コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


暴虐の時代へ


 漁村の子供たちが、遊び場にしている無人島である。
 来訪者の船は、そこに着陸していた。
 着陸した船から、人影が2つ、無人島へと降り立ったところである。
 まるでロボットのようでもある銀色の宇宙服に身を包んだ、その2名が、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。
 金髪が、ふわりと溢れ出した。鏡に映したような、全く同じ美貌が2つ、出現した。
「気圧も大気成分も、全く同じ……理想的な環境よ、姉さん」
「私たちの新天地にふさわしいかどうかは、まだわからないわ。サンプルを採集し、調べなければ」
「出来れば、知的生命体がいいわね」
 金髪の姉妹が、そんな会話をしながらサンプル採集に取りかかろうとした、その時。
 深夜の海原が、大きくうねった。
 水面が破裂し、荒波が生じた。巨大な何かが、海中から姿を現していた。
 船舶を一撃で沈めてしまえそうなヒレが、大量の水飛沫を散らせながら跳ね上がる。
「何……あれ……」
 金髪の姉妹が、息を呑む。
「サンプルに、なるかしら……採集してく?」
「そうね、そうしたいのは山々だけど……今の私たちの装備で、あれを捕獲するのは無理……」
 あれ、と呼ばれた巨大なものが、翼のようなヒレを羽ばたかせて海中を脱出し、上空へと舞い上がった。
 荒波が、強風が、無人島に押し寄せた。姉妹はよろめきながら、船の中へと逃げ込んだ。
 その船が一目散に離陸し、空の彼方へと逃げ去って行く。
 来訪者の逃走を見送りながら、ゆったりとヒレを動かして空中に浮かぶもの。
 それは、体長数十メートルにも及ぶであろう、巨大な海亀だった。


「何……あれ……」
 浜辺から無人島の様子を眺めつつ、綾鷹郁と鍵屋智子は、金髪の姉妹と似たような会話をしていた。
 無人島から離陸した円盤が、内陸部の方向へと一目散に夜空を横切って行く。
 それを見上げながら、智子が呟いた。
「間違いないわね。ナサは否定したけど、あれは地球外知的生命体の航空船よ。あんなにスムーズな離陸・飛行を可能とする技術が、この時代の地球にあるわけはないもの」
「ねえ智子ちゃん」
「一体、何のために地球へ……それにナサはどうして、宇宙人類の存在を否定するのかしら」
「ねえってば」
「否定しなければならない、隠蔽しなければならない理由が、何かあるとしたら……何よ郁さん、うるさいわね」
「円盤もそうだけど、あれ……」
「ただの幻覚よ。珍しくもない」
 智子は切り捨てた。
「私の頭は今、地球外知的生命体への対応策確立で忙しいのよ。幻覚に関する考察は貴女に任せるわ、郁さん」
 巨大な海亀が、空を飛んでいる。その現実から、智子は逃避していた。
 幻覚と決めつけられてしまったものを、郁は呆然と見上げた。
 褌一丁で神輿を担ぐ、などという恥ずかしい祭りによって崇拝される存在。
「海亀様って……本当に、いたんだ……」


 当然と言うべきか翌朝、郁は大いに寝坊をした。
「遅刻だー!」
 悲鳴を上げながら郁は夜間着を脱ぎ捨て、褌を締めた。褌一丁でしっかり祭りの練習をするよう、母からも厳命されているのだ。
 その一方、テニス部の朝練もこなさなければならない。が、この時間ではもう間に合わない。
「はわわわわ、先輩たちにシメられるうぅ……って、今日の体育何だっけ。水泳? 校庭でバレー? 体育館でダンス? ああもう全部着ちゃるぞなもし!」
 玄関の方から、声が聞こえた。
「郁、智子ちゃんぞね」
 母親の声だった。鍵屋智子が、迎えに来てくれたらしい。
「今行くー!」
 褌の上からスクール水着を穿こうとして、郁は気付いた。
「そう言えば、姉ちゃんのビキニ盗みっぱなしだっけ……いいや、着ちゃえ」
 ビキニを身体に巻き付けた後、郁はスクール水着、レオタード、体操着にブルマと、体育の授業で必要になると思われるもの全てを重ね着していった。
 食パンをくわえたまま、玄関まで下りる。
 セーラー服姿の鍵屋智子が、そこで待っていた。
「おはよう郁さん。謎が解けたわ」
「ち、ちょっと待って」
 郁はテニスウェアと制服を慌てて身にまとい、智子に続いて家を出た。


 昨夜の円盤は、あの後、とりあえず郁の通う学校の裏山に着陸したらしい。
 そこへ向かいながら、郁と智子は会話をしていた。
「裏地球?」
「読んで字の如くよ郁さん。地球とは、太陽を挟んで常に正反対の位置にある惑星。今は気象制御に失敗して氷河期の真っ最中、大地震も頻発しているらしいわ」
 どうやってそんな事を調べ上げたのか、などと訊く暇を郁に与えず、智子は続ける。
「滅亡寸前、と見ていいでしょうね。地球へ来た目的は、移住のための調査……あるいは、侵略のためか」
(空間的版図拡張……あのドワーフ連中と、同じってわけ)
 自分がダウナーレイスである事を郁が思い出した、その時。
「こらそこ、何やっとる! もう授業始まっちゅうぞ」
 草刈りの作業をしていた用務員が、少女2人を見咎め、ずかずかと歩み迫って来る。草刈り用の大きな鎌を、死神の如く振り上げながらだ。
 郁も智子も、ダッシュで逃げ出した。
 用務員の怒声が、追いかけて来る。
「サボっとったら服切り刻んで褌一丁ぞ! そんで廊下に立たしちゃるきに、こらぁあー!」
「そんな事したら、2000年代なら新聞沙汰よ……ネットで実名とか晒されて、大騒ぎになるんだからっ」
 呟きながら郁は、智子と一緒にひたすら逃げた。
 子供には人権がない、まさに原始時代のようなものであった。


 学校の裏山。森に埋もれるようにして、その円盤は着陸・鎮座していた。
 厳重にロックされていた入口を、鍵屋智子は難なく開いて、勝手に入り込んで行く。
「ち、ちょっと智子ちゃん……」
 郁は、慌てて追いすがった。そして円盤内部に入り込み、見回してみる。
 技術力は、ダウナーレイスと比べてもさほど見劣りはしない。ただ、この円盤では時間航行までは出来ないだろう。
「これが、裏地球の文明技術……」
 智子が一見冷静に、だが実はかなり興奮しながら、円盤内部の様々な機械類を弄り回している。
 止めた方が良いか、と郁が思ったその時。
 入口のハッチが閉じ、厳重なロックがかかった。
 悲鳴に近い声を、郁は発していた。
「ちょう智子ちゃん! 何しゆうぞね!」
「え? ……あ」
 智子が呆然としている間に、円盤は2人を乗せたまま離陸し、成層圏へと達していた。


「郁、遅い!」
 浜辺では、スクール水着を着た少女たちが怒っていた。全員、下にビキニと褌を着込んでいる。
 今から無人島に渡って、祭りの練習である。
 最も練習を必要とするはずの少女が、しかしまだ来ていない。
「郁の奴、サボりやろか」
「あいつ、まっことナメとる! こらもう袋に入れて拉致って来るっきゃないきに!」
「もう褌も穿かせてやらん! 郁1人、素っ裸で練習じゃ!」
 怒り狂う少女たちの頭上、遥か高空で、郁と智子を乗せた円盤が一瞬だけキラリと光り、消えて行った。