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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.21-side ■ ネオンの一幕






 摩訶不思議、とは正にこの連なる建物の事であろう。

 曰く、中世ヨーロッパを彷彿とさせる古城。
 曰く、近未来を想像させる宇宙船。
 曰く、南国のアバンチュールを味わえるコテージ。

 様々なシチュエーションを、これでもかと言わんばかりに主張している建物の連なる、少しばかり浮世離れした街並みである。

 人通りが少ない事は唯一の幸いと言った所だろうか。二人の若い男女が歩いて行く姿は他人の目に映る事はなかった。
 それでも、『満室』と赤い字で書かれた表示を目にする事もあった事から、少子化どうのこうのという問題は危惧する必要はないのではないだろうか。

 如何せん、自分達が足を向けている建物は、何をするとは言わずとも、そういう建物である。

 そんな現実を前に、猫姿の黒髪のクールビューティーな女性は、普段のその颯爽とした様子ではなく、耳まで赤く染めた顔を俯けながら腕を引かれている。
 そういう点では、どこか初々しさに頬を緩める人もいただろうが、それは誰も見る事がなかった。

 ――否、見る事がない通りを率先して選んだ、というべきだろう。




 やがて二人は、「雰囲気作りに勤しんでおります!」といかにも謳い文句にしている建物とは違い、少し落ち着いた普通の雰囲気で建っている建物へと足を踏み入れたのであった。





◆◇◆◇◆◇





◆◆草間 武彦◆◆


 相変わらずの猫姿も、見慣れてくればどうという事はない。
 所詮はきっかけ作りに過ぎないのだ。

 ――もはや俺に、そんな『きっかけ』は必要ないと言えるだろう。

 何に対してそんな強気な発言をしてるのかって?
 馬鹿野郎、言わせんな。スタート前からエンジンを噴かせるレーサーの気持ちが俺には分かるんだよ。

 こんな状況を前にして平常でいられるか、と聞かれれば、人生をバラ色に謳歌している奴ならYesと答えただろう。

 しかし、俺は違う。

 いや、勘違いすんなよ。何も今までそんな経験がなかったって訳じゃない。

 こういう超科学の技術が詰まった夢のアイテムだとか――。
 綺麗な女の猫姿とか――。


 …………あれ?


 ……いや、皆まで言うな。初めてだよ。悪かったよ。

 

「キスは良い、んだよな?」

 自分で言いながら、なんてむず痒い発言をしてるのやら。
 いや、分かってる。冷静な状況じゃない事と、今の俺の状況を鑑みれば、もちろんそんな冷静な判断は出来ていない。

 ――でもほら、そういう約束だし?

 って事で確認だ。そう、これは確認だ。

 そんな俺の前で、無駄に大きめのベッドに腰かけた冥月が小さく動揺した後で、目を瞑って少しばかり顎を持ち上げた。


 大人の男ってのは、こういう時は優しくリードする。それが世の常であって、スマートな男ってモンだ。

 ――そんな事は分かってる。

 ……分かっててどうにか出来たら、苦労はしない、だろ?

 だから俺は敢えて言おう。

 ……こんな状況で、何もせずにいられるかっつーの!







◆◆黒 冥月◆◆





 目を閉じて待ってみる。
 喧しいと感じる程の心臓の鼓動の早さのせいか、呼吸すらいつも通りにはままならない。
 目を閉じて闇に慣らす事など、私にとっては造作もない事だ。

 だと言うのに、こんなに緊張して身体に力が入らないなんて事、今までに経験した事はない。

 ――まだ、なの?

 じれったい時間。
 数秒だというのに、まるで数分、数十分という時が流れた様な錯覚が私を襲った。

 時間が経つ程に、頭が狂っていきそうだ。
 身体が強張り、手先が痺れる様な感覚。触れそうな程近くに感じられる人の温もりの気配。

 正直、この状況は耐えられない。

 ――動いた。

 布のこすれる音。僅かに聞こえる、彼の息遣い。
 でも、少し位置が――。

「――……ッ」

 不意に襲った、身体を走る電流の様な衝撃に跳ねる。
 首筋に触れた温もりが、彼が唇を寄せた先がそこである事を私に知らせる。

「にゃ……ッ、そ、んな所、ダメ、にゃ……ッ」

 時間を稼がなくてはならない。
 この屈辱的な口調を続けなくては、この忌々しいアイテムは外す事が出来ない。

 それが武彦にとっては、どうやら効果的だったらしいが。

 クソ、憂め……。実に効果的な手法を用意していたな……。

「だから、“キス”だけだろ?」
「そ、そんなのズルい……にゃ……」

 したり顔の武彦。
 瞳は熱を篭らせ、頬は朱に染まり、息は熱く荒い。

 ――こ、ここ、これはマズいのでは……ッ!?

「や、その、武彦……? も、もうちょっと落ち着いて……――ッ!?」

 なんとか声をかけながら、武彦に冷静さを促そうと試みるが、武彦の手がそっと私の服を肩から滑らせる。
 首に感じる暑さが、徐々に身体へと伝っていく。

「――ッ!!?」
「……可愛いよ」
「……バカ……ッ」

 身体に触れる温もり。
 その度に、私の身体は跳ねてしまう。

 ――このまま、いっそ……。

 そんな事を考えながらも、私は武彦の顎に触れ、持ち上げた顔にそっと唇を重ねた。





◆◆◆◆◆◆





 濃密な甘い匂いに、脳が痺れる様な錯覚。
 そう、全ては錯覚であり、互いが魅せた幻覚であった。そう説明される方がしっくり来るのではないだろうかと冥月は僅かにまどろみつつ、白いベッドへとその身体を投げ出した。

 視界の端に映る猫耳などの一式。

 見慣れない天井に映る自分を見つめ、人知れずため息を吐いた。

 武彦は冥月と幾度めかに口付けた後、「ちょっと頭冷やすわ」と言ってシャワーを浴びに行った。その姿を見て、ようやく夢から目を醒ました様に冥月は静かに鼓動の高鳴りを抑えていた。

 あの後も続いた武彦の情熱的な口付けから解放され、身体を今も包み込む異性の臭いと、嗅ぎ慣れた煙草の、少し苦い香り。

「上がったぞ」
「あ、うん……」

 バスローブから覗いた肌に思わず視線を背けた冥月が、武彦と入れ替わる様にシャワーを浴びに行く。

「一緒に入るか?」
「な……ッ、バカッ」

 ついて来ようとした武彦を文字通り一蹴し、ドアを閉めた冥月は、するりと自分の身体の乱れた服を脱ぎながら、鏡の前に立って自身を見つめた。

「……しばらく見せられないじゃない……」

 身体についた跡を見つめながら、何処か優しい笑みを浮かべて冥月は小さく呟いた。

 ――らしくない。

 今までの自分にはない、違う一面を前にどうして良いのか解らず、冥月は一瞬その表情に影を落とした。

 少し冷たいぐらいの水を被って気持ちを鎮めながら、冥月はそんな自分と向き合う様に呟いた。

「……全てが終わってから……だね」

 好きな相手に求められた事が、嬉しい。
 しかし、そんな自分に戸惑いつつ、落ち込む。

 ――それでも、そんな自分は嫌いじゃない。

 複雑過ぎる自分の感情も、とりあえずはこの胸の内におさめておこう。

 そう考えながら、冥月はバスローブを羽織って武彦とは少し距離を置いて座り込んだ。

 牽制と自制、物理的な距離が必要だと感じたのだった。


「……あ、冥月。これ買うか?」
「え?」

 武彦が指さしたのは、備え付けられている自販機。明らかに女性用の下着である。

「バカ! 影の中にある!」
「おぉぅ」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、悪戯に成功した様な顔をしている武彦に、冥月は枕を投げつけ視線を逸らした。

「だいたい、武彦! なんか言葉がオヤジ臭いぞ!」
「冗談だって」

 むぅ、と唸りながら頬を膨らませる冥月が武彦を改めて睨み付ける。そんな冥月の前で所在なさげに頭を掻いた武彦が、ふと雰囲気を変えた。

「なぁ、冥月」

 先程までのふざけた声でもなく、甘える様な声でもない武彦の声に、冥月も気を少しだけ引き締めた。

「全部終わったら、その時は俺も我慢しねぇからな」
「――ッ、な、ななな、何を……ッ!」

 不意に真剣に告げられた言葉に、冥月は顔をボンっと音がしそうな程に赤くして狼狽えていた。

「だから、いなくなったりするんじゃねぇぞ」
「……。あぁ、いなく、ならないよ」

 武彦が何を思ってそう言ったのか、冥月には解らなかった。ただ、それを口にしておく事は、どうしようもなく重要だと感じ、静かにそう答える。

 それだけで、その約束は絶対になる。そんな気がしたのであった。

「さて、帰ろうか」
「……うん――って」

 立ち上がった武彦が冥月に歩み寄り、同じく立ち上がろうとした冥月の唇に、軽く口付けする。

「約束、忘れんなよ」
「……分かってるわよ、バカ」







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いつも有難うございます、白神 怜司です。

なんというリア充!って展開になってきましたw
いや、描写のラインが難しい所でしたが、
なかなかオブラートになってしまいましたねw

お楽しみ頂ければ幸いですw

それでは、今後共よろしくお願い致します。

白神 怜司