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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪夢の時代へ


 料理をあらかた食い尽くした頃合いを、まるで見計らったかの如く、テーブル上に2人分のケーキと紅茶が出現した。
 甘酸っぱい、スイーツとしては申し分のない香りの中に、鍵屋智子はしかし微かな薬品の臭気を嗅ぎ取った。
「郁さん、待って!」
 智子が叫んだ時には、しかしすでに遅く、綾鷹郁は躊躇いもなくケーキを口に放り込み、咀嚼し、紅茶で流し込んでいた。
「あー……いいもん食べてんじゃない、この星の連中……」
 満足げな声を漏らしながら、郁はテーブルに突っ伏し、寝息を立て始める。
 ものの見事に、一服盛られていた。
「へえ……破壊活動と暴飲暴食しか取り柄のない生き物だと思っていたけど」
 何者かが、いつの間にか、音もなく部屋に入って来ていた。
 2人の、金髪の美女。まるでクローンのように、よく似ている。
「勘が鋭い奴もいるのねえ。原始的な生き物は鼻がいいって事? 危ない危ない」
 うち1人が、智子に拳銃を向けている。
「貴女たちは……!」
 何かしら対策を立てようとする智子に向かって、拳銃が火を吹いた。いや、光を放った。
 銃弾ではなく、光線が発射されていた。


 床の一部が迫り上がり、今度は手術台になった。
「載せなさい。卵巣の摘出手術を始めるのよ。私たちが食べやすいように、ね」
「了解……デス……」
 催眠光線を受け、金髪姉妹の操り人形と化した智子が、機械のように冷たく平たい声を発した。
 そして意識のない郁を手術台に横たえ、メスを握る。
 智子は躊躇いもなく、そのメスを郁の身体に走らせた。
 意識のない少女の細身を包む制服が、スッ……と滑らかに裂けた。
 健康的な純白のテニスルックが、露わになった。
 ポロシャツを全く膨らませていない胸が、幸せそうな寝息に合わせて微かに上下し続けた。
 幼児化した細い両脚が、白いスコートから伸びやかに現れ出て手術台に投げ出されている。
 そんな無防備な少女の身体に、
「スコートも、ブルマごと切ってしまいなさい。手早くね、時間がないのだから」
「ハイ……」
 姉妹の命令通り、智子がメスを滑らせてゆく。
 テニスウェアが、ブルマもろとも切り開かれた。
 その下から現れたのは、レオタードである。子供となった郁の身体に密着し、柔らかく幼いボディラインをぴったりと際立たせている。
「随分と厚皮の生き物なのね……」
 姉の方が、いくらか苛立たしげに、手術の手伝いに入った。メスを持ち、郁のレオタードをさくさくと切り刻む。
 その下のスクール水着も一緒に裂け、ようやく郁の素肌が露出した。
 凹凸の乏しい身体に巻き付いた上下のビキニを、メスが容赦なく切断してゆく。
 切り裂く対象が、いよいよ肌と褌しかなくなってしまった、その時。
 ドーム全体が、大きく揺れた。地震。今までで一番、激しい揺れである。
 智子が転倒し、床に頭を打ち付けた。
 続いて、凄まじい音が響いて来た。それと共にドームがまたしても揺れるが、今度は地震によるものではない。
 地震ではない何かが、外部からドームの破壊にとりかかっている。
「姉さん、これって……!」
「そうね……今の地震で、あれの制御装置が!」
 服を切り刻まれた郁を手術台の上に放置して、姉妹が部屋から走り出て行く。
 あたふたと遠ざかる足音を聞きながら、智子は頭を押さえ、よろりと身を起こした。
「う……ん……一体何が……」
 転倒の衝撃で、催眠光線の効果は切れている。
 ドームが、激しく揺れた。智子は今度は踏みとどまり、転倒をこらえた。
 現在、何が起こっているのか、何となくわかった。
「……郁さん、起きて。郁さん!」
 手術台に横たわる少女の、裸の腹部を、智子は思いきりつねった。
「痛ッ! 何しゆうぞね……きゃあああっ!」
 慌てて身を起こした郁の細身から、ズタズタの布切れと化したテニスウェアやらスクール水着やらが滑り落ちる。
 ドームが揺れ、天井の細かな破片がパラパラと降って来る。
 そんな状況であるにもかかわらず、郁は両腕で己の胸を抱き隠し、喚き続けた。
「何! 何何なに何! 一体何なのよぉおおおッ!」
 ふわふわとした茶色の髪が振り乱され、綺麗な涙の雫がキラキラと散る。
「恥ずかしい……恥ずかしいよォ……」
「……仕方ないわね。私の体操着、貸してあげる」
 智子は体操着を脱ぎ、スクール水着にブルマという姿になった。
 そして脱いだ体操着を、郁の頭から着せ被せる。
 左右の細腕を半袖に通しながら、郁はまだ泣きじゃくっている。
「……下は?」
「駄目よ。ブルマまで脱いだら私、スクール水着だけになってしまうわ」
「あたし、褌なんだけど……」
 そんな会話をしている場合でもなくなった。天井に、壁に、大きな亀裂が走り始めている。


 地震によって制御装置を破壊された巨大蟷螂が、ドームを破壊する作業を中断し、同じくらいに巨大なものと対峙していた。
 地球の方角より飛来し、悠然と着地しつつ後肢で直立する、海亀神。
 2体の巨獣が、地響きを立てて、ぶつかり合った。
 振り下ろされる左右の大鎌を、海亀神が巧みに甲羅で受ける。そうしながら、体当たりを喰らわせる。
 吹っ飛ばされた巨大蟷螂が、すでに半壊していたドームに激突した。
 瓦礫が、大量に降り注いで来る。
 スクール水着にブルマ。体操着に褌。そんな珍妙極まる姿の少女が2人、円盤の残骸に隠れながら悲鳴を上げる。
 すぐ近くでは、先程まで金髪の美しい姉妹であった生き物が、瓦礫に押し潰されて絶命していた。
 それは2つの、巨大なゴキブリの死骸であった。
 その正視しがたい死に様が、突然の爆発によって消し飛んだ。
 海亀神が、口から火の玉を吐き出していた。流星のように飛んだその一撃が、ドームの残骸もろとも、巨大蟷螂を爆砕する。
 その爆発の中から海亀神は、郁と智子を甲羅に乗せたまま、飛び立って行った。


「かぁおおおるぅうううううう!」
 海亀神によって地球に帰り着いた郁を待ち受けていたのは案の定、姉の激怒であった。
「きさん、人の水着ば勝手に持ち出しくさって何しゆうぞな!」
「ご、ごめんなさい……お姉様……」
 怯えながら、郁は少しだけ頭を下げた。あまり深々とお辞儀をすると、褌が食い込んでしまう。
 同じく頭を下げながら智子が、片肘で郁をつついた。
「……もう少し、きちんと頭を下げなければ駄目よ郁さん」
「で、でも、お尻が褌が……」
「いいから早くっ」
 智子が、郁の後頭部を押した。
 可愛らしい左右の尻肉が、褌からプリッとはみ出した。
 爆発で焼け焦げた体操服が、郁の身体からハラリと破れ落ちる。
 大鎌を持った用務員が、それに無人島で待ちぼうけを喰らわされた少女たちが、感心している。
「ほうほう、先手ば打って自分から褌一丁になったかや。殊勝な心がけぞなもし」
「ま、何ぞボロボロになって反省しちょるみたいやき、素っ裸は勘弁したる」
「さあ練習練習。本番まで、もう何日もないぞね」
 郁が、それに智子までもが、少女たちに容赦なく連行されて行く。
 掴まれ、引きずられながら、2人は悲鳴を上げた。
「待って、違うわ! これは裏地球人に」
「宇宙人に、身ぐるみ剥がされたのよう!」
「こん子らは、テレビ見過ぎぞね」
 付き添いの女教師が、そんな事を言っている。誰も、郁の話をまともに聞こうとしてくれない。
(うう……あたし、やっぱり否定されてるぅ……)
 郁は心の中で、誰にも届かない泣き声を発した。
(でも……海亀様には助けてもらっちゃったし……褌一丁でお祭りくらい、してあげるべきなのかなぁ……)
 褌一丁で、神輿を担ぐ。
 それを、あの海亀神が果たして感謝と受け取ってくれるのかどうかは、謎であった。