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<東京怪談ノベル(シングル)>


いつもの幸せな1日の終わりと始まり

1.
 セレシュ・ウィーラーは椅子に座って「うーん」と思いっきり背伸びをした。
 ぐぅとお腹が鳴った。地下に入って大分時間が経っていたようだ。
 窓がないから正確な時間はわからないが、おそらく夜もだいぶ更けているのではないだろうか。
「あかん、疲れた」
 今日の研究はここまでにしとこ。
 分厚い本を広げたままに、セレシュは立ち上がると階段へと向かった。
 そして、地下の明かりを消すと1階へと上がる。そこは雑居ビルの1階。
 鍼灸院と自宅を兼ねている。
 鍼灸院の方は電気は消え、今日は既に閉店している。
 そのまま自宅のキッチンへと向かう。
 食べなくても死にはしないが、とりあえずこのグーグーいう腹の音は乙女としては静めたい。
 なんか…なんか食べ物あったかな…?
 つんっと頭が引っ張られる。思わずその方向を見ると、ヘビがくねっと一生懸命一方向に体を伸ばしていた。
「…あぁ、しもた。変化の術、忘れとったわ…」
 いつも人がいるときは変化の術で隠してはいたが、セレシュの正体はゴルゴーンである。
 ゆえに、髪の一部がヘビになっていたとしても不思議はないのである。
「なんやねん。そっちになにが…おっ!?」
 執拗に頭を引っ張られて、セレシュはヘビを押えながらその方向を見た。そこには食パンが置いてあった。
「ナイスや! あんたは偉い!」
 ヘビをなでなでとして、食パンを取り出す。それから冷蔵庫を覗くとツナ缶とマヨネーズと卵が出てきた。
「よしよし。これならサンドウィッチが作れるわ」
 ツナ缶から中身を出しマヨネーズと混ぜて、塩コショウで少々の味付け。
 あとはかき混ぜる! 力強く!!
 と、また頭を引っ張られる感覚がした。
「ん? 今度はなんやの?」
 セレシュが手を止めずにそちらを向くと、そこには風呂の自動給湯器のボタン。
 セレシュは考え込む。風呂は洗ってある。後はボタンを押すばかりである。
「そやな。押しとこか」
 ぽちっとな☆
 給湯が開始された音を確認して、セレシュはサンドウィッチの調理に戻った。


2.
 出来立てのツナマヨと卵のサンドウィッチとミネラルウォーターを持って、炬燵に座る。
 炬燵はスイッチを入れておかなかったから寒かったけれど、すぐに温かくなった。
 セレシュはぱくっと勢いよくサンドウィッチにかぶりつく。
 背中には黄金の翼がのびのびと文字通り羽を伸ばしている。
「うん、上出来上出来。さすが、うちやね」
 ヘビが物欲しそうな顔をしている。セレシュはそれに気が付くと「しゃーないなぁ」と少しずつ分けてやった。
 …少しずつだったはずなのに、いつの間にか半分以上食べられていたという悲劇!
「はぁ…あんたら食べ過ぎやん。あんたら太ったらツチノコみたいになってまうで?」
 セレシュの言葉にヘビたちはもう一口がぶりといこうとしたいた口を止めた。
 わたわたと右往左往するヘビたちに、セレシュは笑う。
「そない動きまわったら、絡まってしまうわ。ちょお落着きや」
 ヘビたちが落ち着いたころ、セレシュはサンドウィッチを食べ終わった。
「う〜ん、満足♪ 満足♪」
 手足を伸ばしてふーっと一息つくと、セレシュはミネラルウォーターを飲んだ。
 と『ピンポロパ〜ン♪』とお風呂の沸いた音がした。
「うんうん、いいタイミングや」
 くいくいっとヘビたちがお風呂に入ろうと急かす。
「まちっまちいっ! まず準備せな。タオルと〜着替えと〜それから…アヒル隊長や!」
 じゃじゃーんと取り出した黄色い小さなアヒルのおもちゃ。
 プピーッとそれを鳴らすと、セレシュは「ほな行こか」とお風呂に向かった。

 眼鏡状の魔具は風呂用の眼鏡状の魔具に取り換える。
 使い分けは大事だし、万が一ということもあるので外せない。
 浴室に入るとまずは軽くシャワーを浴びて、柔らかい大きなブラシでまず羽を綺麗に洗う。
 大きな鏡で背中を見ながら根気よく。この作業が大変なのだが、これを怠ると綺麗な黄金の翼を維持できない。
 ヘビたちも手伝おうとするが、うまくいかないのでセレシュは苦笑いした。
「あんたらは自分のことやっとき。ほら、スポンジ使いや」
 セレシュはヘビたちにシャンプーを含ませたスポンジを渡した。
 ヘビたちはそのスポンジを中心に円を描き、同時に体をスポンジにこすり付ける。
「そうそう、その調子や」
 羽も順調、ヘビたちも順調。
 段々アワアワになっていく体、もう少し、もう少し。
「よっし! それじゃ流すで!」
 そう言うが早いか、セレシュはシャワーを全身に浴びる。
 ワタワタとするヘビたちだったが、泡が流れきるとどこもかしこもピカピカの綺麗な体になった。
「さっぱりしたわ〜!」

 セレシュはそう言うと、ザパーンと湯船につかった。


3.
 うつ伏せで湯船にぷか〜っと浮かぶ。
「はぁあぁぁぁ〜」
 今日の疲れは今日の内にとるべし。
 セレシュは足を伸ばして、筋肉の緊張をほぐした。
 明日のアレやコレが浮かんできてが、今はとにかくこの疲労をすべてお湯に溶かしだそう。
 お風呂の温かさでうとうとするが、ここで眠ったら風邪をひく。
 それはあかん。風邪は万病の元や。
 とりあえず目を瞑らなければいいだけだ。それで体が温まるまでは頑張ろう。
 プピーッ! プピーッ! とアヒル隊長の鳴き声がする。ヘビたちが遊んでいるのだ。
「…ん?」
 いつの間にか、アヒル隊長の音がしなくなっていた。
 ぽたりとセレシュの肩に何かが落ちてきた。ヘビが目を瞑って眠っていた。
「あんたもお疲れか…。ご苦労さん」
 1匹…2匹…眠るヘビは段々と増えていく。セレシュもその吐息に合わせてなんだか眠気が襲ってくる。
「…あかんあかん! 体もあったまったし、はよ出な!」
 セレシュは勢いよく湯船から出た。
 体を拭いてパジャマに着替える。これも翼のために背中が大きく開いていた。
 眠るヘビたちを叩き起こしてタオルにヘビたちの体をこすりつけてもらう。
 ドライヤーを使わず、これで頭の処理は終了。風邪をひく心配はない。

 ふかふかのベッドにうつ伏せでダイビング。
「ふあ〜、疲れたぁ…」
 眼鏡状の魔具をベッド脇のテーブルに置く。
 途端、猛烈に襲ってくる眠気。セレシュは自分が疲れていたのだと改めて自覚した。
 もぞもぞと布団を軽く体にかける。たくさんのクッションをベッドに置いてあるので多少寝返りしても、翼は傷めない。
 大きなクッションをひとつ抱きしめて、セレシュはうとうととし始めた。
 ヘビたちは小さな寝息をたてて、既に眠りについている。
「おやすみな…」
 労いながら、セレシュもまた疲労した体を休めた…。


4.
「う…ん…」
 カーテンから漏れる細い光が朝を告げる。
 朝だ。新しい1日が始まった。
 セレシュはやや気だるげに身を起こす。寝ぼけ眼なのはヘビたちも一緒だ。
「おはよーさんやで」
 微笑むセレシュに、ヘビたちもくねくねと挨拶したように見えた。
 思い切り背伸びをする。肺の中の空気を全部入れ替える勢いで深呼吸をする。
「はぁ〜……よし!」
 気合いを入れると、しっかり目を開ける。
 眼鏡状の魔具をつけるとさらに気持ちがしゃきっとする。顔を洗い、服を着替える。
 朝ご飯は簡単にトーストとミルク。これもやっぱりヘビたちは欲しがった。
 鍼灸院の開店時間が迫っている。
 セレシュは大きな姿見の前に立った。
「ふぅ〜………」
 大きく深呼吸して、小さな早口言葉のような呪文を唱える。
 鏡の中のセレシュの姿が変化し始める。
 ヘビたちは柔らかな金の髪に。黄金の翼は跡形もなく消え去った。

 どこから見ても、鍼灸院の主・セレシュ・ウィーラーの出来上がりだ。

 手早く鍼灸院の準備をして、扉の鍵を開ける。
「やぁ、おはようさん。セレシュさん。今日も来たよ」
 常連さんがいつもの笑顔でやってきた。

「いらっしゃい! 今日も頑張っていこか」

 にっこりと笑ったセレシュの1日が、また始まった。