船の調査を終えた郁と男は、その船に戻って早速『罠』の正体を調べた。

「やっぱり、ここはどうやら『檻』になってるみたいだね」
「檻?」
「入るのは比較的に容易いけど、内部から外部への脱出は難しい様だ。さっきの航海日誌にもそれが書いてあったから間違いない」
「冗談じゃないわよ! 絶対出てやるんだから!」

 郁が声を荒げ、船の中の工場へと向かって男を連れて走りだした。



 万能工作機械や立体映像機。とてつもない知識量を持ったコンピュータを搭載しているそのデータの中に保存された、過去の偉人たち。古今東西の専門家の意識をデータ化したナビゲーションシステムを起動し、こういった事態に強い者を探す郁。

 そんな郁の目に映った、『鍵屋 智子』の名を見て郁は早速起動する。
 浮かび上がったホログラムである智子に事情を説明した郁は、「何か策はないの?」と尋ねた。

「罠が九州した力を反発する間に、僅かな時間差が生じる筈よ。その隙に移動すれば可能ね」
「そんなの無理よ。僅かなタイミングを外さないなんて、常人には出来ないわ……」
「私は出来る。そもそも人じゃ無いし」

 淡々と告げた智子の言葉に、郁は表情を明るくしていく。

「本当に!? じゃあ出れるのよね!?」
「えぇ、可能だわ」
「ちょ、ちょっと待て! そのタイミングを計るなんて、お前を映しながらそれをする余裕なんてないぞ!」

 反論したのは科学者の男だった。
 先程まで擬似的なデートを上の空ながらも楽しんでいた男。既に郁の気持ちは枯れたものの、智子に対して顔を赤らめて話しかける郁を見ていて面白い訳がなかった様だ。

 事実としてそれは間違いではなかった。
 タイミングが計れたとしても、それを操作する僅かな時間でズレが生じる。

 それに気付いた智子がしばし逡巡し、代案を捻り出す。

「私を削除して生じた余力で船を加速すれば、あとは惰性で脱出出来るでしょう。これなら力の放出は無いから、罠に引っかかる事もないでしょうね」
「そんな……! それをしたらあなたは二度と……!」
「しょうがない。私は既にいない者。また逢いましょう、郁」

 心を寄せつつあった相手がいなくなる事を知った郁は、その場で涙を零しながら手を伸ばす。触れられる事のない立体映像に伸ばした手は虚空を切り、それが郁の胸を締め付ける様だ。

 ――隣りで立体映像に確実に郁を取られた男が、自らの行いや言動のせいだと気付く事もなく、ただ一人勝手な失恋に涙を流していた事など郁は知る由もなかった。





                        FIN


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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回のお話で見事に醜態を晒した科学者の彼、
なかなかの無神経ぶりでしたねw

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、続いてご依頼頂いた方も、
なるべく早く順次お届けさせて頂きます。

よろしくお願い致します。

白神 怜司