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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.17 ■ Einleitung






 巫浄霧絵の能力を基にした、『負』の力。本来であれば、精神を蝕まれてしまってもおかしくはない程の、禍々しい力を「コピーした」と言う勇太を前に、凛はその資質に驚かされていた。

 ――不安。

 一言で言うならば、今の勇太に対して凛が抱いた感情で最も大きい物はそれである。
 勇太はたった一人で強さを手に入れ、虚無の境界と戦おうとしていると言うのだ。凛達と共に戦うでもなく、「守りたい」という言葉から、その想いはひしひしと伝わってくるものであった。

 だからこそ、凛は胸を締め付けられる程に、切なさを感じていた。

「――痛ッ……」
「勇太!」

 回復したとは言え、あれだけの深い傷を負った後だ。凛は慌てて勇太に駆け寄り、崩れようとした勇太の身体を支えた。

「あはは……、やっぱまだ痛いなぁ」
「無理はいけません。戻りま――」

「――何してるのかなぁ?」

 身体の芯から底冷えする様な、優しい口調に冷たい言葉が背後から聞こえ、勇太と凛が振り返る。
 白衣を着て腕を組み、茶色がかった長い髪をサイドアップにしている眼鏡をかけた女性。そして、IO2で勇太のトラウマを蘇らせた楓と似ているが、何処か違う目をしている女性――馨の姿があった。

「え、っと……?」
「おはよう、それに初めまして。武彦から聞いたけど、楓とは会ってるみたいね。私は楓の双子の姉、馨。よろしくね」
「あ、はい。工藤勇太で――」
「――知ってるわ」

 馨がにっこりと笑みを貼り付けたまま、勇太の言葉を遮った。笑みとは裏腹に、声の高さは高いが、抑揚がないどこか冷たい言葉を紡ぎながら、馨は勇太に言葉を続ける。

「死にかけの怪我を負ってここに運び込まれ、仲間に心配をかけたのに起きて早速無茶をする愚かな性格。昔の武彦にそっくりよねぇ〜」
「え……?」

 勇太はここに来てようやく自覚した。

 ――この人の笑顔は、やはり偽物だ。

 かつて巫浄霧絵と対峙した時にも感じた、薄ら寒い笑み。そして言葉の端々に感じる、圧倒的な悪意。

 ――勝てませんッ!

 そんな答えが、勇太の頭の中で警鐘を慣らす。

「あ……あの、すいま――」
「――怪我人が無茶して周りに迷惑かけない!」
「はいぃぃ! すんません!!」
「さぁ、キリキリ動く! ベッドに戻って安静!」

 勇太はベッドへと強制連行されていくのであった。




―――
――





 虚無の境界の動きが活発化している状態の中、自分がベッドで落ち着いていなくてはいけない現状はもどかしさを感じる。それでも、まともに動く事が出来ない自分がこうして休んでいなくてはいけないという現実。
 そんな気持ちと状況に板挟みにされた勇太は、少し不貞腐れる様にベッドで横になっていた。

 その横で、勇太を見張る様に腕を組む馨。勇太の服を畳んだりと甲斐甲斐しく世話をする凛。そこへ、勇太が目を醒ましたと一報を受けた武彦が、小さくノックして勇太の病室へと顔を出した。

「よう、聞いたぞ。馨に怒られたんだってな」
「草間さん……」

 少しからかう様な笑みを見せた武彦が、勇太の横たわるベッドの横にある椅子へと腰かけた。起き上がろうとする勇太に、「そのまま寝とけ」と額を小突くと、勇太は口を尖らせつつも枕に頭を置いた。

「ここって?」
「あぁ、お前には何も説明してなかったからな。色々説明しておかなくちゃな」

 そうは言いながらも、武彦はどう説明するべきかと逡巡する。

 それは少なからず、宗の存在が関係してくるからである。
 今の勇太に、武彦の推測を話すべきか否か。その判断は武彦には下せずにいたのだ。

 現状を説明するにあたり、昔自分と組んでいた馨の存在。
 そして、馨の研究所で、勇太を回復させる事が出来るかもしれないという百合の提案に乗った事。
 勇太自身が危険な状態であった事を、武彦は静かに語った。

「……そっか。俺、助けてもらったんだ。ありがとう、草間さん。それに馨さんも」
「有難いと思うんなら寝てなさいよね」

 クスっと笑いながら馨が勇太に釘を刺す。

「まぁ助けられたのは俺の方だがな」

 武彦の言葉に、勇太は小首を僅かに傾げた。

「俺を庇って怪我するなんて、何考えてんだ」
「あ、あの時は咄嗟に……!」
「それでも、お前が俺の代わりをする必要なんてねぇんだよ。お前はまだガキなんだ。周りの事ばっかり考えてねぇで、自分の事だけ気にしてりゃ良いんだよ」

 少しばかり怒気を孕んだ武彦の言葉に、勇太は口籠る。
 一生懸命だっただけ。ただそれだけで武彦を守ろうとした自分。それを武彦に怒られるなんて、理不尽だ。
 勇太の思考がそう結論を出す前に、「だが」と武彦が再び口を開いた。

「お前にそんな真似をさせる様な失態を取ったのは俺だからな……。まぁ、その、なんだ。助けてくれてありがとうな」

 武彦の言葉に、勇太は嘆息した。
 正面からそんな事を言われて、嬉しくない訳がない。真正面からお礼を言われる事がどうにもむず痒い勇太は、「べ、別にそんなの良いよ」とだけ答えると、布団の中に顔を突っ込んでしまった。





◆◇◆◇◆◇





 勇太の部屋を後にした武彦と馨、それに凛の三人。凛は姿が見えない百合に、勇太の快方の報せを届けようと探すが、どうにも百合は姿を現さない。キョロキョロと周囲を見回しながら、馨の後に続いて歩いていた。

「武彦、私ちょっとこの子と話あるから」
「ん? あぁ、んじゃ向こうの部屋行ってるぞ」
「え?」

 馨が唐突に凛の肩を抱いて告げると、武彦はひらひらと手を振って歩き出した。突然馨と二人きりにさせられた凛は、話が何かなど見当がつくはずもなく、馨の言葉を待った。

「さて、凛ちゃん。まずは謝らなくちゃね」
「謝る……?」
「取り乱した貴女を叩いた事よ」

 バツが悪そうに頬を描きながら苦笑を浮かべた馨に、凛はようやくその事を思い出した。勇太が危険な状態に陥り、気が気じゃなかった時の事だ。

「いえ、あれは私が……」
「大事な人、なのね?」

 ボンっと音を立てるかの様に顔を真っ赤にした凛が、両手の指をぶつけ合いながら俯くと、馨は小さく笑った。

「凛ちゃん。もしも勇太クンが危なっかしい行動をする様なら、貴女はそれを止めなくちゃいけないわ」
「――ッ」

 不意な馨の発言に、凛は先程の勇太とのやり取りを思い出し、その表情に影を落とした。

「あの子ね、なんとなく似てるのよね。昔の武彦と」
「昔の草間さん、ですか?」
「えぇ。それに、貴女は何となく、昔の楓と似てる」
「え……?」

 楓の名前が出て来た事に、凛は驚いて目をむいた。
 今の楓の姿を知る凛にとって、自分と楓の似ている部分など見当もつかないのだ。

「楓は私と武彦に、私が言うのも可笑しな話だけど、憧れてたのよね」
「憧れ?」
「そうよ、憧れ。だからあの子は、私達を支えようと、いつでも裏にいようと一生懸命だった。自分が日の目をみない事も厭わずに、ただ支えようとしていたんだと思う」

 馨は続けた。

「だからこそ、後悔してるんだと思う。私を、武彦を止められなかった事。自分の気持ちをぶつけずに、ただ支える事だけに徹したから、あの子はどこかで道を踏み外そうとしているのかもしれない」
「…………」
「凛ちゃんは、勇太クンの手綱をしっかり握っておかなくちゃダメよ。昔の武彦と似ている彼なら、リスクを一身に背負ってでも何かをしようとするから、ね」

 その言葉に、凛はあのコピーの力の事を思い返していた。

「……はい!」

 自分には何が出来るのか、そんな事を改めて凛は考えるのであった。





◆◇◆◇





 武彦達がいなくなった勇太の病室。いつの間にか眠っていたらしい勇太は、僅かに揺れた空気に気が付き、ゆっくりと目を開けた。
 開け放たれた窓。茜色に染まった世界を見つめる、か細い身体。逆光によって浮き彫りにされたそのシルエットを、勇太は薄っすらと開けた瞳から見つめていた。

 物憂げな顔をしている少女、百合の姿だ。

 百合はなるべく音を立てない様に、優しくカーテンを閉めて勇太に向かって振り返った。
 起きているとは思わなかったのか、僅かに目を見開いて驚いた百合。

「起こして悪かったわね」

 一言だけそう告げる、伏し目がちにそのまま病室を後にしようと歩き出した。そんな百合を、勇太が名前を呼んで呼び止めると、百合は顔を勇太に向けようともしないままに立ち止まった。

「俺を運んでくれたの、百合なんだろ? ありがとう」
「……ッ、な、何言ってんのよ。しかも……名前で呼ぶなんて……」

 改めて名前で呼ばれた事に、百合は耳まで赤くなりながらボソボソと口を動かした。

「え?」
「な、なんでもないわよ!」
「な、なに怒ってんだよ」
「怒ってないわよ」
「嘘だねー。絶対怒って――」
「――怒ってないわよッ」

 百合が振り返り、その表情を見た勇太は思わず言葉に詰まった。
 ぼろぼろと頬を伝う涙。何故百合が泣いているのか、勇太はその理由が分かるはずもなく、ただただ唖然としながら口を開けて戸惑っていた。

「ど、どうしたんだよ?」
「――ッ!? なんでもないわ!」

 慌てて頬を拭う百合が、未だ溢れてくる涙を何度も拭う。

「なんかあったのか? お前も怪我してるとか――」
「――バカッ!」
「は!?」

 百合が勇太に歩み寄り、手を振り上げる。

「アンタは勝手なのよ! 私を助けようとしたり、私の為に怒ったり――!」

 ――五年前も、そうだった。

「怪我して死にそうになって心配させて――!」

 ――唯一、自分が心を開いても良いかと思える相手なのに。

「周りにはアンタの事心配してる人がいて、アタシは傍に居場所なんてなくて……――!」

 力なく何度も振り下ろされるか細い手。ようやく手が止まり、両手で頭を抑えていた勇太が顔をあげると、百合の腕が勇太の首を回り、きゅっと抱きしめられた。

「お、おい」
「バカ……。バカよ、アンタは……ッ」

 ――もう、どうしようもなかった。この温もりを、手放したくはなかった。

 百合は、初めてと言って良い程に堰を切って流れた感情に戸惑いながら、勇太の胸に顔を埋めて涙していた。

 初めて見つけた、自分が心の底から一緒にいたいと思える相手。
 それは霧絵に対してかつて抱いた感情とは違う、温かな気持ちだった。

 胸元に顔を埋めながら、百合はただその場所を自分の物にしたかった。




(……な、何でこんな展開なのさー!?)




 そんな状況だと言うのに、この少年――勇太は戸惑って呆然としながら、口をパクパクと動かしていた。






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