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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.22 ■ 冥月の策






 全てが落ち着いた翌朝、冥月は携帯電話を片手にどこか不機嫌そうにそれを耳に当てていた。

『おかけになった電話は〜、電波のとどか――』
「――ほう、それは仕方ないな。IO2に直接攻め込むか」
『やっほー、冥月ちゃん。電話してくれたんだねぇー』

 鼻を摘んでいたかの様な声を出していた電話の相手――憂は、冥月の一言に手のひらを返す様に答えた。先程まで怒りの苦情でもぶつけてやろうかと思っていた冥月だったが、そのあまりの滑稽な反応に毒気を抜かれつつあった。

 しかし、このまま何も言わないと言うのも腑に落ちないというのが冥月の本音である。

「よくもあんな道具を渡してくれたな……」
『あっはっは〜、気にいってくれたかにゃ?』
「な、何を言う! 三十分もの時間、「にゃ」とか「にゃー」とか言わされる身になったんだぞ!?」
『へぇ、つけたんだねぇ』
「……ッ!」

 電話越しにも分かる、明らかにニヤニヤと笑っている雰囲気の言葉に、冥月が嘆息する。

『それでそれで? 武ちゃん大興奮!?』
「ば……ッ、バカな事を言うなッ!」
『えー……、何もしてないの? ヘタレなの?』
「な、何も……という訳じゃないが……、何をした訳でもないッ」
『……冥月ちゃんって、意外と天然さん?』

 正に墓穴を掘っている始末である。

「……今度会ったら一発殴らせろ」
『お断りですよ!? っていうか冥月ちゃんの一発殴るって、私みたいな常人には死刑宣告も良いトコだよ!?』

 まさにこの話を聞いていれば、ファングでさえ首を横に振ったであろう。

「良いじゃないか。私にそれだけの事をしたんだ」
『まったまた〜。私のおかげで、色々進展したんじゃないの? ン?』
「――ッ」

 思い出される、武彦との互いの想いを告げた昨夜。
 長い長い一夜だった。自分の気持ちも、武彦の気持ちも知る事が出来たのだ。それを考えれば、確かに貴重な瞬間だと言えなくはない。

 ――が、それはそれ、これはこれである。

「安心しろ、痛くしない」
『それって意識とか命とか刈り取られるって事!?』

 押し問答である。

「さて、本題に入ろうか。殴られたくなければ、二つばかり用意して欲しいものがある」
『知ってる? それって恐喝だよ? 犯罪だよ?』
「バカ言うな。正当な取引だ」
『理不尽だね!? む〜、まぁ良いよ〜。で、用意して欲しいものって?』

 これは憂にとっても吝かではない提案だ。

 もちろん、殴られる事は良しとはしないが、今は対虚無の境界という点において、冥月の戦力は無視出来ない。そう考えれば、冥月に協力するというのは、ひいては虚無の境界に打撃を与える事に繋がる可能性がある。

 もちろん、それにプラス、殴られないのであれば万々歳だ。

「一つはIO2で最上級に清めた聖水。最低競泳用プール五杯分は欲しい所だな」
『うーん……、プール五杯っていうと、トン単位だねぇ……』
「まぁそうなるか」

 憂は逡巡する。
 IO2で聖水を作る事は何も不可能ではない。元来、能力者の中にはエクソシストなども含まれている為、術者を揃わせればどうという事もないのだ。
 それに加え、冥月の能力があればおそらく持ち運ぶ事も可能になるのだろう、と当たりをつける事が出来る。

 手間や賃金を考えても、それが武器となるのなら引き受けても悪い話ではないだろう。

『うん、良いよー。だけどちょっと時間は欲しいかな?』
「早い方が助かるが、今日中にという訳ではない」
『ん、じゃあ急ぐよー。それで、もう一つは?』
「あぁ。もう一つは……――」






◆◇◆◇◆◇






 興信所のソファーに座る、冥月と武彦、そして百合と零。
 現状の確認と今後の行動について話がある、という冥月の呼びかけに応えた三人であった。

「百合、体調はどうだ?」
「えぇ、おかげさまで落ち着いてます」
「そうか、それは良かった」

 憂の調べた結果、これから快方に向かう兆しがあるのであればそれに越した事はない、こんな状況ではあるが、冥月にとっての一番の気がかりとも言える部分はそこである。

「さて、昨日の夜、私は虚無の境界とぶつかった」
「――ッ」
「ほ、本当なんですか?」

 戸惑いを見せた百合、そして尋ねる百合に、冥月は頷いて応えた。

「少しばかり面倒な相手だったが、処分した。しかし今回の騒動を発端に、虚無の境界を刺激してしまった可能性。それに、ここにいるという事を知られた可能性は否めないだろう」

 冷静に考えれば、あの無粋な連中は自分達を探していたと考えるのが妥当だろう。だからこそ、冥月はこの興信所が既に知られている可能性を危惧していた。

「まぁここから離れる必要はないな」

 武彦が口を開いた。

「IO2は既にここを理解している。虚無の境界がここに狙いを絞っているなら、IO2もここを気にかけるだろうしな。場所は分かっていても、そう簡単に手を出してはこないだろう」

 武彦の言い分に関しては冥月も同意である。

「だが、きっと大きな戦いになるのは避けられないだろう。恐らく、早々に攻勢に打って出てくる事も考えられる。そこで百合。お前は戦うな」
「――ッ、私も戦えますッ!」
「いや、恐らく私も、一斉に攻撃をされた時に共に戦っていては守り切れないだろうからな。それに、何も身体の事が心配なだけではないのだ」

 語尾を荒げた百合に対し、冥月は淡々と告げた。

「お姉さま……?」
「もしも大事なお前が人質にされたら、きっと私も何も出来なくなってしまうだろう」

 自嘲する様な冥月の表情に、百合は思わず言葉を飲み込んだ。

「武彦も零も、もちろん百合も。私にとっては大事なんだ。そんなお前達を盾にされたら、私はこの身体を投げ出してでもお前達を助けるだろう」
「冥月……」
「だからこそ、だ。敵わない敵と遭遇したら、迷わず逃げてくれ」

 冥月の言葉は、自分を過大評価したものではなく、現実的な意見であった。
 虚無の境界が、何をするかは解らない。そんな状況で、自分以外に矛先を向けられた時、冥月は戦う事が出来なくなってしまうだろう。

 かつての自分なら、そんな自分を情けないとすら蔑んだかもしれない。
 それでも、今の自分はそんな自分を嫌ってなどいない。

「もしも私がいない時に敵に襲われたら、影を三回叩いてくれれば良い。すぐに駆けつける」

 影の能力を使った冥月にだけ伝わる合図だ。下手な通信機器に頼る必要もないだろう、というのが冥月の考えであった。

「冥月、無茶するなよ」
「え、あぁ……って……」

 隣りに座っていた武彦の顔が近くにある事に気付き、先程までの真剣な顔つきから一転し、冥月の顔がみるみる紅潮していく。

「わ、お兄さん大胆……」
「お、おおおおお姉さまから離れなさい!」
「お、落ち着け! 俺はまだ何もしちゃいない!」
「まだ!? まだって何だと言うつもり!?」

 百合と武彦のやり取りを横に、さっと座り直して前髪をいじる冥月は慌てて平静を取り戻そうと必死になっていた。

 憂の作戦勝ち、という所だろうか。





◆◇◆◇◆◇




「影宮様、それは一体……?」

 憂の下で働くIO2の職員が首を傾げながら憂へと尋ねた。

 ここはIO2、憂の専用の研究室である。眼前に広がるそれを見つめながら、憂は小さく、似つかわしくない妖しい笑みを浮かべた。

「虚無の境界のデータ、だよ」

 眼前に広がったファイルを見つめながら、憂は小さくそれだけを告げた。「はぁ」と返事をした部下には、どうにもそのファイルを見つめている意図が掴めずにいた。

(虚無の境界の霊鬼兵として造られた少女。確かに彼女を治すのは吝かじゃないよねぇ。だって、こんな技術と面と向かって対峙出来るんだし)

 目の前のファイルから、今度は手に持っていたタブレット端末に視線を移す。

(遺伝子データに直接的に介入している、ウィルスの様なもの。これが彼女を霊鬼兵化させるキーになってる。これさえあれば、私の夢もまた一歩、近づくかもねぇ)

 そう思った憂は、思わず笑みを漏らす。

 冥月に協力しつつ、人体改造のモデリングが出来るというのだ。百合に何かしようという意図はなくても、憂にとっては魅力的な内容である事に違いはない。

(冥月ちゃん達の裏をかく様で気が引けるけど、別に悪い事してる訳じゃないしねー。まぁ、いずれは教えてあげても良いけどね)

 一人の研究者として、憂は密かに目指している。

 猫セットを凌駕する、とある逸品を創り出す為に。





to be countinued...



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ご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回はそれぞれの描写、というより心構えという部分でしょうか。

憂の最期の部分は、あくまでも憂の心情描写なので、
今後の展開で猫セットに近い何かを創り出すかも、という程度の
メインストーリーには関係のない布石だと思って頂ければw

やはり憂は何かをやらかさずにはいられない←

それでは今後とも、よろしくお願い致します。



白神 怜司