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<東京怪談ノベル(シングル)>


温泉だったんだけど……?

 もくもくと立ち上る白い湯気。上を見れば大きな三角屋根があり、周りにはゴツゴツとした岩がある。
 岩に囲まれ、湯気を立ち上らせているのは暖かな湯……。
 ここは、あやかし荘にある露天風呂だった。
「はぁ〜……。気持ちいい……」
 その露天風呂で、深い溜息を吐きながら気持ち良さそうに浸かっているのはアリアだった。
 ふと外側へ視線を送れば、自然溢れる緑に囲まれた長閑な場所である。耳を澄ませば近くに川が流れているのか、川の流れる音も聞こえてきた。
 岩風呂から見える景色も絶景。まだ誰もいないこの露天風呂も最高。
 まるで貸し切っているかのようにのびのびと一人風呂を楽しんでいるアリアの元に、一人の女性がタオルを巻いてやってきた。
「あら、アリアさん。一人風呂?」
「あ。恵美ちゃん」
 人懐っこそうにそう呼びながら、恵美ちゃんと呼ばれた女性は小さく笑いながら温泉に入ってくる。
「気持ちいいわよね〜、温泉って。凄く癒されるわ」
「うん。そう思う。恵美ちゃんはお仕事もう終わったんですか?」
「まだ残ってるんだけど、ちょっと休憩。って……やだ、ここ汚れてる」
 恵美はおもむろに、体に巻きつけてあったタオルを取ると汚れている岩を丹念に磨き始めた。
 その間も、アリアはほんのり頬をピンク色に染めながらボーっと天井を見上げている。
「よし、オッケー」
 汚れが完全に取りきれ満足した恵美は、今度こそゆっくり湯船に身を沈めた。
「こう静かな温泉てほんとに贅沢な感じがしていいわ」
 日頃の疲れを取るかのように、背中にあった岩に体を預けてそう呟く恵美に、アリアもそちらを見やりながら小さく頷いた。
「うん。今は特に誰もいないし、贅沢って感じですよね」
「そうよね〜。こんな露天風呂は大抵誰か必ずいるものでしょ? それをあたしたちだけが使ってるって思うと何だか幸せね」
 ニッコリ微笑む恵美につられて、アリアもふんわりと微笑んだ。
「今日もお客さん、たくさんいるんですか?」
「そうね。ありがたい事に満員御礼よ」
「じゃあ、そろそろお風呂に入りに来る人、来ますよね」
 するとそこへ、同じあやかし荘に泊まっているのであろう人間たちが数人、楽しげに騒ぎながら引き戸を開きこちらへやってくる姿があった。
「わぁ! 凄い。露天風呂よ〜」
「人がいないね。あたしたちの貸切っぽい」
 白く濁る湯気に紛れていたアリアと恵美がいることに気付いていない彼女達は、自分たちの貸切風呂だとはしゃぎながら温泉に浸り始めた。
 別段隠れているつもりはなかったのだが、大きな岩の影で癒されていたアリアと恵美に全く気付いた様子はない。
 キャアキャアと黄色い声を上げながら、まるでプールか海にでも遊びに来たかのように水をかけ合ったり泳いだりしている。
「何なの? ここは温泉でプールじゃないのに!」
 彼女達の行動を見兼ねた恵美が注意しようと動き出した時、今度は妖怪たちが入ってきた。
 その妖怪たちを見た瞬間、先ほどまで騒いでいた女性たちは一斉に口を閉ざし妖怪たちに視線を送っている。
 妖怪たちが入り、すっかり大人しくなった女性たちだったが、ふとその中の一人の悪ふざけが原因で再び騒ぎ始めた。
 バシャバシャとお湯を撒き散らしながら騒ぎ始めた女性たちに、今度は妖怪たちが怪訝な表情を浮かべ彼女達を睨み付ける。
「ちょっと、うるさいわよ」
 妖怪の一人がそう言うと、一瞬にして沈黙が全員を包み込む。
「何よ。妖怪の癖に、あたしたちに口出しする気?」
 負けじと女性がそう声を上げると、それが火蓋を切り、人間も妖怪もあられもない姿になりながらとっ掴み合いの喧嘩が始まってしまった。
 事の流れを見ていた恵美は、一触即発的に始まったその喧嘩にうろたえた。
「や、やだ、ちょっと……。ど、どうしよう」
 慌てている恵美に対し、恵美以上に冷静に経緯を見ていたアリアはボソリと呟いた。
「私なら、この場を何とかできます」
「え?」
 目を瞬く恵美に、アリアはその場に立ち上がるとスッと片手を前に差し出した。そして瞳を閉じて一度大きく息を吸い、フーッと吐き出すと同時にキラキラと光る冷気が現れた。
「ちょ……っ!? アリアさん?!」
 更にうろたえる恵美を他所に、アリアは更に冷気を解放する。すると次第に暖かかった温泉の表面に氷の膜が張りビシビシと音を立てながら分厚い氷に変わり果てていく。
 アリアを止めようとしていた恵美も、こちらに全く気付かずに髪や肩を掴んで金切り声を上げていた人間や妖怪たちも、抵抗する間もないうちにそのままの姿で氷像に成ってしまった。
「ほら、静か」
 あれだけ賑やかだった温泉が一瞬にして静まり返る。そして暖かだった温泉も氷付けになってしまった。
 その後、アリアは自分の周りだけを解凍すると、こちらを向いて固まったままの恵美に一声声をかける。
「先に上がるね」
 当然ながら、その答えに返事はない。
 アリアは一人、満足そうに温泉から上がると恵美たちのことは氷漬けにしたままさっさと後にしたのだった……。