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<東京怪談ノベル(シングル)>


『そして、さよなら』


 神聖都学園校庭に、空中から突如あらわれた何かが墜落した。数人の生徒が負傷。辺りはたちまち混乱に包まれた。テニスの練習中だった綾鷹・郁はひと目で、その墜落した何かの正体を見ぬいていた。航空事象艇である。
 郁はすぐにそれのもとへ走り、船の中を覗いた。無人である。どうやら、回送中にこの事故を起こしたらしい。
 当局に事故の報告と、事態の収拾を依頼。それから、彼女は負傷した生徒たちの介抱にとりかかる。その怪我人の一人に、郁の目は釘付けになった。
 血だるま状態の男子生徒。不謹慎だが、彼は完全に、郁の好みど真ん中だった。
「ねぇっ! 大丈夫!?」
 郁はその男子生徒に駆け寄り、声をかけた。
「う、うう……」
 彼は苦しそうに呻くばかりだ。
 とりあえず、止血しなければ。郁はためらいなく純白のテニスウェアを脱いでブルマ姿になり、ウェアを引き裂いて、それを包帯がわりにして出血箇所へ巻いてゆく。
「お、おい、よせ……汚れるぞ」
「なに言ってるのよっ! そんな場合じゃないでしょ!」
 それにテニスウェアなんかより、あなたのほうが大事だし――そんなことばを喉元に飲み込んで、彼を抱き起こす。とりあえず保健室だ。二人は保健室へと向かった。


 場所は変わって保健室。二人はそこにいた。彼はみかけのわりに軽傷だったようで、郁のかいがいしい手当もあり、出血はおさまっていた。
 だが、問題がひとつ。話を聞くところによると、事故による影響か、彼は記憶を失っているらしい。
「ほんとに、何も覚えてないの?」
「ああ……。名前すら思い出せない」
「なにか持ってない? ほら、生徒手帳とか、そういうの」
「いや……」
「じゃあ、携帯は? 自分の番号のところに名前とか書いてるかも!」
 彼は首を横に振った。
「そっか……。うーん」
 郁は少し考えたあと、
「じゃあ、あたしが名前つけたげる! えっと……“彦星”に、男の子だから“武”の字をつけて、“武彦”ってどう?」
「武彦?」
「そう! いい名前でしょ?」
「あ、ああ……」
 彼――武彦は困惑する。その困惑を、郁は自分への興味だと勝手に解釈しているので、少々ややこしい状態になっている。
 武彦の困惑を勘違いした郁が、彼へよりかかりつつ、しなを作ってみせる。
「ね、体操着、好き?」
「え……、あ、え……?」
 彼女の言葉に、さらに困惑を深める武彦。
 その時、保健室の扉が、勢い良く開け放たれた。
 そこには、見知らぬ男子生徒が一人。
「おー、いい雰囲気だねぇ、お二人さん」
「だ、誰よあんた!」
「外野は引っ込んでろ。俺はそいつに用があるんだ」
 突然の闖入者は、武彦を指さして言った。
「あんたには、ひどいめに遭わされたんだ。仕返ししてやんなくちゃ」
「怪我人に何する気?」
「どけ!」
 男子生徒の手が一閃し、郁の頬を叩いた。
 小柄な郁は、簡単に弾き飛ばされる。それを見て、さすがに武彦も黙っていなかった。彼が一発、顔に拳を見舞ってやると、男子生徒は情けない悲鳴をあげ、一目散に逃げ出してしまった。
「……大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫」
 武彦の手を借りて、立ち上がる郁。頬が青く腫れていた。
「本当に? ちょっと見せてみろ」
 武彦が郁の腫れた頬に手をやった瞬間、武彦の手のひらが淡く光を放ち、その光を受けた郁の頬から、みるみるうちに腫れが引いてゆくではないか。
「な、なんだこれ……?」
「もしかして、ハンドヒーリング……?」
 郁はもちろんだが、武彦自身も、自分のちからに驚いているようだった。
「……あなた、いったい何者?」
 その質問に、武彦は答えられない――。


 一方、体育倉庫。厳重な警備がしかれたその場所で、運びこまれた航空事象艇は現在、自動自己修復システムを作動させている。
 なぜ、警備体制がしかれているのか。それは、体育倉庫の窓からのぞく景色をみれば、すぐに分かる。窓の外には、見知らぬ惑星の数々が広がっている。ここは地球ではない。超巨大宇宙船のエアロックであった。この神聖都学園は、宇宙船の中で創りだされたVR映像だ。しかるべき権利を持つものは、宇宙船の真の姿を見ることができる。
 そして自己修復中の航空事象艇は、当局が狙う標的をおびき出す餌。
 その標的とは、もちろん――。


 郁の目の前で、武彦が突如、雷に撃たれたようにはっと顔を上げた。
「ど、どうしたの?」
「いかないと」
「えっ、なにが?」
 郁の言葉など聞いていないように、武彦は保健室の扉へ向かう。扉の前にたち、忌々しそうに舌打ちをし、腕を一振り。瞬間、武彦を中心に眩い光が放たれ、VR映像は跡形もなく消え去っていた。
 武彦は宇宙船の中を突き進む。彼の行く手を阻むTCたちを、手から放つ痺れ光線でなぎ払いながら。郁は、現状を理解できなかったが、ただ一つ分かったことは、
「ねえ、待って! これ以上暴れるのはよくないわ!」
「うるさい、離せっ!」
 むしゃぶりついてくる郁を、武彦が振り払った瞬間、彼の顔色が変わった。郁も、自身を襲った突然の浮遊感に、目を見開くばかりだ。
 振り払われた郁の身体は、船内の手すりを越え、高い段差を真っ逆さまにおちてゆく。武彦が手を伸ばすが、間に合わない。郁も無意識に翼を伸ばし、羽ばたかせようとするが、すでに遅い。
 硬い鉄の床は、もう目と鼻の先。衝撃。郁の意識は、たちまち途絶えた。


 武彦が手すりから身を乗り出し、下方を見やる。はるか下には、ぐったりとした郁の無残な姿があった。
 武彦は、郁のもとへ急ぐ。彼がそこへ着くと、郁は仲間のTCに抱き起こされていた。TCは、郁の亡骸を抱いて、ただただ号泣している。
 なんてことだ。武彦は、歯を食いしばった。
 ――そうだ、ハンドヒーリング。それで、彼女を助けることは、できないのか?
 迷っている暇はない。武彦は跪き、彼女の折れた首に、そっと手をやる。
 ――治れ、治ってくれ……! 必死に念じた。その祈りにこたえるように、彼の手が眩い光を放った。優しい光が、郁の首に吸い込まれてゆく……。
 武彦の手から、光の放射が終わったとき、死んでいたはずの郁が、うぅん、と声をあげ、ゆっくりと目を覚ました。
「あたし、いったい……?」
 目をぱちくりさせる郁に、武彦は良かった、と安堵の溜息をついた。


 郁の記憶では、視聴覚室だった場所に、彼女と武彦は連行されていた。
 モニターに、刑事と名乗る男が映しだされている。
 刑事は言った。武彦は脱獄犯であり、脱獄と、騒乱罪によって死刑が確定したと。そして当局に、彼の速やかな引渡しを要求していた。武彦は初め反論していたが、やがてそれが無意味であることを悟り、口を噤むのだった。
 郁は必死に訴えた。彼は万死に値する存在なのかと。だが、訴えは聞き入れられなかった。何故か――それは武彦が、“刑事”のバックにつく“政府”にとって都合の悪い超人の種族であり、粛清の対象であるからだ。
 その思惑を、すべて見抜いていた武彦は、既得権益死守の詭弁だな、とただ一つ呟き、覚悟を決めた。
「郁、俺はいくよ。お別れだ……」
 そう彼女へ微笑みかけると、彼の姿が崩れ、眩い人魂となってゆく。
「また、逢える……?」
 涙をながす郁に、人魂は答えた。
「神に不可能はないさ」
 ――そして、さよなら。
 それが、郁の聴いた彼の最後の言葉だった。

『そして、さよなら』了