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<東京怪談ノベル(シングル)>


滅びの時代へ


 裏地球というのが一体、どのような場所なのか。どんな人々が住んでいて、どういう生活をしているのか。
 観光気分で調べて回る余裕は、なさそうであった。
「ちょっと、何これ……」
 裏地球の大気圏内の様子をモニターで観察しながら、綾鷹郁は絶句した。
 異様なものが、空を埋め尽くしている。
 凶悪に輝く複眼、禍々しい翅の模様。先端の鋭利な、ストロー状の口吻。そして戦闘機並みのサイズ。
 巨大な、蛾であった。
 それらが群れを成す空を、地球帰りの円盤が頼りなく飛んでいる。
 その円盤の中で郁は、いくらか恨みがましい声を発した。
「ねえ智子ちゃん、何かえらいとこに来ちゃったんだけど……」
「確かに、想像を絶する環境ね。この裏地球という場所は」
 えらい所に来てしまった元凶とも言うべき鍵屋智子が、反省の色もなくモニターを見つめ、息を呑んでいる。
 先程まで上空の様子を映していたモニターカメラが、今は地上に向けられていた。
 映ってるのは、この星の重要施設らしきドームである。それ自体はさほど珍しいものではない。地球でドームと呼ばれている建造物と、何ら違いはない。
 問題なのは、そのドームの防衛戦力と思われる、巨大なものの存在である。
 この円盤を一振りで真っ二つに出来そうな、鎌状の前肢。緑色の装甲外皮。冷酷そのものの複眼と鋭い大顎によって、機械的な逆三角形となった頭部。
 巨大な蟷螂であった。生物か機械なのかは、よくわからない。
 そんな怪物が左右の鎌を振りかざし、ドームを防護しているのだ。
 こんなものは避けて通るしかないだろう、と郁は思ったが、円盤はドームに近付いていた。
 巨大蛾が何匹か、円盤に群がり貼り付いている。
 鋭利な口吻がしゅるしゅると伸び、円盤の外壁をあちこちから刺し貫いた。
 その1つが、天井を破って少女2人の眼前に現れる。
 郁は悲鳴を上げた。
「智子ちゃん、何か武器ないの武器!」
 蛾たちの重みで、円盤がふらふらと高度を下げ、ドームに、巨大蟷螂に、接近して行く。
「この円盤は観測用……こんな怪物たちを追い払えるような装備は、持っていないわ」
 智子の言葉が終わらぬうちに、円盤が激しく揺れた。
 巨大蟷螂に、捕獲されていた。
 鎌状の前肢が、円盤に貼り付く巨大蛾たちを切り刻み、すり潰してゆく。無論、円盤の装甲もろともだ。
 蟷螂に抱擁されたまま、円盤はメキメキと歪み、ねじ切れ、残骸に変わっていった。


 残骸に変わりゆく円盤の中を、郁と智子は懸命に走った。
 走る2人を追い立てるかのように、壁が、通路が、歪み潰れてゆく。
 エアロックまで来た所で、智子が立ち止まってしまった。
 ねじ曲がった自動扉が、彼女のセーラー服の後襟とスカートの端を、挟み込んでしまっている。
 郁としては、思いきり引っ張るしかなかった。
「智子ちゃん……服ちょっと破けるけど、いいよね?」
「……破けた服を着ているくらいなら、最初から脱ぐわ」
 そんな言葉と共に、智子は脱皮した。
 セーラー服という蛹を破って、テニスウェアという純白の蝶々が現れた。智子の腕を引きながら、郁はそう感じた。
「身軽になったわ。さ、行きましょう郁さん」
 天才少女の、清楚で健康的なテニスウェア姿が、軽やかに跳躍して円盤の外へと飛び出した。
 郁が、慌ててそれを追う。
 着地した少女2人の頭上で、円盤は完全な残骸と化し、蟷螂の前肢からバラバラとこぼれ落ちた。


 降り注ぐ残骸から逃げ回っているうちに、郁と智子はドームの中へと駆け入っていた。
「ここ、きっと重要施設ってとこだよね……」
 郁は、不安げな声を出した。
「きっと、あたしらみたいな侵入者には優しくないよね……罠とか、いっぱいあったりして」
「屋外よりは安全。そう信じましょう」
 智子の言う通り、確かにこのドーム内には、巨大な蛾も蟷螂もいない。
 だが、警備兵はいた。
 まるでロボットのような宇宙服に身を包んだ、裏地球人の男が、前方の曲がり角から姿を現したところである。少女2人と、ばったり出会う格好となった。
 出会った瞬間、男は小銃を構えた。
 郁は智子の腕を引き、とっさに横へ跳んだ。跳んだ先の壁で、自動ドアが開いた。
 2人の少女は、部屋の中へと飛び込んでいた。
 直前まで彼女らが立っていた辺りの空間を、銃撃が激しく通過して行く。
 部屋は、どうやら物置として使われているようである。得体の知れぬ、だが恐らくはガラクタ同然であろう機械類が、雑然と積まれている。
 とっさに逃げ込んだは良いが、追い詰められた状況であるのは間違いない。外には、銃器を携えた警備兵がいるのだ。
「投降せよ、侵入者たち」
 その警備兵が、部屋の外から声を投げてくる。
「所持品を全て廊下に放り出せ。服も、下着に至るまでだ。身一つで我らに投降せよ」
「……だってさ」
 郁は言った。
「どっちが脱ぐ? とりあえずジャンケンで決めよっか」
「その必要はないわ……私に任せて」
 智子が、ためらいもなくテニスウェアを脱いだ。
 そして部屋から顔だけを出し、警備兵に向かって悪戯っぽく微笑む。
「覗いては駄目よ? 焦らなくても、見せてあげるから」
「身一つで投降せよ。早くせよ」
 警備兵が、無感情な声を発している。女の子に服を脱がせていると言うのに、あまりにも無感情だ。
 まるで機械か、さもなくば昆虫だ。
 郁がそんな事を思っている間に、智子は脱いだテニスウェアを、続いてスコートを、廊下へと放り出していた。
「身一つで投降せよ。早くせよ」
 警備兵が相変わらず、悦びもときめきも感じさせない声を出している。
 智子のこめかみの辺りに、ピシッと血管が浮かんだ。
「私が……脱いであげてると言うのにっ……!」
 純白フリルのアンダースコートから、智子は爆竹を取り出していた。
 郁の目には爆竹にしか見えないそれが、廊下へと放り出される。
 爆発が起こった。
 爆炎と爆風が、部屋の前を激しく通り過ぎる。
 それを呆然と見つめながら、郁は言った。
「今の、爆竹……? どういう配合よ」
「花火に毛が生えた程度よ」
 答えつつ智子は身を屈め、ほっそりした両脚をアンダースコートから引き抜いた。
 その下から現れたのは、ブルマである。濃紺の布地が、愛らしい尻の形に膨らんでいる。
 ばらばらと、足音が聞こえた。爆発を聞きつけたのであろう警備兵たちが複数、集まって来ている。
 体操着にブルマという姿のまま、智子は廊下へと飛び出し、純白フリルのアンダースコートを放り捨てた。
 劣情が少しは燃え上がったのか、単に敵の投擲物を確認しただけか、とにかく警備兵の1人が、それを拾い上げる。
 またしても、大爆発が起こった。
「ふふっ、残念でした」
 吹っ飛ばされてゆく警備兵たちに1度だけ微笑みかけてから、智子は駆け出した。
 苦笑しながら、郁はそれに続くしかなかった。


 ドームの最奥部、と思われる部屋である。
 そこに駆け込んだ途端、少女2人の背後で扉が閉まり、開かなくなった。
「閉じ込められた……ってわけ」
 舌打ちをしながら、郁は見回した。
 裏地球人の、科学技術の粋なのであろう。謎めいた機械類が、部屋のあちこちできらびやかに稼動している。
 特に目を引くのは、部屋の中央に鎮座している大型の電脳だ。
「投降せよ、侵入者たち……」
 それが、声を発した。
「身一つで投降せよ……早くせよ……」
「ここが、このドーム全体の機能中枢……なのは、間違いなさそうね」
 判断しつつ智子は、その電脳の傍らに屈み込んで何かを始めた。
 この天才少女のバイタリティに、いささか呆れながらも、郁は訊いてみた。
「……智子ちゃん、今度は何やってんのかな?」
「この電脳……配線を逆にすれば、ドームそのものを支配出来るかも知れないわ」
 その言葉が終わった時には、作業も終わっていた。
「とりあえず、何か命令してみましょうか……」
「んーとね、じゃあ何か食べさせてもらおっかな。誰かさんに振り回されて、お腹減りまくってんのよ。これが」
 などと郁が言っている間に、床の一部が迫り上がってテーブルと化した。
 その上に、様々な料理が現れた。久遠の都の上流階級並みの、豪勢さである。
「智子ちゃん、GJ!」
 郁は、親指を立てていた。


 がつがつと料理に食らいつく、2人の少女。
 その意地汚い食事風景をモニター越しに観察している者たちがいた。
「姉さん……あの子たちの卵巣、食べてしまいましょう」
 金髪の姉妹である。
「卵子には、地球人の情報が全て入ってるわ」
「そうね……摂取すれば、容易く地球人社会に溶け込める。彼らを、内部から支配出来る」
 ドーム全体が一瞬、大きく揺れた。
「また地震……この星も、長くないわね」
「急ぎましょう。あの子たちには、とりあえず眠ってもらうわ……甘い、甘ぁい、特製のお菓子でね」
 姉妹たちの美しい金髪の中から、何かがピンッと生えて揺れた。
 一対の、長い触角だった。