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[ Gate ]
「――――……これは、そっちの編集部で何とかする問題じゃないのか?」
正月明けの草間興信所、しばらくの間武彦と零は年を跨いでの大掃除に明け暮れていた。そうして、ようやく落ち着いてきた頃、今更ながら依頼者が一人も来ないことに気付かされる。
「そうしたいのは山々なのですが、生憎別の案件で立て込んでまして。こちらはお任せすると碇さんが」
そんな日の夕方、チャイムの音に慌ててドアを開ければ、そこには月刊アトラス編集部の桂が居り今に至った。
「任せるも何もうちは祓いやでもなけりゃ、お前らの取材の手伝いなんて――」
「たまには零さんを良い場所へ連れて行ってはいかがですか?」
その言葉には、思わず反論に詰まる。
桂が持ってきた資料によると、最近とある遊園地の入場ゲート付近に霊のような存在を見かけるようになったらしい。その姿は高校生位の女の子で、開園前から閉園までずっとその場に居るという。誰かに危害を与えるわけではないものの、微動だにしないその姿は不気味かつ誰の目にも見え、噂は広まり客が減り続けていた。
「一応取材という名目なので、入園することになったとしても草間さんにパスポート料等の負担もありません。お食事も領収書貰ってきていただければ」
その言葉に武彦の片眉が上がるものの、資料をテーブルに置き桂を見ると冷静に問う。
「おい……報酬はなし…ってことか?」
「強いて言うなら、解決できた場合状況を元に出来上がった雑誌を数冊――と言った所でしょうか。お名前は載せるので、宣伝効果はあると思いますよ」
結局取材の肩代わりということである。
そうして武彦が答えを出す前、桂は数枚のパスポート券をテーブルに置き帰ってしまった。最初からこの話に拒否権など無かったということだ。
「まっとうな探偵としての宣伝にはならないだろこれ……」
先ほどまで桂が座っていたソファーに投げかける言葉は力なく、武彦は項垂れる。
「…兄さん、遊園地行くんですか?」
やがて奥から控えめに出てきた零が武彦の背中に問う。そんな彼女に、武彦は顰めていた顔を戻すと振り言った。
「…………あぁ。何人か誘って遊びに行くか」
隣の部屋から聞こえてきた音に彼女、東雲・杏樹は思わず部屋を覗き込んだ。その先には当然アキラの姿があり、誰かと電話をしているようだった。
「もしもしタケさん? こんにちは」
名前の呼び方と「何か起きましたか?」と訪ねていることから、杏樹は電話相手を予測する。自身はまだ向かったことはなかったが、草間興信所からの依頼だろう。そう考えてる間に通話はあっという間に終わったようで、アキラが電話を耳から離しながら苦笑いを浮かべていた。
すると唐突にこちらを振り返り、その表情がぱぁっと明るく見える。
「……こんな時間から仕事に行くのかよ?」
もう昼はとうに過ぎ、夕刻が近い頃。とは言え、彼自身学校や会社に通っているなど規則正しい生活がないため、突発的にこういった仕事に行くのはしょうがないことかもしれない。それを言うなら、杏樹も高校生を名乗っておきながら今日も病弱(設定)という名の(自主)休校だ。
杏樹の言葉にアキラは頷くと、少し何かを考える素振りを見せた。
「どうも人手が足りないみたいだし、杏樹さんも一緒に行きましょう?」
行こうというのは当然その仕事を受けに、ということか。嬉々として支度をするアキラの姿に、思わず顔を顰めた。当然彼に悪気があるわけでもない、単なる感覚の差だ。
しかし人手が足りないとも言ってた。つまり、他に何人か集められるのは確実だろう。
「…………」
杏樹が考えてから答えを出すまでの間は実に一瞬のことだった。アキラが小首を傾げたようにも見えたが、後で人前でたっぷりとからかってやろう。そんな考えを練り、その時を思わず想像して杏樹は笑みを浮かべた。
「あぁ、俺も行くぞ」
アキラはそんな杏樹の思惑など知る由もなく、嬉しそうに支度を続けている。
そうして揃って興信所へと向かう。場所と時刻を考えると出かけるには少し早い気もしたものの、ほぼ定刻で予定の場所へと到着した。
雑居ビルの狭い階段を上り、アキラが草間興信所のブザーを鳴らすと中から少女――零が出てきて、すぐさま中へと通される。零の笑顔に杏樹も笑顔を向けた。
室内には既に少年が一人居て、それを見たアキラが何かを言いかけ一歩踏み出し、後ろではドアがゆっくりと閉まっていくまさにその瞬間。下からバタバタと足音が響き、振り向けば少年が一人、室内へと滑り込んできた。
草間興信所には今、武彦と零はもちろんのこと、たまたま訪れたり呼び出されたりの四人がソファーに座っている。零がお茶を用意しに行った間に、まずは勇太が正面に座るアキラに対し口を開いた。
「アキラさん、お久しぶりです」
「勇太さん、久しぶり」
面識のある勇太とアキラはそれぞれにこやかに挨拶を交わすものの、後の者は皆が皆初対面ということになる。
「ところでアキラさん、隣の方はお友達ですか?」
早々にそう話が振られ、アキラが口を開く前に杏樹は名乗り出た。
「初めまして、東雲杏樹と申します、どうぞ宜しくお願いしますね。お隣の方も」
そう言い微笑むと、「俺は工藤勇太って言います。こちらこそ、宜しくお願いします」と、丁寧に挨拶をした工藤・勇太(くどう・ゆうた)は、続いてわずかに頭を下げる。その言動に、この手のタイプはやり易いかもしれないと、杏樹は内心ほくそえんだ。
続いて勇太は彼の隣に座る、最後に滑り込んできた少年に目を向ける。
「ん、俺か? 俺はメイリ・アストールだ。まぁ、よろしく」
和名外国人容姿な杏樹と違い、彼は正真正銘外国人のようだ。口は悪そうなものの、果たして中身はどうだろうかと、杏樹は品定めするようメイリを見た。
「もう名前は出てるけど…アキラです、宜しくお願いします」
最後に隣でアキラがメイリに対しそう名乗ると、ようやく全ての自己紹介が終わった。こうして見ると、どうやら年が近い者が集まったようだ。当然、杏樹は見た目という意味で。
「宜しく頼むぞ、アキラと勇太は大丈夫だろうが――」
そう武彦が横から口を挟んできた。
「あれ、二人はもしかして初めてだったりします?」
「ええ、私は彼に誘われて共にきたので」
「俺は姉貴に頼まれて、な」
「そうなんだ……俺は時々草間さんからこうして依頼受けたりしてて。今回は一緒に頑張りましょう!」
勇太がそう言ったところで、零が五人分のお茶を運んでくる。
「あー、お前ら頑張るのもいいが、今日は話だけだぞ」
「そうなんですか?」
とアキラがあまり驚いた様子も見せず言う。きっとこうなることは予想済みだったのだろう。
早速武彦から伝えられた依頼内容を聞くと、杏樹はその内容にわずかながら興味を持った。もっとくだらないものかと思っていたが、これならば共に引き受け、行ってみる価値はあるかもしれない。
しかし、気づけば男三人がまるで事前に会わせたかのように、揃って同じ表情を浮かべていた。それは一目で、幽霊というものが苦手と分かるような――とにかく顔色が悪く、これは好機といわんばかり杏樹は思考を巡らせる。
「あ、俺……ちょっと、腹が…この調子だと無理、かもしれません……」
「行こうと思ってるのは今度の土曜だ。日はまだ十分あるが、それまでに治らんか」
突然言い出した勇太に対し武彦が返した台詞は、「ぅ、ぁ…」と彼を唸らせた後黙らせた。
正面に座るメイリは、愕然とした表情で口を開けっ放しにしている。前を見ているようで杏樹を捕らえてはいない目は、無言でありながらやはり怖がっていることを表していた。
そして隣のアキラと言えば、今は勇太に目で何かを訴えられ苦笑いを浮かべている。
「いや……俺も幽霊は苦手というか、ちょっと怖――っ!?」
まずは正直に怖がるアキラの横腹に軽く一撃食らわせ黙らせた。当然その行動は誰にも見られてはいないし、杏樹は表情一つ変えず、拳以外微動だもしていない。正面ソファーに座る二人の視界は恐怖に戦き狭まっており、武彦からは丁度死角、零は今この場に居ない。完璧だ。
この瞬間の出来事は、ただアキラが突然声を失い、身体をくの字に曲げたようにしか見えなかった。
「あ、…アキラさん、どうしました? 大丈夫ですか?」
「うっ……だ、大丈夫。なんでもない、から」
心配し声をかけてきた勇太に、アキラは蹲ったままそう答え、片手を挙げて見せる。メイリは声すら上げられず、ただオロオロとした様子でアキラを見ているだけだった。
「ぁ、あの…少し、いいですか?」
そのタイミングで杏樹は口を開く。できるだけおずおずと出した声に、皆の視線が一気に集まる。
目にはうっすらと涙を溜めておき、口元には軽く指を曲げた手を当て、その手を少し震えさせた。そうしていかにもか弱い少女を装い。
「あの、私も幽霊は怖いですけれど……その、頑張りますから…。だから一緒に、頑張りましょう……?」
最後に少し小首を傾げて見せた。その瞬間勇太が少しばかり頬を赤らませ、表情を男らしいものへと変えた気がする。
「あっ、杏樹さんっ……」
隣では顔を上げたアキラが、どういうわけか目をキラキラと輝かせ見つめてきた。が、そこにはあまり気も留めず、今度はメイリに目を向ければ、それまで放心しかけていた彼は弾かれたかのように立ち上がり唐突に言う。
「おっ、俺は最初からこえーとか行かねーなんて…言ってねぇし!!」
「え」
「あら」
「…………」
思わず声を上げたアキラと、わざと少し驚いてみせた杏樹、無言のままな勇太の視線を一気に受け、メイリは勢いのまま喋りだす。
「だっ、だ、だ、大丈夫たいしたことねーって! 怖がるようなもんじゃ――えーと何だっけ……」
そこまで言っては一瞬考える素振りを見せ、「あ、思い出した」と、わざとらしくポンと手を叩いた。
「ほら、『みんなで行けば怖くない』って言うじゃん?」
結局自分が怖がっているのを誤魔化しているようにも思えるが、どもりながらもチラチラと杏樹を見て必死に強がって見せる姿は、彼女からすれば一興だ。
そして今尚零れ落ちんばかりの涙を目に溜め見つめる杏樹と、先程のメイリの台詞に感化されたのか、勇太もすぐ後に続く。
「いやっ、俺だってたまたま腹の調子がちょっと悪くなっただけで……土曜には完全に治ってるだろうから行けますってば!」
そう一気に捲くし立てた。
「そう、だね……俺も、頑張り…ます」
アキラはそう力なく笑みを浮かべ、短く同意する。
「良かった……ではこの四人で、頑張りましょうね」
最後にようやく涙を拭い、両手を顔の前で合わせながら杏樹が笑みを浮かべると、明らかに強がった後参加を決めた男三人の顔が瞬時に緩んだ。
「……よし、んじゃあ土曜遊園地近くの駅前に、開園一時間前集合だ。頼んだぞ、ビビリども」
武彦はそう言うと椅子を回転させ四人に背を向けてしまった。
「ちっ、違いますってば草間さん!」
「…ふふっ」
「っはは……」
「おっ、お、俺だってビッ、ビビリじゃねーし!」
ビビリだビビリではないだ討論を始めた男共――勇太とメイリが言い合い、アキラが巻き込まれている――は杏樹の様子を気にするでもなく、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。杏樹がそうしてほくそえんだことを、今この場に居る誰も知ることはない。彼女の切り替えと演技は完璧だった。
そうして四人各々複雑な思いを抱えながらも、土曜の朝はやってくる。
□□□
その日は絶好の遊園地日和といわんばかりの快晴。集合場所には武彦に零は勿論のこと、勇太に杏樹、アキラにメイリが集合し、それぞれ朝の挨拶を交わす。
こんな現象が起こる前、開園一時間以上前から行列が出来ていた入場ゲートも、今では遠巻きに待つ人ばかり。ここからでは少女の姿は確認できないものの、ぽっかりと開いた空間から少女がどこにいるかは明らかだった。
挨拶を交わした後の口数は皆少なく、内心武彦は失敗するのではないかと不安を抱きながらも遊園地へと足を進める。一歩遅れ零が続き、後に杏樹、隣にアキラ、その斜め後ろに勇太、その後ろにメイリと続いた。
入場ゲート前まで来ると、駅前広場から見た時よりも、思っていた以上に入場待ちの人が居たことに気づく。
「皆さん、怖くないのでしょうか?」
周囲を見渡し、杏樹が言う。
しかし本当にこの場に佇んでいるだけの存在ならば、きっと気にさえしなければ問題はないのだろう。ゆえに入場客は減ったと言えど、居なくはなっていない。加えて、ここに居る者たちは足繁く訪れる熱烈なファンかもしれない。この遊園地に関連しているファッションや、持ち物をあちらこちらに見かけた。
「と、とりあえず開園前になんとかしたいけど、問題の少女って――?」
「もっ、もしかして…あの、子? え? まさか?」
メイリは見つけた少女と皆を交互に見ながら、「そ、そうなの?」「いや、違う?」と誰にともなく問いかける。
「確かに彼女みたいですね……でもなんだか、思ってたよりも全然――」
そうアキラが言うよう、恐怖はなかった。
改めて彼女という存在は誰の目にも見える上、身なりもきちんとしている存在だ。言われてみれば確かにまだどこか幼さあるものの、長く綺麗な黒髪とシックな装いは、彼女を実際の年齢よりも大人に見せている。時折腕時計を気にしてみせる仕草は、事前の話どおり。
メイリはそんな彼女に見惚れ、完全に言葉を失っていた。
「……可愛らしい方ですね。それで、皆さんこれからどうなさいますか?」
各々抱く感情は多少違えど、すっかり口を閉ざしてしまった彼らに対し杏樹が口を開く。すると勇太が「まずは一つ」と、手を上げた。
「俺の力で、彼女と対話したいと思うんだ。そこで何かきっかけが掴めれば、その先動きやすくなるだろうから」
「まぁ、もしかしてテレパシーですか?」
「うん…勇太さん、お願い」
「テレパシー!? すっげぇな!」
杏樹に感心されアキラに励まされた後、興奮するメイリに勇太は思わず苦笑いを浮かべながらも一歩を踏み出す。
後ろに佇む五人の視線が勇太へと集まるのは勿論、周囲で入場待ちをする者達の視線も六人に集まっている気がした。
目の前に立っているにもかかわらず、彼女は勇太の存在など気にも留めていなかった。まるで、最初から見えていないかのように。それは勇太に限らずだが、彼女と周囲には見えない隔たりがあるように思えた。
「くっ……」
今まさに力を使っているであろう勇太が、一瞬苦しそうな声を上げる。どうやらてこずっているらしい。とは言え相手は不可思議な存在にも思え、思うように力が向かわないのかもしれない。少しばかり力を添えようかと杏樹は一歩踏み出した。
「あの、私もお手伝いいたしますね」
微笑みながら、勇太の隣に立つ。右手の平にオルゴールを乗せ、ゆっくりとそれを回す。勇太の力に同調させるよう、そこに加えて一つ違う力を加えた。あの者の過去を覗くことを目的として。
「――――ぇっ!?」
隣で確かに勇太が驚きの声を上げた。綺麗な旋律は辺りに響き続けている。
「――…うぁっ!?」
そして勇太は半歩程後退りした。そのタイミングでオルゴールを鳴らす手も止める。周囲の視線ももうこちらにはない。何も起きないことが分かり興味が失せていたのだろう。
何か考える様子の勇太に杏樹は「今ので何か分かりましたか?」と問いかける。そう言いながらも、杏樹は勇太が知り得た情報の大体を把握していた。同調と同時、自らが彼女の過去を覗く旋律を加えた結果かもしれない。彼女の学園生活、付き合っていた男の存在、プレゼントの時計、生々しい事故の前後。
「あ……東雲さん、ありがとう。それ不思議な力、ですね?」
「お役に立てたのならば光栄です」
詮索まではされず、隠すつもりもないが自らここで力を明かすつもりもない。にっこり微笑み勇太から一歩下がる。
すると勇太を挟んだ向かい側にアキラが立ち、その顔色が気になったらしい。
「っと言うか、勇太さん…大丈夫?」
「なんか顔色悪いし、調子良くねぇんじゃねーの!?」
揃って心配の声を口にすると、勇太は力なく笑ってみせながら、一つ頼みごとを口にする。
「アキラさんにメイリ君……ありがとう、大丈夫。けど、これから言うことをちょっと調べてもらいたいんです」
「勿論、何でも言って」
「調べ物? んなの俺に任せろって!」
言いながらメイリは得意げにスマートフォンを取り出した。
「彼女の名前は鷹木・卓美(たかぎ・たくみ)さん、ここに来る前に交通事故にあった。時期は恐らく去年の春頃、この周囲の道路で。そして彼女は今もどこかの病院で眠ってる」
「亡くなっていない……生霊と言うことですね。可哀想……」
言いながら杏樹は目を伏せる。
「彼女は多分、彼氏であるコウくんって男を強く意識してる」
「自分が行けなかったこの場所で、生霊となってその方をずっと待っているのでしょうか……? 健気ですね…」
悲壮感漂う声で相槌を打った。
「……もしずっと待ってるのならば、もしかしてその男性を連れてくれば?」
少し考えた後隣でアキラがそう言うと、勇太が頷いた。
「多分。でもその為にはまず、彼女がどこの人間だったかを知らなくちゃいけなくって」
確かに読み取れた、垣間見えた光景から彼女がどこの者かまでは分からなかった。しかしそこでメイリが「分かった!」と大きな声を上げる。
先ほどから黙っていたと思ったら、勇太の情報からこの場で調べ物を終わらせてしまったらしい。器用かつ素早く指先で画面をタップしていくと、拾い上げた情報を皆に伝えた。
「都立高校に通ってた子だってさ。病院はこの近辺みたいだけど? 卒業遠足でここに来る途中ひき逃げにあって、犯人はまだ捕まってないって」
そこまで伝えると、メイリは得意気に顔を上げた。この短時間にどれだけの情報量を捌いたのか、その腕は賞賛に値するものの、今はそれよりも大事なことがある。
「その高校へ行って話、聞けないかな。そうすればコウくんって、人のことも分かるかもしれないですし?」
「そうですね、そうしましょう」
アキラの考えに杏樹が即座に同意した。
「ぇ、杏樹…さん?」
「というわけで、私たち二人はその高校へ行ってみますね」
言うや否や、杏樹はメイリが調べた高校の所在地を確認し、アキラの腕に自らの腕を回すと歩き出す。
にっこり笑みを浮かべながら見上げれば、そこには戸惑うアキラの顔。その光景は最初こそまるで恋人のようにも映るが、どういうわけかその後アキラが杏樹に引きずられるようにも見えたらしい。というより事実、杏樹はその後アキラを引きずった。
しばらくし杏樹が腕を離すと、晶は彼女を横目で見た。
「あ? なんだ?」
もう辺りに知った顔は勿論人の姿も少なく、杏樹はアキラの前でいつもどおりの振る舞いだ。
「いや、杏樹さんは今回のことをどう考えてるのかな、と」
「俺に聞く前にまずはアキラ、お前の意見を言え」
杏樹はそうアキラを横目で見た。
「俺の、ですか? うーん……強いて言うなら実は時計が気になります。壊れてるのに時間を気にしているようにも見えるのは、気のせいなんじゃないかと」
「…ふぅん? まっ、上出来だな」
「え……杏樹さん、何か知ってるんですか?」
知ってはいるが、特別気にすることでもないとは思っている。アキラにとっては気になる点らしいが。
「急ぐぞ」
結局杏樹はそのことに触れず、二人は彼女が通っていたという高校に到着する。交通の便がいい駅近くにある高校は、遊園地から片道三十分も掛からず、これならば一時間程度で往復できそうだ。
土曜にもかかわらず教師は仕事をするため、あるいは部活の顧問として出勤しており、なんとか話を取り付けることが出来た。
「――彼女のこと、実は当学園も困っておりまして」
そう口にしたのは、当時彼女の担任だった中年の男性教諭だ。
「と、言うと?」
彼の話によれば、彼女は去年の四月から十二月頃学園内に現れ、他の生徒と同じよう学園生活を送っていたらしい。勿論休みの日は登校せず、下校時刻に帰る。そこに居るだけで無害ではあった、という点では遊園地に現れているのと状況が似ている。しかし事故から間を置いて現れ、かつ年内にぱたりと消えたとはどういうことか。
「生霊が学園生活を送っているなど……このままでは受験生が減ってしまうので、どうにかしてください」
そうして頭を下げられ、頭頂部が危ないな…と杏樹は内心呟く。
会議室を出て、ひとまず彼女の身元と家の連絡先が掴めたことに満足し出口へと向かうアキラの腕を、杏樹は遠慮なしに引っ張った。
「おい、帰るには早いだろ? 話を聞きに行くぞ」
「話って誰に――あ、もしかして後輩ですか?」
担任だった教師から彼女が元テニス部であったことを聞き、後輩とも仲が良かったことから部室を訪れる。最初こそ彼女を知る部員は口を閉ざしていたが、杏樹のお涙作戦とアキラの必死の懇願で男女それぞれの部員が数名口を割った。
彼女と付き合っていたのは、同じテニス部員の日向・航平(ひゅうが・こうへい)という男らしい。クラスメートでもあり、とても仲の良いカップルだったという。日向は彼女の事故後から自由登校となるまでの半月近くは学校に来ていたものの、卒業式を休みその後の消息は不明らしい。
アキラが気にかけていた彼女の時計の件を試しに聞いてみれば、やはりそれは彼からのプレゼントだと聞かされた。学校にはつけてこなかったものの、主に休日は必ずしていたらしい。
「時間なんて関係ない……大事な、時計だったんですね」
「さて、こんなもんだろ。後はその日向ってヤツの顔を調べて終わりだ」
部室を出ると、杏樹は周囲を見渡す。
「でも、消息不明って」
「図書室にアルバムくらいあんだろう。なければもう一度さっきの教諭に」
「あぁ、卒業アルバム」
納得したアキラの言葉をそれ以上聞くことなく、杏樹はまたずんずんと先を突き進んでいく。人気のある場所ではおしとやかに彼の一歩後ろを歩き。
図書室に着くと司書に頼み、昨年度の卒業アルバムを出してもらう。クラスのページには確かに彼女の写真が、そして彼の名前と写真も見つけた。
清純そうな彼女の雰囲気と逆に、彼は思っていたより軽そうと表現するべきか。勿論、人は第一印象で中身が分かるわけでもないし、部員たちの話から二人の交際は悪くないものだったと感じている。
ひとまず彼の写真をコピーさせてもらうと、二人は遊園地へと戻ることにした。
□□□
ゲート手前のベンチから立ち上がった勇太は、戻ってきた二人に手を振った。
「二人とも、お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「ただいま。勇太さんもしかして休んでたんですか? まだ具合悪い?」
「大丈夫。それより、何か分かりました?」
勇太の言葉にアキラが口を開きかけた時、遠くから「おおおおおおい!」と叫ぶ声がする。
「あ、メイリ君もお帰り」
「ただいまっと」
全力で走ってきた割に、メイリの息はさほど切れていないように見えた。
「えっと、それでアキラさんたちは何か分かったんですよね?」
一体どこに行っていたのかという問いは後にして、勇太はまずアキラに問う。
「……そうそう、鷹木さんと交際していたのは、日向航平さんと言うらしいのだけど、残念ながら今は消息不明でした」
「卒業アルバムの写真は拝借してきましたよ」
そう言い、杏樹は一枚の紙を取り出し、勇太とメイリへと見せた。卒業アルバムのクラスページのコピーだ。メイリはまだ息を整え中なのかまともには見ないものの、日向と書かれた名前の顔に勇太が息を呑む。
「どうかしましたか?」
「いやぁー……さすがに全速力で戻ってきたら疲れた。さてと、俺にも見せ――」
そしてようやく写真を見ようとしたメイリに、勇太が切羽詰った様子で言い寄った。
「っ……メイリ君! この人を全速力で捕まえて、数分前に中に入ったはずだから!!」
「ひっ!!!? もっ、もちろん、任せてくれよ! って……あれ??」
言った後に写真を見てメイリは首を傾げる。
「と、とにかく行って来るから! ちゃんと捕まえとくからついてこいよ!」
言い終わるや否や、メイリはスタートダッシュをきった。あっという間にゲートを抜け、園内奥へと消えていく。
「一体どうしたのですか?」
「俺、少し前にここでこの男と会ってるんですよ」
杏樹の問いにそう答えると、勇太はアキラへと視線を移す。
「あれについていくのは無理だけど、俺たちも行きましょう」
そう言って三人もゲートをくぐった。
一体どこまで行ったのか、本当に無事捕まえられたのか。三人の不安を他所に、メイリが屋外フードコートで手を振っている姿を見つけた。
「つっ、捕まえたからな、ちゃんと。こいつだろ!」
そう言うメイリの横には、椅子に座った状態で首根っこを掴まれた男が確かに居る。
風貌を見る限り、彼はやはり高校生か大学生くらい。明るい茶色の髪と軽そうな雰囲気が、大人っぽく清純そうに見えた彼女ととても不釣合いにも思えるものの、写真より少しやつれて見えた顔は、彼がこの一年をどんな気持ちで生きてきたかの現われのようだった。
「なっ、なに……あんたはさっき探し物してたヤツだし、そっちは入り口で眠ってたヤツで…」
今の状況が理解できていない男は囲まれる形となり、杏樹が近寄ってくると更に萎縮する。
「日向航平さん、ですよね?」
「うっ……なっ、なんだよ……お前ら一体」
まともに杏樹の顔を見ることもなく男はそう言うが、彼が日向で間違いなさそうだ。
「鷹木卓美さんの件なのですが――」
アキラが本題に入ろうとすると、彼は途端にメイリの手を振り払い逃げ出そうとした。
咄嗟に勇太が構え、思わず杏樹がオルゴールを取り出そうとする、そのどの一手より早くアキラが動く。
「ぐぁっ…!!!?」
男は短い悲鳴を上げた途端ばたりと地に倒れた。
「もしかして、アキラさん?」
「ちょっとした電撃を。スタンガン並くらいだから大丈夫、時期に起きますよ」
「今の内に彼をゲートへ連れて行く戦法ですか?」
杏樹の問いという名の提案に、三人は顔を見合わせる。話を聞かず逃げ出そうとした彼には、やはりそのような方法が一番手っ取り早そうだ。
杏樹を除いた三人の内二人が順番に日向の腕を肩に回し、少し彼のつま先を引きずりながらもゲートまで戻ることにした。多少人目はあったものの、途中わざとらしく「大丈夫か?」など話しかけているように装い。
「皆さん、頑張って下さいね」
そんな美少女の声援を受けなんとかゲートまで戻ると、再入場スタンプを押してもらい外へと出た。
彼女は相変わらず同じ場所に居て、今この場からは後姿が伺える。近づいても彼女はまだ気づかない。ただ、介助された日向を目の前にした瞬間、彼女の顔に生気が戻った――というには多分語弊があるものの、確かに表情からは哀しみが消え、その眼に光が射した気がする。
「…コウくん、どうしたの? それにあなたたちは?」
日向を認識したと同時、あんなに目に入らなかった四人の姿も今この瞬間認識したようだ。
そして彼女の声が届いたのか、たまたまそのタイミングで意識が戻ったのか。
「――ん…うっ……ぇ…?」
目覚めた日向は正面に立つ彼女に驚き、自分の両腕が勇太とメイリになかば拘束されていることに驚き暴れだした。
「バッ、カ…! ちょっ、…」
「うわっ、メイリ君!?」
暴れる身体を上手く支えられず、そのまま総倒れとなってしまう。
「ふふっ、大丈夫? でも…ようやく来てくれた」
彼女はその場から動くことはないものの、三人を少し心配した後日向に向かいそう言った。言葉通り、彼女はずっとここで彼を待っていたことに間違いはないようだ。
「なっ、なんでこんなことをっ…!?」
地面に転がり起き上がった男は、四人を見ると酷い形相でそう言った。
「依頼もあるけど、俺たちは彼女を助けたいんです」
「待ち合わせ、されていたのでしょう? 女の子を待たせるなんて、駄目ですよ?」
勇太と杏樹の言葉に顔を伏せる。
「でも……こんなことしたら」
力なく発した声。それに反し朗らかな彼女の声。
「まず時計ね、探してくれてありがとう。壊れて時間は分からなかったけど…これがあったから、ずっとこうして待ってられたよ」
「時計――もしかして……?」
彼女の言葉にメイリが何か呟いた。
「アイツが消えるかもしれない……」
出会いたかった彼女と、出会いたくはなかった彼。
「それを恐れて、あえて彼女と対面することを避けていたということですか?」
確かに、こうすることで彼女が消えるというのならば、現在意識が戻らない彼女も消えてしまうかもしれない。そんな不安を抱いても仕方ないのかもしれなかった。けれど、そうして避け続ければ彼女の未練は晴れないまま。もしかしたら四月から学校で又三年生を繰り返すかもしれない。そしてこの時期に又、遊園地に現れるのかもしれない。それがいいことだとは思えなかった。
彼女は彼の言葉を聞きながらも、自分はただ去年果たせなかった遊園地デートをしたかったと言う。
「ね、あの時果たせなかったデートをしよう?」
念を押すよう繰り返す彼女に根負けしたのか、彼は立ち上がり彼女の手を取った。
「えーっと、これでもしかして解決じゃん?」
「一応は。でも、明日この場に彼女が現れなければ解決確定、ってことじゃないですか?」
「草間さん、終わったら連絡くれれば後は自由にしていいって言ってたけど――」
「折角ですから遊んでいきましょう? 遊園地、楽しそうですしね」
しかしそうして再び園内に入ろうとした四人の目の前、彼と彼女が共にゲートをくぐった瞬間、彼女の姿だけが忽然と消え四人は思わず足を止めた。
彼にその感触はなかったけれど、繋いでいたはずの手が彼女を求め宙を掻く。けれど何も掴めずその場に崩れ落ち、俯き肩を震わせた。
しばらくすると一度拳で地面を殴りすくりと立ち上がる。そうして四人を振り返ると一礼した。上げられた表情は出会った時よりほんの少し晴れて見えるものの、そのまま彼は遊園地を後にする。
終わってみれば、当初怯えたほどの恐怖などなく、三人は内心胸を撫で下ろす思いだった。本当の恐怖はここからだということも知らず――…‥。
□□□
「まずは何乗りますー?」
勇太は園内マップを広げ、三人にどうするかを問う。
「……コーヒーカップ、なんてどうです?」
「ああ、いいじゃん! あのぐるぐる回る――」
「最初はやっぱり絶叫系、ですよね」
杏樹の静かな提案にアキラとメイリが口を噤んだ。
「お、東雲さん分かってる! で、最後も絶叫系ってヤツ!」
「ですよね。間にも勿論入れておきたいです」
盛り上がる勇太と杏樹を見て、蚊帳の外な二人は思わず顔を見合わせた。
「…………えーっと、メイリくんはどうしますか?」
「……っ、俺も絶叫系! 空いてれば降りてまたすぐ乗りたい勢いだしっ!」
やけっぱちにしか聞こえないものの、そのノリと勢いはやはり評価すべき点かもしれない。
「それでは、そんなに絶叫系がお好きなメイリさんは是非先頭にどうぞ」
そして今、メイリは後悔している。
「え…?」
「あ、俺も先頭がいい! メイリ君隣おっ邪魔しまーっす」
流されるがまま、メイリは先頭に座る羽目になってしまった。
「あ…杏樹、さん……は大丈夫、なんですか?」
安全レバーを両手でぎゅっと握り締め、その手をがくがくと震わせるアキラは、興信所で見た時よりはるかに怖がり、顔面蒼白状態だ。
「はい、絶叫系は楽しいですよね。スッキリしますし」
そう言うと同時、アトラクションは動き出す。まずはもっとも頂上を目指し緩やかに上っていく。その処刑台に向かわされるような、じわじわとした恐怖にメイリが早くも足をばたつかせた。
「め、メイリくん? 叫ぶにはまだ早いよ?」
「だ、だだだ…」
「……だ?」
「だめだぁああああああああああああ!」
「ちょっ…!? え?」
「ぅ…うぁあああああっ!?」
「えっ、何、今度はアキラさんなの!?」
メイリの声に驚いたのか、まだのろのろと動く車体の上でアキラまでもが声を上げ始めた。
「……全く、男の恥だな」
早くも上がった絶叫の中、杏樹がポツリ呟いた言葉と同時車体は頂上に辿り着き、一瞬声が掻き消える。
風が、とても冷たかった。
「ぎっ、ぎゃぁあああああああああぇぁああああああはぁあああああっっ、ぎっぁ…!!!!」
「ぅっぁあああっっっ!!!?」
「いやっほー! 気持ちいいー! サイコー!」
「ふふっ、ふふふっ」
終点まで辿り着くとたまたま並んでいる客が折らず、そのまま折り返し乗ることになった。アキラはベンチで休もうとするものの、杏樹が腕を掴んで離さない。メイリは今しがた下手に叫びすぎて噛んだ舌から血が出て、しかめっ面状態となっているが、勇太に「ほらほら、楽しいからもう一度行こうよ!」など言われ、それにノってしまう。
二度目は杏樹とアキラが先頭で、再び園内に男の叫び声がこだました。
そして二度目を終え出たところで、勇太が何かに気づき足を止める。
「あ、これ!」
「最初の落下地点での写真ですね」
モニターに映し出された映像は、コースター横のカメラで撮られたものだろう。勇太と杏樹はとても楽しそうだが、残念ながらアキラとメイリは先頭でそれぞれ白目をむいていた。いい顔が台無しだ。あまりにも不憫すぎるので、写真を印刷してもらうことは諦め、四人は再び園内をさまよった。
「――それにしても、少し歩き疲れてしまいました……」
「杏樹さん大丈夫ですか? 気づいたらもうお昼も過ぎてるし、少し休憩にしましょう」
「まだちょっと遊び足りないけど賛成!」
「俺先に行ってさっきの辺りで席取ってくる!」
さっきとは、フードコートのことだと三人もすぐに理解する。
そうしてメイリが確保した席で四人は遅い昼食を取った。途中食事や飲み物が足りなくなると、メイリが挙手して走っては買いに行く。日本での生活がこんなパシリのようなものでいいのかという疑問も残るが、彼は嬉々としてそれを引き受けていた。
「では、食後も絶叫系からですよね」
「賛成〜……――って、なんですかここは、東雲さん!?」
杏樹がそう言って足を止めた先を見て、勇太は思わず突っ込まずにはいられない。
「何って…とても怖くて絶叫すると評判らしいお化け屋敷ですよ」
「皆さん今日は彼女と対面してなんともなかったようですし、もしかして克服できたのではないでしょうか?」
本物の幽霊よりも、人の手によって作られたお化け屋敷という空間は、案外心霊現象よりも読めなくて無茶が酷い。
「あの……でも私は正直まだ怖くて。でもあと少しで克服できるかもしれないので、もしもの時は守って…くださいね」
その初めてではない光景は、三人にとってまさに悪夢の始まりの合図である。
まるで広く複雑な迷路とお化け屋敷が融合したかのような場所で四人は道に迷った。
「出口はどこでしょう? でも思ったよりも楽しいですね。ね、皆さん?」
「む、むっむり、むりもう絶対無理嘘だって言ってくれよぉおおおおおおおお!!!!」
「ぁあうぅぁあああっ、あんじゅさぁああん!? うっ、ど…どこ、どこですかぁ……うっ、ひっく…み、見えないです…何も…」
「ううっ…あの子は、大丈夫だったのに……うっ…くっ…こんな、作り物に…ひっ!?」
その後泣き喚き叫び散らした男三人は、途中の非常口から外へと脱出し、杏樹一人が悠々と出口から出ては、なんともいえない笑みを浮かべていた。
やがて少しずつ陽は落ちていくものの、閉園まではまだ時間がある。もう少しすればナイトパレードも始まるだろう。四人はその後、後半戦の絶叫系――ジェットコースターなどを思う存分楽しみ、叫び、たまにはコーヒーカップを回してみたり、杏樹以外にはまるで罰ゲームのようなメリーゴーランドの白馬に乗ってみたりと、遊園地を満喫しそれぞれの家路へと着いていった。
「こほっ…けほっ……」
「全く叫び過ぎだ、情けない」
「…だ、だって…」
帰り道、喉の違和感にアキラが首を傾げていた。どうやら叫びすぎで潰してしまったらしい。おまけに目も腫れている。
杏樹は途中から気づいていたものの、まさか本人は今の今まで気づいていなかったのか。
「杏樹さん?」
「煩い黙れ」
「えぇ……そんなぁ…」
「…喋ると早く治らないぞ」
「…………ぁ、はい」
今日は散々人前でアキラをからかった。ここらで勘弁してやり、また明日から存分に――と杏樹はアキラに向けるモノを収めた。しばし二人の間に言葉はない。
彼女のその後は分からなかったけれど、なんとなく杏樹は予想する。彼女は無事現実で目覚めたのではないかと。
「……(こういうのも悪くない…)」
何に対してそう思い呟いていたのか。それは自身にも分からない。
空を仰ぐと、丁度星が流れたところだった。
結局今回の件が月刊アトラスの大々的な特集記事になることはなかったものの、遊園地にもう彼女は現れなくなったという点を中心に、今までの経緯が記された。
見本誌を読み終わった武彦は、本を音を立て閉じるとテーブルの上に放り投げる。
「――……結局うちの名前は書かれてないじゃないか!」
「あ、忘れちゃったみたいですね」
載せたら載せたら多分怒るくせに――と内心思いながらも、桂はそう軽く言ってのけ「次回ちゃんと載せるよう、言い聞かせておきます」と、本を放り投げてきそうな勢いの武彦に微笑み消えた。
行き場のない怒りを込めた拳をジッと見つめていると、奥で大人しくしていたはずの零が手に何かを持って走ってくる。
「兄さん、兄さん」
「なんだ? ……土産の皿に土産の菓子を乗せたのか」
「はいっ。とっても可愛いです」
零は遊園地に満足したらしく、今でも当時を思い返してはご機嫌だ。
「……まぁ雑誌も来たことだし、あの四人も呼んで茶にするか」
そう言いながら、武彦はゆっくり電話に手を掛けた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
[1122/ 工藤・勇太 /男性/ 17歳/超能力高校生]
[8650/ 東雲・杏樹 /女性/999歳/高校生]
[8584/ 晶・ハスロ /男性/ 18歳/大学生]
[8484/メイリ・アストール/男性/ 16歳/高校生]
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、李月です。お届け遅くなりまして申し訳ありません。
この度はグループでのご参加有難うございました。今回こうした括りでの参加でしたので、解決後のお遊び以外ほぼ個別(それぞれの視点)状態のかなり特殊な進行となっております。お時間が許しましたら他の方も見ていただけると、それぞれ意外な発見があるかも…ないかも……です。心情的な部分はほとんど他の方には出ていませんので…。
さて、多少曖昧な部分や有耶無耶感は残りますが、ほぼ良い結果として解決しました。お疲れ様です。
大筋は前部隊と変わりないものの、前には出なかった方面の情報が出たり、出会わなかった人が居たり…となっています。
全員お初ということで、動かしながらちょこちょこ修正していたのですが、大きな誤差がありましたら申し訳ありません。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
【東雲杏樹さま】
初めまして、この度は有難うございました。設定だけでも好みで震えていたのですが、お顔がお目見えしてから可愛い可愛い叫びっぱなしで書かせていただきました。かなりやりたい放題してしまった感もあり、行き過ぎていたら申し訳ないです。
面白いタイプの能力だなと思いつつ、ひとまず今回は型通りの動きしか出来なかったのですが、オルゴールでの同調によりテレパシーの力を増幅させ、更に力を付加し、杏樹さん自身も勇太さんと同じ情報を共有したイメージです。
杏樹さんに関しては、興信所の辺りが他の方とかなり違っています。三人はこんなこととは知らず、話を繰り広げているわけです…。
それでは、又のご縁がありましたら……。
李月蒼
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