コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


理想郷へ





 光すら水によって遮られ、光の届かない程の深淵。まるでそこだけが時間の流れからさえも遮られた様な空間、深海の奥深く。

 半円形の『何か』がそこで眠っていた。

 表面には幾何学によって刻まれたのか解読出来ない紋様が刻まれた、それ。

 「Unidentified Flying Object」――つまりはUFOではないか、と21世紀人は騒ぎ立てていた。

 彼らの推測はともかく、それは地球外来種の知的生物だ。幸いにして眠ってはいるものの、接触されてしまえば厄介極まりない。
 天使族《ダウナーレイス》である郁たちは、これを宇宙開発への漸進的象徴となる事を危惧し、回収を要した。

 しかしそれを回収しようと動く者は、ダウナーレイスと相対するアシッドクラン族――所謂ドワーフの姿もあった。

 彼らにそれを渡す訳にはいかない。






□■サルベージ船上■□





 潮風に身を晒されながら、どこか苛立っている様子で腕を組み、指をトントンと動かし続ける青年の姿がある。髪は長く、雰囲気はどこか自愛に満ちている様な、言うなれば「ナルシスト」の気配を漂わせている。

 調査任務の結果、海底に眠る半円形のそれが生命体だと解って報告した郁。そんな郁の下へ、直ちにその物体と対話すべく送り込まれた青年、それが彼だ。

 精神感応能力者。人の感情や思考を感じ取る、テレパシー能力者だ。

「……はぁ、これだから大衆の前には出たくないんだ」

 ブツブツと苛立つ様に青年は呟いた。
 有象無象と称する周囲の人間の心の余波。それを感じ取った青年は、その雑念の多さに苛立ちを隠すつもりもない。
 言うなれば思った事を全て口にしている大衆だ。そこには慇懃無礼な態度も、ただの失礼な歩くスピーカーと何ら変わりないのだ。

 多少猫を被る事が出来るからこそ、人は人と生活を出来るのだ。それは真理であり、彼の持論である。

「早く任務を終えて孤独になりた……――」

 そんな事を呟いた青年の瞳に、見慣れない少女の姿が飛び込んできた。
 嫌だ嫌だと言いつつも、人の心を知れる以上は覗かずにはいられない青年。彼は郁の心を覗くなり、笑みを浮かべて郁へと歩み寄った。

「やぁ、君とは馬が合いそうだよ」

 開口一番でそんな言葉を言えば、通常なら誰もがドン引きする事は請け合いだろう。
 しかしながら、そんな事を言われた郁の目は爛々と輝き、青年の顔を直視して頬に朱を差して笑みを浮かべた。

「君の心は単純だね! 求愛の連続に、求め続ける愛情。下手なやり取りや詮索がないその心は、僕にとっては却って安らぐというものだよ」

 失礼極まりない男の口説き文句に、さすがに郁も少々表情を曇らせたが、それは些事でしかない様だ。




 墜落した物体の真上に到着した郁達は、既に何者かの潜水艇がそれに近付いて調査を行なっている様子だ。

「――ッ、あいつ等! 邪魔する僕らも他の者でさえも殺して、あれを奪い取る気だ!」

 青年が声を荒げた。
 どうやら調査中の潜水夫の邪念を察知したらしい青年は、苦々しい顔をしながら郁に向かって声をかけると、郁の手を引っ張った。

「えっ、ちょっと! どうするの!?」
「決まってる! あいつらの好きにさせない!」

 青年に連れられた郁は、早速青年に連れられて転移を開始した。






■■UFO内部■■





 転移によって内部へと侵入を果たした郁と青年。どうやら内部には地球と同じく空気が存在している様だ。墜落した時期を考えると、空気はどうやらこの船体の中で造られ循環していると思われる。

 部屋の様な空洞があちらこちらに伸びているらしい。円状に広がったその空間は、さながらテーマパークにある迷宮や迷路を彷彿とさせる様だ。同じ様な光景が連なっている。

 その中にある、操縦席と思しき特機。弾力性のある壁が呼吸するが如く蠢いている気味の悪さはこの際無視して、郁は内部を見回した。

「ぐ……っ、あぁ……ッ!」
「――ッ、どうしたの!?」

 突如響き渡った悶絶する様な青年の声に、郁が慌てて青年に視線を向けた。
 息を荒げながら、肩で息をする彼に郁は手を差し伸べた。

「この生物の悲嘆と記憶……。成る程、そういう事か……」
「能力で何か見えたの?」
「あぁ……」深く深呼吸した青年が続ける。「この生物はかつて、宇宙で量産された生物宇宙戦艦の末裔だそうだ」
「生物宇宙戦艦……?」

 こくりと頷いて青年が立ち上がる。

「自身の乗員も死亡し、“彼女”は絶望している。どうやら死ぬ気みたいだ……」

 まるで愛しい人が死地へと向かう姿を見つめる様な瞳、とでも言うべきか。
 さすがにこれには郁もお手上げである。

 悲嘆と追憶に触れた事で同乗し、それが恋になってしまった青年。

 そんな青年の、思考が明後日どころか来年程まで飛んだ考えに同情も嫉妬も生まれやしない。

「……そう」

 落胆の混じったため息と共に、郁はげんなりと答えた。

自身の乗員も死亡し絶望している。【彼女】は死ぬ気だ」「…そう」彼の萌えっぷりに落胆する郁。


 ――グラグラと揺れる船内。

「地震……?」
『カオル、聞こえる? その辺りで群発地震が起きているみたい。海底火山の噴火が迫っているわ。数時間後、その辺りは跡形もなく吹き飛ぶわよ!』
「海底火山の噴火って、ねぇ、聞いてるの――!?」
「――そう、だから彼女は死ぬつもりなんだ!」
「悲劇ぶってんじゃないわよ! どうすんの!?」
『何とかその、能力者の彼とその“お嫁さん”をお持ち帰りしてくれるかしら?』
「お嫁さんって……」

 通信によって聞こえる声に呆れながら郁が呟く。

「俺は帰らないぜ! やっと伴侶を見つけたんだ!」
「え……?」

 途端、青年の言葉に呼応したかの様にUFOは動き出した。

「俺は彼女と行く!」

 ぶっ飛び過ぎた彼の思考について行く気はないが、捨てられるという事には忌避感を感じた郁が声をあげた。

「私も行くわ!」
「いいや、君はさようならだよ」
「え――」

 次の瞬間、郁の視界は水に包まれた。
 突然の出来事に混乱しながら自身の身体を見つめると、いつの間にか水着姿に変わり、先程まで自分が着ていた服は見当たらない。

 慌てて正面を見つめると、そこには能力者の彼と、先程まで着ていた自分の服を着た女性がいる。

 UFO――彼の言う所の“彼女”だ。

「あばよ!」

 テレパシーによって告げられた別れの言葉。
 あっさりと捨てられ、号泣する郁を置いて彼は旅立ったのであった。

 “彼女”の為に、敵討ちの旅へ。





                           FIN