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<東京怪談ノベル(シングル)>


たまに裕福な休日の過ごし方

 朝日が眩しくカーテンの隙間を抜けて窓から室内を照らし、その光の帯はベッドで気持ち良さそうに眠るセレシュの頭元へと伸びていた。
 寝乱れた髪もそのままに、枕は明後日の方向へ飛び、掛け布団は揉みくちゃにされてしっかりと抱き込まれている。
 外された眼鏡は床の上に落ちて、陽の光を受けてキラキラと反射していた。
「う〜……ん……」
 セレシュは一度身じろぎをし、起きるような素振りをみせるもそのままコロンと反対側に寝返りを打って幸せそうに表情を緩めたまま眠っている。
 そんなセレシュの部屋に悪魔が顔を覗かせた。
 いつまで経っても起きてこないセレシュを起こしにやってきたのだ。
「まだ寝てる……」
 そう言いつつも、先日深夜遅くまで異世界で採取してきた火竜の素材を使い炎の魔剣を創っていたのだから無理もない、と言う表情だった。
「今度はひっかからないわよ」
 そう言いながら悪魔が取り出したのは手鏡。
 直接セレシュの目を見なければ石化したりはしないのなら、この手鏡を通せば問題ないはずだ。
 悪魔はセレシュの傍にやってくると、くるりとセレシュに背を向け、手鏡を覗き込みながら彼女を起こした。
「セレシュ! 朝だよ! 朝!」
「う〜……ん……もうちょっと……」
「駄目よ。ほら、早く起きないと!」
「もうちょっとだけやから……。あと5分……」
「駄目っ! そんな事言ってたら一日が終わっちゃうわ!」
「…………」
 セレシュは大きく揺り起こされ、渋々目を開いてノソリと起き上がった。
 着ていたシャツの襟元が軽くはだけ、綺麗な鎖骨を覗かせながらセレシュは重たい瞼をゴシゴシと擦った。
「……分かった分かった。起きるって」
 ようやく起き上がったセレシュに、悪魔は浅く溜息を吐いた。

           *****

「今日はどないしょうか?」
 少し遅めの食事を摂りながら、セレシュは悪魔に声をかける。
 鮮やかな緑色の野菜をフォークで刺して口に運ぼうとしていた悪魔は動きを止めてセレシュを見た。
「どうしようって? 今日も研究でしょ?」
 そう問い返す悪魔に、セレシュはにんまりと微笑んだ。
「とりあえず一通りの研究もひと段落着いたし、素材の換金でちょっと余裕が出来たって言うのもあるし、せっかくの休みや。ちょっとどっか遊び行こかって思ってんやけど?」
「遊びに?」
 思いがけないその言葉に、悪魔の目が嬉しそうに輝いた。
「そや。あんたも結構頑張ってくれとるし、たまには生き抜きせんとただバテてしまうだけや。今日ぐらい羽伸ばさんと」
 セレシュはカップに注いだ紅茶を飲み干すと、悪魔同様に嬉しそうに微笑んだ。
「どっか行きたいとこないんか? ショッピングでもええし、映画とかもええなぁ」
「美味しい物食べに行ったりとか」
「お! それ名案! ほんならそれもプラン中に入れとこ」
 久し振りの自由な外出に二人は和気藹々と盛り上がった。


 久し振りに少しばかりのオシャレをして二人がやってきたのは、電車に小一時間ばかり乗ってやってきた有名な繁華街だった。
 TVで何度も紹介される飲食店や、ブランド品を扱う店や金属小物などの装飾店、歩きながら食べられるクレープなどのワゴンが並ぶ賑やかな場所だ。
 駅前の大きな大通りを挟んで両側に所狭しと並ぶ数多くの店。人通りが激しいこの場所だったが、中心街を抜けてしばらく歩くと閑静な住宅街が現れ、その住宅街を更に抜けると先ほどまでの喧騒が嘘のような緑豊かな静かな場所がある。
 セレシュたちは中心街の店を一店舗ずつ覗きながらウインドウショッピングを楽しみ、ワゴンでクレープを買いながら道を歩く。
「あんたのそれ、美味しそうやな」
 セレシュは悪魔の持っているクレープを見やりながらそう言うと、悪魔は目を瞬かせた。
「それ言ったら、セレシュのだって美味しそう」
 セレシュはホイップクリームにバナナ、チョコレート、それにアーモンドスライスが散らされた定番のクレープ。
 悪魔はホイップクリームにイチゴ、ブルーベリー、ラズベリーなどのベリー系にキャラメルソースがかけられたクレープ。
 どちらも先ほどのワゴンでは上位にランクインするほど人気の商品だった。
「ほんなら……」
 そう言うと二人はお互いのクレープを交換し、思い思いに頬張る。
 甘い物を食べると不思議と幸せな気持ちになるのは、二人だけではない。
「こんな事も大事やんな〜! めっちゃ幸せ感じるわ〜」
 セレシュは満足そうに微笑みながら、再び交換した自分の買ったクレープを頬張りながら歩いた。
「セレシュ。これからどうする?」
「そうやな〜。ほんなら、ちょっと町外れの森にまで足伸ばしてのんびりしよか」
 二人は一路、町外れにある森まで足を向けた。
 閑静な住宅街を見ながら通り抜け、坂道を登りながら辿り着いた場所は、穏やかな風と草木の揺れる音だけしか聞こえてこない。
 森の入り口付近にある広い野原にちょこんと置かれたベンチに腰を下ろしたセレシュは、背もたれにもたれかかりながら空を仰ぎ目を閉じる。
「静かやな〜……。風の音と草木の音しか聞こえへん。うち、この場所実はお気に入りなんよ」
「ふ〜ん。でも確かに、賑やかな場所にずっといるとこう言う場所が恋しくなる時あるかも」
「何もしないをしに来るっちゅうんかな。リセットできるっちゅうか……ちょっとしたパワースポットのような感じやろか」
 セレシュは目を閉じたまま肌に受ける風を感じてそのまま口を閉ざしていた。
 悪魔もまた、山の上から見える街並みをぼんやりと眺めて時間を過ごす。
「……なぁ。いつもありがとうな」
「え?」
 黙り込んでいたセレシュが、ふとそんなことを言い、悪魔は驚いたように彼女を見た。
 セレシュは体制を変える事無く、閉じていた瞳を薄っすらと開け、空に浮ぶ流れる白い雲を見つめながらもう一度言う。
「あんたが来てから、うち、退屈せんねん。当たり前のような毎日が続いとるけど、それはなんも当たり前やあらへんのや」
 天を仰いでいた顔をゆっくり持ち上げると、悪魔を振り返りにんまりと笑った。
「だから、一緒に毎日過ごせる事にありがとうや」
「セレシュ……」
 悪魔はそんなセレシュの思いがけない言葉に思わず胸が一杯になる。
 そんなつもりはないのに目尻に滲む涙を堪えながら、悪魔もまたにっこりと微笑み返した。
「それ言ったら、私も一緒だわ。私の方こそありがと」
 二人はクスクスと笑い合い、そしてセレシュはゆっくりと立ち上がると悪魔を振り返り手を差し伸べる。
「さ。ほんならボチボチ帰ろか」