コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆりよめ


 月面。晴れの海。
 ここにダウナーレイスと呼ばれる生物が住んでいる。女性だけの、天使の種族だ。
 彼女らの拠点である「久遠の都」。
 その中にある航空事象艇発進基地で今、いささか厄介な騒ぎが起こっていた。
「基地が? 機械生命を孕んだ、だと? 一体何を言っている!」
「そうとしか言いようがないんです!」
 坊主頭・ビキニ姿のTC(航空事象艇乗員)たちが、格納庫内で右往左往している。
 格納されている航空事象艇の1台が、異変を起こしているのだ。
 その機体から、おぞましい宇宙生物の触手の如く、配線ケーブルがうねり伸びている。そして格納庫内の様々な機械に接続されている。
 それら機械を通じて、基地の電子頭脳そのものが乗っ取られてしまっていた。1台の、航空事象艇によってだ。
 その事象艇の操縦席では、パイロットの綾鷹郁が意識を失っている。全身に、機体から伸びた配線ケーブルが巻き付き絡まっている。
 彼女もまた、支配されていた。基地を乗っ取った、何者かによってだ。


『諸君はキカイと共に学び……』
 遠くから、声が聞こえる。
 校長が、またいつも通りの話をしている。聞いていると貧血が起こりそうなほど、長くつまらない話である。
 私立神聖都学園。現在、朝礼の真っ最中であった。
「郁さん!」
 今度は、近くから声が聞こえた。
 郁は、本当に貧血を起こしていた。倒れかけたところを、1人の女子生徒に抱き止められたところである。
 クラスメートの、影沼ヒミコだった。細腕で郁を抱き支え、心配そうに見つめてくる。
「……大丈夫ですか?」
「うん……」
 郁は答えたが、実は大丈夫ではなかった。
 心臓が高鳴っている。頬が、熱く紅潮してゆく。
(優しくされただけで、好きになっちゃう……悪い癖だって、わかってるのにぃ……)


 大量の資材が、自動的に、際限なく搬入されて来る。
 格納庫内の工作機械が同じく自動的に稼動し、それら資材を組み立て融合させ、何やらわけのわからぬ物体を作り上げてゆく。
 それは確かに、機械の生命体、と呼ぶのが最もふさわしい物体であった。
 この基地は今や、機械生命を宿し育てる、子宮のようなものと化していた。
 ダウナーレイスのTCたちは無論、破壊を試みた。
 だが機械生命はバリアーを発生させる能力をも有しており、仮に基地そのものを爆破したところで、これを排除出来るかどうか定かではない。
 それに綾鷹郁が、相変わらず配線ケーブルに捕われたまま意識を失っている。無理な破壊は、彼女の身に危険を及ぼしかねない。
 意識を失っているとは言え、郁の生命活動そのものは問題なく維持されている。恐らく、機械生命によって。
 この異常事態において綾鷹郁には、どうやら何らかの役割が与えられている。恐らく、機械生命によって。


 あの2人、出来てる。
 神聖都学園内で、そんな噂が立つようになった。
 実際、出来ているのだから仕方がない。郁は、そう開き直る事にしていた。
 何か言われる度に、言い返してしまう。
「ヒミコはかおるの嫁じゃけんね! 何ぞ文句あるかや!」
「もう、郁さんったら……どこの言葉ですか、それは」
「えへへ……頭に来ると、つい出ちゃうんだ」
 綾鷹郁と影沼ヒミコ。この2人は、まるで恋人同士のような親友関係にあった。
 もちろん、喧嘩をする時もある。
 体育祭の、借物競走での事だった。
 2人はダブルスを組んでいたのだが、ヒミコが手に取った紙には「彼氏」と書かれていた。
「そんな……彼氏なんていません。どうしましょう……」
「そんな……彼氏なんて、たくさんい過ぎて誰にすればいいやら」
 うっかり出てしまった郁の言葉に、ヒミコが怒り狂った。
「ちょっと郁さん! あっちこっちで男を引っ掛けてるって噂、本当だったんですかっ!」
「えっ、あ、いやその……あたしに優しくしてくれる人、いっぱいいるから……」
 愛らしい照れ笑いで、郁はごまかそうとした。
「でも……本命は、ヒミコだよ? ほんとだよ?」
「本命なんていないくせに! そんな事だから貴女は『ヤリ捨て』だの『公衆』だのと」
「きさん、それ言いゆうなら命の保証ばせんぞなもし!」
 郁は、ヒミコに掴みかかった。
 ヒミコは、ブルマを穿いた郁の尻を引っぱたいた。


 時空の歪みによって格納庫と繋がってしまった神聖都学園の様子を観察しつつ、TCたちは機械生命の扱いを進めていた。
「カルシウムが不足しているようね……」
「了解。こうなったら資材ぶち込んで育てまくって……とっとと巣立ってもらうしかないね」
 神聖都学園内の出来事と、この機械生命体は、綾鷹郁を媒体として繋がっている。
 郁が喜べば、機械生命も喜ぶ。郁が怒れば、機械生命も怒り狂う。
 怒り狂っていた郁とヒミコが、いつの間にか笑い合っていた。掴み合いの喧嘩が、仔犬か仔猫のような戯れ合いに変わっている。
「捕まえた〜。ぽろり!」
「ちょっと、あたしのスク水引っ張るな! ……ふふ〜、残念でした♪ ちゃんと下にビキニ着てるもんっ」
 配線ケーブルに束縛された郁の本体も、意識を失ったまま微笑んでいる。まるで楽しい夢を見ているかのように。
 その夢……神聖都学園における疑似体験が、この赤ん坊のような機械生命を育て上げているのだ。
「頼むわよ郁。このバケモノを、何とか無難に旅立たせてね……」
「資材爆入! そぉ〜れっ」
 機械生命は、順調に育っていた。


 神聖都学園内に、新たな噂が流れた。
「えっ! 退学? 入籍?」
「郁たち、出来婚なんだって……」
 綾鷹郁と影沼ヒミコとの間に、何かが出来てしまったのは間違いない。
 そのせいで、2人は学校を去らねばならなくなった。
 ヒミコと並んで、とぼとぼと道を歩きながら、郁は突然ある事に気付いた。
「……あれ? あたし……」
 夢から覚めたような気分だった。自分は一体、こんな所で何をしているのか。
 2人の間に出来てしまったものが、すっ……と上空に舞い上がって行く。
 それに付き添うかのように、ヒミコも空中に浮かび上がって行く。
 ぼんやりと見上げながら、郁は声をかけた。
「……ヒミコ、丸見えだよ〜。はみパンしてるし」
「馬鹿……」
 見上げる郁の顔を軽く踏み付けながら、ヒミコは微笑んだ。
 お別れの、笑顔だった。
「ヒミコ……」
「郁!」
 声をかけてきたのは、影沼ヒミコではなかった。
 坊主頭・ビキニ姿の、TCの1人である。
「先輩……あれ?」
 郁は見回した。
 見慣れた、航空事象艇格納庫の中だった。
 愛機の中で郁は、配線ケーブルでがんじがらめに縛られていた。
「ちょっ……な、何なんですかこれっ」
「ま、いろいろとあってさ」
 先輩が、ほどくのを手伝ってくれた。
「よくやってくれたね。郁のおかげで何事もなく、バケモノをお見送り出来たよ……まあ本当に何事もなかったわけじゃ、ないんだけどね」
 先輩が見上げた。郁も見上げた。
 格納庫の天井に大穴が穿たれ、屋根も破られている。
 何か巨大なものが、庫内から空中へと飛び出して行ったようであった。