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<東京怪談ノベル(シングル)>


ボラゴンドールだ玲奈

1.
「そんな!! 横暴だわ!」
「なにを言う。大体、そんな根も葉もない中傷をしていいと思うのかね? 根拠は!?」
「…くっ!」
「…ふっ、反論もできないのか。ならば採決を取る! 『勤務中のおやつ禁止令』に賛成の者は挙手を!」

『はーい!!』

 白王社編集部、その場にいる大半の者が手を挙げた。
 その中で手を挙げない少女がいた。
 三島玲奈(みしま・れいな)である。
 先ほどまで反対意見を出しまくっていた玲奈だったが、形勢は全くの不利だ。
 顔面蒼白で立ちつくす。
 これはヤバい! どうしてこうなった!?
 完全孤立。八方塞がり。
 なぜあたしだけが…あたし以外間食禁止に賛成なんだろう…?

「あれ? 玲奈ちゃん? どうしたの、顔色悪いよ??」
 編集部から出てきた玲奈を見つけたのは瀬名雫(せな・しずく)だった。
「いや、なんでも…そうだ。ちょっと付き合ってよ、雫」
「え? どこに??」
「満喫」
 雫の手を取り、玲奈は東京の街へと歩き出す。
 こうなったらやけ食いしてやる。編集部で間食禁止でも、満喫に行けばいいんだ!
 そうして新宿の大きなディスプレイの前を通り過ぎようとした時、衝撃の言葉が玲奈の耳に聞こえてきた。

『えー、次のニュースです。本日より一部喫茶所を除いて間食禁止条例が施行されました。各オフィス、学校などでは既に対策がされており…』

 ぽかんと玲奈はディスプレイを見上げた。
「間食…禁止条例ですって…?」
「あれ? 玲奈ちゃん知らなかったの? すんごい話題になったのに…これ今日からなんだねー」
 へらへらっと笑った雫を、玲奈はキッと睨みつけた。
 こうなったら…こうなったら……!!!


2.
「こうなりゃ、宇宙で間食よ!!」
「いきなり話飛んだーーーーー!!!」
 玲奈は雫を引っ張って宇宙船に乗り込んだ。乗合宇宙船だ。
「何もそこまでしなくてもいいじゃない!」
「雫、人にはどうしても譲ってはいけない物っていうのがあるのよ…」
 それが間食かよ!
 船は浮く。そして空へと飛び立つ。
 大空に白い雲を引っ張りながら、玲奈と雫は旅に出る。
 機内食は…ない。チッと玲奈は舌打ちした。まさかここまで間食禁止になっているとは…。
「お嬢ちゃんたち、どこまで行くんだい?」
 隣の客がにったりと笑って聞いた。
「蛞蝓星よ」
「蛞蝓星迄? 今日びの女子会はえらい遠征でんな」
 にひにひと笑った隣の客を、玲奈はぎろっと睨みつけた。
「うっさいわね! あたし空腹で不機嫌なの」
 隣の客の笑い顔が凍った。
「玲奈ちゃん…怖い…」
 雫も思わず身を引くほどの迫力が、玲奈にはあった。
 だがしかし…

「誰だ…誰がやったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 蛞蝓星の菓子問屋街についた玲奈は絶叫した。
 それもそのはず、蛞蝓星の菓子問屋街は壊滅的状況で見る影もなくなっていた。
 徹底的に荒らされ、破壊され、そして、1人の少年がうずくまって泣いていた。
「きみ…いったい何があったの?」
 雫が優しく聞くと、少年は顔を上げた。その胸にはしっかりとお菓子の箱が抱きかかえられていた。
「お菓子!!」
「しっ! 玲奈ちゃんちょっと黙って」
 雫が今にも少年に襲いかかりそうな玲奈を制止した。少年は話し始めた。
「わからない…突然『ポタポタボール』はどこだ!って…僕は…父さんがこのお菓子の箱で助けてくれたから助かったけど…なにも…何もわからなくて……父さん…!!」
 ボロボロと涙を流した少年の腕の中のお菓子箱は、どうやら父の形見のようだ。
「………」
 さすがの玲奈もそれを奪うわけにはいかなかった。
 しかし、その分さらに欲求は増幅された。
「こうなったらポタポタボールを集めるわ! この恨みとあなたの仇討はあたしがやる!!」
「おぉ! 玲奈ちゃんがいつになくかっこいい!!」
 ぱちぱちと拍手する雫を横に、玲奈はお菓子を求めてさらに彷徨うことになるのであった…。


3.
 宇宙を流れ流れて行く千里。
 玲奈と雫はついに冥王星までたどり着いた。
「あいつを倒せば…行くよ! 雫!!」
 目の前にはヌトヌトとした白い箱のようないかにもラスボスチックな奴がいる。微妙に冷気が出ているようだ。
 玲奈はそいつに全力で蹴りを入れようとした…が、足がその巨漢の上を滑っていく。
「ヌトヌトボールが欲しいか?」
「欲しい!!」
 着地したその反動で玲奈はもう一度蹴りを入れるが、やはり結果は同じだ。
「玲奈ちゃ…きゃっ!!!」
 雫が可愛い声を出して吹っ飛ばされた!

『ぷちっ』

 耳に聞こえるほど盛大な音がして、玲奈がキレた。
「よくも…よくも雫をぉぉおぉぉぉ!! あたしからお菓子まで奪うだけでは飽き足らず…さっさと喰いモン出せや、コラァ!!!!!!」
 …いや、なんかキレるとこおかしくない?
 お菓子がないだけに『おかし(く)ない』…なんつって。
 もとい!
 玲奈は高く跳躍するとラスボスのこめかみを握りこぶしで思いっきり挟み込んだ。
 これは痛い! しかもグリグリしている!!
 さらに、玲奈はそこに頭突きを思いっきり食らわせた。
 ドーーーーーン…と地響きを上げて、巨漢は倒れた。
「こいつを開けば何でも願いが叶う球が…あった!!」
 巨漢の腹の扉を開けると冷気と共に7つのタマがあった。
 これを…これを使って…!


4.
『よくぞズブズブボールを集めた』
 大きな竜が声を出すたびに、体の芯が震える。
 蛞蝓星墓地に戻ってきた玲奈はタマを並べて召喚の儀式を行った。
 菓子問屋街で泣き崩れていた息子も引き連れて、玲奈はそれに臨んだ。
 そうして現れたのがこの大きな竜であった。
 玲奈はごくりと唾を飲む。大事な願い事だ。間違ってもパンツとか欲しがっちゃいけない。

「雫を復活させて! あと菓子職人の親父も」
 
 …少しの静寂の後、竜は言った。
『よかろう』
 そう言うと竜は体をくねらせて、まばゆい光を放った。
 玲奈は思わず目を瞑った。その光は瞼を閉じてもわかるほど強い光だった。
「…玲奈ちゃん!」
 その声に、玲奈はハッとした。
「雫!? 雫なの!?」
 目に光が焼き付いて、よく見えないが、確かに雫の声がした。
「息子! 息子じゃないか!」
「オトン!? えぇ!? オトン!!?!?」
 なぜかこちらは困惑気味の声が聞こえる。
 段々と目が慣れてきた。玲奈は雫のその姿をはっきりと見ることができた。

 しけったクッキー、しけった煎餅、蕩けたチョコレート。

 雫の体はそう言ったもので構成されていた。
「………雫?」
「うん、そう」
 コクリと頷く雫らしきもの。玲奈は思わず菓子問屋の息子たちの方を振り返った。

 ぬちょっとしたケーキ、ぬちょっとしたドーナッツ、ぬちょっとしたキャンディ…。

 ぬっちょぬちょのお菓子人間(ゾンビ)が主張する。
「息子よ〜。ワシがオヤジや〜!!」
「きもっ! これ、オトンちゃうやん!!」
 息子の悲痛な叫びが聞こえる。玲奈はまた雫を見た。
 雫はいつの間にか消えた竜の残したタマを見つめていた。
「…あ、玲奈ちゃん。これ、パチモンや」
「へっ!?」
「これドロドロボールやん」
 …………

『間違えたーーーーー!?』

「どーすんのこれ!?」
 玲奈がそう訊くと、雫はへらへらっと笑った。
「いいんじゃない? なんか面白いし」
「いや、面白いとかそう言う問題じゃないし! 大体、あんた自分がお菓子になってて、それが腐ってるのわかってる!?」
 …………
「いやーーーーーー!! なんであたし、お菓子になってるの!?」
 気づいてなかったようです。
「どうしよう!?」
「だからさっきから聞いてるじゃん!?」
「とりあえず、片っ端からタマ集めよう! なんでもいいから集めよう!」
「うん、そうだね。下手な鉄砲数うちゃあたるだよね!」
 そうして、宇宙船に乗り込む2人。

「ちょっ!? うちのオトンどうしてくれるの!?」
 菓子問屋の息子の悲痛な叫びに耳をふさいで、玲奈と雫は涙を流す。
「…何事にも犠牲はつきものなのよ」

 そうして、宇宙船は瞬く間に宇宙の暗い闇に吸い込まれ消えて行った…。